日別アーカイブ: 2006/12/19 火曜日

レトロ柄のシャワーカーテン

シャワーカーテンシャワーカーテンを新しくした。
ダルトンという会社の「コーヒー・スクエア」という柄(写真左)。
本日の東急ハンズ渋谷店価格2625円。
高さ180cm×幅130cm
MADE IN CHINAとある。
これまで使っていたのは塩化ビニール製の透明なもの。
石鹸の成分が残るのか、すぐ表面が白くなる。
もともと透明だからそれがよけい目立つのだ。それにカビも生える。
きょう買ったのはポリエステル100%。
どういうことになるのか、半月ぐらい使ってれば大体分かると思う。

DULTON / HOUSE WARE / SHOWER CURTAIN

 山口県東部を中心に日刊紙「防長新聞」を発行する防長新聞社(本社山口県岩国市、笹川徳光社長)は19日付を最後に休刊するとの社告を掲載した。同社によると、負債総額は約6億円に上り、山口地裁岩国支部に既に自己破産を申し立てたという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061219-00000034-jij-soci

岩国市を中心に山口県内の情報を扱うとあるから、地方紙としては小さいほう。
サイトには休刊や倒産のことはまったく見当たらない。ただし更新は16日で止まっている。
同じ規模の地方紙は、遅かれ早かれ同じ運命を辿ることになるだろう。

昨夜のVHSテープ――>DVD-Rコピーは以下のとおり。
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●1995/01/03
NHK『キャメラマンの映画100年』
構成・演出:小澤俊夫
ナレーション:相川浩
監修:高村倉太郎、川又昻
インタビュー出演:森田富士郎、岡崎宏三、楠田浩之、吉田貞次、姫田真左久、高村倉太郎、阪本善尚、加藤雄大、斎藤孝雄、川又昻、飯村雅彦、高羽哲夫、坂本典隆、川上皓市、仙元誠三、奥村祐治、栃沢正夫、長沼六男、前田米造、佐々木原保志、藤沢順一、安藤庄平、浜田毅、加藤雄大
 『紅葉狩』1899年 撮影:柴田常吉
 『白瀬中尉南極探検』1910年 撮影:田泉保直
 日活向島撮影所
 『カチューシャ』1914年 撮影:藤原幸三郎
 『生の輝き』1919年 撮影:大森勝
 『豪傑児雷也』1921年 監督:牧野省三
 松竹蒲田撮影所
 松竹、ヘンリー小谷を招聘
 『虞美人草』1921年 監督・撮影:ヘンリー小谷
 『雄呂血』1925年 撮影:石野誠三
  口紅が黒く見えてしまう。
 『忠治旅日記』1927年 撮影:唐沢弘光
 『血と霊』1923年(スチールのみ) 撮影:青島順一郎
 『狂った一頁』1926年 撮影:杉山公平
 『マダムと女房』1931年 撮影:水谷文二郎
 『愛染かつら』1938年 撮影:高橋通夫
 『鶴八鶴次郎』1938年 撮影:伊藤武夫
 『浪華悲歌』1936年 撮影:三木稔
 『人情紙風船』1937年 撮影:三村明
 『土』1939年 撮影:碧川道夫
 『川中島合戦』1941年 撮影:三浦光雄
 『無法松の一生』1943年 撮影:宮川一夫
 『燃ゆる大空』1940年 撮影:宮島義勇
 『ハワイ・マレー沖海戦』1942年 撮影:三村明、三浦光雄
 『戦争と平和』1947年 撮影:宮島義勇
  渋谷ロケ
 『カルメン故郷に帰る』1951年 撮影:楠田浩之
 『地獄門』1953年 撮影:杉山公平
 『羅生門』1950年 撮影:宮川一夫
 『源氏物語』1951年 撮影:杉山公平
 『雨月物語』1953年 撮影:宮川一夫
 『七人の侍』1954年 撮影:中井朝一
 『東京物語』1953年 撮影:厚田雄春
 『野菊の如き君なりき』1955年 撮影:楠田浩之
 『血槍富士』1955年 撮影:吉田貞次
 『ひめゆりの塔』1953年 撮影:中尾駿一郎
 『浮雲』1955年 撮影:玉井正夫
 『ゴジラ』1954年 撮影:玉井正夫、特撮:円谷英二
 『大魔神』1966年 撮影:森田富士郎
 『新幹線大爆破』1975年 撮影:飯村雅彦
 『ゴジラ対ビオランテ』1989年 撮影:加藤雄大
 『鳳城の花嫁』1957年 撮影:川崎新太郎
  テレビ放送に対抗するために画面サイズを大きくした。
  東映スコープ
 『抱かれた花嫁』1957年 撮影:生方敏夫
  シネマスコープ
 『炎上』1958年 撮影:宮川一夫
 『楢山節考』1958年 撮影:楠田浩之
 『おとうと』1960年 撮影:宮川一夫
  銀残しの手法。色の彩度を落とす。
 『火宅の人』1986年 撮影:木村大作
  脱色。
  カラーと白黒を混ぜる。この作品は白黒8~7割、カラー2~3割。
 『釈迦』1961年 撮影:今井ひろし
  スーパーテクニラマ70方式
 『俺は待ってるぜ』1957年 撮影:高村倉太郎
 『青春残酷物語』1960年 川又昻
 『赤い殺意』1964年 撮影:姫田真左久
  雪の逃避行。手持ち撮影の効果。
 『天国と地獄』1963年 撮影:中井朝一、斎藤孝雄
  赤い煙。
 『飢餓海峡』1965年 撮影:仲沢半次郎
  全巻16mmカメラで撮影し、35mmにブローアップ。粒子の荒れを表現効果とした。
 『人間の條件』1959年 撮影:宮島義勇
  独立プロの健闘。
 『怪談』1964年 撮影:宮島義勇
 『初恋・地獄篇』1968年 撮影:奥村祐治
  ATG作品。即興演出、即興撮影。
 『心中天網島』1969年 撮影:成島東一郎
 『少年』1969年 撮影:吉岡康弘、仙元誠三
 『津軽じょんがら節』1973年 撮影:坂本典隆
  望遠レンズを基本に使って撮影。
 『サード』1978年 撮影:川上皓市
 『田園に死す』1974年 撮影:鈴木達夫
 『男はつらいよ』1969年 撮影:高羽哲夫
 『男はつらいよ 寅次郎の青春』1992年 撮影:高羽哲夫、花田三史
 『仁義なき戦い』1973年 撮影:吉田貞次
  深作の立体的な演出を活かすため、感光度を上げる(増感)という方法で、レンズのfを高めた。
 『八月の濡れた砂』1971年 撮影:萩原憲治
  この作品を最後に日活はロマンポルノ路線へ。
  姫田真左久「今村昌平とドキュメンタリーを撮りに東南アジアへ行っていた。帰ってきたら会社がロマンポルノ路線に変わっていた」「製作部から名前を変えてくれといわれたが、姫田真左久で押し通した」
 『一条さゆり 濡れた欲情』1972年 撮影:姫田真左久
 『砂の器』1974年 川又昻
 『八甲田山』1977年 撮影:木村大作
  木村大作「蔵王のスキー場の脇でも撮れるものを、監督の思想で全部現場で撮ることになった。スタッフ11人と多くの出演者で雪の中を何時間も歩いた。橋本忍さんにキャメラのスイッチを任せて、自分は手持ちのライトを持って撮影したこともあった。それで1年間やった。あるとき出演者がストライキを起こし、指示に従わなくなった。キャメラが十和田湖の中に入ったのを見て、ようやく動いてくれた」
 『影武者』1980年 撮影:宮川一夫、斎藤孝雄、上田正治
 『ツィゴイネルワイゼン』1980年 撮影:永塚一栄
  映画館ではなく仮設の小屋で公開された。
 『家族ゲーム』1983年 撮影:前田米造
 『海と毒薬』1986年 撮影:栃沢正夫
 『魚影の群れ』1983年 撮影:長沼六男
 『マルサの女』1987年 撮影:前田米造
  ラストシーン(夕景)31カットを朝から撮った。
 『その男、凶暴につき』1989年 撮影:佐々木原保志
 『桜の園』1990年 撮影:藤沢順一
 『死の棘』1990年 撮影:安藤庄平
 『僕らはみんな生きている』1993年 撮影:浜田毅
 『月はどっちに出ている』1993年 撮影:藤沢順一
 『ラストソング』1993年 撮影:加藤雄大
 『黒い雨』1989年 川又昻
 『水の旅人 侍KIDS』1993年 撮影:阪本善尚
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