剔抉最小ビス丸く

震災発生後の3月11日19時30分以降、3月13日7時30分までの原子炉内の水位や圧力容器、格納容器の圧力のデータを1~3号機について初めて公表したことで分かった。東電は国のホームページに出ていたデータであることを説明。「隠していたつもりはない」と話している。
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381949EE2EAE2E49B8DE2EAE2E6E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195165008122009000000

空だき話の続きです。
意識的に出さなかったんですから、隠すつもりだったんですよ。どこまで不正直なのか。
政府も「国民の不安を除きたい」「パニックを起こしたくない」として、情報を隠す、詳細なデータは伏せる、あるいはわざと遅らせて出す、ということをしているようですが、
パニックや暴動が起きると国の面子にかかわるとでも思ってるんでしょうかねぇ。
そんなことより国民の健康・生命・財産を護ることのほうが重要じゃないですかね。

 原子力安全・保安院は、電源喪失による炉心溶融の可能性を指摘した米国の研究機関の調査を把握していながら軽視した。原発のある双葉町は誘致30年を経て巨額の財政赤字に苦しんでいる。
 話を聞きながら、先週、高名な現代史家からいただいた電話を思い出した。政府と東電のちぐはぐな記者会見を観察した歴史家の口から、「これはノモンハン事件じゃないですかね」という感想が飛び出した。
 ノモンハン事件とは1939(昭和14)年、当時の満州国(現中国東北部)国境で起きた日ソ両軍の衝突だ。日露戦争勝利で慢心した日本は不当にソ連を侮り、前線の奮闘にもかかわらず、実戦を知らないエリート将校たちの拙劣な指揮・指導で惨敗した。
 日本軍は敗北を隠し、敗因を追究せず、続く太平洋戦争を同じ体制で戦い、亡国の結末を迎えた。経済技術大国の栄光におごった秀才たちの失敗を問わず、同じ陣容で漠然と復興を目指していいのかという疑問がわく。
http://mainichi.jp/select/seiji/fuchisou/news/20110407ddm002070064000c.html

目の醒めるような鋭い指摘です。
日本人、とりわけ日本の官僚の最大の欠点を剔抉(てっけつ)している。
そしてその欠点は、今にちもなお改まる気配がないときている。
彼らは学力と学歴、歴任ポストゆえに国家を動かす地位に上り詰めました。
しかし如何せんこころざしがないんだな。保身が目的化しちゃってる。
戦後の日本は優秀な彼らゆえに発展し、そのダメさゆえに、今、三流国に転落しようとしています。

「戦争と人間 第三部」より ノモンハン事件勃発

 保安院によると、女川原発では4系統動いていた外部電源のうち3系統が余震で停止。8日夜時点で1系統を除き動いている。燃料プールの冷却機能は、2号機で1時間21分、3号機で59分、1号機で53分間停止した。東北電力によると、プールのポンプが異常を感知し自動停止したという。
 1~3号機の原子炉建屋の使用済み燃料プールからは、水があふれた。揺れであふれたとみられ、地震動とプールの水が共振して揺れが大きくなる「スロッシング現象」が起きたかどうか調べる。
 定期点検中の東通原発1号機のプール冷却機能も26分間停止。非常用発電機の燃料漏れも見つかった。
 福島第1原発の1号機では、余震直後の8日午前零時に、格納容器内の放射線量が毎時100シーベルトになった。7日午前までは同30シーベルト台で推移しており、東電は「値がふらついており故障の可能性が高い」としている。
(中略)
 福島第1原発の作業員は無事で、1~3号機の原子炉を冷やすための注水や、1号機格納容器内での水素爆発を防ぐ窒素注入作業は8日も継続した。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011040990003059.html

話は違いますが、、、
窒素の「窒」という字には 塞(ふさ)ぐ、塞がる、止まる、通らぬ、(満杯になって)詰まる…等の意味があります。
女性器の陰門より子宮に達する道に「膣」の名があるのは、しかしそれらの意味合いではありませんで、「膣」の字に肉が生ずるとの謂があり、その芽出度い、プラスの義による呼称のようです。
実際、膣は筋肉性の管で塞がってはおらず、塞がってればそれは「膣閉塞」という病気なので医者にかからないといけない。
以前、「土浦」という字をキーボードで叩いたところ、打ち間違って「膣ら」と出てしまい、横から覗き込んでた女性に白い目で見られてしまったことがありましたよ。
そんなことを不図思い出しました。

Jerry Lewis – Typewriter(on German TV 1973)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

あゝ、そうだ、考えてみると英語のタイピングではスペルミス(spelling mistake)はあっても誤変換はないですよね。

女優/歌手のジェーン・バーキン(Jane Birkin)が東日本大震災の被災者を支援するため来日し、6日に都内で募金活動やライブコンサートなどの支援活動を行った。
 40年前から現在までに十数回日本を訪れているというバーキンは、「フランスのみでなく、世界中があなたたちの姿に感動しています。私は今日こ こに、直接『愛しています』と伝えるためにやってきました」と語りかける。
http://www.afpbb.com/article/entertainment/music/2794695/7054662

懐かしい名前です。この人もまたフランスの女優に多い(生まれ・国籍はイギリス)、お騒がせ系の人ですが、どういうわけか日本を気に入ってくれてるようですね。
一度、ささやき声でなく、ちゃんとした声で歌うのを生で聞いてみたい。

Jane Birkin et Serge Gainsbourg – Je t’aime… moi non plus(1969)ジュ・テーム モワ・ノン・プリュ
この歌にも横溢している69年の至福感・昇天感・終末感・燃え尽き感は、由紀さおり「生きがい」(1970)、ザ・ベルズ「恋はつかのま」(1971)あたりまで、連綿と続いていきます。それらは炉内の銑鉄のように熱く燃え滾ったひとつの時代の「終わり」を象徴しているかのようです。

Jane Birkin – Ex-Fan des Sixties(1978)思い出のロックンローラー
お名前ソングです。

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