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呻吟 in the rain

 原子力安全・保安院の西山英彦審議官は19日の記者会見で、福島第一原発の事故で自主避難が始まっている同原発30キロ圏外の福島県浪江町や飯舘村などについて、「すぐには体に影響が出るわけではないが、長く滞在すると影響が出る可能性がある」と述べた。
 18日に浪江町で毎時140マイクロ・シーベルト、飯舘村で同62マイクロ・シーベルトという高い放射線が観測されたことを受けて発言した。
(中略)
福島県内では19日午後から降雨が予想されていることから、「マスクや長袖のシャツを着用し、雨にぬれないようにしてほしい」と注意を呼びかけた。同院が放射線被曝(ひばく)を避けるため、一帯の住民に具体的な注意点を呼びかけるのは初めてだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110319-00000425-yom-soci

『放射能で首都圏消滅・誰も知らない震災対策』(三五館)の著者で、「原発震災を防ぐ全国署名連絡会」事務局長の古長谷稔氏は、
(中略)
 「第1に、放射能を吸い込まないように高性能フィルターの防塵マスクをつけ、口や鼻からの放射性物質の吸引を最大限避けること。帰宅時には玄関前で廃棄し、身につける衣服も徹底してはらい、自宅に持ち込まないことです。できれば、ゴーグルで目もガード、顔などの傷口は絆創膏などで覆っておきたい」
 自宅の密閉性も大切で、換気扇の排気口やサッシの隙間は粘着テープなどでガードし、落ち着くまでは室内の換気も厳禁にする。
 「最も気をつけたいのは、粉塵やちりを含んだ雨にあたらないことです。放射能を含む雨は内部被ばくにおいて最も危険な要素の1つです」
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110319/dms1103191507006-n1.htm

本日(21日)、東京は雨。
この雨の中、買出しを敢行することに。
「直ちに健康に影響が出るレベルではない」放射能雨を浴びながら、アイム・シンギング・イン・ザ・レイン なのであります。

Gene Kelly – Singin’ In The Rain (1952/01/20 single-release version)
MGM “Singin’ in the Rain”(米1952/04/11公開)雨に唄えば
with the MGM Studio Orchestra
conducted by Lennie Hayton

The longer movie sequence of the now-iconic song-and-dance performance by Kelly was trimmed down to this sub-three-minute audio edit for the 1952 release of MGM’s “Singin’ In The Rain” soundtrack album, issued in the 78, 45, and (10-inch LP) 33 1/3 speed formats.

Valeida(Queen Of The Trumpet) With Billy Mason And His Orchestra – Singing In The Rain
vocal: Valaida Snow
SP盤 “You Bring Out The Savage In Me” のB面。
ルイ・アームストロングを意識した歌唱。

Cliff Edwards(Ukelele Ike)and The Brox Sisters – Singing In The Rain
MGM “The Hollywood Revue of 1929″(1929)ハリウッド・レヴィユー

B.A. Rolfe & His Lucky Strike Dance Orchestra – Singin’ In The Rain(1929)

Jack Miller – Singing In The Rain(1929)

Dorsey Brothers Orchestra – Singin’ In The Rain(1929)

The Hawaiian Serenaders – Singin’ In The Rain(1929)

Annette Hanshaw, Cliff Edwards(Ukelele Ike)- Singing In The Rain(1929)

Ben Selvin & his Orchestra – Selections From “Hollywood Revue Of 1929″(1929)

recorded in NYC August 29, 1929
“Singin’ In The Rain” “Your Mother And Mine” and “Orange Blossom Time” are heard in this medley. 23 years before MGM would release their classic 1952 film “Singin’ In The Rain,” that title song had reigned as one of the last major hit tunes of the Roaring 20s. Cliff “Ukulele Ike” Edwards made it famous on record ( https://youtu.be/T2yFwTOPkZk ) and introduced it on-screen in the early musical “The Hollywood Revue Of 1929,” which showed off the “talkie” talents of many of MGM’s top stars.

Ukulele Ike(Cliff Edwards)- Singin’ In The Rain(1929)
with studio orchestra

recorded in Los Angeles May 28, 1929
23 years before MGM would release their classic 1952 film “Singin’ In The Rain,” that title song had reigned as one of the last major hit tunes of the Roaring 20s. Cliff “Ukulele Ike” Edwards made it famous with this record and by introducing it on-screen in the early musical “The Hollywood Revue Of 1929,” which showed off the “talkie” talents of many of MGM’s top stars.

Fred Rich & his Orchestra – Singin’ In The Rain(1929)
vocal: Rollickers Qt,

recorded in NYC May 10, 1929
Fred Rich arrangement of the hit tune from the early film musical “Hollywood Revue Of 1929.” Among the last great standards to emerge from The Roaring 20’s, this Arthur Freed-Nacio Herb Brown ditty was performed on the screen–and popularized on record–by Cliff’Ukulele Ike’ Edwards

Chester Leighton & his Sophomores – Singin’ In The Rain(1929)
vocal: Rollickers

recorded in NYC May 10, 1929
Fred Rich arrangement of the hit tune from the early film musical “Hollywood Revue Of 1929.” Among the last great standards to emerge from The Roaring 20’s, this Arthur Freed-Nacio Herb Brown ditty was performed on the screen–and popularized on record–by Cliff’Ukulele Ike’ Edwards

Earl Burtnett and His Los Angeles Biltmore Hotel Orchestra – Singin’ In The Rain(1929)
vocal: Paul Gibbons

recorded in Los Angeles May 8, 1929
Another of several posted treatments of this classic Arthur Freed-Nacio Herb Brown tune, which was introduced on-screen by Cliff Edwards in “The Hollywood Revue Of 1929.”

Gus Arnheim and his Orchestra – Singin’ In The Rain(1929)
(instrumental)

recorded in Hollywood April 28, 1929
23 years before MGM would release their classic 1952 film “Singin’ In The Rain,” that title song had reigned as one of the last major hit tunes of the Roaring 20s. Cliff “Ukulele Ike” Edwards made it famous on record and introduced it on-screen in the early musical “The Hollywood Revue Of 1929,” which showed off the “talkie” talents of many of MGM’s top stars.

The Rounders – Singin’ In The Rain(1929)
Vocalists: Dudley B. Chambers, Norman Bennett, Richart C. Hartt, Armand Girard, Paul Reese

piano by William Cowles
session supervised by Leroy Shield
recorded at the Hal Roach Studios, Culver City CA, April 26, 1929
1st Recording Of “Singin’ In The Rain”
23 years before MGM would release its classic 1952 film “Singin’ In The Rain,” that title song had reigned as one of the last major hit tunes of the Roaring 20s. Cliff “Ukulele Ike” Edwards made it famous on record and introduced it on-screen in the early musical “The Hollywood Revue Of 1929,” but this version by a male vocal quintet with piano accompaniment was the earliest recorded version.

 

<参考>
The Foursome – Bidin’ My Time(1931 original version)
“Tip Toe Thru’ The Tulips With Me” “Singin’ In The Rain” などのヒット曲を踏まえた歌詞。
2度目の引用。

recorded November 1930
Just one of several classic Gershwin tunes to debut in the musical play “Girl Crazy,” which opened 10/14/30 for a 272-performance run. This quartet called The Foursome also introduced “Bidin’ My Time” in that stage production and recorded it on two occasions: this Brunswick release and the more commonly available 1939 remake for Decca.

<参考>
山崎ハコ – 雨に唄えない(1983/05/21)
作詞曲:山崎ハコ、編曲:惣領泰則
アルバム『風の色』(1983/02/21)所収。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

【17:31】政府対策本部によると、20日午前8時ごろ、福島第1原発3号機で炉内の温度が三百数十度になり圧力が上昇した。東電が蒸気を逃がす操作を検討したきっかけとみられる。
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20110321-750613.html

午前8時の最重要情報を午後5時半に発表している。
危険な話はすぐには公表されない ということですね。
水を入れなきゃ温度が上がるという状態が最低でも今後数ヶ月は続く。
夏には冷房で電力事情が一段と悪化する。
いや、そもそも復興には電気こそが必要でしょう。
みんな「助け合って頑張ろう」と思ってるのに、見通しは残念ながら暗いと言うしかありません。
私は、震災前、日本はいづれ昭和30年代の経済規模まで徐々に縮小していくと考えておりました。
それが一気にそれくらいまで戻りそうな気配になってます。

防衛省は20日、福島第一原発の1号炉から6号炉までの温度を測定した赤外線サーモグラフィ装置の画像を公開した。画像は20日13時8分から13時42分までの間、高度約900mから撮影されたもの。
結果は、19日の調査とほぼ同じく、使用済み核燃料プール部分の温度は、全て100度未満となり、原子力安全保安院からは「プールには水は入っている」との指摘があったとしている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110321-00000004-rps-soci



福島第一原発第1号炉の最高放射温度は58°(防衛省技術研究本部撮影)
 

B.J. Thomas – Rain Drops Keep Falling on My Head 雨にぬれても
from the movie “Butch Cassidy and the Sundance Kid”(1969)Bicycle Scene
Performers: Paul Newman & Katharine Ross
2度目の引用。

橋幸夫 – 雨の中の二人(1966/01/15)
作詞:宮川哲夫、作曲:利根一郎、編曲:一ノ瀬義孝

  ※(追記:この動画は削除されました

 

放射線物質の規制値にはすでに、半減期のことも考慮されているからです。
(中略)
標準的な被曝を考え、半減期も考慮に入れて放射性物質の規制が決まっています。発表されたほうれん草の放射線の値は、現在、決まっている規制値を超えています
http://takedanet.com/2011/03/19_5fa2.html

御用学者の火消し解説チームは、数値とは別に半減期の話を持ち出して「食べて大丈夫」「冷静に対応を」と言ってる。
ならば菅厚労相(当時)のカイワレ食いパフォーマンスではないがスタジオで食べて見せなさいよ。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、各地で比較的高い放射線が観測されていることから、福島県内では国の指示を待たずに住民に安定ヨウ素剤を配布する自治体が出始めていることが、読売新聞社の調査で分かった。
 各地で観測されている放射線レベルでは健康には問題がないが、国と自治体の方針が一致せず、混乱が広がっている。
(中略)
しかし、必要がない人まで服用してしまう可能性があるほか、事前に備蓄を消費してしまうと、いざという時に必要量が確保できない恐れがある。
(中略)
独自判断で安定ヨウ素剤を配布していたのは、同原発の20キロ・メートル圏内で避難指示が出ている富岡町、20~30キロ・メートル圏内で屋内退避になっているいわき市、圏外に位置する三春町。これら3自治体では、少なくとも15万7000人分を配布。三春町では住民の服用も求めていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110321-00000020-yom-soci

必要のない人が飲めばかえって体によくないそうですよ。
なんで配るのか。実は配る必要があるのか。

宮城まり子 – 毒消しゃいらんかネ(1953/04)
作詞・作曲・編曲:三木鶏郎
NHK『ユーモア劇場』挿入歌。

 

追加記事

 福島第一原子力発電所の周辺住民に対し、被ばくを抑える薬品「安定ヨウ素剤」の投与を国が指示していたことがわかった。国内では初めての事例だという。
 安定ヨウ素剤は、放射性物質によって甲状腺が被ばくすることを防ぐことが目的の薬品。経産省の原子力安全・保安院は16日、福島県などに対して安定ヨウ素剤の投与を文書で指示した。文書には、福島第一原発から20キロ以内の地域に住む40歳未満の男女に対し、避難する際に安定ヨウ素剤を投与するよう記されている。
 安定ヨウ素剤は、複数服用すると人によってはアレルギーが出るなどの副作用がある薬品だが、14日に福島第一原発3号機が水素爆発したことなどを受け、保安院が投与の指示を検討していた。
 保安院は「実際に何人が服用したかはわからない」としている。
http://www.news24.jp/articles/2011/03/21/07179009.html

「指示していたことがわかった」って、裏でこっそりやってたわけか。
16日というと米国防総省、福島第1原子力発電所からの放射能被曝を避けるため、少なくとも50マイル(80キロメートル)圏から避難するよう軍関係者に命令した日だ。

(2011年3月21日)

追加記事

 福島第1原発事故で東京に降り注いだ放射性物質のセシウム137は、最大となった降雨の21~22日に、1960年代前半まで行われた大気圏内核実験で1年間に降った量の3倍近くに達したことが25日、分かった。
 放射線医学総合研究所の市川龍資元副所長(環境放射能)の資料と、文部科学省の発表データを比較した。市川さんは「今のレベルなら心配することはないが、これ以上(放射性物質が)外に出ないよう、早く原子炉を冷却し、沈静化させてほしい」と話している。
http://www.sannichi.co.jp/kyodo/news2.php?genre=Science/Environment/Health&newsitemid=2011032501000755

(2011年3月30日)

追加記事

“東海沖地震と浜岡原発の危機”をリポートした、食品と暮らしの安全基金、古長谷稔著「放射能で首都圏消滅」(三五館 1200円)が緊急重版(6万部)。
(中略)
 静岡県御前崎市の海岸沿いに立つ浜岡原発。その直下10~20キロには、100~150年に一度、数千キロの広さではね返るプレートの境界面がある。前回ここで巨大地震が起きたのは1854年。次は待ったなしの状況だ。
 そんな危険な場所にありながら、数々の耐震偽装が行われていたことを本書は告発している。岩盤がもろく、燃料集合体が共振する恐れがあったのに、それを隠蔽したこと。コンクリート骨材が粗悪で、わずか半年でひび割れを起こしたにもかかわらず、電力会社や原子力安全・保安院が”健全性”を確認したなど驚くべき内容だ。
 また、首都圏から約200キロ離れた浜岡原発が炉心溶融を起こし大爆発した場合、首都圏上空を放射能が覆うまでに要する時間は、わずか8時間。そして土壌汚染の広がったチェルノブイリの例と重ねると、半径320キロ圏内は人の住めない地域になるなど、恐ろしいデータも掲載されている。ちなみに、福島原発から首都圏までは約230キロ。すでに水道水や農作物に被害が出ているのはご承知の通りだ。
http://news.livedoor.com/article/detail/5489044/

首都圏大パニックは間違いなく、とにかく時間との勝負となります。
(2011年4月14日)