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プラカードに書かれた言葉

23日付の韓国紙、朝鮮日報は北朝鮮内の消息筋の話として、金正日総書記の誕生日2日前の14日夜、平安北道の竜川や宣川などの地方都市で住民が電力と食糧を要求する騒動を起こしたと報じた。
 報道では、同日午後8~9時ごろ、少数の住民が「このままでは生きていけない。明かり(電力)、コメをよこせ」と叫び始めた。次第に同調者が増え、各地で数十人規模となったため、保安機関が調査に乗り出したという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110223-00000532-san-int

「米よこせデモ」というと、1946年(昭和21年)5月19日の食糧メーデー・飯米獲得人民大会の、あの有名なプラカードの文句
「ヒロヒト詔書 曰ク 国体はゴジされたぞ 朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民 飢えて死ね ギョメイギョジ 日本共産党田中精機細胞」
が、まるで対句のように想起されます。
これは昭和天皇個人に対する名誉毀損プラス不敬罪となったようですが、「ヒロヒト(裕仁)」も自称「朕」も当時一人しかおらず(自称天皇は複数人いた)、そのご本人が絶対言ってない言葉であるので、名誉毀損は当然でしょう。
ただ天皇・皇族は今に至るも事実上基本的人権がないので、こういうときだけ「名誉」だとか言われても「おいおい」って感じだろうと思います。

George Garza And The Lion’s Den Trio – Como Prima (For The First Time)(1965)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

宋旻道 – 코메 프리마(1961)
“Come prima” 朝鮮語カバー。
作詞:문예부(文芸部)、編曲:오민우
2度目の引用。

Mario Lanza – For The First Time (Come Prima)
from the movie “For The First Time”(1959)

Zacharias And His Magic Violins – Come Prima
from the album “The Zacharias Stereo Show”(1959)

Polly Bergen – Come Prima(For The First Time)(TV live, 1959)

Polly Bergen – Come Prima(For The First Time)
with Glenn Osser & His Orchestra

The Platters – For The First Time (Come Prima)(1958)
Lyricist: Buck Ram

Claudio Villa – Come Prima(1958)
Italy
シングル “Bernardine” のB面。

Les Baxter and his Orchestra – Come Prima(1958/11)
(instrumental)

produced by Voyle Gilmore
Tony Dallara had the highest US charting version of this Italian song hit

Tony Dallara – Come Prima(Italy:1957)Music 2217
Tony Dallara – Come Prima(US:1958/06)Mercury 71327X45
Tony And His Friends – Come Prima(US:1958/06/16)Mercury 71327X45
I Campioni Canta Tony Dallara – Come Prima(Italy:1958/08/27)Music 2217×45,(Italy:1958)Music EPM 10073,(Italy:1958)Music LPM 1007
Tony Dallara – Come Prima(Japan:1959)Polydor DP 1112
Tony Dallara – Come Prima(Italy:1960/12)Il Musichiere / The Red Record N. 20089

Composer: Sandro Taccani
Composer: Vincenzo Di Paola
Lyricist: Mario Panzeri
Billboard Pop Chart Peak: 60
Singer-actor-television personality Dallara’s real name was Antonio Lardera, and on some of the Mercury singles he was shown as Tony Dalardo.
Following the recent massive success of “Nel Blu Dipinto Di Blu(Volare),” no fewer than TEN different competing singles of this other Italian hit were placed on the U.S. market in late 1958 (which probably helped cancel out domination by any one version). Dallara’s recording had been the best-seller in Italy and was probably also heard a bit more in America than the other top contender by Polly Bergen..an Italian-English version subtitled “For The First Time”

最高指導者カダフィ氏(68)を巡り、国外出国説が飛び交う一方、国営テレビにカダフィ氏が出演して出国を否定する一幕もあった。カダフィ氏はどんな人物なのか。同氏と3回面会したことがあるという、自民党の小池百合子・総務会長がテレビでその一端を明かした。
2011年2月22日、情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系)で、録画で登場した小池議員は、カダフィ氏と会談した際に見た、壁に描かれた絵について説明した。
(中略)
また小池議員は、カダフィ氏が執務室の机に「明治天皇のお写真を飾っている」と話したことも明かした。カダフィ氏が民主主義国家をつくろうとして、「明治維新を参考にしたんですね」と、小池議員は解説した。
http://www.j-cast.com/2011/02/22088721.html

カダフィは明治天皇が維新を指導したと勘違いしてるのかもしれませんね。

指導者の地位と責任ということが、「天皇親政」では有名無実化してしまう。
天皇に限らず、どのような組織でも上に立って指導する者はその責任を負うべきで、権勢は振るうがいかなる責任も取りたくないというのは、現代社会では通じません。
明治天皇が在位中、どのようなイニシアチブを取ったのか、また取れなかったのか、明治憲法下で「承認」だけさせられたり、最終的責任のみを負わされたとしたら、それほど不条理なことはない。
なにごとも中途半端はいけません。昭和天皇のときのように「戦争責任」だとか言われちゃ堪らんでしょう。

51歳の誕生日を迎えられた皇太子さまが、わが子への思いを語られた。
皇太子さまは23日朝、天皇皇后両陛下へのあいさつのため、皇居を訪問された。
皇太子さまは「この1年近く、親として愛子のために何をしてあげられるのかという思いで、雅子と共に考え、歩んできました」と述べられた。
誕生日に先立って行われた会見では、愛子さまがちょうど1年前から通学への不安を訴え、今も雅子さまに付き添われ登校していることについて、初めて言及された。
皇太子さまは「愛子は、学校で怖い思いや、つらい体験をしましたが、それを乗り越えようと、前向きに頑張ってきており、幸い、愛子が学校で過ごす時間もずいぶんと長くなっており、良い方向に向かってきていると思います」と述べられた。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00193592.html

皇太子殿下は同世代なので、私としては親近感がある。
いろいろと気苦労が絶えぬ様子に同情いたしますよ。

The Del Prince – Lana いとしのラナ

Prince Royce – Stand By Me スタンド・バイ・ミー