「森林はどん/\伐(き)り倒され、深い山、ふかい谷底の森林までがだん/\に荒されるようになりました。かうなると大雨が降るたびに、山の土や砂はどん/\流れおち、またおそろしい洪水がおこるようになりました。(中略)なほ松より外(ほか)のいろ/\な雜木(ぞうき)、苔類は七倍も十倍もの雨水を含みためることが出來ますから、森林ではかなりの大雨があつても一時に洪水を出すことはなく、雨水は數日かゝつてそろ/\流れ出し、また地中にも多くしみこみます。だから山に森林が茂つてさへゐれば、決して洪水の出る心配はないのです。」(本多靜六)

ゆうべ(金曜の夜)は、すだく虫の音さえ途絶え、マンガなら「シーン」の擬態語が似合うくらい静かだった。

先日、架空の神保町の夢を見たが、今朝がたのは芝公園だった。
六本木へ向かうつもりでバスに乗っていたおれは、どういうわけか乗り過ごし、いつの間にやら芝公園界隈で下車していた。
芝公園といっても夢の中でそう感じられるだけの話で、現実のそれとはまるで違う。
入口付近は起伏の激しい場所にある住宅地といった風情だが、一歩中へ入るとまるで森林公園。それでもスーツ姿のサラリーマンがぶらぶらしているのは都心だからか。

おれは六本木方面へ戻るバス停をさがして、勘を頼りに羊腸たる小径を亡者のように歩んでいる。ふと気づくと、おれは下半身が裸だった。ただ、上っ張りがほんの少し長めだったので「見えてない」だけ。どっちにしろズボン無しだから好奇の目が集まることは間違いない。
おれは上っ張りを手で伸ばしつつ、ともかく公園から出ようという思いと、できれば人のいない方へ行きたいという相反する思いで混乱しながら、歩みを速めた。

公園の外縁部に近くなったのか、車が通れる幅の道へ出た。ただ相変わらず大木の間を縫うようにくねくねと極端なカーブが連続している。まさに九折、つづらおり。
「おれは真っ直ぐなアスファルトの道のほうがいいな」
そんなことを感じながら歩いていたら、道の途中に古くから営業してそうなホテルが現れた。道沿いには金網越しに巨大なプールが見えている。昭和30年代後半からプールのある観光ホテルが増えたが、ここもそんな感じだ。
プールは見ているうちにどういうわけか巨大化し、終いには海と見分けがつかなくなった。

と、そこで目が覚めた。時計を見たら午前5時43分だった。
聞こえるのは、ザーッという雨の音だけ。
風はまだ吹いてない。これからか。

以下、「夢」「Dream」を含む投稿。

12日18:22頃、千葉県南東沖を震源とするM5・7の地震があり、千葉県鴨川市で震度4の揺れを観測しました。
この地震による津波の心配はありません。

■発生事象
・発生日時 :10月12日18:22頃
・震源地  :千葉県南東沖(北緯34・7度、東経140・7度)
・震源の深さ:約80km
・地震の規模:M5・7(推定)

■震度3以上が観測された市町村(*印は気象庁以外の震度観測点)
【震度4】
・千葉県:鴨川市横渚*

<千葉県南部でM5・7の地震が発生、鴨川市で震度4観測 津波の心配はなし – ライブドアニュース より一部引用>
https://news.livedoor.com/article/detail/17223459/

台風のさなかにM5・7の地震。
震源地が大地震に繋がりそうな区域で心配だ。

 映画美術の第一人者として、1950年代の「地獄門」や「炎上」から、平成の「利休」「たそがれ清兵衛」など、京都の時代劇や映像文化を70年にわたり支え続けた映画美術監督、プロデューサーの西岡善信(にしおか・よしのぶ)氏が11日午後7時22分、老衰のため、京都市内の病院で死去した。97歳。奈良県出身。
 京都・太秦を拠点に160本あまりの映画美術を手掛けた。大映京都で撮られたカンヌ国際映画祭グランプリ作「地獄門」(1953年公開)で美術を中心となって担うなど30代から頭角を現す。
 78年に始まった日本アカデミー賞では「鬼龍院花子の生涯」「陽暉楼[ようきろう]」「瀬戸内少年野球団」「利休」「豪姫」「女殺油地獄」「梟[ふくろう]の城」、2000年代に入っても「千年の恋 ひかる源氏物語」「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」「最後の忠臣蔵」で最優秀美術賞を受けた。
 法政大在学中に学徒出陣。ソ連での2年間の抑留を経て帰国し、1948年に大映京都撮影所に入った。52年の「天保水滸伝」で美術担当としてデビュー。大映京都では「朱雀門」「弁天小僧」「ぼんち」「破戒」「雪之丞変化」「越前竹人形」「大魔神」など約100作を手掛けたが、71年に大映が倒産。翌年、撮影監督の宮川一夫さんら大映京都の技術者と「映像京都」を創立、2010年の解散まで代表を務めた。
 ち密な時代考証と映像美を併せ持った美術デザインを手掛け、「鬼平犯科帳」などテレビドラマの美術でも活躍した。
 プロデューサーとしても京都に多くの時代劇撮影を呼び込み、太秦の映画の灯を守った。若手映画人を育てる「KYOTO映画塾」塾長なども務めた。牧野省三賞。紫綬褒章、京都府文化賞、京都市文化功労者。京都新聞では2002年から「銀幕の画帖 西岡善信の描く京」を連載した。

<映画美術監督の西岡善信さん死去 カンヌ・グランプリの「地獄門」や「利休」など、97歳(京都新聞)- Yahoo!ニュース より一部引用>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191012-00134258-kyt-l26

時代劇は国際放映のTVシリーズ1作のみ関わっただけなので、結局お会いする機会はなかった。
今じゃ時代劇もすっかりSFじみて、厳密な時代考証はかえって邪魔な感じ。
重鎮の死はそうした傾向にいっそう拍車をかけるに違いない。

ジェーン・フォンダさん(81)が11日、地球温暖化防止を訴えて米首都ワシントンの連邦議会前で無許可の抗議行動を繰り広げ、警察に身柄を拘束された。その後、釈放されたという。
 フォンダさんは赤いコート姿で抗議行動に参加。後ろ手に手錠を掛けられ連行される様子が、テレビで報じられた。ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)などによると、首都警察は「違法デモに参加した16人を逮捕した」と説明した。
 フォンダさんは拘束前、米メディアの取材に「気候変動の危機が最優先課題だと、はっきりさせなければならない」と強調。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん(16)への連帯も表明した。
 フォンダさんはアカデミー主演女優賞を2回受賞。

<J・フォンダさん一時拘束=温暖化防止訴え無許可デモ-米首都:時事ドットコム より一部引用>
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019101200399&g=int

お騒がせ癖 復活か?(笑)

今回も真っ赤なコートを羽織って目立ってるねー。

2019年10月10日放送された『クローズアップ現代+(NHK)』にてノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが生出演。
リチウムイオン電池の開発で試行錯誤する当時を語り、1981年頃の「悪魔の川」と呼ばれる基礎研究の開発開始の時点で、「悪魔の川とはミシシッピ川のことを言っている。東海岸から夢を求めて西海岸へ行くんだけどミシシッピ川にぶつかる、これが悪魔の川なんですね。だいたい1人か2人の孤独な研究でですんでね、あーでもない、こーでもないバカだチョンだ言われて孤独な仕事なんですよ」と悪魔の川と呼ばれた当時を語った。
この吉野彰さんの発言後に司会者が「今ちょっとバカだチョンだというご発言がありましたけど、表現が不適切でした」と謝罪。
それに対して吉野彰さんは「はい、すいません」と同時に謝罪した。
しかしこれは当時の悪魔の川を語る上で、「バカだチョンだ」と言われたという内容であり、吉野さん自身の発言ではない。

<【動画】NHK『クローズアップ現代+』に出演のノーベル化学賞の吉野彰「バカだチョンだ言われた」発言で司会者が謝罪 – ゴゴ通信 より一部引用>
https://gogotsu.com/archives/54314

「ちょん」とは「『半人前』や『取るに足らない人』のことを、芝居の終わりに打つ拍子木の音になぞらえた言葉」であったとされる。「大辞林 第二版」は、「ちょん」の用例として、近世の明治時代の小説、「西洋道中膝栗毛」から、『ばかだの、ちょんだの』と言う記述を引用している。
(中略)
1990年代中頃までは、表現者が差別的な意図なく「ばかちょんカメラ」という語を使用した場合でも、左翼系の者が「バカチョン」を「馬鹿な朝鮮人(韓国人)でも」という意味であり差別表現であると主張してマスメディア等に抗議していたが、21世紀になって以降インターネットを通じてこの差別的な意味での使用例が多く見受けられるようになったので、人権擁護者やマスメディア関係者の間でも「バカチョン」は差別表現であるという認識が高まり、現在の日本では放送禁止用語として定着している。
1992年には、西村京太郎作品に「バカチョンカメラ」という表現があると、全国在日朝鮮人教育研究協議会(現全国在日外国人教育研究協議会)が抗議したことにより光文社と講談社発行の書籍が回収され、改訂版で謝罪文を掲載した[出典無効]。

<バカチョン – Wikipedia>

柝の擬音語は江戸の昔から「ちょん」と相場が決まっている。
同音異義の差別表現が普及・定着することは表現者として極めて迷惑な話だ。

 先月9日に千葉県を襲った台風15号。船橋市に本社を持つ食品会社「石井食品」は、特に被害が大きかった南房総、鴨川、市原の3市にアレルギー対応食品計3千食を提供した。同社は「アレルギーを持つ人は避難所で『食の弱者』になる」と話し、災害時のアレルギー対応食品の必要性を訴えている。
 食物アレルギーは子供で多く発症すると考えられ、千葉県教育委員会の調査によると、食物アレルギーを持つ県内の小学1年~高校3年の子供は全体の約3・88%の2万2227人いるとされる。
 避難所などで支給されるおにぎりやみそ汁などは、調理の過程が不明確なため、食物アレルギーを持つ人には、アレルギーを引き起こすアレルゲンが混入している可能性を否定できず危険という。レトルトの非常食も種類が限られ、アレルギーによっては食べられないこともある。
 石井食品は主力のミートボールなどに加え、アレルギーに対応した食品を生産している。台風通過から約2日後の11日から、被災した自治体などにアレルギー対応食3千食や、通常の非常食7千食で支援した。同社執行役員の宮坂秀一さんは「県内の食品メーカーとして、すぐに届けなければいけないと考えた」という。

<千葉県の食品会社 被災地にアレルギー対応食品3千食提供 – 産経ニュース より一部引用>
https://www.sankei.com/life/news/191012/lif1910120013-n1.html

アレルゲンは判明しても、その人がなぜそれでアレルギーになったかは、なかなか分からない。
総体、現代人にアレルギーが増えている原因も不明だ。
おれは加工食品に使われている添加物の可能性があると考えているが、又聞き情報のみでエビデンス(科学的根拠)はない。

何にせよ今般「石井食品」が社会的に大きな貢献をしたことは確か。
そのことに対しては率直に称賛したい。

Tony Pastor and His Orchestra – One Meatball(1944)
vocal: Tony Pastor

recorded November 17, 1944
The Andrews Sisters also had some success with this novelty.

追加記事

フロリダ州にあるテーマパーク、ユニバーサル・オーランド・リゾートのスタッフが、少女(当時6歳)と写真を撮るとき「OK」サインをして解雇された。
USAトゥデー紙によれば、「事件」は、ティフィニーとリチャードのジンガー夫妻が今年3月、同テーマパーク内のリゾートホテルで行われたキャラクター・ブレックファスト(人気キャラクターに会える朝食)に子どもと参加したときに起こった。
問題に気づいたのは母親のティフィニーだ。8月になって、このときに子どもたちが人気キャラクターと一緒に撮ってもらった写真を見返していると、人気キャラクターの着ぐるみを着たスタッフが、「OK」サインをしていたのだ。
当記事は「ニューズウィーク日本版」(CCCメディアハウス)からの転載記事です。元記事はこちら
以前なら何でもなかったことだが、世界に通じるOKサインは近年、白人至上主義のシンボルに使われるようになり、元の意味より人種差別の意味に解釈されることも増えている要注意サインになっているのだ。
家族を思う気持ちを「台無しにされた」
黒人のティフィニーはこれをヘイト(憎悪)のサインと捉え、自閉症の娘(現在7歳)に、どうしてこの写真は学校の自由工作で使えないかを説明しなければならなかった。
ティフィニーはUSAトゥデー紙に語った。「家族のための特別な旅行だったのに、このスタッフが台無しにした」。

<「OKサイン」海外で絶対に出してはならない理由 – ニューズウィーク日本版 – 東洋経済オンライン より一部引用>
https://toyokeizai.net/articles/-/306662

これもまた後加された新たな意味。
それがために使用不可となってしまった。

以下、「O.K.」「Okay!」「OK」「OK」を含む投稿。

以下、「コンドーム」「OKサイン」を含む投稿。

(2019年10月13日)