ニッポン危篤の日は近い?

きょうは各所でお祭りが行われていた。祭ばやしはいいねぇ。
祭りの太鼓がテンテケテンと鳴ると、僕ァもう泣いちっちだネ。

●危機が予想されるとき、屠所へ曳かれる羊のように唯々諾々と命令に従い、座して死を待つタイプと、ジタバタして何とか活路を見出そうとするタイプの二種がいる。
前者は、水戸黄門の再放送を毎日見て、がばいばあちゃんの教訓にひたすら感動し、民放は信用ならないからNHKのニュースしか信用しない、という人々。
要するに問題意識も問題解決能力も低く、目先のことしか考えず、従属観念に凝り固まっている。大多数の日本人はこれ。
オレは明らかに後者だが、しかし自身の限界はよく自覚しているよ。

●アメリカの共和党、日本の自民党ともに、最悪の状況を「時限爆弾」として次の政権党へ押し付けることになりそうだ。その時には、両国民ともデフォルト後のロシア国民のようなことになる。

●「おしりかじり虫」のアニメを見て、「水虫出たぞ」のあのCMと同じテイストだなと感じた。

●「生きて虜囚の辱めを受けず」。兵にそう強制していた軍中枢の参謀どもは戦後生き残り、オイシイ思いをした。
死んだ人間が浮かばれんよ。
国家に命をささげるなんてバカの極みであるな。

自社を守ろうと事実を改竄するならまだ情状酌量の余地があるが、ライバル社を貶める情報操作は「犯罪」だ。大会社としての矜持、社会的責任の自覚はないのか。

 財政破たんした北海道夕張市で観光施設を運営する夕張リゾート(同市)は7日、観光客増を目指すために主に団塊世代の熟年夫婦に狙いを定めたPRキャラクター「夕張夫妻」を発表した。
(中略)
 名前は、市が抱える負債にちなんだ。ポスターでは、メロンのような髪形をした2人が手を握っている図柄になっている。夫妻の出身は夕張市で「金はないけど愛はある」という設定。
http://www.47news.jp/CN/200709/CN2007090701000644.html

苛斂誅求で、もはや移住は期待できないから、せめて観光で、というわけ。
夫が定年退職したばかりの団塊熟年夫婦の平均像は「愛はないけど小金はある」。
夕張市が呼びたいのは、その小金持ち夫婦だろう。

 佐賀県は6日、このままの財政状況が続くと3年後の2010年度に、企業の倒産に当たる財政再建団体に転落するとの見通しを明らかにした。国と地方の税財政を見直す「三位一体の改革」に伴う地方交付税削減が続く一方で、より一層の税収の向上など有効な歳入増が見込めないのが理由。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/saga/20070907/20070907_003.shtml

 長崎県の金子原二郎知事は7日、佐賀県が2010年度にも、国の指揮下で財政再建を進める「財政再建団体」に転落する可能性を示したことに関連し「長崎県も2012年度には佐賀県と同じになる。再度、財政の見直しが必要だ」と語り、長崎県も財政が破たんしかねない厳しい状況にあることを明らかにした。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/nagasaki/20070908/20070908_001.shtml

 大阪市がまとめた中期的な財政収支概算で、平成23年度から累積収支がマイナスに転じ、23~28年度の6年間で、計約1000億円の資金不足が生じることが8日、分かった。
 阿倍野区で進められている再開発事業の公債償還財源不足が23年度から本格化することが主要因で、市は公債償還基金からの借り入れで対処する方針。この処理策では公債費の財政負担度を示す指標の実質公債費比率が21%に達し、起債の際に国の許可が必要になる「起債許可団体」に転落する可能性が濃厚という。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070909-00000903-san-pol

前々から指摘され、十二分に予測されていたこと。
過去にさかのぼりバカ行政の責任を取らせるため、歴代市長・助役、議員どもを告発せよ。
さらに有権者はオノレの不明を恥じて猛省すべし。

 内閣府が八日付で発表した「国民生活に関する世論調査」で、「日常生活で悩みや不安」を感じている人が69・5%に上り、昨年十-十一月実施の前回調査を1・9ポイント上回って過去最高を更新した。具体的な悩みや不安の内容(複数回答)でみると、「老後の生活設計」が53・7%と半数を超えて最も多く、「自分の健康」の48・3%を上回った。
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2007090902047492.html

というわけで、かなり鈍感力のある人でも、危機感を抱き始めている状況だ。
そんなわが同胞には、この期に及んで最早いうべき言葉もないのだが、
せめても “Remember that you have to die.” と友情あふれる痛言を申し送りしておこう。
人は死に場所を選ばない。臨終行儀など無用・無意味だ。