楽園喪失(Paradise Lost)

 「地上の楽園」。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が北朝鮮をそう宣伝し、日本人妻を含む在日朝鮮・韓国人約9万3000人が船で玄界灘を渡った「帰国事業」から、14日で50年を迎える。帰国者の大半を待ち受けていたのは「楽園」ではなく、「地獄と差別」(脱北者)だったという。
(中略)
 「このままでは笑うのは金正日(総書記)と総連。最高裁まで頑張ります」と話すのは、昨年、朝鮮総連の責任を問う損害賠償請求訴訟を起こした元帰国者の高政美さん(49)だ。
 高さん側は1審・大阪地裁で、帰国で苦痛を受けたのは実情を隠した朝鮮総連の責任と主張したが、判決は損害賠償権は20年で消滅するとの「除斥期間」を適用、訴えを退けた。
 高さんの両親は、朝鮮総連のいう「学校も医療もただ」との宣伝を信じて昭和38年、帰国船に乗った。高さんは3歳だった。
 北朝鮮・清津港に着くなり現実に気づいて下船を拒否した兄はとらえられて拷問を受け、精神を病んで死亡。父も政治犯収容所に収監された。高さん自身は大量飢餓時代におびただしい死体の処理を強制され、平成12年に中国へ脱出。4年前に日本帰国を果たした。北朝鮮には家族がいる。悩んだ末の訴訟だった。高さんは「私の時代に何があったのか伝えたい。目をつぶることはできない。両親が『ごめんなさい』と言い続けたのが忘れられないから」と話す。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091211/plc0912112304021-n1.htm

映画「キューポラのある街」では、後半のエピソードとして、タカユキの友人サンキチの一家が、この帰国事業により、川口を去っていきます。
途中で帰ってきてしまうサンキチを再び送り返そうとするジュンとタカユキの善意、そしてそれぞれの途を力強く歩み始める子供たちの希望にあふれた姿が描かれ、エンドマークとなります。
確かこの映画は文部省推薦になったんじゃないでしょうか。

シングル「未成年」 c/w 「キューポラのある街」吉永小百合シングル「兄貴を呼ぶ丘」 c/w 「レモンスカッシュの恋」市川好郎

(上左)シングル「未成年(日活映画「続キューポラのある街 未成年」主題歌)」c/w「キューポラのある街」吉永小百合 1965年5月
(上右)シングル「兄貴を呼ぶ丘」 c/w 「レモンスカッシュの恋」市川好郎 1966年4月

それにしても運命は冷酷です。人生の岐路で人は判断を迫られることがある。あるいは何かをついうっかり信じてしまったりする。

Candy and The Kisses – I’ll Settle For You(1972)

Diana Ross – I’ll Settle For You
ダイアナ・ロス – アイル・セトル・フォー・ユー
from the album “Surrender”(1971)サレンダー

それが、後になっていくら悔やんでも取り返しのつかない、ポイント・オブ・セーフ・リターンだったりするわけで。
嬉々としてこの世の地獄へ飛び込んでいった人たちがまことに哀れでなりません。
そしていま現在もその地獄は続いているという・・・

Nat “King” Cole – Return To Paradise(1953/06)
orchestra conducted by Nelson Riddle
from the movie “Return To Paradise”(1953)楽園に帰る

A top-20 track on both the Billboard and Cash Box singles charts was this theme from the Gary Cooper film, adapted from a James Michener story.

Frank De Vol and his Orchestra – Return to Paradise(1960)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Values – Return To Me(1962)

Out of Los Angleles, this classic, slick, big city doo-wop effort was one of several singles issued on the tiny L.A. label, Invicta Records which was distributed by CIRCA (Consolidated International Record Company). it’s a head scrtcher as to why the first pressing credited the true composers, Danny DiMinno and Carmen Lombardo while the second pressing issued nearly one year later, credited William Fry. Another lost piece of L.A, vocal group perfection recorded in August 1962 at Hollywood’s Gold Star Studios, the tune was fortunate enought to be re-issued nearly three years later in Britain with a marvelous picture sleeve.

Roy Orbison – How Are Things In Paradise

Charmaine – Send My Baby Back To Me(1964)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Garry Miles – How Are Things In Paradise(1964)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Showmen – In Paradise(1965/05)

The Herd – Paradise Lost(1967)

The Temptations – Please Return Your Love To Me(1968/07/16 mono version)愛を返して
日本盤シングルでは “I’ve Passed This Way Before” のB面。

produced by Norman Whitfield
Pop Chart Peaks: Record World 21, Cash Box 23, Billboard 26 – R&B Peak: 4
Their following single release would be the million-selling “Cloud Nine”.

Bryan Evans – Paradise Lost

This is a B-side single to “We’re Going Wrong” and is written by Bryan Evans.
The 45 was released in 1971 by CBS Records and the catalog # is 5392.
This group is from the UK.

目に見える部分では、私と朝鮮文化の接点は梶山季之の『李朝残影』、フォーク・クルセイダーズの『イムジン河』、桃屋の『キムチの素』同『ナムルの素』、そして今にして思えば小学校のときのクラスメート朝倉くんの存在でしょう。彼はいわゆる番長でした。
あとは映画の“助監”に、北か南かは分かりませんでしたが向こうの国籍の人がいて、無意味にいじめられたことを鮮明に覚えています。
私は「焼肉」「ホルモン焼き」が好きではないので、付き合い以外は店に行くことはないですね。

 

ザ・フォーク・クルセイダーズ – イムジン河

追加記事

2015/05/02
【日本人の座標軸(42)】
「地上の楽園」と喧伝した北朝鮮の欺瞞…加担した「日教組」は許せない
 1959(昭和34)年12月14日、北朝鮮に向けた帰国船が新潟港から出航した。当時、北朝鮮と国交が成立していなかったから、朝鮮赤十字会などが実施した事業であった。
 1984(同59)年までに実に9万3340人が帰国したが、そのうち6839人は日本人やその子といった日本国籍を持つ人たちだったと伝えられている。こうした数字もさることながら、帰還船を見送る人たちで新潟港が埋め尽くされたことを、私たちの年代ならはっきりと覚えている。
 在日朝鮮人は朝鮮半島南部の人が多かったと言われていたから、その人たちにとっては異郷への帰還であったことになる。帰国船の費用は北朝鮮が負担したが、その後は、初代万景峰号が使われたのであった。
 この船は朝鮮総連の人や日本への工作員の送り込みにも利用されたとみられている。当時、北朝鮮は韓国より優位に立っていた。朝鮮動乱後、日本には「進歩的学者先生」と揶揄(やゆ)された人たちが多くいた。総じて彼らは靖国神社参拝に拒否反応し、遊就館を「戦争を美化する施設だ。撤去すべし」と主張した。私は彼らに問いたかった。「あなたたちは遊就館を時間をかけてごらんになりましたか」と。
 その後、朝鮮総連は北朝鮮を「地上の楽園」「衣食住の心配がないところ」などと宣伝した。それにだまされて帰国した人も少なくなかったであろう。忘れてはならないのは、それに呼応した進歩的文化人・革新政党・革新団体が繰り返し、北朝鮮の発展の様子を伝え、在日朝鮮人に帰国の決意を促したことである。特に北朝鮮を訪問し、賛礼した寺尾五郎の『38度線の北』は帰国希望者に大きな影響を与えたと言われる。
(以下略)
http://www.sankei.com/west/news/150502/wst1505020012-n1.html

(2015年5月7日)

追加記事

2018/08/20
北朝鮮が自らの地を「地上の楽園」と称して行った帰国事業は国家による誘拐行為だとして、脱北者5人が8月20日、北朝鮮政府を相手取り、1人あたり1億円(計5億円)の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。
(中略)
北朝鮮政府が1959年から1984年ごろにかけて行った帰国事業で、「地上の楽園」と虚偽の宣伝を行い、原告らを含む在日朝鮮人を錯誤に陥らせて北朝鮮に帰国させ、人が健康に生存するに足る食糧を与えなかったとしている。また、国家に抵抗しようとする人たちを政治犯収容所に送って弾圧し、北朝鮮からの出国を認めないなど、自由な往来も制限し、原告らの基本的人権を抑圧し続けたとしている。
東京・霞が関の司法記者クラブで同日開いた会見で、原告代理人の白木敦士弁護士は「内容に異議があれば、堂々と日本の法廷に争いに来てほしい。勝訴判決をもとに、北朝鮮政府が有する財産に対する強制執行をしていきたい」と述べた。

<北朝鮮政府を脱北者5人が提訴「地上の楽園」大ウソで人生台無し…損害賠償5億円求め(弁護士ドットコム) – Yahoo!ニュース より一部引用>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180820-00008396-bengocom-soci

(2018年8月20日)

追加記事

(2023年7月9日)

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