「水色のワルツ」などのヒット曲で知られる歌手の二葉あき子(ふたば・あきこ、本名・加藤芳江=かとう・よしえ)さんが、16日午前3時30分、急性心不全のため亡くなった。
96歳だった。葬儀は近親者で行う。喪主は孫、英紀(ひでき)氏。
広島市生まれ。東京音楽学校(現東京芸大)を卒業。1936年にコロムビアの専属歌手として、「愛の揺籃(ゆりかご)」でデビューした。その後、「夜のプラットホーム」「恋のアマリリス」などの曲が相次いでヒット。哀調を帯びた歌声で、敗戦の暗い世相にうるおいを与えた。
広島に原爆が投下された日、故郷で乗った列車がトンネルを通過中だったため、被爆を免れた経験を口にしていた。そのため、平和への思いは人一倍強く、代表曲の一つ「フランチェスカの鐘」は、原爆犠牲者への鎮魂歌として歌い続けてきたという。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110816-OYT1T00383.htm?from=y10
その歌声を聞いていると、お見かけどおりの円満なご性格が伝わってきて、場の空気が和み何かほのぼのとさせられる、そういう方でしたねぇ。
「フランチェスカの鐘」。例のチンカラカンですか。これだけは、なにやら凄みがあって一度聞いたら忘れられない歌でした。
ドラマチックなセリフが入っていて、いかにも映画主題歌のような雰囲気ですが、歌が先に作られて、そのヒットにより1年後に映画化されたそうですよ。
でも菊田一夫は映画化を目論んで、そのストーリーのアイデアとして作詞したんじゃないかと思います。
調べてみると、映画『フランチェスカの鐘』は、1949(昭和24)年5月16日~22日に松竹系で公開されてまして、併映作品は松竹文化映画部製作の『海底探訪』という記録映画でした。
二葉さんは晩年は若い人に勧められ某教団のメンバーだったとか。判断力が低下していたということでしょうかねぇ、、、
二葉あき子 – ヒュッテの灯り(1941)
藤山一郎、二葉あき子 – なつかしの歌声(1940)
二葉あき子、狩谷和子、高橋祐子 – めんこい子馬(台詞入り)
二葉あき子 – バラのルムバ(1947)
二葉あき子 – 恋の曼珠沙華(1948)
二葉あき子(台詞:高杉妙子) – フランチェスカの鐘(1948)
I Balordi – Non È Francesca(1967)
本場のフランチェスカ・ソングもついでにどーぞ
追加記事
ヒップアップ – 島崎俊郎、川上泰生、小林進
お馴染みネタのEDに歌う『それでは、お別れしましょ…』は、二葉あき子の『さよならルンバ』の替え歌である。 @retoro_mode pic.twitter.com/901yUGKh9a— ヒロミ・ファンファニー (@_fanfanny_) 2018年7月25日
(2018年7月26日)
