男と女」タグアーカイブ

(If Paradise Is)Half As Nice

東京は未明よりどしゃ降り。
篠突く雨、主従雨(あらぶりのあめ)、柴欂雨(しばくれあめ)、鉄砲雨、沛雨(はいう)、甚雨(じんう)、鬼雨(きう)……いづれも激しく降る雨を指す言葉だ。
これに風が加わると、重吹雨・頻吹雨・繁吹き雨(しぶきあめ)、
横殴りに降ると、斜雨(しゃう)、横雨(よこさめ)、横吹雨(よこしぶき)、なぐれ なんて言い方になる。
また梅雨に降る雨を、卯花下(うのはなくだし)などと昔は云ってたらしい。もちろん旧暦での話。

Jimmy Griffin – Cold Rainy Day
from the album “Summer Holiday”(1963)

以下、「雨」「Rain」「Rainshower」を含む投稿。

ミスコンに性同一性障害のある男子学生がエントリーしようとしたところ、「戸籍上の性別が女性である者のみ出場できる」という規約で委員会に拒否された。
その後、学生から議事録を借りた第三者が委員会とのやりとりをツイッターで公開。それを受けて委員会は戸籍性別要件を撤廃した。
しかし委員会は、この学生がツイッターで話題になったことで「知名度・話題性」の平等が保たれなくなったなどとし、最終的にエントリーは認めるが、書類選考が行われた場合「他の要素に関係なく最優先で落とす」と伝えてきたという。
http://www.j-cast.com/2012/06/20136429.html

ややこしいのである。
生物学的・医学的には肉体の性差は明らかで、半陰陽は疾患とされる。
問題は意外にも「らしさ」であり、「どう見ても男」「どう見ても女」のレベルにはなかなか達しない。肉体改造には自ずと限界がある。
そしてまた不思議なことには「どう見てもオカマ」「どう見てもレズの男役」というのは何となく分かる。「らしさ」へのこだわりがどうしても「色に出で」て伝わってくるし、見た目と異なる「らしさ」の強調は我々のつまらない常識を逆なでする。

日本においては宗教的禁忌の面は極めて希薄で、親から貰った体にメスを入れるのはどうかといった道徳観念や、均質性からの逸脱に対するナニ気な違和感のほうが強い。それでも社会の敵意に堪えかねた韓国のニューハーフが大挙して避難してくる状況から考えれば、日本はかなり寛容な国といえそうだ。

あとは本人とミスコン主催者とミスコン参加者と審査員と観客それぞれが、価値判断は抜きにして事実経過を認めるかどうかだろう。
割りきって「ニューハーフコンテスト」を設けたほうが分かりやすいことは確かだが、どう考えるのかは人それぞれで、正解はもちろん1つではない。
ニューハーフプロレスでチャンピオンを目指す人もいれば、「オリンピックとパラリンピックを分けるのは人権侵害だ」と怒る人もいるくらいだ。

川島芳子 – 十五夜の娘(1933)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Rita Pavone – Wenn Ich Ein Junge Wär(1963)
タイトルは「私が男の子なら」の意。2度目の引用。

Lesley Gore – Sometimes I Wish I Were A Boy(1964/09/29)男の子になれたら

Vicki and The Jokers – Si j’etais un garcon(1964)
「もし男の子だったら」の意。

Sylvie Vartan – Comme un Garçon(1967)男の子のように

  ※(追記:この動画は削除されました

 

前川陽子 – リボンの騎士(1967)
アニメ『リボンの騎士』主題歌(第27話から第52話まで使われた)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

藤圭子 – 新宿の女(1969)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

坂口良子 – まるで少年のように

  ※(追記:この動画は削除されました

 

松本ちえこ – ぼく(1976)
男の子のモノローグを女性アイドルが歌うだけだが、当時はかなり斬新な試みだった。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

郷ひろみ – 女であれ、男であれ(1982)

  ※(略)

 
◆    ◆    ◆

Wynn Stewart – Half of This and Half of That(1964)

  ※(略)

 

Them -(It Won’t Hurt)Half As Much(1965)

  ※(略)

 

La Ragazza 77 (Ambra Borelli) – Il paradiso della vita(1968)

Patty Pravo – Il paradiso(1969)

Amen Corner -(If Paradise Is)Half As Nice(1969)ハーフ・アズ・ナイス

Toby Jugg – If Paradise Is Half As Nice(1970)
Australia

Rosetta Stone – If Paradise Is Half As Nice(1977)

  ※(略)

 

Cheryl Baker – If Paradise Is Half As Nice

  ※(略)

 

 女優、長澤まさみ(25)の主演予定だったテレビドラマをめぐり、原作の許諾契約を一方的に解除され、制作中止を余儀なくされたとして、NHKが21日、出版元の講談社を相手取り、すでに支出した制作費など約5980万円の損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。原作者が脚本の内容に同意しなかったことが発端。制作、放送ともに白紙に戻り、長澤はじめ出演者、スタッフのショックは大きいという。
http://www.sanspo.com/geino/news/20120622/sca12062205060000-n1.html

民放同様、原盤管理やキャラクターなどのロイヤルティの商売も行なっている。
しかも事実上の税金で運営されているので、圧倒的に有利だ。
ドラマ作りにもバンバン金をつぎ込んでいる。

とろける股間 「股間若衆」男性裸体彫刻の受難史
(中略)
 明治以降、画家も彫刻家も西洋美術の神髄として男女の裸体表現に挑んだが、官憲により「風紀を乱す」として度々修正を求められたという。例えば朝倉文夫(1883~1964年)は第2回文展(明治41年)に出品した男性裸体彫刻「闇」で、股間の切除を命じられている。
(中略)
戦後になって一転、屋内外に限らず増殖していった。警視庁の玄関ロビーには皮肉なことに、あの朝倉文夫の男性裸体彫刻が置かれている。
 なぜタブーは破られたのか。木下教授は一つの理由として「戦後、軍服の対極として裸が求められた」と見る。戦没者を慰め、平和を祈念する像にはどんな姿がふさわしいか。「生まれたままの姿、つまり裸は人間を見つめ直すことに通じたはずです」
 現在工事中で一時撤去されているが、東京駅に向かって両手を広げる男性裸体彫刻「愛(アガペー)」(横江嘉純作、昭和30年)はBC級戦犯として刑場の露と消えた男たちの慰霊碑。駅前に設置されたのは、かつて多くの者がそこから戦場に向かったからだ。
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/120620/ece1206202031002-n1.htm

「軍服の対極としての裸」。
然り。人間性復興が戦後日本では事実上エロの復興となりました。
大日本帝国の国体カルトは、ナショナリズム・ショービニズムですから当然 日本人であるがゆえに抑圧されることはありませんで、
そのせいでしょうかねぇ、GHQが人権とか自由とかと言っても、それほど有難い気がしなかったんですね。
したがって「戦争が終わって良かったネ」で、オシマイ。
あんな酷い負け方をしたことから何の教訓も汲み取らないまま、今日に至ってます。

 

追加記事

2014/05/19
浅田は会見で「(来季は)全ての試合をお休みするという形にしたいなと思います。何を目指すか1年間じっくり考える年にしていきたい」と話した。また、「先のことはわからなくて、その時の流れに任せればいい。その次のシーズンについては、やはりまだハーフハーフかなと思います」と心情を口にした。
http://www.asahi.com/articles/ASG5M3PPJG5MUTQP00M.html

2015年2月25日に日本外国特派員協会に招かれた浅田選手は、英語ではなく、日本語で記者会見に応じました。

浅田選手の日本語を正しい英語に翻訳するのは左側の通訳の人の「お仕事」でした。日本語の『ハーフハーフ』を英語で『Fifty-Fifty Chance』と訳しました。

<2014/05/19 浅田真央って未だにハーフハーフの間違いに気… – Yahoo!知恵袋 より一部引用>
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11129313056

ザ・タイガース – ハーフ&ハーフ

  ※(追記:この動画は削除されました

 

(2015年2月26日)