日別アーカイブ: 2011/05/08 日曜日

カマトトぶる人たち

大阪の出版社・たる出版から『大阪で生まれた開高健』が刊行されました。
 本書では開高が青年期を過ごした大阪に焦点を当て、開高と大阪に縁のある人々がその思い出を綴っています。
(中略)
 数多い開高によるコピーのなかで、柳原さんが「不屈の名作」と称えるのがこちら。

 「人間」らしく
 やりたいナ
 トリスを飲んで
 「人間」らしく
 やりたいナ
 「人間」なんだからナ
http://www.webdoku.jp/tsushin/2011/05/07/083018.html

広告文案もそうですが、およそ言葉(音声や文字)によるメッセージは語られたその瞬間から独り歩きし、語った本人とは断絶してしまうものです。
仮に断絶していないかのように思えたとしても、それは語った本人のイメージとその言葉が頭の中で強く関連付けられているからでして、あくまでメッセージの受け取り手の内的な問題です。
結局、メッセージの実体は人間の行為の中にしかないのではないか。
たとえば開高健がトリスを飲んで何か人間らしい行為をしたとしたら、その行為自体がこのコピーと一体不二のメッセージの当体そのものでありましょう。

Stan Kenton – Abstraction(1955)
タイトルは「抽象化」の意。

言葉はあくまで抽象化された記号です。従ってそれ自体は実体を伴わない空虚なもので、それを価値の本質とすることは倒錯というべきだ、と私は思います。

Suntory Torys Whisky Commercial(1960’s)

Uncle Torys saloon

トリスでハワイ

トリス1967

 菅直人首相は1日の参院予算委員会で、東日本大震災をめぐる政府対応について、自民党の島尻安伊子氏が世論の評価が低いとただしたのに対し、「すべてが初めてのことなので完全とは言わないが、全力を挙げて対応してきた」と答弁した。
 この発言を聞いて平成7年に阪神大震災が発生した当時の首相、村山富市氏を思い出した国民も多かったのではないか。村山氏は自衛隊派遣など初動の遅れを指摘され「なにぶん初めてのことだから」と答えたため、首相としての資質が問われ支持率が急落したことがある。16年ぶりの大震災を受け、首相の「禁句」が再現されてしまった。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110507/plc11050718010015-n1.htm

日本人の弱点が露呈された格好です。
日本の総理大臣は権力があるようで実はそれほどじゃないし、何かするにも、関係各省庁の了解と協力を仰がなければ必ず頓挫してしまいます。
そういう政治のあり方(調整型、根回し型)に議員も慣れているので、強いリーダーシップを発揮する気が端(はな)から無い。
平時ならともかく、こういう非常時にそれでは国民の生命財産はとうてい護れません。
そしてまた強いリーダーシップを正しく発揮できる、見識と良識を持った政治家が日本にはいないというのも日本の限界を示しています。
前にも書きましたが、日本は平時には強いですが非常時には対応できません。そしてこれからはとうぶん非常時が続く。
日本が沈む一方なのは当然すぎるというべきでしょう。

Patti Page – My First Formal Gown(1956)
ロックンロールサウンドです。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Acker Bilk – The First Time Ever I Saw Your Face

Johnny Cash – The First Time Ever I Saw Your Face

Peter, Paul and Mary – The First Time Ever I Saw Your Face(from BBC “Tonight in Person” 1965)
in 1957, written by Ewan MacColl for his wife Peggy Seeger.
この時期のマリー・トラヴァースは痩せてますね。

Nana Mouskouri – Le première fois
The First Time Ever I Saw Your Face”
From the album “Dans le soleil et dans le vent”(1969)

Roberta Flack – The First Time Ever I Saw Your Face(1972)

Bobby Goldsboro – Summer(The First Time)(1973)
ちょうど今ごろの季節の歌ですね。