1968年2月に暴力団員ら2人を殺害した容疑者が、静岡県川根本町の寸又峡(すまたきょう)温泉の旅館に5日間立てこもった「金嬉老(きんきろう)事件」。在日韓国人2世だった金嬉老元受刑囚(81)が記者らを招き入れて在日差別を糾弾するなど、初の「劇場型犯罪」として戦後史に刻まれている。20日で事件から42年がたつのを機に、現場となった旅館の女将(おかみ)、望月英子さん(71)が館内に資料を展示し、一般公開する決意を固めた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100217-00000003-mai-soci
「やくざに仁義や義理人情などないですよ」と語った金嬉老。しかし、戦後すぐの時点ですでに暴力団組織に彼の同胞がたくさんいたし、組のトップにも日本人ではない者が多数いたという事実から考えれば、当時彼の身に起こったトラブルの全貌が明らかにされているとは思えません。
やくざ2人を殺して31年間の刑期となった裏には、警察権力の怒りもあったでしょう。
ただいえることは、就職したくても相手にされなかった人たちの受け皿に暴力団組織がなってきたことは間違いない。差別は差別を生み、暴力は暴力を生む。その果てしない繰り返しです。
やくざ社会も一般の社会と似ていて、頭のいい奴、悪知恵が働く奴、世渡り上手な奴が生きのびて偉くなり、愚直な者は弊履(へいり)のように使い捨てされるだけですね。
本人自身も含めて日本からやくざを一掃してやるというやくざがもしもいたら、私はその者を任侠の徒として認めるかもしれません。しかしそういう高い志(?)がもてないところがやくざなんですね。やくざは畢竟自分の「利」しか考えない、卑怯でつまらん人間です。
