今年もいよいよ押し詰まってまいりましたね。
怱々として、何かこう押し流されてる感じが致します。
もっとも、たとえば出版業界は3月4月、テレビ業界は4月の新番組、ファッション業界じゃ秋物・冬物に関する仕事が始まっておりますから、
世間並みの季節感に浮かれてるのは普通のサラリーマンくらいかもしれません。
経済はどうでしょうか。二番底、世界大恐慌なんて話もよく聞きます。
「終わりよければ全てよし」などと申しますが、せめていっとき、この歳末くらいは穏やかな日が続いてほしいものです。
1 All’s well that ends well.
2 If end is good then everything good.
3 Everything is good if his end is good.
答=1
大晦日は英語で云えば「New Year’s Eve」。
大晦日の歌で世界的に知られているのは、この歌ですね。
The Orioles – What Are You Doing New Year’s Eve(1949)
冒頭の「蛍の光」がムードを盛り上げてます。
同じドゥーワップグループではThe Heartbeatsの『One Million Years』も冒頭に「蛍の光」のメロディが使われてます。
こんなのはどうでしょう?
Maxine Sullivan – Beside the River Clyde(1942/05)
SP盤 “How Do I Know It’s Real” のB面。
中学校のとき、この歌が入ってるマキシン・サリヴァンの日本盤LPを持ってたんですけど、その後、誰かにあげちゃったんで今はないんですよ。
「蛍の光」をアレンジしたなかなか味わい深い歌でしょ?
◆ ◆ ◆
Guy Lombardo and His Royal Canadians – Auld Lang Syne(Capitol:1956/07 version)
from the album “Guy Lombardo In Hi-Fi”(1956)
Guy Lombardo and His Royal Canadians – Auld Lang Syne(Decca:1947/12 version)
vocals: The Lombardo Trio
Guy Lombardo And His Royal Canadians – Auld Lang Syne(Should Auld Acquaintance Be Forgot)(Decca:1939/05 version)
SP盤 “St. Louis Blues” のB面。
(instrumental)
◆ ◆ ◆
「ガイ・ロンバードの蛍の光で年を越す」。
それが永らくアメリカ人の作法でした。
日本人の感覚からすると、カウントダウン前に「蛍の光」ですが、アメリカではカウンドダウンの後なんですね。年を越したこと自体が祝いの対象であるという認識。
日本人は一年の月日を振り返って、あれやこれやの思いに浸る。ま、簡単に言えばアメリカ人は常に前向き。日本人はこと自分に関しては過去にこだわる。
これを「うしろ向き」というとなんかマイナスイメージになっちゃうんで言いませんが・・・。
<参考>
Pete Rugolo and his Orchestra – Theme From The Lombardo Ending(1954/10/25)
シングル “Jingle Bells Mambo” のB面。
<参考>
New Years Eve – 1957
New York City
Tuesday, December 31
新年の歌、他にもいくつかありますね。
Blind Lemon Jefferson – Happy New Year Blues(1928)
Johnny Otis And His Orchestra – Happy New Year Baby(1948/12)
vocal: Cathy Cooper, Lem Talley
Composer: Otis Rene
Lightnin’ Hopkins – Happy New Year(1953)
SP盤 “Merry Christmas” のB面。
The Cameos – New Years Eve(1957)
シングル “Merry Christmas” のB面。
Connie Francis – Happy New Year Baby(1960)
Composer: N. Sedaka, Howard H. Greenfield
The Coolbreezers, Al White & Band – Hello Mr. New Year(1958/12)
シングル “Let Christmas Ring” のB面。
Otis and Carla – New Year’s Resolution(1968/01/24)
Otis Redding & Carla Thomas
シングル “Lovey Dovey” のB面。
以下の2つは昔の名前で出ています的ドゥーワップ・グループ。80年代の再録音らしいです。
Margo Sylvia and The Tune Weavers – What Are You Doing New Year’s Eve(1988/12)
シングル “Merry Merry Christmas Baby” のB面。
Jimmy Beaumont And The Skyliners – Another Lonely New Years Eve(1990/11)
シングル “You’re My Christmas Present” のB面。
「蛍の光」を引用。
さて、SONO-COLOアワー情報ですよ。
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SONO-COLOアワー
1982(昭和57)年12月31日放送 第56回
タイトル「 A LONG Winter VACATION(ACT 5) 」
アバンタイトル:(セリフ)(ざわめき)…「来年もよろしくお願いします」
1 我等の生涯の最良の年(メイン・タイトル)/フランク・コルーラ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(The Best Years Of Our Lives – Main Title/Frank Collura conducting the London Philharmonic Orch.)
2 オー・ロンリー・ウィンター/フォア・フレッシュメン(Oh Lonely Winter/The Four Freshmen)
(SE)日本レコード大賞
3 ふたりの指環/ポールとポーラ(A New Year, A New Ring/Paul and Paula)
4 アフター・ニューイヤーズ・イヴ/ザ・ハートビーツ(After New Year’s Eve(Is Over)/The heartbeats )
(SE)NHK紅白歌合戦 ~ カウントダウン・時報 ~ 蛍の光合唱 ~(M)地球の上の朝がくる/川田義雄とミルク・ブラザース
5 世界は日の出を待っている/レス・ポールとメアリー・フォード(The World is Waiting For The Sunrise/Les Paul & Mary Ford)
(声)新年ご挨拶(高橋圭三~白井佳夫~大川橋蔵)
6 我等の生涯の最良の年(Exit Music)/フランク・コルーラ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
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この回はちょうど大晦日の放送だったので、子どものころに感じたその擬似イベント性について、まとめてみました。

(上)カナダ盤LP「THE BEST YEARS OF OUR LIVES/Frank Collura conducting the London Philharmonic Orchestra」1978年
最初と最後の曲は、アカデミー8部門を受賞したウイリアム・ワイラー監督の代表作『我等の生涯の最良の年』の音楽です。
ただしオリジナル・サウンドトラックではありません。今でこそこの作品は廉価版DVDが出てますが1982年当時はビデオ化されてなかったんですね。私の持ってる音源はフランク・チャックスフィールドの演奏と、このロンドン・フィルの再録音版のみ。
ロンドン・フィルの演奏はいい音すぎてどうかなって思ったんですけど、作曲したヒューゴー・フリードホーファー(Hugo Friedhofer)のオリジナル・スコアにほぼ忠実なので使うことにしました。
最初がタイトル・バックに流れる「メイン・タイトル」。
最後がレコードで「Exit Music」となっている曲。この旋律は途中でたびたび現れるもので、レコードでは曲順として「エンド・タイトル&エンド・キャスト」の曲の後に収録されていますが、「The End」が出る直前の結婚式のシーンで、ハロルド・ラッセル演じるホーマー・パーリッシュとキャシー・オドネル演じるウィルマ・キャメロンが牧師の前で愛を誓い指輪の交換をする時に流れる音楽ですね。
私はこの映画を見て、さめざめと泣きましたよ。
勝者であるアメリカ人たちもあの戦争で、肉体的にも精神的にも深く深く傷ついていたってことを教えられました。
多くの帰還兵は兵役から解放されても就職で何ら優遇されるわけではなかった。90日間以上従軍した兵士に、失業手当の支給と、住宅・教育資金の貸付を行う復員兵援護法(G.I. Bill of Rights)が用意されてましたが、やはりそれは間接的な部分ですね。ホーマー・パーリッシュのような傷痍軍人はいつの時代の戦争でも必ず出てしまうもので、まことに気の毒としか言いようがありません。
Hugo Friedhofer “The Best Years of Our Lives” Exit Music
(下)米盤LP「Four Freshmen and Five Guitars」

「オー・ロンリー・ウインター」はフォア・フレッシュメンのこのアルバムに収録されています。
彼らのコーラスなかりせばビーチ・ボーイズも60年代のソフト・ロックも存在し得なかったと断言してよろしい。
それほど偉大なグループです。
The Four Freshmen – Oh Lonely Winter
オー・ロンリー・ウィンター/フォア・フレッシュメン
from the album “The Four Freshmen And Five Guitars”(1959)ファイヴ・ギターズ
レコード大賞。貰って泣くシーンが印象に残ってるくらいです。
子供心にも大人の事情がひしひしと感じられる番組でした。
えっ?なんでこの曲?……みたいなことがよくある。
「詩人の魂」というシャンソンがあるけれども、その歌詞にあるように、「誰が作ったかも知らないで」みんなが歌う、というのが150年位前までは当り前だったわけで。
複製芸術時代となり、芸術家が名誉を求め、権勢を誇り、ゼニ儲けに血道をあげるようになっちゃったんですな。

(上)米盤LP「HOLIDAY FOR TEENS / PAUL AND PAULA」
「ふたりの指環」は彼らのこのクリスマス・アルバム「ポールとポーラのクリスマス」から。
(上)日本盤LP「ア・サウザンド・マイルズ・アウェイ/ザ・ハートビーツ」1976年4月、日本コロムビア発売。
Paul and Paula – A New Year, A New Ring
ポールとポーラ – ふたりの指環
from the album “Holiday For Teens”(1963)ポールとポーラのクリスマス
日本盤シングル(1963/12)では “Holiday For Teens”(夢のハッピー・ホリデイ)のB面。
The heartbeats – After New Year’s Eve(Is Over)(1957/12)
ザ・ハートビーツには「アフター・ニューイヤーズ・イヴ」(1957年)のほかに「ワン・デイ・ネクスト・イヤー」(1958年)という歌もあって、どちらを大晦日にかけるべきか迷ったのですが、名曲「ア・サウザンド・マイルズ・アウェイ」(1956年10月)に似てるということで、前者にしました。
NHK紅白歌合戦。
小学3年生のころだったか、紅白歌合戦を見ながら途中で眠ってしまって、気がついたら元旦だった、ってことがありました。
<第14回紅白歌合戦 昭和38年12月31日 於・東京宝塚劇場>
翌年に東京オリンピックを控え気分が高揚してる様子が画面から伝わってくる、そういう紅白でした。
ニッポン絶好調、栄耀栄華の夢。
参考文献:
(下左)財団法人NHKサービスセンター「別冊グラフNHK 紅白歌合戦30回の歩み」1979年12月1日発行 1500円
(下右)財団法人NHKサービスセンター「NHKウィークリーステラ臨時増刊1月16日号 紅白50年 栄光と感動の全記録」2000年1月16日発行(発売は前年の暮) 税込1980円




参考文献:
(上左)幻冬社刊 合田道人著『【怪物番組】紅白歌合戦の真実』2004年初版
(上右)河出書房新社刊 池内紀著『地球の上に朝がくる 懐かしの演芸館』1987年初版

(上)LP「地球の上に朝がくる/川田義雄とミルク・ブラザース」ビクター
川田義雄(後の川田晴久)の「地球の上の朝がくる」をワンフレーズのみ使用しました。
川田義雄とミルク・ブラザース – 地球の上の朝が来る(上)(下)(1940/05)
LP アルバム『地球の上の朝がくる』(1964)所収。



「あきれたぼういず」なかりせば、三木鶏郎の「冗談音楽」は無かったかもしれないし、フランキー堺もスパイク・ジョーンズに興味を持たなかったかもしれません。
いま聴くとしかし「あきれたぼういず」のネタは「ポカスカジャン」ほど笑えません。これは仕方のないことですね。
「あきれたぼういず」は昭和のお笑いのメインストリームでもありました。
離合集散があり、フォロワーが続々登場し、弟子たちもそれぞれ芸を継承していきました。
1939(昭和14)年、新興キネマ演芸部が川田を残してメンバー3人ほか、大勢の芸人を吉本興業から引き抜くという歴史的大事件を起こします。これにより第一次の「あきれたぼういず」は二分され、「川田義雄とミルク・ブラザース」が誕生しました。
1947(昭和22)年、川田は弟子の灘康次や鹿島密夫らとともに「川田義雄とダイナ・ブラザース」を結成します。
1949(昭和24)年、「義雄」から「晴久」へ改名し、グループの名乗りも「川田晴久とダイナ・ブラザース」に。美空ひばりの後援者の一人となったのもこのころです。
川田の逝去は1957(昭和32)年。
翌年、メンバーの灘康次が「灘康次とモダンカンカン」を結成。
1959(昭和34)年、「ダイナ・ブラザース」は新たなリーダーとして小島宏之を立て「小島宏之とダイナ・ブラザース」に。これが昭和36年に分裂し、鹿島三津夫と改名していた鹿島密夫が名を元に戻して「鹿島密夫とダイナ・ショウ」を旗揚げしました。
左のレコードは1963(昭和38)年11月の出たそのシングル盤で前出のLPの写真を使っています。鹿島は若いころの古舘伊知郎に顔が似てませんか?
川田の芸のベースは浪曲でした。
浪曲中心のボーイズ物ではもうひとつ、ビッグネームがおりますね。
そう、あの「玉川カルテット」です。
1965(昭和40)年、玉川ゆたかが中心となり「玉川トリオ」が「玉川カルテット」としてリニューアル。このとき加わったのが「わたしゃも少し背がほしい」の二葉しげるでした。
玉川ゆたかは川田ではなく二代目玉川勝太郎の弟子でしたが、浪曲をモダンに茶化すスタイルからは強い影響が窺われます。
「灘康次とモダンカンカン」と「玉川カルテット」はその後も安定した人気を長く保っていました。玉川ゆたかは1996年5月19日、肝臓がんで死去、現在は新メンバーで活動しております。
(下左)シングル「浪曲ウエスタン」はかま満緒
川田晴久の「スイング浪曲」や「地球の上の朝がくる」が大好きだったはかま満緒が、宮川泰(ひろし)の協力を得て作った改作版。
(下右)シングル「すみからすみまで惚れました」玉川カルテット
1981(昭和56)年に出た、結成15周年記念盤。
↓ ↓ ↓

ミュージカル・ぼーいず。1960年に結成された3人組です。
真ん中の太ったリーゼントはサイドギターの志村としおで、かつてはロカビリーを歌ってたこともあるとか。そのせいか、ネタにする歌もちょっと凝っていたように記憶しています。
あと、沖縄のワタブーショーはCBS・ソニーが古い音源を発掘してレコード化したことがありまして、不勉強ながらそのとき初めて照屋林助の存在を知ったのですが、いかんせん言葉がまるで分からないため、きっとものすごく可笑しいのだろうという想像だけで楽しんでいた、ということがありました。

(上)米盤LP「LES PAUL & MARY FORD 16Greatest Hits」(1976年発売)。
「世界は日の出を待っている」は1919年に発表された曲。
ベニー・グッドマン、ジョージ・ルイス、コールマン・ホーキンスほか数多くのミュージシャンが好んで取り上げておりますが、その中でもレス・ポール&メアリー・フォード盤は決定打というべきもので、1951年にミリオン・セラーを記録しています。
Les Paul and Mary Ford – The World Is Waiting For The Sunrise(1951/08)
レス・ポールとメアリー・フォード – 世界は日の出を待っている
大川橋蔵の新年ご挨拶は後援会のソノシート年賀状(上)より収録しました。





ここ数年、年末は普段の日曜と変らない一日をすごしています。
普段まめに掃除しているので大掃除も無し、最近はテレビも見たい特番はないし。
料理も最近じゃスーパーだって3が日でも営業しているから買いだめもしなくなった。
実家もバブル崩壊とほぼ同時期に父が売り飛ばしちゃったので帰る家などありゃしない。
12/31に放送していたんですね。気が付かなかった。ひょっとして私の地域は特番でもやっていたのかな?
SONO-COLOと正月といえば私はすぐにビューティフル昭和元禄の冒頭「1970年です今年もよろしくお願いします」の一声を思い出します。
ぼういず物って沢山ありますね。興味あるんですが聞く機会がなかなかないです。
若手のお笑い芸人が漫才・コントに集まるなか、こういったぼういずスタイルの後継がいないのが寂しいですね。
板倉さんは愛知県でしたっけ。
私は愛知は通過するばかりで、駅を降りたことはないんですが、
熱田神宮や大須は三箇日は立錐の余地がないほどの人出だそうですね。
あれほどドデカくて豪華なのに、東京ではJRセントラルタワーズを知らない人が多いのも不思議です。
正月には大須演芸場がまだ残ってるか確認する意味でも(!)行ってみることを(無責任にも)おススメします。
どんな芸人が出てるか、興味しんしんです。
> ビューティフル昭和元禄の冒頭「1970年です今年もよろしくお願いします」の一声を思い出します
あの声の主 小倉靖氏は童謡やCMソングの作詞・作曲家だったようです。
「ビューティフル昭和元禄Part3・お祭り広場の夜は更けて」を記憶してくださってる人が私以外にいるというだけで、あの仕事をした甲斐があったというものです。感謝感謝です。有難や有難や。