日別アーカイブ: 2010/08/15 日曜日

特報 けふ正午に重大放送 国民必ず厳粛に聴取せよ

終戦の詔勅(玉音放送)昭和20年8月15日

  ※(追記:この動画は削除されました

 

玉音放送は明治維新以来の国体カルトに終止符を打った功績により千金の重みを持つ。
国体カルトは一般に国家神道と呼ばれてきたが、神道の本来とは似て非なるものである。
明治・大正・昭和三代の天皇とてこのカルトの狂気に巻き込まれマインドコントロールされてしまった孤弱な人間でしかなく、明治維新から大日本帝国滅亡までの期間は皇室にとって不幸で迷惑な時代であった。

かかる国体カルトの主たる司祭は大日本帝国陸海軍の代々の指導者たちである。さらにいえば明治時代の藩閥、とりわけ薩長閥であろう。彼らは日本における国家主義・全体主義として日本人にもっとも効果的な国体信仰を創り上げていった。
大東亜戦争の頃には人間の良心・近代的知性との齟齬を埋めるため「五族協和」「民族解放」などといった、らしからぬ新教義まで作られた。

一国滅亡の現実にいたるまで、誰もそれを止めることが出来なかった。止めたのは落とされなくても済んだかもしれない二発の原子爆弾と、昭和20年の今日8月15日正午にNHKがラジオ放送した天皇自らが読み上げたポツダム宣言受諾を知らしめる詔勅の音声、すなわち玉音放送である。

その放送の意味するところが直ちに敗北、無条件降伏につながると正確に理解できた国民はほとんどいなかったようだ。かの永井荷風さえ伝聞で「休戦」と理解したくらいである。

戦艦ミズーリにおける降伏文書調印式 昭和20年9月2日

8月15日から9月2日までの19日間、日本人はどのような思いで過ごしたのだろうか。
外地の日本人は敵国内にいる敗戦国民として逃避行を始める。早くから植民地として皇国化の進んでいた朝鮮・台湾においても石もて逐われる惨状である。

日本本土にいた台湾人・朝鮮人の中には、戦勝国民となったと勘違いし、以降の数年間、徒党を組んで渋谷・新宿・池袋・新橋、あるいは神戸・大阪・北九州などで、暴れまくった者が多かった。特に渋谷の銃撃戦は今でも語りぐさとなっている。

戦後の日本もまた惨憺たるものであったが、深くものを考えず空気に迎合し成り行きに任せようとする国民性と目標への集中力、東西冷戦のパワーバランスが相まって、1940年代末から50年代、そして60年安保闘争に至る時期、皮肉にも日本の復興は急速に進んでいった。

当時、日本共産党は共産革命を遂行すべく武装闘争をしていた。戦前からそうであったが在日の活動家も多数いた。一般国民にも社会主義・共産主義のシンパは多く、70年安保の頃まで一定のボリュームを保持していた。
同じく、創価学会はこの時期、国立戒壇建立を唯一の目標として信者勧誘と選挙運動に全力を注いでいた。当然、国立戒壇は憲法違反である。この団体にも在日が多く加入している。

手段は暴力・武力、数の力と異なれども、どちらも日本国の権力を独占的に掌握しようとしていた点では共通している。対立者の存在を許さない体制・社会、それは即ち全体主義・ファシズムである。
国体カルトであれほど酷い目に遭わされた大衆がなぜ新たなファシズム運動に参加したのか、今の人には理解し難いかもしれない。
貧困からの脱出、あるいは貧困を生む構造そのものへの憎悪は、おそらくその動機の第一であったろう。無学な者でも活動実績如何によっては出世できる組織、ということもあったかもしれない。私は国体カルトが抜け落ちたあとの、心の空隙を埋める代替物であったと考えているがどうだろう。
ちなみに両団体とも、それらの目標を「放棄」し「平和勢力」を自称げることで、次の20年、運動の大衆化、組織拡大に成功している。

天皇陛下は戦後も相変わらず、ひどい扱いをされている。何しろ基本的人権が認められてないのである。生まれによって他の人間と峻別され、特別扱いされる。これも一種の差別だろう。
仕事は択べないし、引越しはおろか出歩くことすらままならない。政治的発言は禁止されている。何よりもナマ身の一個人が一国の「象徴」というのだからまともではない。

カルトというのはいったんそのマインドコントロールを克服したかように見えて、実は生きてる限りその影響から逃れることはむずかしい。捕虜となった者や特攻隊の生き残りが一生、申し訳なさで苦しむのはそのためだ。死ねと命じた軍幹部がのうのうと生き恥を晒しているにもかかわらずである。
純粋に一途に信じこむことは美徳ではないし、疑うことはけっして悪徳ではない。まずはそうとしか思えないことを疑ってみることである。解縛の端緒は自分で見つけるしかない。与えられるものではないのだ。

日本人にはファシズムに迎合する体質があると思う。基本的に何か大きな目標に向かって全員で同じことをするのが好きなのである。それにできれば避けたいと考えている“責任ある判断”をしないですむ。
しかしふたたび国体カルトが席巻することはなさそうだ。昔と価値観が決定的に違っている。
カルトが常に善意を装うことから考えれば、おそらく今後日本人が動員されるのは「反戦・平和・友好カルト」「環境保護・温暖化阻止カルト」「国境撤廃・民族融合カルト」といったものだろう。

世間擦れしていない若者は、うわべの主張やスローガンに惑わされ、正体を見抜けないのが普通であるし、
情に厚いマジメ人間ほど、赤子の手をひねるようにマインドコントロールされやすい。
とりわけ批判能力が低く、すぐに感化されてしまう日本人が新たなるカルト、新たなるファシズムに「トチ狂う」可能性は、かなり高いのではないか。

 

追加記事

三代目襲名

  ※(追記:この動画は削除されました)

 

三代目襲名
製作年 : 1974年
製作 : 東映
配給 : 東映
「山口組三代目」の続篇。前作で兄弟分を斬った田岡一雄が刑期を務め、出所後三代目襲名という名実ともに山口組の頂点に立つまでを、戦中、戦後の混乱期を背景に描く。原作は「実録山口組三代目・田岡一雄自伝」。脚本は「仁義なき戦い 完結篇」の高田宏治、監督は「極悪拳法」の小沢茂弘、
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD28548/comment.html

 

終戦直後、一部の在日朝鮮人、在日台湾人らの組織暴力に対抗し得たのは、戦前からの伝統的やくざか安藤昇の東興業のような新興やくざしかいなかったというのは、悲しいかな事実である。
彼らやくざ者が市民の役に立ったのはこの時くらいだ。
(2010年8月17日)

追加記事

 モリスは「特攻隊志願者は、武士道の思想と宗教の伝統の中に表われている日本人独特の死の形而上学という制約の中で生きてきた」という。特攻隊の手記には「敵への憎悪」を感じさせる記述がほとんどなく、「勝敗そのものよりも至誠の精神が先行する」価値観のもとで、より清らかな精神を示さんとする一種の義務感から、敢えて敵艦に体当たりして散華することを選んだと解釈している。それは、自分の清らかな精神のために「不条理な死」を敢えて行う、日本の悲劇的な英雄の姿そのものだともいえた。

<『誰も書かなかった「タブーの日本史」大全』321ページ より一部引用>

アイヴァン・モリスのこの心理分析は正しいと思う。
軍人や政治家など戦争指導者らは、至誠に生きることを美とする価値観を、戦争に勝つため命を惜しまぬことにすり替え、利用した。しかも死後に列せられる「名誉の殿堂」の宣撫装置まで設けて、マインドコントロールを行った。天皇尊崇の信仰的感情も道具にした。

日中戦争~大東亜戦争の指導者は、しかし彼ら自身もその犠牲者であったともいえる。元々は明治維新で生き残った元勲たちが始めたことで、昭和戦前の戦争指導者はその子や孫の世代に当たる。つまりは純粋培養されたバリバリの国体カルト信者だったというわけだ。昭和天皇自身も実のところそうだったろう。

こうした価値観のすり替え・利用は、アクティヴな反社会的セクトで常用されているマインドコントロール法で、例えば宗教においては「疑わないこと」「信じること」を善とし、教団への従属を強いている。いったんそのような精神的牢獄に入ってしまうと、抜け出すことは難しい。何しろどう考えるかを予め決められてしまっているのだから。

人間理解が足らない、社会的経験の少ない若者ほど、感化されやすいし、マインドコントロールされやすい。疑うことを知らぬ善人もそうだ。老人や女性もそうだろう。
また、かつて共産主義から転向して民族主義者になる例が多々見受けられた時代があったように、イデオロギーからイデオロギーへ、カルトからカルトへスイッチするような人も含まれる。太田龍などその代表選手だろう。
(2015年7月11日)

追加記事

(2016年11月19日)

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(2017年11月23日)

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(2018年6月17日)

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JAPANESE WAR CRIMINALS SENTENCED
(日本の戦争犯罪が宣告された)

2021/04/16
British Movietone
(22 Nov 1948) The War Crimes Court in Tokyo has passed sentence on Shigemitsu and Tojo amongst others.

(2021年4月17日)