震災一カ月

午後2時46分。黙禱。
3月11日の東日本大震災より 早や 一カ月が経過。

放射能は出続けております。

 枝野幸男官房長官は11日午前の記者会見で、東京電力福島第1原発事故の避難指示地域拡大について、これまでのように距離でなく地形、風向き、放射線量などを考慮して地域ごとに指示を出す方針を明らかにした。
(中略)
 大部分が30キロ圏外の飯舘村は全村、全域が30キロ圏外の川俣町は飯舘村や浪江町に隣接する一部地域が対象になる。
(中略)
 また、枝野氏は「半年、1年いた場合の影響を考慮している。放射性物質の新たな放出がなくても、土壌などに落ちている物質から放射線が出るので、地域に長時間いるとそれが累積されて健康に影響を及ぼす可能性が生じる」と話した。
 飯舘村の全村避難は、村内に残っている村民約5000人が対象。1カ月程度の準備期間を想定し、村民の避難先や村役場の移転先を検討している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110411-00000049-mai-soci

もっとはっきり言うべきですね。
積算放射線量の予測結果から考えて、今後少なくとも20~30年は戻れなくなりそうなので、一カ月以内に財産を持ち出してもらいたい、そう言うべきじゃないでしょうか?

「微量で累積被爆」という点では東京も同じで、事態がピタリと止まらないかぎり、いづれはリミットに達してしまう。いくら法的に上限を引き上げても限度があります。
ただその影響で癌や白血病を発病するとすれば、成人の場合10年以上あとでしょうから、因果関係は証明されませんし、したがって誰も責任は取らず補償もしてくれないでしょう。

賠償金をどこが支払うのか、東電なのか国なのか、まだハッキリ決まってない段階ですから、払うことになるかもしれない東電や国はできれば避難区域を広げたくはないはずです。
都市にまで広げたら、これまでアクロバティックに先延ばしてきた国家破産に、一気に至ってしまう可能性がある。
「じゃぁいっそ見殺しにしちゃおうか。あとは野となれ山となれ。オラ知らネー」というのが権力の側の発想です。

Mint Condition – Twenty Years Later(2011)

  ※(略)

 

Adam Kesher – Hundred Years Later(2010)

  ※(略)

 

Prom – Forty Years
from the album “Fooled Again”(Germany:1978, 1999 CD Reissue Bonus-Track)

 

Wayne Newton – Years(1980/01 stereo 45)
ウェイン・ニュートン
別れて何年も経つ元パートナーへの強い未練。

produced by Tom Collins
Pop Chart Peaks: Cash Box 32, Billboard 35, Record World 61 – A/C Peak: 40
Wayne’s final Billboard pop & A/C charted title was added to later pressings of his 1979 LP “Night Eagle 1.” It was a cover of Barbara Mandrell’s #1 country hit.

Wayne Newton – Years(1980 mono radio promo 45)

produced by Tom Collins
Pop Chart Peaks: Cash Box 32, Billboard 35, Record World 61 – A/C Peak: 40
Wayne’s final Billboard pop & A/C charted title was added to later pressings of his 1979 LP “Night Eagle 1.” It was a cover of Barbara Mandrell’s #1 country hit.

Barbara Mandrell – Years(1979/12)
バーバラ・マンドレル – 愛の歳月
from the album “Just For The Record”(1979)ジャスト・フォー・ザ・レコード

produced by Tom Collins
(debuted late ’79) 1980 Billboard C&W Chart Peak: 1 – Pop Peaks: Billboard 102, Record World 134 – A/C Peak: 38
Follow-up single to her hit “Fooled By A Feeling”, this song also would also become the last Top 40 pop hit for Wayne Newton that same year

 

朝野由彦 – 三年過ぎて、また
アルバム『巡礼』(1975/11/05)所収。

Paul Simon – Still Crazy After All These Years(1976/04 stereo 45)
ポール・サイモン – 時の流れに
昔の恋人にばったりであって、焼け木杭に火がついた、みたいな話。

arranged by Bob James
produced by Paul Simon & Phil Ramone
Pop Chart Peaks: Billboard 40, Cash Box 45, Record World 65 – A/C Peak: 5
Sax solo by Michael Brecker on the title song from Paul’s fourth studio album.

Paul Simon – Still Crazy After All These Years(1976 mono radio promo 45)

arranged by Bob James
produced by Paul Simon & Phil Ramone
Pop Chart Peaks: Billboard 40, Cash Box 45, Record World 65 – A/C Peak: 5
Sax solo by Michael Brecker on the title song from Paul’s fourth studio album.

Styx – 22 Years(1974/08)
スティックス – トゥエンティ・ユー/イヤーズ
シングル “Lies” のB面。

The Bee Gees – Two Years On(1971)

Ten Years After – I’d Love To Change The World(1971/08/11 stereo 45)
テン・イヤーズ・アフター – チェンジ・ザ・ワールド

produced by Ten Years After
Pop Chart Peaks: Cash Box 28, Record World 37, Billboard 40
Highest-charting U.S. single release by the British blues rock band featuring lead vocalist and lead guitarist Alvin Lee.

Judy Garland – Through The Years
The Judy Garland Show # 11, 1963(aired: 1964).

“We have a whole new year ahead of us – and wouldn’t it be wonderful if we could all be a little more gentle with each other – and a little more loving – have a little more empathy – and maybe next year at this time we’d like each other a little bit more.” – JUDY GARLAND
Judy Garland sings “Through the Years” on Episode #11 of “The Judy Garland Show.” The show was taped on October 18, 1963, and broadcast on Sunday, January 5, 1964.

Johnny Guitar And The Kingsmen Trio – Twenty Years(1964)
シングル “The Auctioneer” のB面。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

◆    ◆    ◆

Eddy Duchin and his Orchestra – One Hundred Years From To-day(1933)
vocal: Lew Sherwood

recorded in NYC December 1, 1933
Now better-known by the title “A Hundred Years From Today,” this song from the Lew Leslie “Blackbirds of 1934” revue was also recorded by Ethel Waters with the Benny Goodman Orchestra

Ethel Waters with Benny Goodman’s Orchestra – A Hundred Years from Today(1933)

recorded in NYC November 27, 1933
Song from the Lew Leslie “Blackbirds of 1934” revue, recorded by Ethel at the same Benny Goodman session as Billie Holiday’s “Your Mother’s Son-In-Law.”

以下、「何年経った」「十年」「Ten Years」等を含む投稿。

追加記事

 原子力安全委員会は11日、福島県内の53地点について、先月12日~今月5日の大気中の放射線量の推計積算値を発表した。毎日8時間屋外にいた場合、福島第1原発から24キロ北西に位置する浪江町赤宇木椚平で、最大の34.0ミリシーベルトに達していた。
 安全委によると、現時点の線量が続くと仮定した場合、椚平では東日本大震災発生から1年が経過する来年3月11日には313.9ミリシーベルトに達すると推計。健康に影響を与える可能性が高まるとされる100ミリシーベルトを上回る。
 ただ、安全委は放射性物質は今後、時間の経過とともに減少するほか、雨などで地表から洗い流されることでも減るとしている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110412-00000001-jij-soci

原発から多様な放射性物質が放散されている現状と 放射能の減少は物質によってまったく異なるという事実を 明示すべきです。
(2011年4月12日)

追加記事

 松本内閣官房参与は13日、菅総理と会談した後、菅総理が原発周辺の避難地域について、「当面住めないだろう。10年住めないのか20年住めないのかということになってくると、再び住み続けることが不可能になってくる」と述べたことを明らかにしました。
 しかし、その後、記者会見した枝野官房長官は「今の段階でモニタリングもできていないので、政府としての見通しを持っているものではない。総理も認識を共有している」と述べて、事態の沈静化に努めました。さらに、松本氏自身も記者団に対し、菅総理から「言っていない」という電話がかかってきたことを明らかにして、自らの当初の説明を撤回しました。
Q.「原発周辺には当面住めない」は、首相の発言ですか?
  「私が言ったわけじゃありません」(菅直人総理大臣)
 また、この問題について、菅総理自身も記者団に対してこのように述べ、否定しました。
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20110413-00000043-jnn-pol

だからありのままを正直に言えばいいんです。
もう福島の積算放射線量、累積被曝量は限界に近いって。

(2011年4月13日)

追加記事

 「放射能の影響で元気な子供が生まれなかったらどうするの?」。福島県出身の女性が婚約者男性の母親からこう言われ、結婚が破談になったとブログで紹介され、波紋を呼んでいる。この話は、当事者の誤解などの可能性もあるが、そんなケースは実際に起きているのか。
 「結婚にまつわる悲しい話」。神奈川県在住のウエディングカメラマン男性(37)は、2011年4月15日のブログでそう切り出して、胸の痛みを打ち明けた。
http://www.j-cast.com/2011/04/15093293.html

 福島第1原発事故を受け、福島県から千葉県船橋市に避難した小学生の兄弟が「放射線がうつる」といじめられたという訴えが市教育委員会にあったことが15日、分かった。市教委は同日までに、避難者の不安な気持ちを考え言動に注意し、思いやりを持って被災者の児童生徒に接するよう指導を求める通達を市立小中学校に出した。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011041500227

まだ未熟児や障害児が生れるほどの放射線量ではないでしょうが、その子どもが大きくなるころ影響が出てくる可能性はすでにあるんじゃないか、とシロートの私は考えています。
「放射線がうつる」については教師がちゃんと説明してあげてほしい。
(2011年4月15日)

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