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政府、「大きなリスク」があるとして一時帰宅を制止(6)

 

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2011/03/31
 東日本巨大地震で親を失った児童生徒は、1995年の阪神大震災の68人を大きく上回る見通しとなっている。
 厚生労働省などによると、阪神大震災が早朝に発生したのに対し、平日の日中に発生した今回の地震では多くの児童生徒が下校前で、学校ぐるみで避難して助かった事例が多く、「震災孤児」は数百人単位にのぼるとみられる。
 ただ、震災後も混乱の続く被災地の自治体からの聞き取りは難航しており、厚労省は、被災地以外の自治体から専門職員を募って現地に派遣し、実態把握を急いでいる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110331-00000002-yom-soci

親の死を知らない子どもたちは
「パパもママも おしごとに いってるの」
「お母さんはいつ迎えに来てくれるの?」
と話しているとか。
(2011年3月31日)

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(2012年12月30日)

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2013/03/29 00:00
震災孤児・遺児1698人、養護施設入所はわずか2人
親を亡くした子どもたちはどう過ごしているのか
 震災発生から9ヵ月が経過した平成23年12月末時点での厚生労働省の調査によると、全国に震災孤児と遺児は合計で1698人いた。震災孤児とは両親とも死亡ないしはひとり親家庭の場合は片親が死亡した児童のこと、震災遺児とは両親のどちらかが死亡した児童のことである。いったい、1698人の震災孤児と遺児は、どこで、どう過ごしていたのだろうか?
(中略)
 1698人の震災孤児と遺児の行方について、宮城県里親連合会の会長ト蔵康行さんは「家庭環境を奪われた子どもは家庭環境のもとで育てられるべきとの観点で家庭養護を優先した結果、ほとんどが親族里親の元で育てられています」と話す。
(以下略)

<震災孤児・遺児1698人、養護施設入所はわずか2人 親を亡くした子どもたちはどう過ごしているのか|大震災から2年目の「今」を見つめて|ダイヤモンド・オンライン より一部引用>
https://diamond.jp/articles/-/33932

(2013年4月5日)

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わたしは厳寒を冒して、二千余里を隔て二十余年も別れていた故郷に帰って来た。時はもう冬の最中(さなか)で故郷に近づくに従って天気は小闇(おぐら)くなり、身を切るような風が船室に吹き込んでびゅうびゅうと鳴る。苫の隙間から外を見ると、蒼黄いろい空の下にしめやかな荒村あれむらがあちこちに横たわっていささかの活気もない。わたしはうら悲しき心の動きが抑え切れなくなった。
 おお! これこそ二十年来ときどき想い出す我が故郷ではないか。

<魯迅 井上紅梅訳 故郷 | 青空文庫 より一部引用>
https://www.aozora.gr.jp/cards/001124/files/42939_15330.html

(2018年7月23日)

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Earl Grant “Lover, Come Back To Me” on The Ed Sullivan Show
The Ed Sullivan Show
2024/11/16
June 25, 1961.

(2024年11月16日)