中華圏のカラオケでは今も日本人作曲者の名を出さずに、あえて作曲:佚名とクレジットしていることが多いようです。
佚名とは名前が判らないということで、この場合は作曲者不詳ということになります。
もちろん本当はよく分かってるわけで、日本人の名前を出すと「親日」ということになり、その歌も世間的に歌いづらいという、そういうことなんですね。
日本人は敗戦後、欧米の楽曲に関して、そのようなことはしなかったので、国民感情、民族意識というのが日本人とはかなり違うなぁと改めて感じた次第。
以前にも書きましたが、台湾・香港・シンガポールあたりではそれでも、戦後、日本の流行歌がふつうにカバーされて歌われておりまして、永らく国禁としていた韓国とその対応が分かれていました。
華娃 – 與你歡笑(1978)
「はじめての出来事」
華娃 – 不能換 不能代(1979)
「ふれあい」
張南雁 – 風中暖流
潘秀瓊 – 午夜結他
「真夜中のギター」
徐小鳳(Paula Tsui) – 紅蘋果(1971)
「リンゴの唄」
葉麗儀(Frances Yip)- 午夜結他(1970)
「真夜中のギター」
葉麗儀(フランシス・イップ)はダイナミックでスケールの大きい歌を得意とする香港のベテラン・シンガー。
かつて日本進出を試みましたが成功はしなかったようです。
葉麗儀(Frances Yip)- 終着便(1974)
葉麗儀(Frances Yip)- 喝采(1974)
葉麗儀(Frances Yip)- X+Y=LOVE
陳依齡(Irene Chan) – X+Y=LOVE(1971)
<参考>
Sue Raney – Biology(1960/03)
タイトルは「生物学」の意。
陳依齡(Chen Yi Ling / Irene Chan) – 四個願望(1971)
歐陽菲菲(Ouyang Fei Fei)- 喝采
歐陽菲菲(Ouyang Fei Fei)- 雨中徘徊(1973)
「雨の御堂筋」
歐陽菲菲(Ouyang Fei Fei)- 我为你而来
歐陽菲菲(Ouyang Fei Fei)- 四個願望(1971)
鄧麗君(Teresa Teng) – 寂寞的花季
「ブルー・ライト・ヨコハマ」
鄧麗君(Teresa Teng)- 四個願望(1971)
作詞:莊奴
鄧麗君(Teresa Teng)- 四個願望(1978)
作詞:慎芝
ディスコ・アレンジの再録盤。
尤雅(You Ya)- 四個願望(1970)
この人も日本進出を試みたことがありました。
凌雲(Rita Chao)- 四個願望
金燕(Candy Shû)- 世界多美麗(1970)
「世界は二人のために」
まぁいろんな時代があって、中国大陸部が大きな音楽市場となり、日本のプロダクションも次々進出を果たしたが、あまり上手くいってるとはいえないようです。
一般にまだ遵法精神が低くビジネスの足場が固まっていない上、給料をあげてノウハウを教えている観がある。
手っ取り早く大金を摑むことばかりを考えて、商道も事業の社会的責任も弁えていない中国人社員が、あらあらノウハウを手にするとさっさと独立してライバル会社を立ち上げ、逆に攻めてくる(笑)
そもそも中国政府自体がノウハウや技術のキャッチアップを国策としているので、欲をかいて中国へ進出した甘チャンの日本企業はやられっぱなしです。
追加記事
视频: 原来我们都是听日本歌长大的啊!A
视频: 原来我们都是听日本歌长大的啊!B
视频: 原来我们都是听日本歌长大的啊!C
视频: 原来我们都是听日本歌长大的啊!D
中国では作詞作曲のクレジットが勝手に変えられているため、その歌が日本の楽曲とは認識されていないのだそうだ。
(2011年7月6日)
