一見大きなミスはなかったが、ロシア勢などと比較すると意外に評価が低い。この分では、女子は個人でも厳しい戦いを強いられそうだ。
12日に行われた団体女子フリーで、坂本は131・91点で5位。11日のSPに出場した宮原も68・95点で4位にとどまった。ともにジャンプで回転不足を取られるなど減点が響いた。
「『サトコ(宮原)はジャンプが低い』。そういう評価がジャッジの間にできあがってしまっているのだろう。スケーティング自体は美しいのに、スコアが出ない」
こう指摘するのは米国人のスケートジャーナリスト。インターネット上では、日本だけでなく他国のファンからも「こんなにも美しい演技なのになぜ?」「感情のこもったプログラムなのに評価が低すぎる」と不満の声が挙がっている。<「サトコはジャンプが低い」宮原知子、個人も暗雲 「評価が低すぎる」他国のファンから不満の声も 平昌五輪 – zakzak より一部引用>
http://www.zakzak.co.jp/spo/news/180213/spo1802130017-n1.html
「かっこいいですね」「おしゃれですね」「しぶいですね」「スタイル入ってます」
平昌五輪スノーボード男子スロープスタイルの中継で、独特な表現がネット上で”新感覚”と話題を集めた中井孝治さん(33=元ハーフパイプ日本代表)の解説です。冷静、的確な内容とのセットで「分かりやすい」「面白い」と評判でしたが、私も大いにはまった1人。この競技が大切にする「かっこいい」「スタイリッシュ」の見どころがぐいぐい分かってきて、ダイナミックなスポーツ性にすっかりファンになりました。<「かっこいい」連発、新感覚すぎるスノボ解説の力 – B面★梅ちゃんねる – 芸能コラム 日刊スポーツ より一部引用>
https://www.nikkansports.com/entertainment/column/umeda-b/news/201802130000067.html
1995年以前のフィギュアスケート競技では評価の基準に芸術点(artistic impression)があった。今は具体的な技術(ワザの難易度)とそれらをどう組み合わせて演技を構成するか(連続性や完成度)が数値化され加算されるように改善されている。
そうなってくると、AIに任せたほうがより公平・公正なジャッジが下せるのではないか、という指摘もさっそく出てきてはいるが、どうだろう。
シンクロナイズド・スイミングや新体操でも芸術的評価の問題は毎度のことくすぶり続けていて、採点結果に不満が出てくることはどうしても避けられない。
「優美さ」が前提のそうした競技に対し、スノーボードに求められるのは成程「かっこよさ」であろうが、情緒的評価が通じない厳しさはフィギュアより上ではなかろうか。
僕は千葉県出身なのだが、そんな地元民の間でも地味な扱いの「君津市」。しかし、この君津は全国まれに見る大移住があった。
1960年代後半に八幡製鉄(のちの新日鉄)が君津に大規模な新工場を完成、工員やその家族などおよそ2万人もの北九州人がやってきた、日本史上にも残る「民族大移動」。
君津ではもっぱら北九州の方言が使われ、九州料理が出すお店がたくさん登場し、九州カルチャーが街を占拠した。当時、君津は九州だったのだ。
しかし、今は移住が本格化したときから50年も経った。そんな「リトル福岡」の今はどうなっているのかをこの目で確かめたい。
僕はバスタ新宿から1470円の高速バスで、アクアラインから房総半島を目指した。<50年前に2万人の移住で九州文化が大流入! 千葉県君津市はまだ少し九州だった – デイリーポータルZ より一部引用>
http://portal.nifty.com/kiji/180213202046_1.htm
2万人の移住とはまたすごい規模だね。
これまで同様に働ける職場が用意されていたからできたわけで、それがなければ不可能な話。
彼は、KGBの元非公然工作員だ。東西冷戦下のニューヨークで、米国人「ジャック・バースキー」になりすまし、工作活動を行った。魅力的な笑顔を浮かべる男だが、時折、鋭い視線を私に送った。
1979年、29歳の時にニューヨークに送り込まれた。持たされたのは現金7000ドルと米国人の出生証明書のみ。本物の「ジャック・バースキー」は1955年に脳腫瘍で死んだ子供だった。ワシントンDCの在米ソ連大使館を拠点に活動していたKGB工作員が、その出生証明書を入手し、若きスパイにその身分を与えたのだ。
「私は受け取った出生証明書を使って、公的な身分証明書を入手していった。図書館のカードに始まり、運転免許、旅券、社会保障カード……。メッセンジャーのアルバイトをしながら、大学に入学、生命保険会社に就職した。誰にもKGB工作員だという正体を明かさずにね」(バースキー氏)
バースキー氏は故郷に妻子がいるにもかかわらず、ニューヨークでも結婚。子供をもうけた。はたから見れば、ごく普通のアメリカの若者と同じ生活を送っていたのだ。
このように、工作員が諜報対象国の国民になりすます手法を「背乗り」(はいのり)と呼ぶ。
世界の諜報機関の中でも、この手口を得意としたのが旧ソ連のKGB。それを取り入れたのが、北朝鮮の工作機関だった。<日本から姿を消した「北朝鮮工作員」が、騙した「妻」に贈った小包(竹内 明) 現代ビジネス 講談社 より一部引用>
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53261
2月11日に放送された『ワイドナショー』(フジテレビ系)での、国際政治学者で東京大学政策ビジョン研究センター講師の三浦瑠麗氏の発言が物議を醸している。
(中略)
三浦氏は「もしアメリカが北朝鮮に核を使ったら、アメリカは大丈夫でも、我々はけっこう反撃されそうじゃないですか」と切り出した。そして、仮に戦争が始まって金正恩朝鮮労働党委員長が殺害されたとしても、各都市で「スリーパー セル」(一般市民を装って潜伏している工作員やテロリスト)が活動する可能性があると述べた。
さらに、「それ(スリーパー セル)がソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今けっこう大阪やばいって言われていて」「潜んでいます。いざというときに、最後のバックアップなんですよ」「首都攻撃するよりかは、正直ほかの大都市が狙われる可能性もあるので、『東京じゃないから』っていうふうに安心はできないというのがあるので、正直我々としては核だろうがなんだろうが、とにかく戦争してほしくないんですよ。アメリカに」と戦争の危険性について説明した。
すると、この一連の発言がインターネット上で議論の対象になった。否定派からは「なんの根拠もない」「(大阪に在日韓国人が多いことから)在阪コリアンをスパイ呼ばわりして憎悪を扇動した」「学位剥奪レベルのヘイトスピーチでは」「国際政治学者の肩書きを持つ人が言うことではない」といった意見が見られる。
一方で、賛成派からは「これは可能性として議論しているだけ。ここを叩いたら、あらゆる危機管理ができなくなってしまう」「国の危機管理としては、お人好しなスタンスでは駄目だと思う」といった声が上がっている。
この騒動に、著名人も反応している。評論家の古谷経衡氏は、公安調査庁の報告書のなかに「スリーパー セル」の記述が存在しないことを挙げて、三浦氏の発言を「工作員妄想」と一刀両断している。<三浦瑠麗氏、「北朝鮮のテロリストが大阪に潜伏」発言が物議…三浦氏は真っ向反論 ビジネスジャーナル より一部引用>
http://biz-journal.jp/2018/02/post_22315.html
終戦直後、「戦勝国民」を自称し、在日朝鮮人・中国人らが大暴れしたことがあった。なんと警察や米軍と銃撃戦までしている。
長野オリンピックで中国人留学生がデモに動員されたことは記憶に新しい。
日本の公安は極左には強いんだけど、外国のスパイ・工作員・エージェントに対してはどうだろうかねぇ、、、
たぶん泳がすばかりで手ぇ出さんと思う。
警察の刑事(捜査員)は detective
私立探偵は private investigator (PI), private eye, private detective
どちらも、調査・捜索・尾行・観察・監視が重要な任務となる。
◆ ◆ ◆
Mike Post – Theme From Magnum P.I.(1982/01 stereo 45)
マイク・ポスト- マグナム P.I.のテーマ
from the album “Television Theme Songs”(1982)アメリカン・ヒーローのテーマ 全米人気TV番組主題曲集
1984年『私立探偵マグナム』として日本でも放送された。
Pop Chart Peaks: Billboard 25, Cash Box 27, Record World 41 (was still moving up toward its chart peak when Record World ceased publication with the April 10, 1982, issue) – A/C Peak: 40
Arranger and producer of various record hits by other artists, five-time Grammy winner Leland Michael Postil is especially known for his TV themes. This piece from the Tom Selleck series was included in the Post album “Television Theme Songs.”
Mike Post – Theme From Magnum P.I.(1982 mono radio promo 45)
Pop Chart Peaks: Billboard 25, Cash Box 27, Record World 41 (was still moving up toward its chart peak when Record World ceased publication with the April 10, 1982, issue) – A/C Peak: 40
Arranger and producer of various record hits by other artists, five-time Grammy winner Leland Michael Postil is especially known for his TV themes. This piece from the Tom Selleck series was included in the Post album “Television Theme Songs.”
◆ ◆ ◆
Daryl Hall & John Oates – Private Eyes(1981/08 stereo 45)
ダリル・ホールとジョン・オーツ – プライベート・アイズ
private eye は私立探偵(rivate detective)と同義で、米ピンカートン私立探偵事務所のレターヘッドに由来している。
歌の内容は恋人の浮気を疑う男の心情。
Pop Chart Peaks: #1 on Billboard, Cash Box & Record World – A/C Peak: 33 – 1982 UK Peak: 32 (BMRB)
This title song from Hall & Oates’ tenth studio album was the third of their six number-one Hot 100 singles.
Daryl Hall & John Oates – Private Eyes(1981 mono radio promo 45)
Pop Chart Peaks: #1 on Billboard, Cash Box & Record World – A/C Peak: 33 – 1982 UK Peak: 32 (BMRB)
This title song from Hall & Oates’ tenth studio album was the third of their six number-one Hot 100 singles.
観察・監視で連想される歌の一つにこんなのがある。
Someone To Watch Over Me
やさしき伴侶を(サム・ワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー)
作詞:Ira Gershwin、作曲:George Gershwin
1926年11月から256回も続演されたミュージカル『オー・ケイ!』に挿入され、出演のガートルード・ローレンスが歌って大ヒット。レーガン元大統領の主演映画『恋の乱戦』(49年)など、何度か映画音楽として使用されており、87年の『誰かに見られている』(リドリー・スコット監督)では、クラブでテナー奏者が演奏するシーンに、ジーン・アモンズのレコードが使用されている。<Swing JOURNAL 2001年5月臨時増刊『20世紀ジャズ名曲大辞典』245ページ より一部引用>
Hank Jones – Someone To Watch Over Me
Album:”Hank Jones The Great Jazz Trio/ Last Recording”
Recorded:Sony Music Studios Tokyo,February 24, 2010
Keith Jarrett – Someone To Watch Over Me
from the album “The Melody At Night, With You”(1999)
Chet Baker – Someone To Watch Over Me
from the album “Sings Again”(1986)
Zoot Sims – Someone To Watch Over Me
from the album “Zoot Sims And The Gershwin Brothers”(1975)
Ella Fitzgerald – Someone to Watch Over Me
from the album “Ella Fitzgerald Sings The George And Ira Gershwin Song Book (Volume Two)”(1959)
Producer, Concept By [Album Conceived By]: Norman Granz
Blossom Dearie – Someone To Watch Over Me
from the album “My Gentleman Friend”(1959)
Sarah Vaughan with Hal Mooney And His Orchestra – Someone to Watch Over Me
from the album “Sarah Vaughan Sings George Gershwin”(1957)
Ann Burton with The Louis Van Dyke Trio – Someone To Watch Over Me
from the album “Ballads & Burton”(1969)
Art Tatum – Someone to Watch Over Me
from the album “Piano Starts Here”(1968)
Claire Austin – Someone To Watch Over Me
from the album “When Your Lover Has Gone”(1956)
Polly Bergen – Someone To Watch Over Me
from the album “Little Girl Blue”(1955)
Seldon Powell – Someone To Watch over Me
from the album “Seldon Powell”(1955)
Chet Baker – Someone To Watch over Me
from the album “Sings And Plays With Bud Shank, Russ Freeman And Strings”(1955)
Little Jimmy Scott – Someone To Watch Over Me(1955)
Savoy Records MG-12300
Chris Connor – Someone To Watch Over Me
from the album “This Is Chris”(1955)
Ella Fitzgerald – Someone to Watch Over Me(1950)
Lee Wiley – Someone to Watch Over Me
Recorded:New York City, December 14, 1944
ラジオ番組用のレコーディングか?
Lee Wiley – Someone To Watch Over Me(1944)
Linda Keene with Henry Levine and his Strictly from Dixie Jazz Band – Someone To Watch Over Me(1942)
1942 Strictly From Dixie-Linda Keene & Henry Levine: 07 Someone To Watch Over Me (Linda Keene, voc)
An album of music conducted by Levine, with vocals by Linda on all but tracks 1 & 6
This recording was issued as one of eight in Victor’s last of four early-1940s album sets that featured cast members of NBC’s weekly program “The Chamber Music Society of Lower Basin Street.” The tongue-in-cheek presentations of jazz, blues and Dixieland were performed by studio musicians led by Henry Levine and Paul Laval with vocals during the early seasons by Dinah Shore, Lena Horne and Linda Keene. Wikipedia’s entry “The Chamber Music Society of Lower Basin Street” has additional details about the program.
All eight of these individual album tracks are also available for continuous sequential listening in a single 23-minute video posted under the title “1942 full album: Strictly From Dixie-Linda Keene & Henry Levine”
Gertrude Lawrence – Someone to Watch Over Me(1927 version)
His Majesty’s Theatre Orchestra
George Gershwin – Someone To Watch Over Me(1927)
piano solo by George Gershwin
2度目の引用。
Played in stride piano style closer to the livelier tempo he had initially envisioned for the song, here is the composer’s own instrumental recording of his classic ballad, introduced by Gertrude Lawrence in the 1926 Broadway musical “Oh Kay!”
George Olsen and His Music – Someone To Watch Over Me(1926)
A very bright dance version of the classic Gershwin ballad, introduced by Gertrude Lawrence in the 1926 Broadway musical “Oh Kay!”
Gertrude Lawrence – Someone To Watch Over Me(1926 version)
Words by Ira Gershwin – Music by George Gershwin
piano accompaniment by Tom Waring
リリースは1927年初頭?
1st Recording Of “Someone To Watch Over Me”
Among the greatest of all popular ballads, the Gershwins wrote “Someone To Watch Over Me” for Gertrude Lawrence to perform in the 1926 Broadway musical “Oh, Kay!” This Victor recording, with only a simple piano backing by Fred Waring’s brother Tom, became a popular selling disc in the U.S.
The following year, after the play’s New York run, it opened a successful London engagement, during which time Lawrence recorded a new version with full orchestra Also available on this channel is the 1926 stride piano instrumental by George Gershwin himself, played in the livelier tempo he had initially envisioned for the song
題名は「誰かがわたしを見守っている(目をつけた、監視している)」の意。誰かに見られてるかもしれないからいい子にするわ、という娘心を歌っている。
ちなみに「憧れの暗夜行路」様がジャズ楽曲のベストワンに撰したのがこの曲だった。
冒頭のメロディが似ているとよく云われるのが
Duke Ellington の書いた『イン・ア・センチメンタル・ムード(In A Sentimental Mood)』(1935)
と
Darrell Glenn 創唱の『涙のチャペル(Crying in the Chapel)』(1953)
の2曲。確かに似すぎている。
以下、「探す」「Search」「Shop Around」「見つける」「Find」「Looking For」「Looking Over」を含む投稿。
- ツツイの「あらえっさっさの時代」とは1967/12/13~1968/04/10のこと。一方 ピカソの「青の時代」は(以下略) register movement 第四部
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以下、「見る」「See」「Look」「Watch」「Watch Over」「見るなの禁止」「瞳」「目」「眼」「Eye」を含む投稿。
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追加記事
2018/02/14
今回、改めてベテラン公安捜査官に話を聞いたが、同じ答えが返ってきた。
「長く公安にいるけど、スリーパー・セルなんて言葉は誰も使わないし、聞いたこともない。スリーパーという言葉はあるけどね。ただ、これもソトイチ(警視庁公安部外事一課のこと)のロシア担当がよく使う言葉。北朝鮮担当のいるソトニ(警視庁公安部外事二課のこと)ではあまり使わない」
しかも、日本の公安で使われているスリーパーというのは、情報収集担当の工作員もしくは協力者のことで、破壊工作をおこなうテロリストとは違う。彼らのおもな活動は日本で資料や情報を収集して本国に送ること。テロについては訓練を受けていないため、その能力も技術もないというのが一般的な見方だ。
実際、これまで日本で起きた北朝鮮のスパイ事件を振り返っても、情報収集、密入国、密輸、さらに背乗りと呼ばれる日本人の戸籍乗っ取り事件がほとんど。1970〜1980年代はじめに起きた拉致事件をのぞいては、直接的に日本でテロを仕掛けた、あるいはその準備をしたとして検挙されたケースはゼロに近い。<三浦瑠麗「北朝鮮スリーパー・セル潜伏」の情報源は“ネッシー”スクープの英タブロイド紙! 公安も失笑したフェイク|LITERA/リテラ より一部引用>
http://lite-ra.com/2018/02/post-3799.html
日本にはCIAのエージェントがわんさかいるし、韓国のKCIAが金大中を日本から拉致したように、日本の公安は国際問題になるのを恐れて見て見ぬふりをしている。
ロシア、中国、北朝鮮、その他なんだかんだ、工作員は いすぎるほどいるよ。
日本の代表的な工作員 pic.twitter.com/DRhdt5nTEC
— 熊野風。 (@nobody2knows) 2018年2月12日
(2018年2月14日)
追加記事
(2018年2月16日)
追加記事
2018/02/17
「スリーパー・セル」を、どう認識すべきなのか。
自衛隊初の特殊部隊、海自特別警備隊で先任小隊長を務めた伊藤祐靖(すけやす)氏は「現在も『スリーパー』と呼ばれるような工作員が、日本に潜伏している可能性は高い。北朝鮮が日本人を拉致できたのは、日本国内に協力者がいたからだ。合理的に考えて、北朝鮮は彼らを今でも日本に残しているだろう。工作員の数や潜伏場所、能力などは不明だ。逆に、分かってしまえば、スリーパーとは言わない」と語った。
情報の専門家はどうか。
朝鮮半島情勢に精通する元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏は「1960年代から70年代にかけて、北朝鮮のテロ組織が日本に存在していたことは確認している。日本での工作活動よりも、韓国に渡って工作・破壊活動や世論誘導を主たる目的としていた。韓国に潜入するには日本人を偽装する必要があり、そのために日本人拉致が行われた」と語った。<三浦瑠麗氏発言で注目「スリーパー・セル」脅威の実態 人数、潜伏場所、能力など一切不明 – zakzak より一部引用>
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/180217/soc1802170005-n1.html
(2018年2月17日)