日別アーカイブ: 2011/03/24 木曜日

ソーラー発電の無力

 松本剛明外相は22日の記者会見で、ロシア空軍の戦闘機と電子戦機が21日に日本領空に接近したことに対して、ロシア側に抗議しない考えを示した。
(中略)
 ロシアによる支援への見解を尋ねた同国のメディアに対しては「手厚い支援の申し出に感謝しているとぜひ伝えてください」と語った。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110322/plc11032219360036-n1.htm

日本との間に政治的懸案を抱えている外国政府の「援助」には、とうぜん思惑があります。
うっかり受け取るとあとが面倒だ。
しかしあからさまに拒否も出来ないので、国益を損ねないよう政府・外務省には巧く対処してもらいたい。

「屋根に設置している太陽電池が停電で動かなくなって宝の持ち腐れだ。どうしらいいのか」。大震災発生の翌12日以降、ある太陽光発電装置メーカーには、通常の約10倍近い電話問い合わせが相次いだ。
 家庭用の太陽光発電装置は、パワーコンディショナー(パワコン)という装置を使い、太陽電池で発電した直流電流を、家庭で使用できる交流電流に変換している。ただ、パワコンを動かすための電気は、通常、電力会社から送られる系統電力に依存しており、そのままでは日中発電していても、電気が使えない。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110321/biz11032101270000-n1.htm

初期の自動車ではエンジンを起動するのに、回転するハンドルバーを使ってました。
その後の車でもエンスト時には乗ってる人が降りて車を押しましたよね。
プロペラ機の起動でも手でプロペラを回したりした。
起動オプションに手動を残しておくのは一考に値するんじゃないか、と思いますがどうでしょう?

東北地方太平洋沖地震への対応 -首相官邸ホームページ-
には
平成23年(2011年)福島第一・第二原子力発電所事故について
というPDFファイルがあります。
これは原発事故の経緯と現状がまとめられているのですが、
プリントアウトしたものを画像としてスキャンしPDF化したもののようで、文書内の検索が出来ないようになってます。おそらくわざとそうしているんでしょう。それにやたらと長い。
これが国民に対して発表する第1次資料とはとても信じられません。
これを見ると、事態が良い方に向かってるのか、実はそうでないのかが分かります。
どうも見たところ、何も解決していないようですねえ。

Dave Mandell / Bob Wilson – Unbelievable
from the album “Nuclear Power Station”(1972)

原子力安全・保安院の西山英彦審議官は24日午前の記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所1-4号機で白煙が出ていることに関連して、「作業への影響はないと聞いている」と述べた。
 4号機について、西山氏は「たくさん使用済み燃料が入っているプールの発熱が問題」と指摘し、冷却系からのプールへの注水はあす以降になるのではないかとの見通しを明らかにした。燃料プールについて、西山氏は「1-6号機の中でも最も使用済み燃料の量が多い。目視で水が入っていることを確認しており、注水もしている」と述べた。しかし「すぐに沸騰状態になってしまうので100度になっている。応急措置で注水量を増やし、外部電源を使い安全な状態にすることが必要だ」と強調した。
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=abwisF35pXPI

燃料棒が水没し、なおかつ温度が下がらなければ「注水が成功した」とはいえません。
つまり4号機はきょうの時点でかなりヤバい状態。そもそも人が近づき得るのか。

The Bottom Blues – 12345 I Love You(2010)

ゴスペラーズ – 1,2,3 for 5(2009/02/11)
アルバム “Hurray!”(2009/03/11)所収。
読みは「ワン・トゥー・スリー・フォー・ファイブ」。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Steps – 5, 6, 7, 8(UK:1997/11/10)

◆    ◆    ◆

George Benson – 20/20(1984/11)
ジョージ・ベンソン – 20/20(トゥエニイ トゥエニイ)
歌詞に
“But hindsight is 20/20 vision”
「でも、あと知恵はやっぱり正しい」
というくだりがある。
hindsight(あと知恵)はforesight(先見)の対義語。
タイトルは視力検査(vision screening)の用語だそうだ。

<参考>

vision は、見る能力、つまり視力のことです。 20-20 vision と言うと、20フィート 離れて対象物を見たとき、正常な視力の人が20フィート離れてそれを見たときと同じように見える、ということを意味します。つまり、20-20 vision は、正常な視力、という意味になります。

<20-20 VISION, 視力20-20 | 英会話教室・英会話スクールのベルリッツ・ジャパン>
https://jp.berlitz.com/wm/03/1202.htm

◆    ◆    ◆

D. D. Sound – 1.2.3.4. Gimme Some More(1982/07/01)
D. D. サウンド – 1.2.3.4. ギミー・サム・モア

The Rubinoos – 1-2-3 Forever
ザ・ルビナーズ – 1-2-3(ワン・ツー・スリー)
from the album “Back To The Drawing Board”(1979)カリフォルニア・サンシャイン

Rimshots – 7-6-5-4-3-2-1(Blow Your Whistle)(1975)
リムショッツ – 7-6-5-4-3-2-1
2度目の引用。

Feist – 1234(UK:2007/07/23)

The Teens – 1-2-3-4 Red Light(Germany:1979/08)

Tom Robinson Band – 2-4-6-8 Motorway(1977/11)

三谷晃代 – ひい・ふう・みい(1977/05/20)

Catherine Ferry – 1, 2, 3(1976)
カトリーヌ・フェリー – 愛の言葉は1.2.3.

一丁目一番地 – 1, 2, 3, 4(1974)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

◆    ◆    ◆

Nektar 1-2-3-4(Germany:1972/04)
Composer: Nektar
Time: 3:55
シングル “Do You Believe In Magic” のB面。

Nektar 1-2-3-4(album version)
from the album “…Sounds Like This”(UK・Germany:1973)
Composer: Nektar
(2022 Remaster)
Time: 12:50

◆    ◆    ◆

The Presidents – 5-10-15-20(25-30 Years Of Love)(1970/09 mono 45)
ワシントンD.C. 出身のグループ。のちグループ名を Trilogy, Anacostia と2回変えている。

arranged & produced by Van McCoy
Pop Chart Peaks: Record World 6, Cash Box 7, Billboard 11 – R&B Peak: 5
Highest-charting hit for the Washington DC trio.

The Temptations – Ball Of Confusion(That’s What The World Is Today)(1970/05/07)
テンプテーションズ – サイケデリック・ワールド
冒頭 “One, two, one, two, three, four, ow” の声。
人種対立や暴動が多発する世相を扱っている。歌詞にはビートルズやヒッピー、月ロケットも登場する。
“The Sale of pills are at an all time high” というくだりはあるものの、サイケデリック・ソングではない。

produced by Norman Whitfield
Pop Chart Peaks: Cash Box 1, Record World 2, Billboard 3 – R&B Peak: 2
One of the group’s several platinum singles.

Spanky And Our Gang – 1-3-5-8(Pedagogal Round #2)
from the album “Anything You Choose B/W Without Rhyme Or Reason”(1969)

Frankie & The Spindles – Count To Ten(1968/11)

The Troggs – 66-5-4-3-2-1(UK:1966/12/09)
シングル “Any Way That You Want Me” のB面。
歌詞に “There’s a number that you can phone” とあるので、いちおう電話番号ということらしい。

Patti LaBelle and The Bluebells -(1-2-3-4-5-6-7)Count The Days
Arranged By: Gary Sherman
Written-By: Brooks Johnson, Charlie Foxx, Yvonne Williams

1910 Fruitgum Company – 1, 2, 3, Red Light(1968/07)ワン・ツー・スリー・レッド・ライト

arranged by J. Calvert
produced by Katz-Kasenetz-Trimachi
Pop Chart Peaks: Cash Box & Record World 3, Billboard 5
One of three top-five charting singles by this bubblegum group (”Simon Says” and “Indian Giver” were the other two).

Cilla Black – One Two Three(TV live, 1968)
この曲を含む Album “Cilla Sings A Rainbow” は1966年のリリース。

Wilson Pickett – Land Of 1000 Dances(1965/07/18)
ウィルソン・ピケット – ダンス天国
冒頭(たぶん授業終了の)ベルのSEに続き、「ワン・ツー・スリー」の歌詞。

Len Barry – 1-2-3(1965/07)
レン・バリイ – 1-2-3
orchestra and chorus conducted by Jimmy Wisner
“1-2-3” には「簡単」「容易」のたとえの他に、「すばやく」という意味もある。

Pop Chart Peaks: Cash Box 1, Billboard & Record World 2
The only major solo success for the former Dovells lead singer.

◆    ◆    ◆

Patti Smith Group – 5-4-3-2-1(1979/09)
live in New York 1979/05/23

Manfred Mann – 5-4-3-2-1(UK:1964/01/10, US;1864/03/02)
この曲を番組テーマとした “Ready Steady Go!” の名に合わせてカウントダウンを歌にしたのだろう。

It was written by Mann, Mike Hugg and Paul Jones, and peaked at #5 on the UK Singles Chart. The success was due to weekly television exposure as the theme tune for the ITV pop music television programme Ready Steady Go!

◆    ◆    ◆

Joe Tex – Hold What You’ve Got(1964/11/23)
詞に “Some men will have her before you can count one, two, three” とある。
セリフあり。

(debuted late’64) 1965 Pop Chart Peaks: Billboard & Record World 5, Cash Box 6 – R&B Chart Peak: 2
Joe’s debut ballad hit was in stylistic contrast to his later boisterous best-sellers “Show Me,” “Skinny Legs and All,” and “I Gotcha.”

Jan & Dean – It’s As Easy As 1, 2, 3(1965/04/16)
ジャン&ディーン – イッツ・アズ・イージー・アズ、1, 2, 3
ジャンとデーン – イージー・アズ・1-2-3
“Jan Berry & Jill Gibson” as “Jan & Dean”
シングル “You Really Know How To Hurt A Guy” のB面。
from the album “The Little Old Lady From Pasadena”(1964/09)パサディナのおばあちゃん
from the album “Dead Man’s Curve / The New Girl In School”(1964/04)デッド・マンズ・カーブ/ニュー・ガール・イン・スクール

Chubby Checker – 6-0-9
from the album “Chubby’s Folk Album”(1964)

Jill Gibson – It’s As Easy As 1, 2, 3(Imperial:1964/09)

Roy Kildaire – What About It(UK:1964)
シングル “I Won’t Leave” のB面。

よつば姉妹 – ワン・ツー・スリー・ラブ

The Tokens – A-B-C, 1-2-3(1963/07)
シングル “Hear The Bells” のB面。

Ellis Regina – 1, 2, 3, Balançou
from the album “Ellis Regina”(1963)

Les Mustangs – 1-2-3-4(France:1962)
シングル “Sur la plage” のB面。

Bobby Rydell – We Got Love(1959/09)
ボビー・ライデル – ウィ・ガット・ラヴ
数え歌ふうな感じ。

Jaye P. Morgan – Pepper-Hot Baby(1955/10)
orchestra conducted by Joe Thomas
Count two, four, six, eight, ten
Two, four, six, eight, twenty
Two, four, six, eight, thirty
Count to a hundred
という歌詞が面白い。間奏はロックンロール調だ。

The Fat Man with Sunnyland Slim Trio – Glad I Don’t Have To Worry No More(1951)
The Fat Man (Alfred Wallace):Vocals & Drums

◆    ◆    ◆

Kay Kyser and his Orchestra – One-Zy, Two-Zy(I Love You-zy)(1946)
vocal: The Moonbeams
途中、マザーグース『ロンドン橋落ちた(London Bridge Is Broken Down)』
アメリカの民謡『ヤンキードゥードゥル(Yankee Doodle)』を引用。

recorded February 15, 1946
Billboard Chart Peaks: 5 (radio play), 12 (jukebox)

Freddy Martin and his Orchestra – One-Zy, Two-Zy(I Love You-zy)(1946)
vocal: The Martin Men

Joining the Phil Harris version in the top-5 was this recording by the Martin band. Lyrics to “One-Zy Two-Zy” were written by Irving Taylor (Pachalafaka, Three Little Sisters, Everybody Loves Somebody, Kookie Kookie Lend Me Your Comb, etc.). 1946 was a good year for sales of Freddy Martin records….see also “Bumble Boogie” “Doin’ What Comes Natur’lly” “Symphony” and “To Each His Own.”

Phil Harris & Orchestra – One-Zy Two-Zy(1946)
vocal: Phil and (3 year-old) Alice Faye Harris

Bandleader Harris, one of the zany regulars that populated Jack Benny’s radio show, recorded steadily throughout the latter half of the 1940s; and this little novelty was his most successful single during that period, reaching #2 on the radio airplay chart and #7 in sales. Little Alice was the offspring of Phil and his actress wife Alice Faye. Also in this 1946 collection is the Freddy Martin version of “One-Zy Two-Zy” as well as Phil’s recording of “The Dark Town Poker Club.”

◆    ◆    ◆

Maurice Chevalier – 1-2-3-4(France:1946)

Benny Goodman and his Orchestra – Mama, That Moon Is Here Again(1937 78 transfer)
vocal: Martha Tilton
2度目の引用。

recorded in NYC November 12, 1937
Performed on-screen by Martha Raye, this (and the Goodman flip side “You Took The Words Right Out Of My Heart” were Leo Robin-Ralph Rainger songs featured in the Paramount film “The Big Broadcast Of 1938.”

Isham Jones and his Orchestra – Mama, That Moon Is Here Again(1937)
vocal: Eddie Stone
2度目の引用。

recorded in NYC November 5, 1937
Though better remembered for introducing Bob Hope’s signature theme “Thanks For The Memory,” Paramount’s “The Big Broadcast of 1938” also featured the Robin & Rainger tunes “You Took The Words Right Out Of My Heart” (sung by Dorothy Lamour) and “Mama, That Moon Is Here Again” (performed by Martha Raye).

「日本政府、原子炉のぜい弱性に対する指摘を無視」
 米ウォールストリートジャーナル(WSJ)電子版は2011年3月23日、このような記事を配信した。それによると原発関係機関は、東北関東大震災が起こる数か月前から、原子炉を冷却する「復水器」と呼ばれる新たな装置の利用を検討していたという。復水器は電力が不要で、炉心が過熱して発生した水蒸気をこの装置に通して冷やし、再び炉心に戻す仕組みだ。福島第1原発では、地震と津波で電力供給システムが不能に陥り、炉心冷却装置を作動させるすべを失った。仮に、電気に頼らない復水器が十分に整備されていたら、事態の深刻化を防げたかもしれない。WSJによれば、最終的に当局は復水器設置の論議を重視せず、炉心は「ぜい弱」なまま残ったとしている。
(中略)
 米ニューヨークタイムズ(NYT)電子版は3月21日付の記事で、運転開始から40年となる福島第1原発1号機について、経済産業省原子力安全・保安院が今後10年間の運転継続を認めていた点を指摘した。原子力安全・保安院は2月7日付文書で、この点を原子力安全委員会に報告したとしている。国内で40年を経過した原発はほかにも敦賀原発1号機や美浜原発1号機がある。
 ところがNYTによれば、2月28日になって東京電力が、福島第1で33の機器について自主検査漏れがあったことを明らかにしたという。
http://www.j-cast.com/2011/03/24091258.html

 東京電力は24日、東日本大震災で被災した福島第1原子力発電所で作業をしていた協力企業の従業員3人が173~180ミリシーベルトの被曝(ひばく)をしたと発表した。このうち2人は足の皮膚に放射性物質(放射能)が付着したとみられ、福島市内の病院に搬送された。2人は放射線によるやけどである「ベータ線熱傷」の可能性も否定できないという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110324-00000592-san-soci

「原子炉から漏れ出したと思われる」「表面が400ミリシーベルト/毎時」の水溜りに足を突っ込んでしまったのだそうです。
ほんとに400ミリなのか? もっと高いんじゃないのか?
いづれにせよ遅かれ早かれ重篤な症状に直結する数値の被曝でしょう。
私はもうこれ以上 人柱は希まない。
警告を無視した東電幹部や利権に踊った政治家、官僚の愚かさの墓標として、そして人類の強欲さの証拠として、放射能が自然消滅する遠い遠い未来まで、そのままほおっておくのが本当は正しいのではないですかね。
いづれ死すべきさだめなら、決死隊とその死を共有しても、私はかまいません。

Pat Clayton – You’ve Gotta Share
シングル “Someone Else’s Turn” のB面。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Bobby Vee – Sharing You(1965/04/27)

 

追加記事

 東京電力福島第一原子力発電所3号機で被曝(ひばく)した作業員3人のうち2人は、足の皮膚表面の被曝線量は2000~6000ミリ・シーベルトと高く、作業中に吸い込んだ放射性物質による内部被曝もあることが25日、放射線医学総合研究所(千葉市)での精密検査で分かった。
 同研究所の明石真言(まこと)・緊急被ばく医療研究センター長によると、3人のうち、20代と30代の作業員の2人は長靴を履いておらず、靴に入った水で足を被曝した。くるぶし以下に強い被曝が認められたが、皮膚にやけどなどの症状は出ていない。「被曝線量は非常に高いが、局所的であり、全身被曝に比べて、はるかに健康への影響は少ない」という。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110325-OYT1T01061.htm?from=main4

2000~6000ミリシーベルトを浴びて、内部被曝もあって、健康被害は無い、ですか。
3人は退院させられた直後に、交通事故とかに遭わないように気をつけたほうがいい。
(2011年3月26日)

追加記事

 菅直人首相がエネルギー政策の見直しに関し「約1000万戸の屋根に太陽光パネルを設置」と表明したことで、閣内に不満がくすぶっている。政府内の調整をほとんどせず発言したためで、担当の海江田万里経済産業相は27日の記者会見で「聞いていない」と困惑。31日の閣僚懇談会では中野寛成国家公安委員長に「重大な発言をされる時は事前に閣僚と情報や意識を共有して」とたしなめられ、首相は「今後は気をつけたい」と陳謝した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110531-00000146-mai-pol

閣僚にひとことも言ってないって何?
(2011年5月31日)

追加記事

孫正義ソフトバンク社長がぶち上げたメガソーラー構想で、北海道に建設する実験施設が10分の1の規模に縮小する方向であることが分かった。構想が尻すぼみではないかとの批判が出ているが、ソフトバンク側は否定している。
規模縮小については、北海道の地元紙で2011年9月8日に報じられた。
ソフトバンク側は、構想当初、帯広市の帯広競馬場に年内に作るという太陽光発電の実験施設を1メガワット規模にしたいとうたっていた。ところが、北海道新聞によると、コスト面を考慮して規模を縮小し、その10分の1に当たる100キロワットほどにすることにしたというのだ。
また、十勝毎日新聞も、規模縮小を報じ、20~100キロワットほどの施設になるとした。面積も、2ヘクタールの当初予定から、10分の1ほどに減らされるという。競馬場を所有する十勝農協連側の「期待が大きかったので残念だ」というコメントも紹介している。
このニュースが出ると、ネット上では、ソフトバンク側の姿勢に批判が相次いだ。はてなブックマークでは、「大きく宣伝して、小さくごめんなさい。いつもここは同じ」「お金の為じゃないんですとか言ってたなー孫正義」といったコメントが支持を集めている。
http://www.j-cast.com/2011/09/17107089.html

要するにコストパフォーマンスが悪いということでしょう。
(2011年9月19日)

追加記事

 強引な訪問販売を繰り返していたとして、消費者庁は25日、特定商取引法違反(迷惑勧誘など)で、太陽熱温水器の訪問販売業者「朝日ソーラー」(本社・大分市)に、強引な勧誘を止めるように指示処分を出した。
 同庁によると、同社社員は、家庭への訪問販売で「何時間かかっても話をしたい」などと強引な手法で太陽熱温水器(販売価格100万円前後)の購入を迫っていた。中には、3~4時間にわたって勧誘を続けたり、深夜を過ぎて勧誘に訪れるケースもあったという。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111025/crm11102517240032-n1.htm

営業マンが戸別にアポ無しで飛び込んで商品を勧誘する商売というのは品格がない。
そういうことを営業成績を競わせながら社員にさせる会社も下の下である。
そういう仕事をしなければならない人は哀れである。
(2011年10月25日)

追加記事

○師常に手まりをもて遊び給ふときゝて奉るとて 貞心尼

これぞこのほとけのみちにあそびつゝつくやつきせぬみのりなるらむ

   御かへし
つきて見よひふみよいむなやこゝのとをとをとおさめてまたはじまるを

●師はいつも手まりで遊ばれると聞いて差し上げる(歌)ということで

ほかでもないこの仏の道に遊び学びながらついてもついても尽きない仏の道の奥深さなのであろうと思われます。

   ご返歌
手まりをついてごらんなさい 一 ・ 二 ・ 三 ・ 四 ・ 五 ・ 六 ・ 七 ・ 九 ・ 十 十と納めてまた一から始まるのです

<良寛と貞心尼の愛 – 高松大学・高松短期大学(PDF) より一部引用>
http://www.takamatsu-u.ac.jp/library/06_gakunaisyupan/kiyo/no47/47_II_075-092_wada.pdf

仏道修行を手毬唄に擬えての歌のやり取り。
(2013年3月30日)

追加記事

2013/10/19
最近、アゴラやGERPでは、ソフトバンク社長の孫正義氏(孫さん)のネガティブ評論が目立つ感がある。GERPでは、メガソーラービジネスで厳しい指摘があるようだ。
孫さんは、独特な性格と経歴から毀誉褒貶が多いので、孫さんのパーソナリティと孫さんが関係する組織の問題とは分離する必要があろう。
(中略)
メガソーラーに入れ込んだ動機は、福島事故以前はエネルギーには興味なかったが今回の事故で突然重要さを感じた、とのことである。何が悲しくてエネルギー事業のようなローリスク・ローリターンで辛気臭い仕事に興味を覚えたのか理解に苦しむ。

<孫正義氏の社会インフラビジネスに対する適性を考える – 植之原 雄二 より一部引用>
http://blogos.com/article/72002/

2013/11/04
 京セラ、IHIなどが出資する「鹿児島メガソーラー発電」は4日、鹿児島市七ツ島2の埋め立て地で建設を進めてきた大規模太陽光発電所(メガソーラー)の完成式典を開いた。発電出力は7万キロワットで、現在稼働中の太陽光発電所で国内最大という。
 IHIが所有する127万平方メートルの遊休地に太陽光パネル約29万枚を設置。一般家庭約2万2000世帯分を発電し、九州電力に売電する。年間約2万5000トンの二酸化炭素(CO2)削減に貢献する見込みで、投資総額は約270億円。パネルは桜島の降灰が雨で流れるよう傾斜をつけた。
http://mainichi.jp/feature/news/20131105k0000m040027000c.html

孫正義氏のほうはどうなったんだろうね。あんまり聞かないが、、、
(2013年11月4日)

追加記事

(2016年6月23日)

追加記事

2016/06/26
2012年7月、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)が始まると、太陽光発電の設備導入市場は空前のブームを迎えた。この流れをとらえてサニックスは、主力事業を「シロアリ防除」から「太陽光発電設備の販売・施工」へ転換。人員を急膨張させ、業績拡大を図った。
しかし、2014年秋に九州電力が太陽光発電の接続を突然制限する「九電ショック」がサニックスのホームグランドで勃発。サニックスが強い西日本の電力会社にも同じ動きが伝播し、それに続いて太陽光発電の固定買取価格を政府が連続して引き下げた。
これで太陽光発電バブルは一気に崩壊。その速さを経営陣は完全に読み間違えた。これだけ人を削るから大丈夫、と株式市場を安心させるかのように経営陣が人員削減の手を繰り出すと、太陽光発電市場の縮小がその先を行く。

<サニックス、3度目の希望退職で社員6割減へ 太陽光バブルに踊った「夢の宴」の後始末- 記事詳細|Infoseekニュース より一部引用>
http://news.infoseek.co.jp/article/toyokeizai_20160626_124156/

(2016年6月26日)

追加記事

2016/10/31
2016年1-9月の太陽光関連事業者の倒産は42件(前年同期比10.5%増)に達した。このままのペースで推移すると、年間最多の2015年の54件を上回り、調査を開始した2000年以降で最多を記録する勢いで推移している。
 太陽光関連事業は2012年7月に再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス)の固定価格買い取り制度(FIT)が導入され、これを契機に業態転換や法人設立が相次ぎ、多くの事業者が参入してきた。だが、買い取り価格の段階的な引き下げで市場拡大のペースが鈍化したほか、事業者の乱立などで競争が激化し事業が立ち行かなくなる業者が続出。成長が見込まれた有望市場から一転し、2015年を境に倒産が急増している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161031-00010000-biz_shoko-bus_all

(2016年10月31日)

追加記事

(2021年11月15日)

追加記事

(2022年10月20日)

追加記事

(2023年5月12日)

追加記事

(2023年7月17日)