国際宇宙ステーション(ISS)から離れて飛行中の米スペースシャトル「エンデバー」に乗り組む若田光一さん(45)は30日未明(日本時間同日午後)、九州大時代に知り合って結婚したドイツ出身の妻シュテファニーさん(44)が選んだ曲で起床した。
(中略)
宇宙航空研究開発機構によると、この曲「アイ・ゴット・ユー・ベイブ」は、1993年の米映画「恋はデジャ・ブ(邦題)」で使われた。シュテファニーさんは「何週間も打ち上げが遅れたため、この曲で毎朝目覚め、全く同じ日を繰り返し過ごすこの映画の主人公の運命を思い出しました。この曲を聞いて、夫が笑顔になることを願っています」との談話を明らかにした。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009073000700
『恋はデジャ・ブ』はたぶん見てないと思います。
ソニーとシェールの『アイ・ゴット・ユー・ベイブ』(制作・作詞・作曲:ソニー・ボノ)が主題歌として使われてることも知りませんでしたが、だいたい80~90年代にかけて、60年代のヒット曲を主題歌に使う例が多かったですから、これもそのひとつでしょう。
ソニーとシェールはアトランティックが若い人向けに売ろうとしたデュオで、ヒッピー~フラワーチルドレン・スタイルは形だけのものでした。二人は風変わりな年の差カップルとして主にテレビの世界でポップスターになりましたが、シェールが単独で歌手・女優として更なる成功を納めることができたのは、相方ソニー・ボノ(1998年死去)やフィル・スぺクターの力というより、けっきょく本人の天分と努力によるものでしょう。
今、ソニー&シェール名義の一連の作品をトータルで聴きなおしてみるとコンセプトやスタイルが一貫しておらず、――それは表現者でありながら作り手でもあったボノの音楽遍歴の投影でもあったのでしょうが――、あの時代を象徴する歌として残ったのは出世作の大ヒット『アイ・ゴット・ユー・ベイブ』くらいかなぁという印象です。
だからこそ逆に、ボノ一代の名曲だった、とも云えるでしょう。
ジミヘンやクリームはそれなりに日本でウケたのに、なんでグレイトフル・デッドはイマイチだったんだろうと考えていました。
似たような例では顔も声も超シブいジョニー・キャッシュという人がいました。その持ち歌はメロディではなく詞が中心。詞の内容が分らないとぜんぜんつまらない。たとえ分ってもその民族・その国民――民俗性を共有する集団じゃないとピンとこない。そういう音楽って世界中にありますよね。
じゃグレイトフル・デッドは?
いろんな音楽の要素を包摂しているにせよ、やはりカントリー、ブルーグラスの要素は色濃く、そこにアドリブ演奏やサイケデリックのムードを持ち込んだ感じ。このスタイルが当時のアメリカのティ-ンにウケたというのがまた分らない。
そもそもカントリーやカントリーロックは日本ではあまり好まれていないということはあります。
昭和20年代後半から30年代初頭にかけて日本でカントリー&ウェスタンのブームがありましたが、実は人気のあった曲は西部劇の主題歌であったり、カントリー調のポップソングであったり、いわゆるウエスタンと呼ばれる広義のカントリーソングでした。本格的なブルーグラスやヒルビリーはやはり一般大衆の好むところではなかった。
グレイトフル・デッドの音楽もそういう部分で、日本の大衆の好みとは少しズレていたのかもしれませんね。
