日別アーカイブ: 2011/03/04 金曜日

諸君、偉大なる博士は風となったのである。果して風となったか? 然り、風となったのである。

きのう3月3日の東京は冷たい風が吹いて真冬に逆戻りした感じでした。
暖かかったり寒かったり、一日のうちでも温度差があり、どんな格好で出ればいいのか困ります。
といってもたくさんある中から一着択ぶわけではなく、寒い日用とやや寒い日用の2種類くらいしかない(笑)
択びまちがえると滝のような汗をかいたり風邪ひいたり。
だからよけいに困るんデス。

2011/02/22
ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領は21日、プーチン首相がロシアで権力を独占し、有権者から民主的な選択の自由を奪っているとして非難した。
 プーチン首相は2000年から08年までロシアの大統領を務め、同国では今でも最高権力者とみなされている。ゴルバチョフ氏は、プーチン首相と同首相が3年前に大統領へと導いたメドベージェフ大統領が2人で、来年3月に行われる大統領選挙の候補者を決めるだろうと指摘した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110222-00000558-reu-int

ロシアのメドベージェフ大統領は2日、80歳の誕生日を迎えたゴルバチョフ元ソ連大統領に国家の最高位勲章を授与した。
 メドベージェフ大統領はゴルバチョフ氏が「(ソ連末期の)非常に困難で劇的な時期に国家を指導した」とその功績をたたえた。ゴルバチョフ氏が「(喜びで)心臓の鼓動が大きくなっている」と話すと、大統領は「あなたが心の中で80歳よりはるかに若いことの表れです」と応じた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110303-00000020-mai-int

これくらいの大物になると口封じで殺すわけにもいかないので、「名誉」と「勲章」で黙らせるということでしょう。
それにしても「民主主義」というのは、その制度を使いこなすだけの国民の成熟度がないと「猫に小判」ですね。日本もそうだ。

キャスターのテリー伊藤が問題提起。大学は安易に警察に頼ったのではないかというのだ。
(中略)
「学校のカンニングで警察に逮捕されるなんてことはなかった。今回、すごい前例をつくることになる。僕らの時代には、学園に警察権力が入ることには違和感があった」
学園紛争の時代を知る世代の中には、同様の思いをもった人も少なくないかもしれない。それより若い世代の本村は、「警察に頼まなかったら、時間がかかって合格発表の日まで間に合わない可能性があった」
http://www.j-cast.com/tv/2011/03/03089516.html?p=2

大学紛争のとき、戦後の「大学の自治」は事実上終わりました。
団塊世代が大学当局を占めてる現代でも状況は同じ。
つまり彼ら世代は何も変えられなかったし、本気で変えようともしなかった、ということです。
だいたいゲバ棒で人を殴ったり火炎瓶を投げたりするような人間が「知性的」なわけがない。
せっかく民主主義の国になったのに、共産主義というファッショ運動に夢中になったり、暴力で社会を変えようとしたり……
学校の勉強は出来たんでしょうけど、人間としては傲慢・独善・幼稚、観念的で短絡的、しかも社会にずいぶんと迷惑をかけた。その点では彼らのダメさは父親世代と大差ありません。
その結果が日本の今の惨憺たる有様じゃないですか。
彼らは年老いましたが、ほんとうに大人になったんでしょうか。
年金貰い逃げ、あとは野となれ山となれ、チェンマイあたりで昼寝してるバヤイじゃないでしょう。

米ハンバーガーチェーン大手ウェンディーズ・アービーズ・グループは3日、今秋をめどに、約2年ぶりに日本国内に再進出すると発表した。
 まず東京都内に出店し、今後5年間に70店舗を展開する計画だ。最終的に700店舗まで増やすことも視野に入れている。
 セットメニュー価格は、国内チェーンで中心の500~600円台を上回る設定で、付加価値の高い商品を中心にする見通しだ。
(中略)
 ウェンディーズは、牛丼大手ゼンショーと日本で店舗を展開していたが、フランチャイズ契約の終了で2009年12月に撤退していた。その後も日本でのパートナーを探していたという。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110303-OYT1T00931.htm

ウェンディは夢見がちな少女の代名詞でもあります。

The Beach Boys – Wendy(1964/09/21)

Pop Chart Peaks: Billboard 44, Record World 46
A popular track from their “All Summer Long” LP which was not then issued in the U.S. as a regular single but charted via the 45 extended-play release “4-By The Beach Boys.”

The Beach Boys – Wendy – The Ed Sullivan Show

The Andrew Oldham Orchestra – Wendy
アンドリュー・オールダム・オーケストラ – ウェンディ
from the album “East Meets West”(1965)イースト・ミーツ・ウェスト

‘Wendy’ is a stellar cut included on the B-side of the exclusively issued in the USA album featuring instrumental versions of hit songs made popular by the Four Seasons and the Beach Boys. Recorded in early 1965 at London’s Pye Studios, the elusive album released in April 1965 which was available in both stereo and monophonic, packs quite a wallop. Produced by Andrew Loog Oldham and engineered by Ray Prickett, the majority of the David Whittaker arrangement are percussive, drum laden creations with a hefty mix of the style of American record producers, Bob Crewe and Phil Spector. Atmospheric and wonderful’Wall Of Sound’ music absolutely explodes out of the grooves. The concept of the album was one side of the long player featured songs by Four Seasons who recorded on the east coast in New York City, and on the other side, were tunes by the Beach Boys who recorded in Los Angeles on the west coast. A clever idea that also included an original track on each side that was composed by Oldham and arranger David Whittaker. Presented here is the stereo version of the Brian Wilson and Mike Love composition,’Wendy’ , which displays a fabulous aural musical experience that was brilliantly engineered by Ray Prickett.
In 2013, the album was reissued on compact disc in Japan and included both monophonic and stereo mixes along with two addition tracks,’Rag Doll’ (stereo and mono) and’Theme From The Dick Van Dyke Show’ (mono).

Andy Prieboy – Tomorrow Wendy(Germany:1991)

Concrete Blonde – Tomorrow, Wendy
from the album “Bloodletting”(1990)

「明日ウェンディは死ぬだろう」とうたっているこの歌には、
KennedyとJackieの名が出てきます。

ウェンディの次は、一字違いのウィンディといきましょう。
風の時代、嵐の時代――60年代こそはまさにそうした時代でした。
“答え”は40数年たった今も、風に舞い続けているんです。

Paul Gayten – Windy(1958/05)
2度目の引用。

Flutified instrumental cover of the UK hit “Tom Hark” by Elias & his Zigzag Jive Flutes, also posted to this channel (as “Tom Hark”) in a big band version by Ted Heath

Ted Heath and his Orchestra – Tom Hark(1958/05 U.S. 45 single version)
2度目の引用。

The South African recording of “Tom Hark” by Elias and his Zigzag Jive Flutes made it all the way to #2 on the UK singles chart. Under the title “Windy,” a similarly arranged version was released and briefly charted in the U.S. by Paul Gayten. This was the big band cover by Ted Heath in the version released on 45 here in the U.S. (a different Heath version has also been reissued and posted elsewhere).

Elias And His Zig-Zag Jive Flutes – Tom Hark(UK:1968/03)
上掲2曲のオリジナル。
2度目の引用。

UK Pop Chart Peak: 2 (NME, RM), 3 (MM, D)
See the Wikipedia “Tom Hark” page for more background on this South African kwela song, a large UK hit which was covered in the U.S. in a similar–though more subdued–arrangement by Paul Gayten under the title “Windy” and was also done in a big band treatment as “Tom Hark” by the Ted Heath band.

 

The Travelers – Windy and Warm(1963/07)
アリゾナ州のグループ。

The Association – Windy(1967/05/01 mono version)
ジ・アソシエイション – ウィンディー
チェンバロが印象的。

produced by Bones Howe
Pop Chart Peaks: Billboard, Cash Box & Record World #1
Released in-between their other two chart-toppers of “Cherish” and “Never My Love.”

The Association – Windy(Ravinia Festival – Highland Park IL, 1967)

Wes Montgomery – Windy(1967/10 mono 45)
ウェス・モンゴメリー – ウィンディー
from the album “A Day In The Life”(1967)

arranged & conducted by Don Sebasky
produced by Creed Taylor
Pop Chart Peaks: Billboard 44, Record World 55, Cash Box 78 – Easy Listening Peak: 10
Prior to his early death in 1968 at age 45, the jazz guitar legend had been attracting mainstream audiences with his more’pop’ oriented instrumental LPs. This cover of the Association chart-topper from earlier in the year was a track from the LP “A Day In The Life” and was Montgomery’s most successful single release.

The Free Design – Ivy On A Windy Day
from the album “You Could Be Born Again”(1968)

Windy Cityというと、これはシカゴの別名です。
ドリス・デイがラブコメ西部劇『カラミティ・ジェーン(Calamity Jane)』(1953)の中で “Just Blew In From The Windy City” というのをうたっておりまして、この場合もシカゴを意味してます。

Doris Day – Just Blew In From The Windy City
映画『カラミティ・ジェーン』(1953)より

Doris Day With Orchestra – Just Flew In From The Windy City
from the album Doris Day And Howard Keel “Calamity Jane”(1953/11/09)
英SP盤では “The Black Hills Of Dakota”(1953)のB面。

The Jesters – Night Train To Chicago(1966)
Vocals, Piano: Jim Dickinson
Composer: Teddy Paige

Lou Rawls – Dead End Street Monologue / Dead End Street(1967/03 mono 45)
シングル盤A面に2タイトルを収録。
1つ目はシカゴ出身のルー・ロウルズが貧困生活を振り返る自作の語りで、冒頭、
“I was born in a city the called the’Windy City'”
とある。

produced by David Axelrod
Pop Chart Peaks: Billboard 29, Cash Box 31, Record World 36 – R&B Peak: 3
One of Lou’s most successful singles of the decade was this part-monologue and part-singing production which won him a Grammy award.

Jerry Butler – Windy City Soul(1971/11)
シングル Jerry Butler And Brenda Lee Eager “Ain’t Understanding Mellow” のB面。

Jack Bonus – Cold Chicago Wind
from the album “Jack Bonus”(1972)

The Dells – Windy City Soul
from the album “Sweet As Funk Can Be”(1972)

Vee-Jayのアルバム『Oh, What a Nite』(1959)の日本盤リイシュー(テイチク)を買ったのは1978年。夜明けか夕暮れかは判りませんが、ざっくりした石畳の堤防で、ハイヒールを手にした女性が男性と抱擁しているかっこいいジャケットでした。
デルズはメンバーチェンジをしながら、60年代、70年代にもヒットを出し、つい最近2009年まで活動を続けていたようですね。
ちなみにかつてテレビ東京で放送されていた番組『おーわらナイト』(奥村チヨの姪=麻生祐未が出ていた)はデルズのこの『Oh, What a Nite』から付けられたタイトルでした。

 

WINDY LADY – (5:42)
作詞・作曲:山下達郎
もともとはシュガー・ベイブ後期のレパートリーだったが、レコーディングの機会がなく本作に収録することになった。シカゴのリズム&ブルースが好きだったことから、シカゴの通称「ウィンディ・シティ」を想起して作られた曲。山下が持っていったデモテープをすべて聴いたチャーリー・カレロから「君の曲はニューヨークというよりはシカゴの香りがする」と言われ、驚いたのと同時に自分の作曲の語法は正しかったのだと嬉しく感じたという。

<CIRCUS TOWN – Wikipedia>
https://ja.wikipedia.org/wiki/CIRCUS_TOWN

山下達郎 – WINDY LADY
作詞曲:山下達郎
アルバム “CIRCUS TOWN”(1976/12/25)所収。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

The Sweet – Windy City
スイート – 嵐の街
from the album “Off The Record”(1977)明日なき青春

Rodney Franklin – Windy City(1981/01)
from the album “Rodney Franklin”(1980)

Lars Bartkuhn – Windy City
from the album “Choreographies”(2005)

シカゴの御当地ソングはシナトラの『シカゴ』をはじめたくさんあります。ここでは触れませんが。

シカゴってそんな風が強い街なんでしょうか。
その割に風車だとか凧だとかの話はあまり聞いたことがありません。

「風の街」という表現は風の強さからきているとの考えが一般に受け入れられているが、事実はそうではない。そもそもオクラホマシティの方が、より風が強いぐらいである。
「風の街」の由来は、1892年万国博覧会の候補地としてニューヨークとシカゴが争ったとき、ニューヨークのある雑誌がシカゴ市民を「Chicagoans’ talk was full of windy. 」と評したことである。
これを直訳すると「シカゴ市民の話は風に満ちていた」だが、そのこころは「シカゴ市民の話は中身のない言葉だけ」、である。つまり上記の英文はシカゴ及びシカゴ市民を馬鹿にした発言である。
このことが本来の由来を離れて使用されるに至った。なお、1892年の万博は結局シカゴで開催され、それまでの万博で最大の規模となった。
<シカゴ – Wikipedia>

なるほど、そうでしたか。ちーとも知らなンだ。

「デーサク死んでた」と二階堂ドットコム。どーだかね。

人が死んだら届けを出さないと法律に違反します。
まずは医師が死亡診断書を書くのですが、死因や死亡時期を偽っていれば、ふつうはそこでバレてしまう。
ところがもし、医師・警察官・検察官・裁判官・役所の職員・葬儀社・司法書士・税務署員がぜんぶグルだったら、死亡の事実を隠して、あたかも生存しているかのように誤魔化すことが可能となります。
特定の個人を熱狂的に崇拝し、法律(世間の法)よりも上位にあるドグマでマインドコントロールされている集団=カルト組織では、それが十分起こり得ますし、実際、それに近い事件も過去にありました。
しかし、違法は違法です。
要人の死亡説はだいたいが入院中の人物にかかわることですが、そうでないときは、これは要注意でしょう。

 

追加記事

(2017年4月7日)

追加記事

The Pied Pipers “Chicago” on The Ed Sullivan Show
The Ed Sullivan Show
2025/06/24
September 29, 1963.

(2025年6月24日)