シンガポールで成立したのは、「オンラインの虚偽情報・情報操作防止法」。「全部または一部が虚偽、もしくは誤解を招く情報」を発信した人や組織に政府が削除や訂正を要求でき、要求に応じなければ個人でも禁錮刑や罰金刑を科される。虚偽かどうか判断する権限は閣僚に与えられる。携帯電話のショートメッセージなど非公開の個人的な送信も対象となる。
国会で野党は「民主主義を守るためでなく、絶対的な力を行使したい権威主義的な政府のための法律だ」と反論したが、与党などの賛成多数で5月8日、可決した。東南アジアのニュースを報じるネットメディア「ニューナラティフ」のピンジュン・サム氏(39)は「政府の気に入らない情報は何でもフェイクニュースとみなされかねない」と指摘する。<フェイクニュース、決めるのは政府? 言論抑圧の恐れも [報道の自由はいま]:朝日新聞デジタル より一部引用>
https://www.asahi.com/articles/ASM5G44B2M5GUTIL015.html
国民が愚かだと、「言論の自由」はこのように一瞬で吹っ飛ぶ。
いづれ日本でもそういう日が来るよ。
シンガポールじゃ建国当初から「言論の自由」は有名無実、絵に描いた餅だったそうだ。
民族暴動を機に、マレーシアから追い出されるように独立した経緯から、国内民族問題に敏感であり、民族対立を煽るような言論・表現は煽動法や宗教調和維持法などによって、厳しく取り締まられる。
煽動法では、人種憎悪にとどまらず、シンガポール政府への不満表明も刑事規制対象とされ、活動内容によっては5年以下の懲役または5000シンガポールドル以下の罰金、出版差し止めが科される。
2016年3月には運営サイト内で「憎悪をあおる扇動的な傾向があった」として、日系オーストラリア人女性アイ・タカギを逮捕し、ウェブサイトを閉鎖、禁錮10ヶ月の実刑判決を言い渡した。
(中略)
建国以来、一貫して人民行動党が議会議席の大多数を占めており、一党優位である。このため、シンガポールは典型的な開発独裁国家であり、典型的な国家資本主義体制である。労働者党などの野党の存在は認められているが、その言論は大きく制限され、国政への影響力は少ない。<シンガポール – Wikipedia>
蒋介石時代の台湾にさも似たり。
俺も長女と公園で遊んでた時にお巡りさんに職質されたことあるよw
「あなたのお子さんって証明できるものありますか?」って。
保険証とママが持ってるから証明できるもんなくて焦った(-_-;)スマホの写真で助かったけど。
通報したのは遠巻きにいたママさんグループだったみたいただただ悲しかった。 https://t.co/ejcrBuEOGQ
— 落合福嗣 (@fukushi_o) June 7, 2019
一見・一聴の単純な情報のみで「善100%」か「悪100%」に二分してしまう人。
より素朴な人が多かった昔より、今のほうが多い印象だ。
ネトウヨ・パヨクと称される人々もそうだし、カルト的セクトの餌食となる人などはほとんどそういうタイプ。
性別でいうとやはり女性の方が数で勝ってるか。これは昔から。
都の交通局は産業用ロボットなどを手がける「デンソーウェーブ」と共同で、QRコードを活用してホームドアの開け閉めを制御するシステムを開発しました。
このシステムでは、車両のドアに貼り付けたQRコードをホームの天井に取り付けたカメラで読み取ることで、ホームドアの開け閉めを行います。
この技術を使えば車両側のシステムの改修が必要でないことから、コストの削減や工期の短縮につながるということです。<QRコード使いホームドア開閉 都営浅草線 全駅に設置へ – NHKニュース より一部引用>
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190608/k10011945341000.html
QRコードみたいにパット見、意味不明なものが視界にあると、なにかこう身構えてしまう。
2019/06/07
政府が検討する携帯電話の利用料を巡る抜本対策が明らかになった。2年契約の途中で解約する際の違約金を現在の9500円から1000円以下にする。通信の継続利用を前提とした端末値引きを禁止し、継続利用を条件としない場合も2万円を上限とする。利用者が乗り換えやすく、安価な端末を選びやすい環境を整え、メーカーと携帯会社の双方に競争を促す。<携帯違約金、上限1000円「2年縛り」大幅下げ – 日本経済新聞 より一部引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45856000X00C19A6MM8000/
そこまでして政府がスマホを普及させたいと思うのには理由がある。
もちろん選挙の目玉政策なんて単純な話ではない。
5月に国土交通省の出先機関に採用され、同月中に退職した40歳代の女性はこう話す。
精神障害を持つ女性は、薬品製造会社の嘱託社員として働いていたが、ハローワークの勧めで出先機関に就職した。最初の数日間は資料整理などの指示を受けたが、その後は上司から「ちょっと待っていて」と繰り返された。同省のホームページを見ながら過ごしたという。会社では正社員と同じ経理の仕事を任されていたといい、女性は「(出先機関の)上司は私に仕事を任せるのが不安なのだと感じた。与えられた仕事をこなす自信はあるので、また企業の就職先を探すつもり」と話した。
水増し問題で法定雇用率に達していないことが判明した省庁は、4月までに計2518人を緊急で雇用したが、参院の審議では131人(5・2%)がすでに退職していることが明らかになった。民間企業では雇用から1か月以内に退職する障害者が約6%いるとの調査結果もあるが、厚労省は配慮が不十分な可能性もあるとみて、131人が退職した原因を分析する。
819人を採用し、すでに退職者が79人(退職率9・6%)に上っている国税庁では、資料整理やデータ入力などを任せていた。
退職の理由は「職場や仕事が合わない」「家庭の事情」など様々だったというが、担当者は「多数の雇用で、職場側の戸惑いもある。職員向けの研修を重ね、障害者に長く働きたいと思ってもらえる雰囲気を作っていきたい」と話す。<「HP見るだけ」緊急雇用の障害者131人退職 – 読売新聞オンライン より一部引用>
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190608-OYT1T50157/
省庁関連なんてエリート意識満々の人間ばかり。障害者はさぞや居心地が悪かろう。
終戦後、やはり省庁関連の外郭団体が、国策で傷痍軍人を受け入れた時期があった。
あの時代、傷痍軍人は一兵卒でもそれなりに尊敬されていたようだ。
"労働基準法の説明会で、一人の社長が「うちはまだ労働基準法を取り入れていないので、残業代も払っていないし、休日も働かせているが、労働基準法を入れるメリットとは何か?」と普通に質問していた"
そもそも法律など理解せず会社を運営してる中小企業はいっぱいあるって事です https://t.co/7ag5YUUPV3
— ホームページを作る人の☻ネタ帳 yamada_nt (@yamada_nt) June 7, 2019
反応見る限り、結構他もこんな感じなのかと震えてる。
「うちは労災やってない」
「シフト制だから有給制度は無い」
なかなかのパワーワードだな。 pic.twitter.com/IWSbn5SCd7— ホームページを作る人の☻ネタ帳 yamada_nt (@yamada_nt) June 8, 2019
治外法権か独立国家かw
我が国はそういう条約は批准していない、みたいな感覚なんでしょう。未払い賃金を払おうとしない会社の言い分『弊社は労働基準法を採用していない』togetterhttps://t.co/KxcmTgLS0J
— amamori (@rainywoods2001) June 7, 2019
ネタでも都市伝説でもない、日本の現状(笑)
2019/06/07
大学病院などで無給で診療にあたっている若手医師。「無給医」と呼ばれていますが、国は長年その存在を否定してきました。しかし、全国の大学病院を調査した結果、少なくともおよそ50の大学病院に2000人を超える無給医の存在が確認できたとして、近く明らかにする方針です。
無給医は、大学病院などで診療にあたっているにもかかわらず、研修中であることなどを理由に給料が支払われない若手の医師や歯科医師のことです。
1960年代には大学の医局の権力構造を象徴する問題として学生運動のきっかけにもなりましたが、国はその後、若手医師の処遇は改善されたとして、長年その存在を否定してきました。
平成24年に行われた調査でも「無給医は存在しない」としています。
しかし、ことし1月から文部科学省が全国108か所ある医学部と歯学部の付属病院を対象に調査したところ、無給医が今も存在することが確認できたということです。<無給医 少なくとも2000人 国が初めて存在認める 公表へ – NHKニュース より一部引用>
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190607/k10011945161000.html
報奨金が出る大学のインターンとは違うんだね。
黙過・無視してきた文科省が手のひらを返し、このタイミングで大学病院の「無給医の存在を認めるメリットは何?」
今何してる? 最近見かけないTVから消えた芸能人!! 消えた理由は干された?
更新日: 2019年05月04日
https://matome.naver.jp/odai/2145782927614343801
思い出される人はまだいいほうだ。
幾度も売れるチャンスを摑みながら、それを活かせず消えてゆく人、
売れなくとも何とか芸能人であり続けてる人、
おれもいろんな人を見てきた。
パティ・マイケルズは子役時代からの長いキャリアを持ちながらスターになれずじまいの人だった。
60年代半ばには歌も吹き込んでいて、これがなかなかの佳曲なのだ。
Patty Michaels – Something Happens(Deep Inside Me)(1966/06/10)
2度目の引用。
Patty Michaels – Born A Woman(1966/06/10)
Sandy Posey cover
2度目の引用。
Patty Michaels – Lavender Girl(1966/12/30)
2度目の引用。
Patty Michaels – I Prayed For A Boy(Like You)(1966/12/30)
2度目の引用。
Producer: Ted Cooper
Arranger: Herb Bernstein
An earlier version was recorded (but not released) by Brenda Holloway for Tamla. Brenda’s version became available when her CD set, “Motown Anthology” was released in 2005.
This particular set of Motown writers also wrote the #3 hit, “Until You Come Back To Me” for Aretha Franklin in 1973.
Other fine discs by Patty Michaels: “They’re Dancing Now” and “Something Happens” / “Born A Woman” (the Sandy Posey song).
Patty Michaels – Mrs. Johnny(1965/04/12)
2度目の引用。
Patty Michaels – They’re Dancing Now(1965/04/12)
2度目の引用。
Patty Michaels – In The Midnight Hour(1969)
OMEGA/Son-Art EX 618 Mexico 1969.
2度目の引用。