日別アーカイブ: 2007/01/15 月曜日

ポール・アンカの耽美顔

午後4時前から約1時間ほど、世田谷のボロ市を見てまわりました。
突然眼に飛び込んできたのは、、、ああ、あんたポール・アンカぢゃないの。
まるで高畠華宵や石原豪人の絵みたいじゃありませんか。
いわゆる美少年、それも、かなり耽美的ムードのご面相です。

毎日グラフ1958年9月21日号、『特集 日本にきたポール・アンカ』。
私が生まれるチョイ前に、この人、来日してたんですねぇ。
露天の大将が「ポール・アンカ亡くなったねぇ」って言うから、「えっ、まだ生きてるでしょ」と反射的に答えてしまいましたが、
最近は、生きてるか死んでるか分からない人が多く、そのうえ訃報もすぐ忘れちゃったりするんで、ウチへ帰って調べたら、ちゃんと生きてましたよ。
今月も12、13日にコネチカット州のMohegan Sun, Uncasvillieでライブコンサートをやってます。

3冊で1000円だったので、あと2冊買いました。
(下)1957年6月9日号
よく見ると、表紙のモデルは中村メイコです(クリックで拡大)。

表 紙 の 人
   中村 メイコさん

 三つのときから映画に出て二十年、ラジオに出ては十四の声を使いわけるといわれ、文章を書かせれば、これまた相当なもの。徳川夢声は彼女こそ当代きっての〃才媛〃とほめている。一人娘で親に甘えてはいるが、節度はよく心得ていて、両親にものを頼むときも「おそれいりますが……」という言葉をつけることを忘れない。円満に育ったお嬢さんである。本名中村五月、東京生まれ、二十三才、東京都港区赤坂新坂町八二

(撮影 片桐 幸)    

スピードグラフフィック 4×5 バラゴン・アナスチグマット F4.5 6.5インチ 絞りF6・3 1/25秒 ブルー電球二個使用 エクタークロームデーライト指定現像
<毎日グラフ1957年6月9日号 P.34より引用>

(下)1959年1月25日号
カラー印刷の技術が劇的に向上するのはもうすこし後のことですね。

 

追加記事

どういうわけかこのページを見る人が多いんで、情報を追加しておきます。
うちの資料室にあったレコード。

(上)SPレーベル部分『メイコの電話』c/w『メイコのワルツ』中村メイコ ビクター V-41408 1955年7月発売。
両面共に作詞:井田誠一、作編曲:服部良一。
同年1月発売の『田舎のバス』でレコード歌手としても名を上げたメイコさん。
こちらのレコードは、曲タイトルに名前が入った、完全なるアイドル仕様の楽曲となっています。

並み居る歌手が気後れするほど表現力が豊かだったせいでしょうか、服部良一にはかなり気に入られたようで、他にも服部作品を歌ってます。
しかしあくまで歌手ではなく女優としてのスタンスで臨んでいたように察せられます。
当時のメイコさんの主戦場は映画・舞台・ラジオで、テレビタレントとして活躍するのはこの数年後くらいからですね。
(2012年7月29日)

追加記事

(2024年5月13日)