
(左)『花粉症』 作詞・ちあき哲也、作曲・小笠原寛、編曲・水谷公生、歌・沢田亜矢子。クラウンレコードのPANAMレーベルから1982(昭和57)年3月にリリースされたものです。
当時、花粉症は今ほど知られてはおらず、蝶やミツバチが花粉を運んでいるような「メルヘンチック」なイメージで捉えられていたようです。そうでなければ、鼻腔がムズムズして鼻水は止まらないわ、目は痒いわ、クシャミはところかまわず連発するわで、ヒジョーにみっともなく、またハタ迷惑なこのビョーキを、オシャレな恋愛ソングに仕立てるわけがありませんから。
3年後の1985(昭和60)年には当時NHK『レッツゴー・ヤング』のサンデーズのメンバーだった新井由美子が『ピンクの花粉』でレコードデビューしておりますが、これは花粉症とは関係ないアイドル・ポップスでした。
私が花粉症になったのは、たしか1995年ころだったでしょうか。まさか自分がなるとは思わなかった。花粉症だという人をちょっとバカにしてたところもありました。その報いですかね。
花粉症と水虫とぎっくり腰は同情されない病気だそうです。私は幸い今ンとこ水虫にもインキンにもなっておりませんが、腰痛と花粉症と冬の乾燥肌にはほとほと参ってます。考えてみれば私はいわゆる蒲柳の質(ほりゅうのしつ)で、十代のころはそれを克服しようと、空手やウエイト・リフティングに手を出したこともありました。しかしそれが裏目に出て、ぎっくり腰をやり、それ以来なにかと腰が痛い。……イヤ、愚痴になりました。失敬失敬。
病名をタイトルにした歌で思い出されるのが、ちかごろCMでパクリ盤や再録盤が使われている、ヒューイ・ピアノ・スミス・アンド・ザ・クラウンズの『ロッキン・ニューモーニア・アンド・ザ・ブギウギ・フルー』=ロック肺炎ブギウギ流感。ヒットしたんで、それじゃということでこの人は『ハイ・ブラッド・プレッシャー』=高血圧、とか『トゥバー・キュ・ルーカス・アンド・ザ・サイナス・ブルース』=肺結核と瘻炎、なんて同工異曲の病気ソングを連発したのでした。


そのほかに、リトル・ウィリー・ジョン『フィーバー』、サント&ジョニーの『スリープ・ウォーク』=夢遊病、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの『便秘のブルース』、ナポレオン14世の『狂ったナポレオン、ヒヒ、ハハ……』、トミー・ロウ『ディジー』、
あるいはボンゾ・ドッグ・バンドの『Strain』=気ばる、『King of Scurf』=フケの王者、
日本のではピンキーとキラーズ『風の季節』(総合感冒薬のCMソング)、ザ・リリーズの『高所恐怖症』、麻丘めぐみ『風邪をひいた彼』、ココナツ・バンク(伊藤銀次)の『日射病』、
――等といったところが思い浮かびます。そもそも恋愛そのものがある種の病(やまい)みたいなものですから、病気と歌は切っても切れない関係、と云えるかもしれませんね。


Ted Nugent – Cat Scratch Fever(1977/07 single version)
テッド・ニュージェント – キャット・スクラッチ・フィーバー
タイトルは猫のひっかき傷や噛みつきが原因で起こる感染症 “Cat-scratch disease” のこと。バルトネラ・ヘンセレという細菌 によって引き起こされ、猫の唾液によって広がる。
Pop Chart Peaks: Record World 20, Cash Box 21, Billboard 30
Highest-charting Hot 100 entry by the hard-rocker (the longer LP track
Ted Nugent – Cat Scratch Fever(album version)
テッド・ニュージェント – 傷だらけの野獣
from the album “Cat Scratch Fever”(1977)傷だらけの野獣
さて、病気にも軽重があって、「死に至る病」というものは確かにあります。実は歌の世界では「病気」よりも「死」のほうがずっと取り上げやすいのです。1970年ころまで、だったでしょうか、、、恋人や仲間の死をテーマにした “Death Disk” “Teenage Tragedy Song” というジャンルが、アメリカのヒットソングの世界にありました。
カントリーやブルースといった民俗音楽では、元々バラッドの伝統――恋愛・決闘・戦争といった歴史的な伝承譚から、次第にニュースやトピックを扱うようになった――を受け継いでいるせいか“死”を突き放した形でドライに歌うということがよくあります。(1965年の西部劇映画『キャット・バルー』に出てきますね)
死をドライに歌うというと日本では『帰ってきたヨッパライ』が随一です。
それまで浄瑠璃でも浪花節でも講談でもドラマでもこれでもかと情に訴えるウェット極まりない表現ばかりだったんですが、カントリーやモダンフォークの洗礼を受けて(この表現はイカンですか?)、“事”と“情”のバランスが絶妙でしかも抑制の効いた巧みな描出がなされている名曲が作られるようになりました。例えば、ちあきなおみや森山良子が歌った寺島尚彦作詞作曲の『さとうきび畑』はまさにその代表といえるでしょう。
カントリーやブルースにはもうひとつ、讃美歌からアレンジした(キリスト教における)昇天に関わる歌――死後、天国へ行くことを渇仰する歌、家族の死に際し昇天を禱(いの)る歌――がみられます。
一例を挙げればA.P.カーターが広めたトラディショナル・ソング『Can the Circle Be Unbroken』。日本ではニッティ・グリッティ・ダート・バンドのセッション・アルバム『Will the Circle Be Unbroken(永遠の絆)』と、なぎら健壱の日本語盤『永遠(とわ)の絆』で知られるようになりましたが、アメリカではモンロー・ブラザース、スワンズ・シルバートーン・シンガーズ、ステイプル・シンガーズ、ザ・カントリー・ジェントルメン、ジャック・エリオット、マーティ・ロビンズ、ロニー・ホーキンス、ジョーン・バエズ、ジョニー・キャッシュ、ザ・ヤング・ブラッズ、ジョン・リー・フッカー、アーロ・ガスリーといった錚々たる人たちが録音している、泣かせる名曲として有名です。
(右上)『永遠の絆』にインスパイアされたと思われる江戸千幸『そうぎやさん』(1972年)
こうした民俗音楽の要素がポップソングの中にじわじわと滲出してきたこと、そして1950年代も半ばに至ると、交通事故や不良少年グループの抗争、さらにはベトナム戦争の拡大などティーンエイジャーの身辺に悲劇的な死が忍び寄るようになってきたこと等により、ティーン向けのポップスにデス・ディスクが多く登場するようになったのです。
特にベトナム戦争の影響は深刻で、ポップ・ミュージックそのものを変えてしまった観があります。それまではせいぜい失恋して死んでしまいたい(キャロリン・サリヴァン『デッド』)というところまでだったのが、わずか2、3年で、やれ破滅の前夜だ(バリー・マクガイア『明日なき世界』)、人民に自由を!(ザ・ラスカルズ『自由への讃歌』)というふうになる。この変化が“60年代”なんですね。
このデス・ディスクのジャンルでは『デッドマンズ・カーブ』 『エンドレス・スリープ』 『ティーン・エンジェル』 『悲しきインディアン』 『河の娘パッチェス』 『ラスト・キッス』『ギヴ・アス・ユア・ブレッシングス』『想い出の黒い瞳(エボニー・アイズ)』などが有名です。(沢田知可子の『会いたい』や、クミコの日本語版でヒットした『わが麗しき恋物語』もこのジャンルに入れたいところです)
ことアメリカにおいてはお国柄でしょうか民族性でしょうか、日本のように『暗い日曜日』や『天国に結ぶ恋』に感化されて自殺や心中をする、みたいな現象はさすがになかったようですが、甘美な悲劇性が若い人の心を摶つのは、洋の東西を問わない、今も昔も変わらぬ人類普遍の現象のようですね。
Cathy Carroll – Jimmy Love(1961/07)
orchestra & chorus conducted by Richard Wess
This somewhat overwrought melodrama was produced by Bill Buchanan, formerly of Buchanan & Goodman “Flying Saucer” fame.
またデス・ディスクと云うよりは災害や大事件を歌にした「ニュース・ソング」に近いのですが、亡くなった有名歌手や大統領を讃え偲ぶという歌も外国では珍しくありません。アメリカでは選挙の立候補者が手前味噌なCMソングを作らせることは当り前ですし、それどころか生きているうちに自分の讃歌を作らせる独裁者も世界には大勢いらっしゃいます。自讃だけでなく毀他がセットになるとかなりキナ臭くなってきます。
戦前の日本では国家のために死ぬことを美化し勧める『特攻隊節』『同期の桜』のような歌が作られましたし、幽霊戦車隊が活躍するというオカルト軍歌『幻の戦車隊』などというものまでありました。
幻覚を視るということでは60年代のサイケデリック・ロックも「病気ソング」の一端を占めているかもしれませんね。ただし中毒の苦しみそのものを歌っているワケじゃありませんから、しょせんは「ムード」ですが……。
『愛と死をみつめて』や『ある愛の詩』のような難病+純愛ドラマのテーマソングもヒットしました。
大島みち子・河野実著『愛と死をみつめて』関連では、日活映画主題歌の吉永小百合『愛と死のテーマ』(1964年)、イメージソングの青山和子『愛と死をみつめて』(1964年)が知られております。
美樹克彦の『花はおそかった』は多分に『江梨子』(橋幸夫)を意識した歌でした。堤大二郎のカバーでリバイバルしましたっけね。
とは申せ、やはり歌と現実では大違い。近ごろでは死んだ後まで夫と一緒にいたくないなどと嫁ぎ先の墓へ入ることを拒否する主婦が増えたそうで、『骨まで愛して』なんてのは牡丹灯籠なみに古臭くなったということでしょう。




マ、生きてるうちが花です。いづれも様方、病気や怪我にはくれぐれもお気をつけになって下さい。
め・ま・い3秒(山口かおり)、微熱(川本真琴)、恋は微熱(網浜直子)、20才の微熱(郷ひろみ)、微熱かな(伊藤麻衣子)……と感じたら、お前にマラリア(沖田浩之)になる前に、セントジェームス病院へ行きましょう。
走れパトカー(エディとショウメン)と急かしても、D.O.A.=搬入時心肺停止患者(ブラッドロック)となってはオシマイです。
えっ? リーマンなんでこの春から3割負担ですって? おやマァ、うっかりクシャミも出来ませんねぇ。
(2003年3月5日)
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都内の花粉飛散、史上最大の恐れ 昨夏猛暑で花芽成長
東京都は20日、今春のスギとヒノキ科の花粉飛散が「都内で観測史上最大になる恐れがある」との予測を発表、注意を呼び掛けた。
飛散量が過去3番目に少なかった昨年春と比べて、平均して約21-31倍の飛散が予測されるとしている。
都福祉保健局によると、大量飛散の原因は、昨年夏の猛暑でスギやヒノキの花の芽が良く成長したため。飛散開始日は昨年並みの2月19-20日ごろとみられている。
都内9カ所の測定地点での飛散予測数の平均は1平方センチ当たり8378-1万2211個。多かった場合、1985年の観測開始以来最大だった95年を上回る可能性があるという。
地点別では千代田区で対前年比13・9-18・9倍、八王子市で同47・3-65・1倍などとなっている。
http://www.sankei.co.jp/news/050120/sha086.htm
東京では観測開始が1985年だったんですね。
(2005年1月20日)
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再び燃える“純愛”の炎…「愛と死をみつめて」 姉妹編、きょう発売
昭和30年代に出版され、ドラマや映画も大ヒットした往復書簡集「愛と死をみつめて」(大和書房)が純愛ブームで人気再燃。41年ぶりのドラマ化や前作の再放送が相次いで決まった。きょう29日には本の姉妹編「若きいのちの日記」も復刊。「愛と死」人気はさらに熱くなりそう。
(中略)
その後、本は絶版となったが、純愛ブームの昨年暮れに復刊。7刷を重ね、このほどテレビ朝日での単発ドラマ化、年内放送が決まった。
(中略)
一方、長らく“秘蔵”されてきたTBSのドラマも、開局50周年記念企画として4月30日正午からCSのTBSチャンネルで再放送されることになった。
(中略)
■「若きいのちの日記 愛と死の記録」 39年に出版、「愛と死を…」とともにドラマなどの原作になったみち子さんの日記。「いつでも死ねるように薬を買う」「生きよう 愛する人のために」「また手術台にのせられて」など手紙には書けなかった胸の内が綴られている。
http://www.zakzak.co.jp/gei/2005_03/g2005032913.html
(2005年3月29日)
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50年前のウイルスを誤送 致死インフルエンザ
1957年から58年にかけて大流行し、世界で最大400万人が死亡したとされるインフルエンザウイルスのサンプルが、保存していた米国の実験施設から誤って全米と世界17カ国の計6500カ所以上の研究施設などに送られていたことが分かった。13日付の米紙ワシントン・ポストなどが報じた。世界保健機関(WHO)は、研究員らの感染の報告はなく、一般の人が感染する危険性は低いとしている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050413-00000158-kyodo-int
「ロッキン・ニューモーニア・アンド・ザ・ブギウギ・フルー」の正体はこれ?
(2005年4月13日)
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ドリカム歌う昭和の名曲…青山和子の「愛と死をみつめて」
人気アーティスト、DREAMS COME TRUEが昭和の名曲「愛と死をみつめて」をカバーすることになった。SMAPの草なぎ剛(31)、広末涼子(25)が主演する3月18、19日放送のテレビ朝日系スペシャルドラマ「愛と死をみつめて」(両日とも後9時)のテーマ曲を歌うもので、あのマコ、甘えてばかりでごめんね…がドリカムバージョンでよみがえる。
(中略)
「大ヒット曲に見合ったアーティストが必要」という中込卓也プロデューサーの依頼を快諾したドリカムの2人は、「名曲をリメークすることの責任の重大さに身が引き締まりました。リアレンジし歌うことによって、この曲が多くの人に愛されてきた理由を改めて感じました」と話している。同曲の発売予定はなく、2夜限定曲として注目を集めそうだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060211-00000032-sanspo-ent
ドリカムと「愛と死をみつめて」。かなりミスマッチです。
テレ朝版のもうひとつのテーマ曲『めまい』のほうはちゃんとアルバム『THE LOVE ROCKS』に収録されているのに、肝心の『愛と死をみつめて~DREAMS COME TRUE VERSION~』はなぜか(というか案の定というか)2006年2月の時点でまだCD化すらされてません。
テレ朝が自社携帯電話サイトで「着うた」として配信してるようですが、それも2006年3月末で終了するそうです。
ようするに、断わりきれずに歌ってしまった、ということだったんでしょうかね。
(2006年2月11日)
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サラリーマンのお父さん象がとつぜん神様から自分がもうすぐ死ぬことを報らされるというシチュエーションのネット配信アニメ「象の背中」の主題歌『旅だつ日』。
歌うはJULEPS(ジュレップス)という4人組グループ。
(2008年1月15日)
追加記事
「いっそ小さく死ねばいい」。森山直太朗さん(32)の新曲にこんなフレーズがあり、賛否両論が巻き起こっている。初披露から、1000件以上もブログなどで取り上げられたという。直太朗さん側は、「死を考えてみることで、命の大切さを知ってほしかった」と話している。
http://www.j-cast.com/2008/07/25024151.html
こうあるべき、とか、こう考えなければ非社会的、といった決めつけは作品を享受する側の問題であって、作品の存在を抹殺するようなことがあってはいけませんね。
(2008年7月26日)
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Mighty John Marshall “Death Rock”
ラジオDJのマイティ・ジョン・マーシャルはスティーヴン・キング『アトランティスのこころ』にも登場する人物。
(2009年10月2日)
追加記事
ニフティは2010年3月4日、ツイッター(Twitter)の投稿から花粉症の症状に関するつぶやきを集めたサイト「みんなの花粉症なう!β」を開設した。ツイッター上で花粉症の症状を訴えている発言を独自の方法で解析するとともに、GPSや公開情報を参考にその発言者の所在地を特定。つぶやきの量などから各地域の花粉の飛散量を推定して、地図上に5段階で表示するようにした。
http://www.j-cast.com/2010/03/04061558.html
花粉は太古の昔から飛んでるのに、どうしてこの30年、花粉症患者が増え続けてるんでしょう。
(2010年3月5日)
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娘 都の06年度推計では、都民の28%がスギ花粉症なんだって。その10年前は19%。悩んでいる人が増えているから、予報を知りたい人は多いはずよ。
母 花粉症患者が増えたのは日本の植林政策と関係があるのよね。原因の多くを占めるスギをたくさん植えた時期があるそうよ。
父 戦後復興や1950年代以降の住宅建設ラッシュを背景に、木材の需要が急拡大した。それでスギやヒノキの積極的な植林が進んだんだ。
息子 花粉症で悩む人が増えたのはそのころから?
父 いや、“タイムラグ”がある。花粉を多くつけるのは樹齢30年以上といわれていて、積極的に植林をした時代の影響が後になって出てきた。木材輸入の自由化後は国産材需要が低迷して伐採が進まず、今も山に「花粉適齢期」のスギ林がたくさんある、というわけだ。
娘 植林の影響だけじゃなくて、食生活の変化や大気汚染、ストレスの増加も花粉症が増えている背景じゃないかっていう人もいるんでしょ。だから花粉症は現代の国民病とも呼ばれるのね。
http://www.nikkei.com/news/headline/
じゃぁ杉を減らせば解決ってことか?
(2010年3月13日)
追加記事
全国で花粉症発症者が最も多いとのアンケート結果が出た静岡県で、花粉の量が少ない新しい品種のスギの開発が進められている。平成25年度末から伐採した場所に順次新品種の苗木を植えていく計画だ。だが“根本解決”はまだ先のことになりそうだ。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/369684/
東京では今年(2010年)、例年に比べ症状が軽いように思えますが、気のせいでしょうか?
(2010年3月17日)
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水前寺清子 – 天国の近く(1964)
デビューシングル『涙を抱いた渡り鳥』B面曲
昭和39年の『愛と死をみつめて』に影響された、これもひとつのデス・ディスクでしょうかね。
(2011年11月9日)
追加記事
J. Frank Wilson – Unmarked And Covered With Sand(1965)
Jimmy Cross – I Want My Baby Back(1965)
ビートルズのコンサートの帰りに、、、
雨のSE。
“Death disk” “Tragedy song” というより、怪奇ネタ?
(2015年3月21日)
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Hey Fever! – The Sneezing Song(South Africa:1984)
J.S. Bork – The Hay Fever Two-Step
Johann Sebastian Bork
from the album “Musical Menopause”(1978)
曲目にないので、曲名変更かCD化のボーナストラックだろう。
チャイナメロディとくしゃみ。
The Kinks – Hay Fever
キンクス – ヘイ・フィーヴァー
from the album “Misfits”(1978)歪んだ映像
Jah Lion – Hay Fever(UK:1976)
from the album “Colombia Colly”(1976)
Sufferin’ Sheldon – Hay Fever(UK:1974/08/23)
Hay Fever=花粉症。歌の途中でくしゃみをする。
Ed Faucett And The Dewdrops – Hay Fever Blues(1966)
(2015年7月31日)
追加記事
Pancho el Bravo – Sarampión
タイトルはスペイン語で「麻疹(はしか)」の意。
(2018年11月19日)
追加記事
花粉症の人は海上自衛隊とか入るといいねん
3ヶ月とか長期間船の上だから花粉なんかないよ
海の上に杉なんて生えないからね— さめ運輸 (@downer_shark) May 5, 2015
( ˘⊖˘)。O(海上自衛官曰く、「海上自衛官の場合は艦艇に乗って海に出てある程度陸から離れれば花粉なんて楽勝だぜ!!!」という事です。花粉症で自衛官に興味のある方…海上自衛隊オヌヌメ!!)
興味のある方岡山地本へGOhttps://t.co/VtSKeD5EkR— 自衛隊岡山地方協力本部(公式) (@okayamaPCO) March 15, 2016
なんで我々が木々のセッ○スで苦しまなあかんの?他所でやってくれ
— 御伽原 江良 🏰🕛 (@OtogibaraEra) February 27, 2020
(2020年2月28日)
追加記事
私も花粉症ですが、実は花粉症を発症していると、がんによる死亡率が約半分になるという研究結果が東大の研究グループから出ています。なぜかは全くわかっていませんが、過剰に働く免疫が敏感にがん細胞にも反応して排除している可能性が考えられているとのこと。
— 高橋祥子 (@Shokotan_takaha) March 16, 2022
(2022年3月17日)
この記事の旧版はこちらです。
register movement: 007 花粉症
