即席ラーメンの父・安藤百福さん死去、96歳
即席めんを発明し、世界の食文化に大きな影響を与えた日清食品の創業者で元社長の安藤百福氏(あんどう・ももふく=日本即席食品工業協会会長)が5日午後6時40分、急性心筋梗塞(こうそく)で死去した。96歳だった。
(中略)
安藤氏は4日午前の仕事始めであいさつした後、高熱を出し自宅で静養。5日午後、救急車で大阪府池田市内の病院に運ばれたが、すでに心肺停止状態だったという。
安藤氏は台湾生まれ。戦後の食糧難時代の1948年、日清食品の前身となる中交総社を設立し、社長に就任。58年に自宅の実験施設で、熱湯をかけるだけで食べられる世界初の即席めんの開発に成功した。「日清のチキンラーメン」は、大ヒット商品となった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070105-00000015-yom-soci
オレが子供のころ、ちょうど「即席」「インスタント」の食品が続々と発売され始めた。
乾し飯(ほしいい)とか陣中○○とか懐中汁粉とか乾麺とか、発想の元となるものはあったのだろうが、
昭和20年代末の時点で、支那ソバ――当時のラーメンの一般的な呼称。これは敬称・美称でない代わりにその逆でもない。そもそも美味しいと思って食べるものに蔑称をつける道理はない。ただし特に戦前、日本人が中国・中国人に対する侮言を口にするとき、当時の通用の国号として「支那」が用いられた、ということは確かにあった――を、
湯戻しで作るようにするというアイデアは、ものすごくとっぴなものだったろう。
オレ自身、袋めん、カップヌードル、高級即席めんと、歴史そのままに食べまくってきた。今もひと月に1個くらいは必ず食っている。
