日別アーカイブ: 2008/04/09 水曜日

014 二十才前

 (左)『二十才前』 作詞:阿久 悠、作曲・編曲:穂口雄右(ほぐち ゆうすけ)、歌:岩崎宏美。発売:1978年2月5日、ビクター音産。
 岩崎宏美と私は“おない歳”です。1958(昭和33)年生まれ。私のほうがわずかに早いですかね。『二十才前』は岩崎宏美のリアルタイムの年齢を歌っており、私もまた二十歳(はたち)という人生の区切りを迎えていて、この歌に仄かな感傷を呼び起こされたものでした。

 私は日本テレビ『スター誕生!』で岩崎宏美が出場し、決勝に進んで、スカウトされる場面を見ております。あの番組で最初に出てきてその歌の巧さにいきなり拍手をもらったのは森昌子、岩崎宏美、藤正樹の3人くらいでしょう。予選段階から絶賛されて別格扱い、期待のホープでした。
 私は当時、岩崎宏美のディスコ歌謡路線に不満で、企画としてもあれがベストだったのかいまだに疑問を持っています。12枚目のシングル『二十才前』のころもまだその路線の真っ只中で、この曲も基本的にはディスコ調でした。
 作曲・編曲の穂口雄右は、初代ジャニーズのバックバンドを皮切りにGSの『アウト・キャスト』等を経て、スタジオ・ミュージシャン、編曲家、作曲家として名を成し、音楽学校経営者・講師、音楽出版社代表取締役、ジャスラック評議員などの肩書きもある、“物言う大物”としてギョーカイでは有名な人です。一般的にはキャンディーズの一連のヒット曲で知られております。

 で、この楽曲ですが、最大の特徴は歌詞の最初の3行分が、前歌(前唱部=ヴァース)になっていることでしょう。まるで70年代中期に流行った60年代オールディーズのディスコ・ヴァージョンみたいな感じです。
 前歌というのは、これは“クラシックのプレリュード(前奏曲)をボーカルに当てはめる”などといった高邁な考えから出てきたものではなくて、おそらくはヨーロッパの伝統音楽であるバラッド(物語の歌)に由来するものでしょう。シャンソンにおけるそれは、あるいはフランスのバラード(バラード詩形)の影響があるかもしれません。
 比較的長い前歌のある楽曲では世界的にヒットした『スターダスト』『枯葉』『霧のサンフランシスコ』『スターティング・オーヴァー』なんかが有名ですね。変わったところでは、フランクシナトラがアルバム『シナトラ&ストリングス』(1961年)で『スターダスト』のヴァースだけを歌ってたりします。
 森進一が持ち歌『おふくろさん』に無断で前歌をつけたというんで怒った作詞者の川内康範が歌唱禁止を突きつけた騒動は皆さんよくご存知でしょう。これは逆に前歌というものへの関心を集めることにもなりました。
 短い前歌のある楽曲は昔のジャズソング、カンツォーネ、シャンソン、オールディーズに特に多く、とても数え切れません。一例を挙げればジョニー・ティロットソンの『ポエトリー・イン・モーション』、エディーホッジスの『恋する乙女』、ミラクルズの『ショップ・アラウンド』、フォー・シーズンズの『レッツ・ハング・オン』(ドメニコ・モドゥーニョの『ヴォラーレ』は2度でてきますから違いますね)。歌謡曲ではあまり見られませんが、シュガーの『ウェディング・ベル』はやはりこの形式です(ザ・タイガースの『君だけに愛を』は短いですがかなり効果的でした)。
 オールディーズでは前歌の代わりに、“短い語り”というのも多かった(間奏で語りが入るというのは、これはまた別物です)。
ヴァースとは言えませんけど、語りとスローテンポ化したサビのメロディーを前唱部分として期待感を盛り上げることに成功した例では、時間制限のあるレコードではそれが半分近くを占めるアイク&ティナ・ターナー版の『プラウド・メアリー』)は随一でしょう。
 70年代以降の歌謡曲ではそれらとは逆にサビのメロディを冒頭にバンとぶつける、当時としては斬新なスタイルが流行ったりしました。『さよならをもう一度』『横須賀ストーリー』はその代表ですね。そういう時代でしたからこの『二十才前』は少しく異彩を放つ存在ではありました。

 歌のテーマは、恋愛の進展に対する微かな不安と迷い、といったところでしょうか。前回採りあげた山口いづみの『緑の季節』とかなり似ています。“迷い”といっても、前年1977年のヒット曲、森田公一とトップギャラン『青春時代』、渡辺真知子『迷い道』ほど深刻ではないですし、のびのびとしたメロディのディスコ調で、岩崎宏美も気持ちよく歌ってますから、なによりもスムースで耳に馴染みやすかったのですが、なぜか大ヒットには至りませんでした。

 終わり近く「十六、十七、十八と」という詞が出てきます。岩崎宏美を含むわれわれ世代には、藤圭子の「十五、十六、十七とォ~」という、あのスゴ味のある歌声をただちに連想させる箇所ですね。きっと作詞の阿久悠自身も同じ連想をしたことでしょう。
 『二十才前』発売の直前、1977年12月に出たワーナー・パイオニア渡真介の『青葉しげれる』にも「十六・十七・十八は」とあります。作曲は三木たかし、作詞は『二十才前』と同じ阿久悠。つまり阿久悠はこの時期、このフレーズを“使いまわした”ってことになりますか。それはともかく――、
 岩崎宏美と藤圭子、それぞれの世代の十代後半の有りようは、大雑把に云えばこのふたつの曲の違いにまんま反映しているようなものでして、われわれ世代を喩えれば大量生産されるプラスティック成型物。軽いっちゃ軽いです。
 まぁどのような青春であろうと青春の“一回性”には感傷が付き物ですし、ましてや二十歳(はたち)という節目ともなれば社会人としての心許なさ、漠然とした不安、うっすらとした哀しさがつきまとうのはむしろ当然。私のように当時苦しくつらいことが多いと感じていた人間でもそれなりに愛惜を感じたわけです。
 この歌は私の世代の、そうした覚束ない二十歳の表情を写した、いわば一葉のスナップのようなものだったのではないでしょうかね。

岩崎宏美オフィシャルサイト

(2008年4月9日)

追加記事

 歌手の岩崎宏美が劇団四季出身のミュージカル俳優・今拓哉と結婚したことが4月30日、分かった。同29日に都内の区役所で、2人そろって婚姻届を提出。7年半に及んだ同棲生活に区切りをつけ、晴れて夫婦として新たな一歩を踏み出した。今は初婚、岩崎は再婚となる。
http://www.daily.co.jp/newsflash/2009/04/30/0001873655.shtml

思い出すのは1989(平成元)年のルミ子・賢也、13歳年の差婚。もっともルミ子も1952(昭和27)年生まれだからあのときはまだ若かった。
(2009年4月30日)