映画「男はつらいよ」シリーズの主人公、車寅次郎の知られざる少年時代を山田洋次監督が小説化することになった。
題名は「けっこう毛だらけ」。きょう6日から講談社が発売する「男はつらいよ 寅さんDVDマガジン」(全50巻、隔週火曜日発売)に連載される。寅さんが「悪ガキ」だった自身の思い出話を一人語りするスタイルで、初回は「命名 寅次郎」と題し、出生時の騒動が明かされている。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110105-OYT1T00920.htm
作品的には第1作目で、物語の「存在意義」は完結しております。
つまりそれ以降はそこから少しずつ外れて(幾つかのエピソードはTV版の再利用ではありましたが)ぶれていかざるをえなかったわけです。
連作としてのシリーズ構成が無かったものを、会社の要請によって出たとこ勝負で作り続けていったんですから、製作サイドとしては悪戦苦闘の連続だったでしょう。
松竹大船『男はつらいよ』(1969/08/27封切)予告篇
企画:高島幸夫、小林俊一
脚本:山田洋次、森崎 東
撮影:高羽哲夫
美術:梅田千代夫
音楽:山本直純
照明:内田喜夫
編集:石井 巌
録音:小尾幸魚
調音:松本隆司
監督助手:大嶺俊順
装置:小野里 良
進行:池田義徳
製作主任:峰 順一
現像:東京現像所
協力:柴又 帝釈天読誦会
川甚
東京きものセンター
原作・監督:山田洋次
スチル:堺 兼一
出演:
渥美 清、倍賞千恵子、光本幸子(新派)、笠 智衆、志村 喬(特別出演)、森川 信、前田 吟、津坂匡章、佐藤蛾次郎、関 敬六、三崎千恵子、太宰久雄、近江俊輔、広川太一郎、石島房太郎、志賀真津子、津路清子、村上記代、石井愃一、北 竜介、川島照満、水野皓作、高木信夫、大久保敏男、水木涼子、米本善子、大塚君代、谷よしの、後藤泰子、秩父晴子、佐藤和子
『男はつらいよ』M-1 開幕の音楽
Release – Topic
2022/03/16
『男はつらいよ』M-1 開幕の音楽 · 山本直純
「男はつらいよ サウンドトラック・ベスト」 (サウンドトラック)
Released on: 2019-07-31
Composer: 山本直純
Arranger: 山本直純
男はつらいよ ギターソロ
秋山公良
2013/01/05
山本直純作曲の男はつらいよの主題歌をギターソロにアレンジしてみました。かなりオリジナルとは違うコードを当てはめています。
楽譜はダウンロード配信サイト「@エリーゼ」にて発売中。
https://www.at-elise.com/elise/JPDPAK00010/
私のシリーズベスト3は以下のとおりです。
1 男はつらいよ 松竹=松竹 1969・S44 第1作 マドンナ光本幸子
2 男はつらいよ寅次郎恋やつれ 松竹=松竹 1974・S49 第13作 マドンナ吉永小百合
3 男はつらいよ寅次郎サラダ記念日 松竹映像=松竹 1988・S63 第40作 マドンナ三田佳子
映画第1作目で寅次郎が歌ったのが『人生の並木道』と北島三郎の『喧嘩辰』。
『喧嘩辰』はTV版の初回でも歌ってました。
1964年の東映京都作品主題歌を松竹の主人公が重要なシーンで歌うのですから、ずいぶんのんびりした時代だったんだなぁと……。
北島三郎 – 喧嘩辰(1964/04/01)
映画『車夫遊侠伝 喧嘩辰』主題歌。
作詞:有近朱実、作曲:関野幾生、編曲:福田 正
シリーズ第13作目『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』。吉永小百合は2度目の登場でした。
この作品でも寅次郎が『喧嘩辰』を軽くハミングするシーンがあります。
プラットフォーム脇のグラウンドでブラスバンドが練習をしている、タコ社長とさくらの無言のショットが何やら小津風なニオイなので、おやっ?と思ったら、この回はまさに親子関係がテーマ。無論タコ社長とさくらに血縁関係はありませんが、絵ヅラ的に意識したところがあったのかもしれません。
そういえば寅次郎がおいちゃんに渡すみやげは、壷ならぬ細長い陶器の花瓶でしたネ。
人力車夫喧嘩辰は愛の告白については実に開けっぴろげでしたが、それとは正反対の寅次郎の「秘めた愛」は、やはり俥曳きである小説の主人公無法松(富島松五郎)にルーツがあるのではないかと思われます。封建的な世界観に縛られたそういう人物自体が旧時代のものですから、寅さんもまた最初から「現代人」じゃなかったわけで、おそらくは現代人が喪ってしまったものの擬人化であったろうと考えられるわけです。
それに故郷へ帰るも受け容れられず、傷心のうちに去るというのは『瞼の母』の番場の忠太郎を連想させます。寅の故郷葛飾柴又では1作品に2回はそうした場面がありますし、親子関係という部分では『続 男はつらいよ』に『瞼の母』を思わせるエピソードが用意されています。
山田洋次関連で見ていくと、
生き別れの母に親子関係を否定される例では1968年『吹けば飛ぶよな男だが』(脚本山田洋次ほか、監督山田洋次)が、
久しぶりに故郷へ帰ってくるパターンは1964年『馬鹿まるだし』(原作藤原審爾、監督山田洋次)、『いいかげん馬鹿』(脚本山田洋次ほか、監督山田洋次)、1969年『喜劇 女は度胸』(原案山田洋次)などが、
怪人物が突然現れて、騒動を起こし去ってゆくパターンでは1966年『なつかしい風来坊』(脚本山田洋次ほか、監督山田洋次)が先行例として挙げられます。
『男はつらいよ』も大衆が親しんできたそのような「物語の構造」をしっかり受け継いだ作品ということがいえるでしょう。
永六輔が、生前の渥美清に『フーテンの寅さん』のラストシーンについて尋ねた。
その時、渥美清は「最後、寅さんは関釜フェリーに乗って、故郷に向かって玄界灘を越えるところで終わるんだ」と語ったという。
渥美清はフーテンの寅さんを「在日の人」として役作りをしていた。日本中が愛して涙した寅さんの性格を「在日気質」として演じていたというのだ。
<西本頑司『“在日タレント”が芸能界を支配する!!』 鹿砦社刊『紙の爆弾』2006年9月号P23>
山田洋次の小説に、設定の上で何かサプライズはあるのか。
買った人、教えて下さい。
- 寅マガ.JP「男はつらいよ 寅さんDVDマガジン」公式サイト | 2011年1月6日(木)全50巻創刊!
- 男はつらいよ – Wikipedia
- 星野哲郎死去 more register movement
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(上)男はつらいよDVDマガジン Vol.50 テレビドラマ版男はつらいよ(税込1590円)
これ買いました。
第1回と最終回が収録されています。
(2012年11月28日)
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寅さん初代マドンナ光本幸子さん急死
2013年2月23日
08年8月2日、渥美清さん十三回忌献花式に出席した光本幸子さん。左は山田洋次監督=東京・柴又の寅さん記念館劇団新派の舞台などで活躍し、映画「男はつらいよ」シリーズの初代マドンナを務めた女優の光本幸子(みつもと・さちこ、本名深谷幸子=ふかや・さちこ)さんが22日午後6時10分、食道がんのため東京都台東区の病院で死去した。69歳。台東区柳橋出身。葬儀・告別式の日取りは未定。施主は次男・深谷慶介(ふかや・けいすけ=35=)さん。
深谷さんによれば、光本さんは1年半ほど前、食道がんと診断された。放射線治療を受けて一度は完治したが、程なく再発。治療と入退院を繰り返しながら生活していた。深谷さんが本紙に「(昨年の)年末までは、体調が悪いながらも、元気に動き回っていました」と明かした通り、昨年8月4日には東京・葛飾柴又寅さん記念館で行われた渥美清さんの十七回忌献花式に出席するなど活動していた。
昨年末に入院し、今年に入って病状が急激に悪化。意識はしっかりしており、最後は前夫の阪口祐和さんら家族にみとられて、眠るように亡くなった。昨年12月15日、都内の映画館「銀座シネパトス」で行われた「男はつらいよ」のトークショーに出演したのが、最後の公の場となった。
光本さんは1943年8月25日生まれ。62年上野学園高等学校音楽科卒業。六世藤間勘十郎(二世藤間勘祖)に日本舞踊を師事した。
初代水谷八重子の目にとまり、門弟として劇団新派の女優となった。55年、明治座「望郷の歌」で舞台デビューすると「なよたけ」(67年・歌舞伎座)で市川新之助時代の十二代目市川團十郎と共演するなど、新派の中軸として活躍した。
69年、渥美さんが主演した映画の人気シリーズ「男はつらいよ」の第1作に初代マドンナの冬子役で出演。主人公の寅さんこと車寅次郎(渥美さん)が思いを寄せる帝釈天のお嬢さんを演じ、映画初出演で、日本映画史にその名を刻むことになった。また、NHK連続テレビ小説「たまゆら」など、テレビドラマにも多く出演した。阪口さんとの結婚を機に引退したが、84年に舞台「陽暉楼」(新橋演舞場)で女優復帰。97年度菊田一夫賞を受賞するなど、舞台を中心に活躍を続けていた。
http://www.daily.co.jp/gossip/obituaries/2013/02/23/1p_0005762541.shtml
こういうタイプの日本女性はもう居りませんね。
映画では「男はつらいよ」以上の作品は見当たりません。
やはり舞台女優だったですかね。
(2013年2月23日)
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私はこのことを、永さんに言いました。永さんが山田監督と話をした内容を聞きました。
◇
永「寅さんって朝鮮人だろ?」
山田「僕は意識していた」
永「じゃあ、なんで(神戸の)長田を出る時に、寅さんに『アリラン』を歌わせなかったんだ。歌わせていれば、世界に誇れる映画になっただろう」
山田「そう。そこまでは考えていなかった」<辛淑玉さん講演要旨 より一部引用>
http://jcj-daily.sakura.ne.jp/hokkaido/report02/1109shin/youshi.htm
テキ屋はどちらかというと任侠系やくざの系列だったものですね。
在日系組織が入ってきたとすればだいぶ後じゃないかしらん?
(2014年4月27日)
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フジテレビ『男はつらいよ』第1回
ヤクザっぽさが映画版よりリアル。
(2015年3月23日)
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ご存じ松竹映画『男はつらいよ』シリーズの舞台、葛飾(かつしか)区柴又(しばまた)は奈良時代前期の養老(ようろう)五(七二一)年の正倉院文書「下総(しもふさ)国葛飾郡大嶋郷戸籍」に「嶋俣里(しままたのり)」と記され、シマ→シバの転訛(てんか)とされる。自動詞シマ(絞)ルと他動詞シバ(縛)ルの開係も、シバ→シマの音韻交替(同段通音)である。
シママタがシバマタに転じるのなら、古くシマ(島・洲)と呼ばれた地名がシバになっても、少しもおかしくない。<楠原佑介著『日本の地名』47ページ より一部引用>
確かに「シママタ」って言いにくい感じ。
(2015年5月10日)
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2015/12/20
映画「男はつらいよ」をテーマにした「葛飾柴又寅さん記念館」(東京都葛飾区柴又)が19日、改装オープンした。
「寅さんの旅」をテーマに、昔懐かしい駅舎や列車を新たに再現。映画の中で描かれた出会いや別れを追体験できる。
1997年の開館以来、改装は6回目で、3コーナーを新設した。「帰郷と旅立ちの駅」コーナーでは、シリーズ第1作が公開された、69年頃の京成電鉄柴又駅をイメージした駅舎のセットを展示。板壁に「さくら幸せにやれよ 寅」と手書きされた伝言板を掛け、当時同電鉄で実際に使われた切符用の棚を駅長室に置いて、映画の世界を演出した。
当時の列車を再現したコーナーでは、古めかしい緑色のボックスシートの車窓部分にモニターを設置。寅さんが旅する場面を集めた映像3種類を用意し、来館者が寅さんと一緒に旅する気分を味わえるようにした。
この日は、山田洋次監督と、マドンナを計3作で演じた女優の竹下景子さんも駆けつけた。
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20151220-OYT1T50041.html
(2015年12月20日)
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昭和な光景。
昭和31年頃の渋谷駅内の伝言板。
LINEなど夢のまた夢の時代の
アナログな連絡ツール(笑)。
野口五郎の「私鉄沿線」にも
出てきましたね。 pic.twitter.com/epeWEuUp9e— オダブツのジョー (@odanii0414) June 13, 2016
昭和31年(1956年)、この年ボナンザグラムという伏字クイズが流行します。
駅の伝言板でも四角で伏字を使ったものが見られますね。
場所は不明なのですが雲仙とか宮崎とか書いてあるように見えるので九州かもしれません。
田所君は可愛そうです。 pic.twitter.com/cNvtAavUsM— 戦前~戦後のレトロ写真 (@oldpicture1900) August 18, 2020
駅の伝言板。一度だけ使った憶えがある。
(2020年8月18日)
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新日本紀行「第9巻 葛飾 ~東京~」1968年放送
(2020年10月3日)
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Spoonful of Lovin’ – 男はつらいよ(OFFICIAL MUSIC VIDEO)
2021/12/07
Spoonful of Lovin’
(2021年12月7日)
追加記事
2022/01/03 11:30
「完全版『男はつらいよ』の世界」の著者で映画評論家の吉村英夫さんに聞いた。
「男はつらいよ」のロケ地は、愛知、岐阜、三重の3県で合計12カ所ある(別表、吉村さんまとめ)。「柘植駅(三重県伊賀市)は、渥美さんや山田洋次監督は足を運ばず、スタッフだけで撮影したようです。東海3県で本格的なロケは、第3作の湯の山温泉と四日市市の磯津、第39作の伊勢志摩と、なぜか三重県が多い」
吉村さんは伊勢志摩のロケにエキストラとして参加している。「松竹から連絡が来て、寅さんファン10人ぐらい集めてくれ、と言われて。二見浦でお正月のシーンを撮るから、いい服を着てくれ、と」。日当は1300円。「妻は、ラストシーンで自分の和服姿がちらっと映った、と言っていますが」と笑う。
岐阜県でのロケも印象的だ。第38作の岐阜市の長良川河畔、第45作の下呂温泉は「寅さんが啖呵(たんか)バイ(露天商で販売することの隠語)をするシーンが記憶に残ります」と吉村さん。第44作のロケ地・恵那峡には記念碑が残る。
ちなみに、映画の中で寅さんが訪れていないのは、富山県と高知県だけだ。寅さんは、なぜ、全国を旅したのか。
「放浪と定着の相互憧憬(し…<寅さんの旅は「放浪と定着の相互憧憬」 東海3県の12カ所でロケ(鈴木 裕):朝日新聞デジタル より一部引用>
https://www.asahi.com/articles/ASQ12517MPDFOIPE025.html
(2022年1月3日)
追加記事
もちろんコレが何だかわかるし、むしろ活用してました、というアナタ、完全なる同世代(笑)#70年代#80年代#昭和レトロ pic.twitter.com/s9nSh6svBC
— 仲田天使。のBACK TO THE 80's! (@nakadatenshi) May 10, 2022
(2022年5月11日)
追加記事
留守電が普及する前。相手が待ち合わせに来ないとき、本当に連絡手段がなかった。恋人なら2時間くらい待ったけど、友達は待たないね。30分くらいw
駅の伝言板にお店の電話番号を書いて出発したわ。「〇〇、先に行く △子」とか書いて。 https://t.co/FyBiMxpPAw pic.twitter.com/k14f1DtLKf— 懐かしい昭和時代 (@natsukashi__) May 25, 2023
(2023年5月25日)
追加記事
’71年のキネ旬の裏表紙
松竹作品が並んでいるも酷い誤植でっす!!まず
『誰かさんと誰かさんが全員集合!!』には
千恵子タンご出演ないよね
出ているのは妹君、お美津です『開運旅行』と『冠婚葬祭入門 新婚心得の巻』
ここはキャストが全部逆です(酷しかも
冠婚葬祭も千恵子→美津子っす pic.twitter.com/nCs2imDj2p— にゃおこ🐈 (@fantastic_c_) May 30, 2023
(2023年5月30日)
