」タグアーカイブ

I’m in the Mood for Love

 テレビドラマ「事件記者」の新聞記者役などで知られ、舞台などでも活躍した俳優の山田吾一(やまだ・ごいち)さんが13日、心不全のため神奈川県内の自宅で死去した。79歳。通夜は18日午後6時、葬儀・告別式は19日午前10時半、横浜市港北区樽町2の13の15、双葉斎場で。喪主は長女、亜樹(あき)さん。
 舞台活動などを経て、昭和33年にNHKのドラマ「事件記者」に出演。「ガンさん」と呼ばれる熱血記者役で人気に。コメディードラマや時代劇の脇役などで存在感を発揮し、平成2年に旗揚した劇団「吾一座」でも活躍した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121015-00000586-san-ent

映画よりテレビドラマの出演が記憶に残ってます。

気になる嫁さん(1971年 – 1972年、NTV)
雑居時代(1973年、NTV / ユニオン映画)
気まぐれ天使(1976年、NTV / ユニオン映画)

……あたりは、軽妙なキャラの脇役でしたが、
でも、先ごろ亡くなった大滝秀治さんと同じく、やっぱり目がどこか恐い。
実際、悪役でもいい芝居してましたしね。
善人・悪人・ひょうきん者・真面目な人、なんでもござれの名優でした。
ご冥福をお祈りいたします。

シンガーズ・スリー – 気になる嫁さん(1971)
日本テレビ『気になる嫁さん』(1971)主題歌。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

山口いづみ – そよ風のように(1973)
日本テレビ『雑居時代』主題歌。

小坂忠&ウルトラ – 気まぐれ天使(1976)
日本テレビ『気まぐれ天使』主題歌。

  ※(追記:この動画は削除されました

 
◆    ◆    ◆

 よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の男女漫才コンビ「西川まさと・吉田かおり」の吉田かおりさんが12日午前7時、心不全のため大阪府内の自宅で死去していたことがわかった。45歳だった。告別式は14日、自宅近くで営まれ、父親の吉田威さんが喪主を務めた。
 吉田さんは1989年「ミスヤマハ ミスコンテスト」優勝。90年よりモデル・レースクイーン・イベントコンパニオンなどを務め、フリー司会者としての活動を経て2006年4月、西川まさとと漫才コンビを結成し吉本入り。同年8月に今宮戎漫才新人コンクール決勝進出し、主に寄席の舞台での漫才やMCとして活躍した。
 相方の西川は「突然のことにいまはただ驚き、信じられない気持ちでいっぱいです。数少ない男女コンビとして、ようやく、自分たちの漫才の形ができて、最近はよく笑いを取れるようになっていました。11月の単独ライブを本当に彼女も楽しみにして、準備を重ねていた矢先です」と、突然の死去に気持ちの整理がつかない様子。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121015-00000333-oric-ent

よしもと  吉田かおり  BLOG
よしもとクリエイティブ・エージィエンシー所属 漫才師 コンビ名「西川まさと・吉田かおり」
2012年10月15日 (月)

ファンの方へ
いつも吉田かおりのブログをご覧いただき、ありがとうございます。

すでに報道等でご承知かと存じますが、吉田かおりは10月12日午前7時、永眠いたしました。

吉田かおりはこのブログで近況を伝えたり、みなさまからコメントをいただくことを楽しみにしておりました。

本人に代わって、お礼を申し上げます。本当にありがとうございました。(スタッフ一同)
http://kaori316.laff.jp/

突然死だったようです。
私より若い人が逝くというのは非常に切ないですねえ、、、

◆    ◆    ◆

 20年以上にわたる内戦や混乱を経て平和を実現したカンボジアの「国民統合の象徴」だったノロドム・シアヌーク前国王が15日、滞在先の北京の病院で死去した。89歳。政府は死因を「病気のため」とし、前国王の側近は心不全と述べた。
 1941年に18歳で即位。53年、旧宗主国フランスからの完全独立を達成し「独立の父」として国民から敬愛された。大国の利害に翻弄され、クーデターや内戦、混乱に明け暮れた小国カンボジアの現代史を体現するような人生を送った。前言を翻したり、引退騒ぎを繰り広げたりしたため、「気まぐれ殿下」とも呼ばれた。
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20121015/frn1210151219002-n1.htm

シアヌーク殿下。懐かしい名前だ。
弱小国の王らしく、常に強い者の力を利用し、裏切りも辞さなかった、権謀術数の人。
やはりクメール・ルージュの暗黒時代を用意してしまったことが最大の汚点だろう。

◆    ◆    ◆

日本地震学会は16日に始まる大会で、「地震予知」の是非について本格的な議論に取り組む。地震予知研究のきっかけとなった提言からちょうど50年。「本当に実現できるのか」という疑問の声もある一方で、研究はずっと続いてきた。日本地震学会から「予知」の言葉が消えるのか――。
 「地震予知のブループリント(青写真)」と呼ばれる提言書が作られたのは1962年。約80人の地震学者による提言書にはこうある。「地震予知がいつ実用化するか現在は答えられない。しかし、10年後には十分な信頼性をもって答えられる」。その3年後に地震予知研究計画が始まり、今も続く。だが、50年たった今も地震を予知できる前兆現象は見つかっていない。
 「地震の前兆は複雑で予知はできない。予知計画は幕を引くべきだ。予知は予算獲得のスローガンでしかない」。東京大のロバート・ゲラー教授は力説する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121014-00000021-asahi-sci

地震予知は絶対できないと言ってることで有名なロバート・ゲラー教授。
果たして個人の意見なのか、アメリカの「日本に地震予知をさせたくない」との意思の代弁者なのか。
私は自然現象である以上はその前兆現象を研究すべきだと思ってます。

「習氏ら高級幹部子弟による『太子党』と、江氏らの『上海閥』は一体化して、胡氏率いる『団派(共産主義青年団)』と敵対している。これまで、団派が中央だけでなく地方でも約60%の書記を押さえて優勢とみられていたが、ここに来て、太子党+上海閥が猛烈に逆襲している」
 こう語るのは中国事情に詳しい評論家の黄文雄氏。台湾出身で、拓殖大学日本文化研究所客員教授も務めている。
 「太子党である薄煕来・前重慶市党委書記が失脚したのも、胡氏の筆頭補佐官の息子がフェラーリで死亡事故を起こしたのも、激しい権力闘争の一端だろう。そんな時に、日本が尖閣諸島を国有化した。台湾などの情報では、習氏はこれを利用して、胡氏の影響力を削ぐため、古巣の浙江省に籠もって、反日デモと尖閣工作を陣頭指揮していたようだ」
(中略)
都市部だけでなく、農村部でも所得格差は深刻なうえ、官僚腐敗への不満は高まっており、年間18万件から30万件の暴動が発生している。黄氏はいう。
 「民衆の不満はピークに達しつつある。もともと、中国では太子党や上海閥への人気はない。『上海人=裏切り者、お金だけの人』という意味合いもあるほどだ。習氏は八方美人的なところがあり、利益配分もうまくいかないだろう。国内の混乱や人々の不満をそらすために、さらに過激な『反日強硬路線』をとる可能性がある。日中衝突はあり得る」
(中略)
黄氏はいう。
 「中国と日本では文化も文明も違う。『価値観の共有』など無理だ。日本では『お互いが腹を割って話し合えば…』などとよく聞くが、中国人相手に腹を割れば、いいカモにされるだけ。孫子の兵法には『兵は詐を以て立ち』とあり、彼らは相手を欺くことを考えている。中国人とどう付き合うかではなく、まず、付き合わないことを考えるべき。次善の策として、付き合わざるを得ない場合、どうするかを考えた方がいい」
http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20121015/frn1210151810004-n1.htm

日本は先の大戦の反省から他国への政治的干渉や介入を封印してきた。そのかわりお金をバラまくという経済的影響力を行使してきた。しかしこれは日本側が考えているほどには感謝されてないし、相手国の国民がその恩恵に浴しているかというとそうとも言い切れない。
一方、外国は自国に有利になるようあの手この手で日本の政治に介入している。アメリカは別格として、韓国・朝鮮・台湾・中国・ロシア・イギリス・フランスあたりはその代表選手だろう。
もし中国が日本との紛争を武力で解決しようと考えているなら、日本の無策は致命的である。だからといって戦争はすべきではない。
私は永年の封印を解き、敵対してくる国に対しては知恵と経済力を駆使して分断工作をするくらいの国民への「責任」と「愛」を、この国の政府に持ってもらいたいと思うのだ。

Q. ウィンドウズ8搭載のパソコン新機種が続々と発表されました。従来のパソコンと比べて、どういった違いや特徴がありますか?

A.大きな違いは、タッチ操作への対応。スマートフォンやタブレット端末のように、液晶ディスプレー上を指で触って操作できる機種が大幅に増えています。
 10月26日に発売されるウィンドウズの次期バージョン「ウィンドウズ 8」。10月12日から、ウィンドウズ8を搭載したパソコン新機種の予約がはじまるなど、新OSの発売に向けてカウントダウンが進んでいます。
(中略)
 新OSであるウィンドウズ8の特徴は、「タッチ操作」への対応です。ノートパソコンはもちろん、液晶一体型デスクトップパソコンにも、タブレット端末やスマートフォンと同じ静電式のタッチパネル液晶ディスプレーを採用した機種が、多数登場します。
 タッチ操作に対応した機種では、ディスプレー上を指で直接触ることでパソコンを自在に操作できるのが魅力。これまでパソコンを操作する機器というと、マウスとキーボードの二つでした。しかし、ウィンドウズ8からはタッチ操作を加え、三つの方法が使えるようになります。
(中略)
 では、タッチ操作が可能なパソコン新製品を見ていきましょう。まずは液晶一体型デスクトップパソコン。ソニーの「VAIO Tap 20」は、20型のタッチパネル式液晶を採用した新シリーズです。ディスプレー(本体)が水平まで倒れるのが特徴です。ディスプレーの角度によって、パソコンとしても大きなタブレット端末としても使えます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121015-00000301-yomonline-sci

タッチ操作対応となると指先の角度からして、iPadみたいな使い方が自然なわけで、となると、デスクトップとかラップトップ(ノートブック)とか淘汰されちゃいそう。

McGuinn band – Eight Miles High(live 1973)

The Index – Eight Miles High(1967)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Barbra & Viv Gorman – I Get A Date At Eight(1957)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Frank Chacksfield and His Orchestra – Dinner at Eight

「8」つながりで、こういうのどう?

The Good Girls – I’m In The Mood For Love(1963)恋の気分で
ミュージカル映画『Every Night at Eight(夜毎八時に)』(1935)の挿入歌。
作者は「On the Sunny Side of the Street(明るい表通りで)」「Exactly Like You(イグザクトリー・ライク・ユー)」「I Can’t Give You Anything But Love, Baby(捧ぐるは愛のみ)」の名コンビ、Dorothy Fields ドロシー・フィールズ(作詞)とJimmy McHufh ジミー・マクフュー(作曲)。

Out of Los Angeles, a one disc deal on the Counsel label for Tisha Cooper and Cindy See who were credited as the GOOD GIRLS. The old tune from the American Songbook gets a sweet, girl-pop arrangement by the legendary, Perry Botkin, Jr. Recorded in October 1963 at Hollywood’s Gold Star Studios, the girls would schlep back to studio’A’nine months later after hooking up with teen singer, Chad Allen and record the first of two singles as the CHADONS for Chattahoochee Records.

「夜毎八時に」で思い出したが、前出のドラマ「気になる嫁さん」「雑居時代」「気まぐれ天使」、あれ午後8時放送だったんじゃないか? もちろん週1だけど。

The Chimes – I’m in the Mood for Love(1961)

Dig Richards with The R’Jays – I’m In The Mood For Love(1961)

Four Aces Featuring Al Alberts – I’m In The Mood For Love(1955)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Nat “King” Cole – I’m In The Mood For Love

James Moody and His Band – I’m In The Mood For Love(1949 his original version)

“I’m In The Mood For Love” aka “Moody Mood For Love”
Here’s jazzman Moody’s original famous alto sax improvisation on the 1935 Jimmy McHugh-Dorothy Fields song hit, recorded in Sweden in late 1949 and issued by Prestige in the U.S. in 1950. With new lyrics by vocalese pioneer Eddie Jefferson, this particular melodic variation of “I’m In The Mood For Love” became known as “Moody Mood For Love,” further popularized in a 1952 vocal recording by King Pleasure (real name: Clarence Beeks). That version, which also features Blossom Dearie voicing the piano solo passage, is included in this channel’s 1952 HITS
ARCHIVE collection.

Frances Langford – I’m In The Mood For Love (1944)

from May 13, 1944 Command Performance radio show

Ted Russell and his Orchestra – I’m In The Mood For Love(1935)

Mike Riley-Eddie Farley and their Onyx Club Boys as “Ted Russell & his Orchestra”
recorded in NYC October 23, 1935
The 1935 Paramount musical “Every Night At Eight” starred George Raft and is probably best-remembered by many as the film in which Frances Langford introduced this, her signature tune. Also included in the score were “I Feel A Song Coming On” and “Take It Easy,” both of them performed on-screen by the trio of Langford, Alice Faye (on loan from Fox), and Patsy Kelly.

Louis Armstrong and his Orchestra – I’m In The Mood For Love(1935)
vocal: Louis Armstrong

recorded in NYC October 3, 1935
The 1935 Paramount musical “Every Night At Eight” starred George Raft and is probably best remembered by many as the film in which Frances Langford introduced this, her signature tune.

Frances Langford with Mahon Merrick and his Music – I’m In The Mood For Love(1935)

recorded in Los Angeles July 31, 1935
The 1935 Paramount musical “Every Night At Eight” starred George Raft and may be remembered by many as the film in which Frances Langford introduced her signature tune “I’m In The Mood For Love.” For the also-popular version by Little Jack Little

Paul Whiteman and his Orchestra – I’m In The Mood For Love(1935)
vocal: Ramona Davies

recorded in NYC July 10, 1935
The 1935 Paramount musical “Every Night At Eight” starred George Raft and is probably best-remembered by many as the film in which Frances Langford introduced this, her signature tune. For the flip side “I Feel A Song Comin’ On,”

Little Jack Little and his Orchestra – I’m In The Mood For Love(1935)
vocal: Little Jack Little

recorded in NYC July 8, 1935
The 1935 Paramount musical “Every Night At Eight” starred George Raft and is probably best-remembered by many as the film in which Frances Langford introduced this, her signature tune. Also included in the score were “I Feel A Song Coming On” and “Take It Easy,” both of them performed on-screen by the trio of Langford, Alice Faye (on loan from Fox), and Patsy Kelly.

Leo Reisman and his Orchestra – I’m In The Mood For Love(1935)
vocal: Frank Luther

recorded in NYC June 17, 1935
The 1935 Paramount musical “Every Night At Eight” starred George Raft and is probably best-remembered by many as the film in which Frances Langford introduced her signature tune “I’m In The Mood For Love”. Also included in the score were “I Feel A Song Coming On” and “Take It Easy,” both of them performed on-screen by the trio of Langford, Alice Faye (on loan from Fox), and Patsy Kelly.

<参考>
George Hall and his Hotel Taft Orchestra – I’m In A Dancing Mood(1936)
vocal: Johnny McKeever

recorded in NYC December 1, 1936
This flipside of Hall’s “The Night Is Young And You’re So Beautiful” is a song that originated in the British musical comedy (and later motion picture) “This’ll Make You Whistle.” Jack Buchanan and Elsie Randolph starred in both the stage and film versions. Tommy Dorsey’s version

<参考>
Tommy Dorsey and his Orchestra – I’m In A Dancing Mood(1937)
vocal: Jack Leonard

recorded in NYC November 24, 1936
This “Hit Parade” song originated in the British musical comedy (and later motion picture) “This’ll Make You Whistle.” Jack Buchanan and Elsie Randolph starred in both the stage and film versions.

以下、「ムード」「Mood」「In The Mood」を含む投稿。

追加記事

“Terremoti, previsioni impossibili”: early warning ti avvisa pochi secondi prima
Pubblicato il 23 ottobre 2012 09:30
ROMA – Prevedere i terremoti è impossibile. Né le emissioni di gas radon, né i monitoraggi con i satelliti Gps potranno svelare quando un terremoto arriverà, ma solo dove. Nonostante il Giappone e gli Stati Uniti continuino a cercare di definire “un meteo per i terremoti“, scrive Repubblica, per ora non vi sono modi per prevedere eventuali scosse.
http://www.blitzquotidiano.it/scienza-e-tecnologia/terremoti-previsioni-impossibili-early-warning-radon-gps-1374757/

23/10/2012 – LA SENTENZA, STUPORE E POLEMICHE
Terremoto dell’Aquila
Scienziati condannati
Sei anni di reclusione, non diedero
il giusto allarme prima del disastro
FLAVIA AMABILE
ROMA
Avevano rassicurato gli aquilani una settimana prima del sisma, era molto improbabile che una forte scossa potesse verificarsi. Previsione sbagliata, consiglio improvvido, come si capì alle 3,32 del 6 aprile 2009 e ancora meglio nei giorni seguenti. E quindi il giudice unico Marco Billi ha condannato a sei anni di reclusione, per il loro ottimismo, i sette componenti della commissione Grandi rischi: sei esperti e il vice direttore della protezione civile, Bernardo De Bernardinis.
http://www.lastampa.it/2012/10/23/italia/cronache/terremoto-dell-aquila-scienziati-condannati-9D3N8JAyrfPuw6nOjBmaXI/pagina.html

イタリア地震学者7人に実刑 予知失敗で刑事責任(10/23 14:00)
 3年前、300人以上が死亡したイタリア中部の地震を巡り、地震の予知に失敗し、安全宣言を出したとして地震学者ら7人に禁錮6年の実刑判決が言い渡されました。
 2009年に発生したラクイラ地震の6日前にイタリア政府の防災委員会は、大地震の兆候がないと判断していました。当時、この判断に関わった地震学者ら7人は、事実上の安全宣言により、被害を拡大させたとして過失致死傷罪に問われていました。7人は22日の判決で、求刑を上回る禁錮6年の実刑を言い渡されました。判決の理由について、裁判所は「当時の判断は不正確で不完全だった」などと指摘しました。7人は控訴する方針です。
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/221023029.html

これもなんだか変。まるで予知ができて当たり前みたいな。

Moses – Warning(1971)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

(2012年10月23日)

追加記事

 地震の研究者で作る日本地震学会は17日、函館市で特別シンポジウムを開催し、学会内部にある「地震予知検討委員会」を廃止する方針を明らかにした。
 地震の前兆現象をとらえて発生前に地震が起きる場所や時間などを特定して警報を出すという「予知」の目標と、現在の地震学の実力差が大きく、委員会の名称は「用語的に不適切」と判断したという。来年春の総会で正式に決めるという。
 これは要するに、多様な前兆現象を一様にとらえて、地震発生を事前に特定することは難しいというわけだ。
 もともと地震予知は無理だといわれていたのに、「予知」という言葉を掲げることで、これまで税金から膨大な研究予算を与えられてきた。それなのに、阪神大震災や東日本大震災も含め、まったく予知できなかった。
 それが今ごろになって、「実は予知できないのに、『地震予知』という用語は不適切だった」と言う。そんな言い方はないと思う。ならば、「いままで支払ったカネを返せ!」と言いたくなってしまう。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20121028/dms1210280707000-n1.htm

自ら利権返上とは はてサテ面妖な。
やっぱりアメリカの圧力か?
(2012年10月28日)