詩人の魂

 レイ・エバンズ氏(米作詞家)AP通信によると、15日、米カリフォルニア州南部の病院で心不全のため死去、92歳。ペンシルベニア大在学中に作曲家のジェイ・リビングストン氏(01年死去)と出会い、音楽活動を開始。2人で、映画「知りすぎていた男」(56年)の挿入歌「ケ・セラ・セラ」など、世界的な映画音楽を生み出し、アカデミー賞歌曲賞を3回受賞した。
http://news1.fresheye.com/article/fenwnews2/1100001/20070217144656_ky_ts279/

ダイナ・ショアや池真理子でヒットした『ボタンとリボン』(映画ではボブ・ホープが歌った)、クリスマスソングの『シルバー・ベル』、ナット・キング・コールやコンウェイ・トゥイッティの歌で知られる『モナ・リザ』もこのコンビ。映画の主題歌が多かったようですね。

 アメリカの有名フォークグループ「ピーター・ポール&マリー」のポール・ストゥーキーさんが、拉致被害者・横田めぐみさんにささげる曲を作り、日本でのCD発売を前に来日しました。
 ポールさんは、アメリカでめぐみさん拉致事件をテーマにした映画を見て、自分の娘と同い年のめぐみさんが北朝鮮によって拉致されたことにショックを受けたということです。
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/index2.html?now=20070217220307

シングル「パフ」ピーター,ポール・アンド・マリー『風に吹かれて』は日本では当初、オリジナルのディラン盤より、上品でモダンでキレイキレイなPP&M盤のほうが人気がありました。
今の人は意外に思われるかもしれませんが、当時の若者の音楽嗜好はかなり情緒的でして、荒々しいロックより甘美なイージー・リスニングのほうが圧倒的に好かれておりました。
例えば洋楽のリクエスト番組『ユアヒットパレード』でビクター・ヤングの『エデンの東』が何年も何年もずぅーっとそのまま1位であり続けたくらいに、その傾向は強かったのです。
そうした中でPP&Mは当然のごとく東京や京都のカレッジフォーク・シーンに強い影響を与えました。おそらくそれはのちのニューミュージックにまで及んでいたことでしょう。
ところで、ポール・ストゥーキーの髪はPP&Mで世に出たころはもうかなりキテました。年齢からすると若ハゲなのですが、凛とした風情があり、売れないコメディアンだったせいか(!)かなり大人っぽく見え、それほど違和感はありませんでしたね。
リユニオンのころにはピーター・ヤロウのオツムもイッチャッテまして、元から太っていたマリー・アリン・トラバースは想像どおり(!)いわゆる百貫デブ状態。
ルックスではイマイチ説得力が落ちましたが、ハーモニーはさすがに健在でリリシズムあふれる名曲の数々を聞くことが出来ました。
今はどうなんでしょうねぇ。ま、年齢的にもギリでしょうかねぇ。
ちなみにあのメルヘンチックなヒット曲『パフ』を作詩したレニー・リプトン。あれが最初で最後の詩作だったそうです。

 

追加記事

安倍晋三首相は二十日夜、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんにささげる歌「SONG FOR MEGUMI」を作った米国のフォーク歌手ポール・ストーキーさんと官邸で会い、横田滋、早紀江夫妻ら拉致被害者家族会メンバーと一緒にストーキーさんの歌を聴いた。
 首相は「このような曲を作っていただき、本当に心強い」と謝意を表明。ストーキーさんは「この歌を通じて、拉致問題に対する支援の輪を世界中に広げたい」と抱負を語った。
http://www.daily.co.jp/newsflash/2007/02/20/0000246989.shtml

同じ日、韓国の李在禎統一相は中断している北朝鮮への人道支援や開城工業団地の追加分譲措置を早期に実施したい旨、表明しています。
そんな中、ストゥーキーは今回、韓国へは行くんでしょうか?
(2007年2月20日)

追加記事

 マリー・トラバース氏(米歌手、モダンフォーク・グループ「ピーター・ポール&マリー」メンバー)米メディアによると、16日、白血病のためコネティカット州ダンベリーの病院で死去、72歳。
 ケンタッキー州ルイビル生まれ。61年、ピーター・ヤロウ、ポール・ストゥーキーと「ピーター・ポール&マリー」を結成。米国をはじめ全世界にフォーク・ソング・ブームを巻き起こした。ベトナム戦争に真っ向から反対した音楽グループとしても知られる。ヒット曲に「風に吹かれて」「花はどこへ行った」など。

関西ではボブ・ディラン、関東ではブラフォーとPPMのファン、フォロワーが多かったという印象です。
(2009年9月17日)

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