古い荷物を整理していたら写真が一枚出てきました。
タートルネックを着ているので、1968~72年、おそらく小学校5、6年か中学の1、2年でしょう。
小学校の頃は、長じてはどこか鄙びた場所でほそぼそと“絵草子屋”などをやって過ごしたいものよ、と枯れたことを考えておりました。しかし一方で50年代のロックンロールやブラックミュージックに目覚め、夢中になり始めていました。
人生で髪の毛が一番多かった時代でもあります。気を許すと捌き切れないほど生えてくる・・・。
すっかり禿げ上がった今では夢のような話です。
1969年の初めに、いかす歌が中ヒットしていました。
(右)三田明『タートル・ルックのいかす奴』。作詞:東 二郎、作編曲:吉田正。
全体のムードはフランク永井以来の都会調歌謡(特に『夜霧の第二国道』)なのですが、グレン・キャンベルの『恋はフェニックス』やブレッドの『イフ』に通じるような音づかいで、吉田作品としてはちょっと実験的なメロディです。歌い出しの音からして違ってます。
歌詞に「ルート246」という道路名が出てきます。国道246号線のことですね。二番にある「青山通り」は、246の渋谷東口~青山交差点~赤坂~三宅坂交差点までの名称で、青山近辺は当時すでにオシャレなファッション・タウンとして有名でした。
歌詞にも「白い扉のスナック」「ばらの匂いのする」「スナックタウン」などとあり、歌の主人公は「カーステレオ」を聞きながら、こういう街を走っていたりするわけです。
三番で「ミッドナイト」に「ハマの灯り」が呼んでるとあり、青山・赤坂・六本木から車で横浜へ足を伸ばすという当時のプレイボーイたちの行動パターンが示されています。
コーダの部分でオシャレなボサノバになり、何で最初からそれでやらないのか、という感じもします。
三田 明 – タートル・ルックのいかす奴(1969/01)
作詞:東 次郎、作編曲:吉田 正
<参考>
三田 明 – 青山通り(1966/10)
作詞:青山 喬、作編曲:吉田 正
シングル “恋人ジュリー” のB面。
タートル・ネック自体は襟の形として古くからありましたが、「タートル・ネックのセーター」として「流行」したのは1964年から69年あたりで、長めの襟を二、三回折り曲げて着るようになってました。安価の一般衣料では72年ころまで流行が続いていて、私もずいぶん着た記憶があります。
もちろん一冬着ても、また次の冬に出して着るという。そういうことですね。

