月別アーカイブ: 2004年7月

がん患者介護日誌(3)

退院後にそなえてトイレを「ウォシュレット」にしたいというので、手配をした。
入院前、父の部屋のトイレの屋根から汚水が漏れてくるという事件があり、管理組合が修理したということがあった。
それに関連して管理組合より、下の部屋がリフォームされるついでに、父の部屋のトイレのパイプも交換しておきたいとの申し出があり、期日を合わせて工事を行うことにした。
 
なかなか寝つけないことが多くなった。
疲れているはずなのに、いろんな想いが頭をかけめぐってよけいに目が冴える。
気がつけば窓外が明るくなっていることも幾たびかあった。
ある晩、CDの音を小さく流しっぱなしにしてたら、余計なことを考えなかったせいか、いつの間にか眠りに落ちていた。
それからというもの、私は毎晩、CDをかけながら寝(しん)に就いた。
その年の夏、いちばん多く聞いたのはビーチボーイズの「ペット・サウンズ」で、有名な「列車通過音のドップラー効果」の箇所までに眠れる確率は私の場合、6割強だった。
 

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7月2日(金)手術後23日目

正午過ぎ、市ヶ谷へ。
午後2時15分、K病院へ到着。

ベッドにいないので約45分待つ。看護士がロビーで話をしていると教えてくれた。

この日より7分粥。
予定では4日に全粥。9日に常食。

パジャマ、トランクス、大判タオル2枚を預かり、市ヶ谷で洗濯、乾燥。

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7月4日(日)手術後25日目

正午過ぎ、市ヶ谷へ。
午後2時15分、K病院へ到着。

この日より全粥。

小銭110円を置いてゆく。

パジャマ、トランクスを預かり、市ヶ谷で洗濯、乾燥。

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7月6日(火)手術後27日目

正午過ぎ、市ヶ谷へ。
午後2時15分、K病院へ到着。

点滴はずされる。
医師よりメモ。「7月8日(木)午後5:00~6:00」に術後の説明」

市ヶ谷の部屋を雑巾掛けしろとのこと。
不要物を持ち帰る。
パジャマ、トランクスを預かり、市ヶ谷で洗濯、乾燥。

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7月7日(水)
午前10時30分ごろ 電話入る。
「6240円の請求書が来た」とのこと。
渋谷ガード脇のみずほ銀行にて、6000円下ろす。

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7月8日(木)手術後29日目

正午過ぎ、市ヶ谷へ。

ドアに張り紙。『XXX号室工事のため8・9両日、上下水道使えず』
(株)CのK(かねおや)氏より留守電(7月7日)。張り紙と同じ内容。「8日朝に訪ねる」とのこと。
午後1時過ぎに、(株)Cの工事現場監督が来て、
「7月9日午前9時から正午まで、XXX号室共有部分のパイプを取り替える作業をする。そのときXXX号の便器をいったん取り外すので、部屋にいてほしい」
「XXX号の専有部分パイプ取替えに関して、K氏に連絡を取ってほしい」
とのこと。
下の部屋のリフォーム工事現場にてXXX号の共有・専有部分のパイプを見る。専有部分パイプはかなり錆びている。

午後4時すぎ、K病院へ到着。
入院費6240円を支払う。

午後5時30分ごろ、5階の部屋にてF医師より術後の経過と退院後の注意事項について説明を受ける。

●転移見られず。無いと考えてよい。
リンパ管を通じての転移・・・今後の可能性無し。
静脈を通じての転移・・・今後の可能性有り。その程度はV3(0~3で一番高い3)。進行度はステージ1A(早期ガン)。
ほぼ治っている状態。
胃液嘔吐の原因となった接合部のむくみは取れている。
今後は排便・食事の様子を見る。下剤は使わない。
抗がん剤治療は行わない方針。

●退院は来週全般(月・火・水ごろ)
退院後は3ヵ月から半年の間隔で検査を続ける。5年間、続けて転移が見られなければ完全にがんを克服したということ。

●退院時に、外来日を指定する。
基本的には水曜日に外科で診察し、採血等をする。
当面は2週間に1回の割合。
気になることや緊急の場合は遠慮しないで電話してよい。

●体重計を買って、週に一回曜日を決めて計測すること。
風呂上りに裸で体重を量り記録をとること。
体重の推移で食事の目安がわかる。
通常、退院時のときより3~5キロ落ちる。
それは運動量が増えたのに、食欲が落ちるのが原因。
運動量が増えたのに栄養補給が減るので疲れがちになる。
半年~1年で、元の体重に戻るので、心配しなくてもよい。
10キロ以上落ちるようだと問題。

●退院後は、食べたいもの、食べられるものを食べてよい。
「極端な話、お菓子だけでもよい」
3ヵ月から半年で、食事を安定させることが大切。
その間は栄養について考えなくてよい。安定して食べられるものを食べること。
消化の良い悪い食品は、
海藻類(こんぶ、わかめ)。特に大きいもの。海苔は元が細かいので大丈夫。
イカ、タコ、
きのこ類などは避けること。
炭酸飲料(オロナミンCなど炭酸を含む栄養補給ドリンク)は胃にもたれるので避けること。

私が入院の保証人となり手術承諾書に捺印したので、退院後の介護も私がやるのだろう、と医師は信じて疑わないようすだった。
事実そういうことになった。

午後6時過ぎ、地下鉄「市ヶ谷」駅にて電話受ける。
「9日にK氏が見積書を持っていく」とのこと。

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7月9日(金)手術後30日目

午前8時35分、市ヶ谷へ到着。
同9時過ぎ、現場監督とK氏が来る。
現場監督、便器取り外し作業。
K氏から専有部分パイプ交換の見積書を受け取る。
トイレをタンク式にするかどうかの話。
共有部分のトイレ排水パイプの工事とともに行えば、手間も費用も省けるとのこと。
結局、午前10時過ぎ、いっしょにK病院まで出かけることに。

病室でベッドの位置が変わっていた。

6階ロビーにて、K氏、
(1)共有部分、(2)専有部分―見積書、(3)タンク式トイレへの交換、
について、説明。
正午前、K氏とともに市ヶ谷へ戻る。
午後4時40分ごろ、鍵を閉めて、K病院へ。
単四電池を渡す。

単四電池 348円。

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7月11日(日)手術後32日目

正午過ぎ、市ヶ谷へ。
午後2時15分、K病院へ到着。
扇風機、洗濯物など、不要物を持ち帰る。

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7月12日(月)手術後33日目

午前9時前、市ヶ谷到着。
断続的に工事。
夕刻、708号室へ行き、取り外したパイプを検分。中がかなり詰まっている。外側には亀裂も。
午後4時45分、終了。

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7月13日(火)手術後34日目

午前9時前、市ヶ谷到着。
断続的に工事。

午後5時前、終了。

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7月14日(水)手術後35日目

午前9時前、市ヶ谷到着。
断続的に工事。
台所流しの下、完了。
ウォシュレット、取り付け終了。
洗面台下のバルブが現場に届かず、時間切れ。

午後6時前、終了。

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7月15日(木)手術後36日目

午前8時前、みずほ青山支店CDにて、
100万円
  +
90万2050円
をおろす。

午前9時前、市ヶ谷到着。

午前10時すぎ、本人帰宅。

午前中にベランダのハッチの点検あり。

午後、工事終了。

京樽ちらしずし      609円
サンドイッチ        240円
のむヨーググルト ×5=525円
消毒液マキロン    1029円
ガーゼ           378円
脱脂綿          294円
ジャガイモ1袋
ダイコン半分
ニンジン1袋
ネギ2本
タマゴ1パック     1771円
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      計      4846円

交通費 表参道・市ヶ谷間 320円
  5月=12日 3840円
  6月=22日 7040円
  7月=11日 3520円
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      計 14400円

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7月15日、父は退院した。
以降、食事・洗濯・掃除・雑用などで、私はほぼ毎日、父の部屋へ通うことになった。
父の入院以降は、ほとんど仕事が出来ない状態だったが、この期間で完全に「介護離職」ということになってしまった。
炎天下毎日通うというのもさることながら、金が出て行くばかりというのが、真綿で首を絞められているようで何よりもつらかった。
退院後しばらくは食事後にもどしてしまうことが多く、父も私も参ってしまった。
K病院へはその後も定期的に通院し、各種の検査を受けた。
その行き帰りはタクシーを使ったが区から老人に支給されるタクシー券というのがあり、ずいぶんと助かった。
 

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12月20日(月)夕方
K病院へ検査入院。

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12月22日(水)
午後8時9分
K病院の外科・Y医師より携帯へ電話入る。
24日(金)午後4時 6F外科病棟にて面談したきことありとのこと。内容不明なれど応諾。

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12月23日(木)

父より3回電話。年賀状30枚刷り増しの件。

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12月24日(金)
午後4時
K病院の外科・Y医師と面談。
がんが肝臓に3箇所転移。
弱い抗がん剤でも食欲がなくなるので、強い抗がん剤は使えない、とのこと。

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やはりがんの転移は起きた。
ドラマによくあるとおり。いや、現実に多いからドラマでもそうなるのか。