仰見る大〆飾出雲さび 杉田久女
出雲大社の拝殿にはとてつもなく太い注連縄がかけられているので、この句はそのことを言っているのだろうと、容易に想像がつきます。
ただ、最後の「さび」がよくわかりません。
侘び寂の「寂」で、「出雲寂」というものがあるのかというと、これは無いみたいです。
その系統で「荒ぶ」「寂ぶ」「錆ぶ」の「さぶ」では意味が通らない感じです。
ということは、接尾辞の「然ぶ」なのか。
【然ぶ】
さぶ
[接尾]《上一段型活用[文]さ・ぶ(上二)》
名詞に付いて、そのものらしく振る舞う、そのものらしくなる意を表す。然びる。
「神(かむ/かみ)さぶ」「翁(おきな)さぶ」「少女(をとめ)さぶ」という表現は大正・昭和戦前の擬古文調あたりまで使われてますね。
「神さび」「翁さび」「少女さび」に「にける」とか「せむ」とか「す」とかが付いたりもします。
【神(かむ)さび】
神としてこうごうしくふるまうこと。こうごうしいさま。
という言葉もあります。なんかキモサベみたいですネ。
「仰見る大〆飾出雲さび」の「さび」がこうした「然び」なら、この句は
拝殿の大注連縄「お取替え」が無事に済んで、ようやく元の「出雲大社らしくなり…」
ということになると思いますが、そうなら第1案として「出雲さぶ」かなぁ、なんて考えたりもします。
ほかの神社の注連縄で太いのがあったとしても、向かって左側より綯(な)い始め右側で了(おわ)っているのは出雲大社だけですので、その意味で「いかにも出雲のようだ」という眺めにはなると思われます。
由紀さおり – 喝采(1973)
石原裕次郎 – 喝采
