日本の景気が悪化している。日本経済研究センターが2012年11月8日に発表したESPフォーキャスト調査によると、39人のエコノミストのうち24人が「すでに日本の景気転換点(山)は過ぎた」と回答した。10月調査の12人から大幅に増えた。
7~9月期の実質経済成長率のエコノミスト予想も、前期比年率で2・83%のマイナス。内閣府などが発表した経済指標も、どれも「減少」「低下」「マイナス」「後退」ばかりだ。内閣府が11月6日に発表した9月の景気動向指数速報(CI、2005年=100)速報値は、景気の現状を示す一致指数が前月に比べて2・3ポイント低下の91・2となった。
マイナスは6か月連続で、内閣府は景気の基調判断を「足踏み」から、東日本大震災直後の2011年5月以来となる「下方への局面変化」に下方修正。「すでに景気後退局面に入った可能性が高い」と判断した。
http://www.j-cast.com/2012/11/09153398.html
今の不景気は景気の自然な振幅の谷間ではありません。回復するとかしないとかという話ではないんです。
以下、ろろ氏のツイートから引用。
資本主義経済のシステムが限界(クリティカル・ポイント)に近づきつつあるとの現状認識を共有するために極めて有用な解説だと思いました。
@dowlandjohn 西さんに対する個別的な回答に当たる部分以外は、ツイートとして発信いたします。以後、番号を付するツイートがそれに当たります。順次、御覧下さい。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
①我々が置かれている現状についてご理解いただくには、現在採用されている経済システムについての前提を共有していただく必要があります。まず、我々の生存に関する物的条件は、日本円をはじめとする通貨を用いなければ手に入らない、もしくは著しく困難であるということです。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
②次に前提となるのは、そこで我々が用いている通貨が、減価しないという特質を用いているということです。これは、日本円やその他の通貨が退蔵(使わず貯めこむこと)が可能であることにつながります。単位や、流通量による価値の大小はあっても、一度手に入れたカネは基本的に消えません。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
③そして、もう一つの前提は、人の経済活動における体力を示す「購買力」の合計以上はものやサービスが売れないということです。これを「総需要」といいます。総需要は消費支出の合計であり、日本であれば、個々の経済主体が用いることのできる日本円の合計になります。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
④まず、退蔵可能な貨幣を用いていることで、必然的に起きるのが「最も合理的な活動は人にカネを渡して代わりに動いてもらうことになる」ことです。融資に置ける利息、株式投資における配当がこれに当たります。そして、借りた側は本来必要である限度を超えた通貨獲得を強いられることになります。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
⑤特に、利子について言えば複利計算ですから、借りた側はよほど業績が上がらなければ、金利返済のために前年比プラスを達成しなければ経済活動が困難になるということが出てきます。借金が辛いのはそのためです。頑張って返せばいいじゃないかと思えますが、そこにも実は問題があります。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
⑥その問題とは、3つ目の「総需要」です。営利活動には、総需要という限界があるため、カネを稼いで利子を返すという活動は、すぐに頭打ちになってしまうのです。これは、各経済主体がレベルの高い努力をすればするほど顕在化することになります。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
⑦つまり、競争に勝って豊かになればいいという考えは、実は他人に行くはずだった総需要の一部を自分が獲得し、その他人の分が減ったということに他なりません。もっとざっくばらんに言えば、総需要を椅子とした「椅子取りゲーム」です。どんなに頑張っても椅子に座れない人が出てきます。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 6
⑧このような状況を、ミクロな主体がなかなか理解できないのは、規模が大きくなるとこの奪い合いが見えにくくなるためと、不完全ながらも総需要を拡大する「やらせ」が行われているためです。そのやらせとは、財政出動と金融です。後者は利息を取る点で説明済みなので、前者について説明します。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑨総需要は購買力の総合計という形で明確な限界があります。だから、その枠内で競争=イス取りゲームをやると、ものやサービスの生産性が向上してしまい、すぐに椅子に座れなくなる状態がやってきます。これが、デフレです。ものやサービスが増えすぎて、需要と吊り合わなくなっていることです。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑩このデフレは、ミクロな経済主体が合理的な経済活動を続ける限り絶対に解消できません。いわゆる不景気の局面で、個々人や企業が取る経済合理的な活動は「節約」です。これによりその主体は楽になりますが、社会全体で見れば総需要が減少することになります。そして、デフレが更に拡大するのです。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑪これを防ぐために、政府という経済合理性を考慮しなくてもよい(しかも巨大な)経済主体が、あえて合理的でないお金を使って総需要を拡大するのが、財政出動です。ないはずのものを作るわけですから、ドーピングなのです。。しかし、これをやらなければ経済活動は、特に地方で完全に死滅します。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑫しかし、これにも限界があります。一つは、日本政府は貨幣発行権を持っていない(日銀が持っている)ので、国債という利子付き証券で調達するしかなく、早晩財政危機を迎えるからです。そうでなくても、地球環境という限界があり、開発や資源消費はいつかどこかで止まらざるを得ません。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑫このような状態を、競争力を強化し、輸出を拡大することで乗り切ろうという策は、必ず失敗します。なぜなら、他の国も似たような経済活動はしており、結局地球レベルで総需要の奪い合いになるだけだからです。その極致が、第二次世界大戦だったのです。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑬そのような限界に達しつつあるのが現在の世界、現在の日本です。しかし、実はそこまでの末期状態を迎える前に、同じくらい悲劇的な事態がある国、特に先進国の経済で起こっているのです。それが「グローバリゼーション」です。これを知れば、バブル崩壊以降の日本経済は完全に理解できます。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑭グローバリゼーションとは、国民国家としての枠を飛び越えて利益を極大化する動きです。たとえば、日本で1990年代に起きたことを見てみます。90年代に最も顕著だったのは、日本企業の中国進出です。人件費が安いというのが主な理由ですが、それ以上に総需要拡大の余地があったのが中国です。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑮中国の人件費が低いということは、国民に給与という形で人件費を与えれば、それだけ購買力が容易に増加するということです。60年代の日本のように、何も持たない人々が購買力をつけ、高級消費財を買うというのが、最も効率の良い市場です。年増の日本は、若い中国に走った企業に捨てられたのです。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑯その一方で、本来であれば日本にあった生産設備等が中国へ出ていくわけですから、日本での雇用は減ります。これによって総需要が低下するので、国内ではますますデフレが進みます。それに対応すべく取られる「合理的な」行動が、中国からの廉価な製品の輸入だったというのは皮肉という他ありません。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑰そこに追い打ちをかけたのが、労働市場の規制緩和です。代表例が派遣労働者法制の改正で、正社員がやっていたことを派遣が代替できるようになりました。企業としては「合理的」な活動なのですが、これによって給与が減り、総需要は更に低下します。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑱企業はただでさえ利払いや配当で体力を吸い取られていくので、デフレ下ではこのような方策を取らざるを得ない面があるのです。反面、金銭収入によって生活に関わる物的条件を手に入れざるを得ない都市型の労働者は、どんどん生活が苦しくなっていくことになります。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
⑲とはいえ、減価しない通貨を採用する以上、退蔵したカネを他人に使わせて利益を得ている人々が、行動を変化させる合理的理由はありません。極端な話、地球が滅ぶならその前に宇宙開発して、カネでそこの居住権を手に入れればいい人たちです。政府の政策は、このような人たちに強く影響されています。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
㉑このような状況で、考えられることは2つあります。一つは、総需要を拡大し、個々の国民に購買力を持たせようとする政治勢力を国民が応援し続けることです。しかし、その勢力=小沢一郎や亀井静香、鈴木宗男らに対する攻撃を見れば、なかなか難しい方策であるのは明白です。(それでもやるべきだが)
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
㉑このような状況で、考えられることは2つあります。一つは、総需要を拡大し、個々の国民に購買力を持たせようとする政治勢力を国民が応援し続けることです。しかし、その勢力=小沢一郎や亀井静香、鈴木宗男らに対する攻撃を見れば、なかなか難しい方策であるのは明白です。(それでもやるべきだが)
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
㉒もう一つの道は、「総需要」や「減価しない通貨」によって、人の生死が左右される社会とは別のルールに従って動く社会を作ることです。しかし、これもまた困難です。なぜなら、そのような社会の形成には、経済合理性が全くないからです。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
㉓例えば、自給自足可能なムラを作ることを考えてみて下さい。そんなところに好んで暮らしたがる人がどれだけいるでしょうか。都市的な刺激がないのはもとより、生存に必要な物的条件を整えるカネがほとんど入ってこないのです。特に、将来のある若年層の女性は間違いなく拒絶するでしょう。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
㉔だからといって、諦めていても仕方がありません。「国民寄りの政治勢力を勝たせること」と「減価しない通貨に頼らない社会づくり」とを、コツコツ気長に進めていきたいと私は思います。世界の崩壊に間に合うかどうかは分かりませんが…。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
@roro_yameroTPP 途中で⑫が2つ入ってしまっています。2つめ以降は番号に1を足したものとご理解ください。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
付け足し㉕実は、もう一つ方法があります。それは、ここで語られたような事実を無視し、ひたすら現実の経済システムに自分を最適化させることです。自分が生きているうちはなんとかなる、とお思いかもしれません。それでいいと思います。本当の崩壊が、原発事故のようにいつ来るかわかりませんが…。
— ろろ (@roro_yameroTPP) 2012, 11月 7
このブログで以前書いた感想をふたたび。
「すべての出来事が破局のクライマックスへ収斂して行っているような、そんなぼんやりとした不安を強く感じています」
The Larados – Afterthoughts
aka Reflections
タイトルは「付け足し」「後加したもの」「追加で加えたもの」の意。2度目の引用。
Jerry Schollenberger added following information:
去る11月7日午前1時、このブログを置いているレンタルサーバの会社から以下のメールが舞い込んだ。
(※固有名詞は私が伏せ字にした)
【重要】レンタルサーバー(XXXX-XX)をご利用のお客様へ。レンタルサーバー終了のお知らせ。
お客様各位
お世話になっております。レンタルサーバー(XXXX-XX)をご利用いただいているお客様に重要なお知らせです。
※このメールは、
現行のご契約者様が不明な為、
過去に株式会社○○○○(XXXX-XX)にメール送信をいただいたすべての方に送信しております。過日、10月16日に株式会社○○○○ 社長 ○○○○氏が急逝いたしました。
その為、現在、株式会社○○○○は、従業員が不在の状況となっております。メールを送信している私もユーザーという立場ではありますが
死去後、16日より再建が可能かどうか、調査・検討をしてまいりました。○○氏の親族側とも話し合い、現在の状況と事業内容を把握した結果、
レンタルサーバーの終了、および、事業を廃業をすることといたしました。また、7月20日に○○氏の自宅が火災となり、お客様のデーターと契約情報のすべてが焼失ししまいました。
焼け出されたノートPCより、ハードディスクを取り出し、データを救出し
過去のメールの送受信内容から一部のお客様の情報を取り出している状況です。
その為、ご契約いただいているお客様のほとんどが、不明な状態です。サーバー環境の詳細について不明なため、
2013年3月末日まではサーバーを維持することに努めますが、それ以上の対応はできない状況です。
(3月までのサーバー維持にかかわる費用について、親族に負担していただくことを了承していただいております)大変申し訳ありませんが、
サーバー上にあるデーターにつきまして、バックアップを行ってください。
また、至急、他社レンタルサーバーへの移管をお願いいたします。
ドメインの管理につきましても、順次対応をいたしますので、管理会社の変更をお願いいたします。お問い合わせにつきましては、
お調べして順番にご回答するようにいたしますので、下記メールアドレスにお送りください。(以下略)
真偽不明だったので同社の公式サイトを見たら、ある瞬間に更新され、メールとほぼ同じのメッセージが表示されるようになった。
どうやら事実のようだ。
4~5人でやってた会社のようで、サーバの管理は死んだ社長がやっていたという。
私が借りるようになってから2度もデータベースが飛んでいて、そのチープな管理体制が推して知れようというものだ。
まぁ安かったんでねぇ。
社長の自宅火災(7月20日)から急逝(10月16日)まで、どのようなことがあったのか、誰がどう動いたのか、正直 興味がある。
サーバごと他社に譲渡するとか、もっと上手い終わり方が出来なかったものか・・・今更言うて詮無きことかもしれんがネ。
そんなわけで、永らく世の一粲に供せし拙ブログも、已んぬる哉! ついに危急存亡の秋(とき)を迎え、遅くとも2013年3月末日までには肥大化した(苦笑)データベースの引越しを強いられる見通しと相成り申候。
チト、気が重いのぅ。
Henry Burr – Last Night Was The End Of The World(1913)
recorded in Camden NJ April 7, 1913
Perry Como – Till The End of Time(1945)時の終わりまで
原曲はフレデリック・ショパン作曲の『ポロネーズ第6番変イ長調 作品53』(1842)
Les Brown and his Orchestra – Till The End Of Time(1945)
vocal: Doris Day
THE 1945 HITS ARCHIVE – here in one place, a good-quality library of original-release-version best-sellers and songs that made an impact that were either released or enjoyed a major chunk of their popularity within the calendar year 1945 (some were recorded in 1944).
Jenks “Tex” Carman – End of the World(1948)
Ernest Tubb – Till The End Of The World(1949)
Johnny Bond with String Band Acc. – Till the End of the World(1949)
Bing Crosby and Grady Martin and His Slew Foot Five – Till The End Of The World(1952)
Billboard Chart Peak: 16 (Juke Box Play)
The song had been a Top 5 country hit in 1949 for Ernest Tubb
The Pinetoppers – Till The End Of The World(1952)
Vocal: The Dixxy Sisters
The Cardinals – The End Of The Story(1956/08)
2度目の引用。
Audrey Morris – The End Of A Love Affair
from the album “Bistro Ballads Sung By Audrey Morris”(1956)
Perry Como – Till the End of Time(live 1956)
Pepe La Steza – Till The End Of Time
<参考>
Three Dog Night -‘Til The World Ends(1975/07 stereo 45)
スリー・ドッグ・ナイト – 愛は幻に消えて
production & sound by Jimmy Ienner
Pop Chart Peaks: Record World 22, Cash Box 29, Billboard 32 – A/C Peak: 11
‘Til the hits end…and they did.
- 時の終わりまで(ショパンの英雄ポロネーズより) ペリー・コモほか|♪blowin’ in the music
- 虹を追って(ショパン幻想即興曲より)/サミー・デヴィスJrほか|♪blowin’ in the music
Jimmy Wakely – We’ll Rest At The End Of The Trail(1957)
※(略)
Bobby Helms – Standing At The End Of My World(1957)
Slim Whitman – At The End Of Nowhere(1958)
※(略)
Earl Grant -(At)The End(Of A Rainbow)(1958/08)愛よ永遠に(ジ・エンド)
3度目の引用。
The Swan Silvertones – End Of My Journey(1959)
Jim Reeves – ‘Till The End Of The World(1960)
Maria Mae & Chaperons – Till The End Of Our Days(1961/06)
シングル “Teenage Love” のB面。
Sheb Wooley – Till The End Of The World(1961)
The Skyliners – The End Of A Story(1961)
Skeeter Davis – The End Of The World(1962)この世の果てまで
produced by Chet Atkins
Jean Phillips – The End Of The World
The Mills Brothers – The End Of The World(1963)
Brenda Lee – The End Of The World(1963)
※(略)
The Tymes – Till The End Of Time(1964)
※(略)
Herman’s Hermits – The End Of The World(1965)
Pat Carroll – The End Of The World(1965)
Twinkle – The End Of The World(1965)
Marty Gold And His Orchestra – The End Of The World(1965)
The Kinks – Till The End Of The Day(UK:1965/11/19, US;1966/03/02, mono 45)
ザ・キンクス – エンド・オブ・ザ・デイ
James Brown “I Got You(I Feel Good)”(1965/10)の強い影響が窺われる。
The Kinks – Till The End Of The Day(live 1966)
The Hang Tens – Till The End Of The Day(Peru:1966/11)
Por fin aparecieron un par de buenas fotos de Hang Tens, por eso hago una nueva edición de este tema.
En 1964, Diego García Sayán, los hermanos José y Freddy Rizo Patrón, Ramón Orbegoso y Felipe Larrabure, formaron Los Hang Tens (1964-1968). Ellos eran compañeros de estudios del colegio Santa María en el distrito San Isidro. También participaron en el grupo Manuel Sanguinetti, Juan de Aliaga, Jaime Sabal y Guillermo Pérez Argüello, remplazando o alternándose con los fundadores. La popularidad del grupo atrajo la atención del sello Odeon, que les propuso grabar un 45 rpm, que ahora se ha convertido en pieza de colección: “Till the end of the day” (del grupo The Kinks) en el lado A y “These boots were made for walking” (que popularizara Nancy Sinatra) en el lado B. El disco salió en 1966. En 1967, los hermanos Rizo Patrón y Manuel Sanguinetti ya planeaban crear un grupo de mayores proyecciones: Traffic Sound. Pero esa ya es otra historia (y qué historia).
Mike Wallace with The Care-takers – The End of The World(1966)
2度目の引用。
Rosita Perú – El fin del mundo
“The End Of The World”
Laurel Lea – End of The World(TV live)
Kathy Kirby – Till the End of Time(1966)
Casuals On The Square – End Of Time(1967)
Trafalgar Square – Til The End Of The Day(1967)
The Bleu Lights – The End Of My Dream(1968/12)
シングル “Yes, I Do” のB面。
2度目の引用。
Gladys Knight & The Pips – The End Of Our Road(1968/01/25 mono version)
グラディス・ナイトとザ・ピップス – エンド・オブ・ロード
Pop Chart Peaks: Cash Box 11, Record World 14, Billboard 15 – R&B Peak: 5
Follow-up single–and with a similar sound–to their major hit “I Heard It Through The Grapevine” .
The Idle Race – The End Of The Road(1968)
Aphrodite’s Child – End Of The World(1968)
Marvin Gaye – The End Of Our Road(1970/05/19 mono 45)
Pop Chart Peaks: Cash Box 28, Record World 30, Billboard 40 – R&B Peak: 7
Marvin’s version of a song first popularized in 1968 by Gladys Knight & The Pips.
The Spinners – My Whole World Ended(The Moment You Left Me)(1970/12/21)
シングル “We’ll Have It Made” のB面。
Loretta Lynn – Journey To The End Of My World(1970)
Frijid Pink – End Of The Line(1970)
Broderick Smith – Going On Down To The End Of The World(1973)
- あなたのひとみに 虹を見た 續 more register movement
- 虹の向こうは 晴れなのかしら 續 more register movement
- 終わったわけぢゃない more register movement
- 2009年もそろそろジ・エンド more register movement
- 末が善ければすべて善し more register movement
- 夏の終わりと秋の気配 more register movement
追加記事
(2018年8月22日)
