2016/02/05
フィリピンは、アジアで初めて西欧の植民地になった国で、1529年、スペインとポルトガルとで植民地世界を分割する取り決め「サラゴサ条約」によって、一方的にスペインの植民地に編入されました。スペインの植民地時代には、フィリピンの人々は、何とかしてスペインの暴政から解放されようと独立運動を続けていましたが、その度スペインに弾圧され、力で屈服させられていました。
その後、1898年(明治30年)にアメリカとスペインによる米西戦争が勃発し、この戦争に勝ったアメリカが、以後フィリピンを植民地として支配することとなります。
この米西戦争もいわくつきです。スペインは植民地膨張の劈頭、西回りに世界を席巻しており、キューバも支配下においていました。そのキューバで独立運動が起こり、紛争から自国民を保護する名目で米国も駆逐艦「メイン号」をハバナ港に派遣しました。ところが謎の爆沈で乗員260名全員が死亡しました。これを米国メディアは、スペインの仕業と大々的に報道し、「リメンバーメイン」のかけ声のもと、米西戦争に勝利したのです。
この米西戦争で、米国はフィリピンの独立解放軍を支援すると約束して、占領していたスペイン軍と戦わせましたが、結局見殺しにしました。その経緯もあり、米国の植民地支配の当初は、アメリカ人は現地の人々の猛烈な抵抗にあい、アメリカ軍はその勢力を押さえ込むために数十万人規模の虐殺を行うなど、暴力で押さえ込んでいました。しかし、スペインの暴力的な植民地政策から学んだアメリカは、フィリピン人の独立心を上手くやりこめる融和政策を採るようになります。
http://www.mag2.com/p/news/144554
日本とはなにかと縁の深い国。
2018/04/05
フィリピンのボラカイ島が、かつて手付かずだった海岸の環境が破壊される懸念から、観光客の立ち入りを4月後半から6カ月間禁止する。
ロドリゴ・デュテルテ大統領の報道官は、4月26日から閉鎖する方針を示した。
デュテルテ氏は今年に入り、ボラカイ島が「汚水溜め」に変わってしまったと述べ、閉鎖すると警告していた。
白い砂浜で知られるボラカイ島には昨年、200万人近い観光客が訪れた。
政府決定によって、ボラカイ島の活発な観光業で働く数千人への影響が懸念されている。
ボラカイ島には観光関連企業が約500社があり、昨年の年間利益は10億7000万ドル(約1150億円)に上った。フィリピン政府は、一時閉鎖で影響を受ける企業には助成金を支給する方針という。
(中略)
当局者は複数企業が、汚水を周辺水域に垂れ流していると警鐘を鳴らしていた。
2月にはドゥテルテ大統領が、島のホテルやレストランをはじめとする観光事業者が汚水を直接海に流していると激しく非難した。<フィリピン、人気の観光地ボラカイ島を一時閉鎖へ – BBCニュース より一部引用>
http://www.bbc.com/japanese/43650534
2018/04/08
フィリピン政府は今月26日から最大で半年間、中部・ボラカイ島への観光客の立ち入り禁止を決めた。約4キロ・メートルに及ぶ白い砂浜が人気の同島は、米旅行専門誌が選ぶ2017年の「世界最高の島」ランキングで3位。年間の観光客数は約200万人で国全体の観光収入の約2割を稼ぐとされる。
同島では、観光客目当ての違法建築が増え汚水の垂れ流しなどで海水汚染が拡大。今年2月に現地視察したドゥテルテ大統領は「まるで汚水ためだ」と非難。<「まるで汚水ため」…人気のビーチリゾート閉鎖 読売新聞(YOMIURI ONLINE) より一部引用>
http://www.yomiuri.co.jp/eco/20180408-OYT1T50025.html
「汚水を直接海に流している」
混じっすか?!……イヤイヤ、その、海水と混じっちゃうでしょ。ダメでしょ!
2018/03/30
フィリピンパブが日本に根付いて、20年近くたった04年、米国務省は「世界の人身取引に関する年次報告書」で、興行ビザが人身取引の原因になっていると指摘した。これを受けて日本政府は、05年に興行ビザ発給の規定を変更。実質、フィリピン女性のフィリピンパブへの出稼ぎの道を閉ざすことになり、フィリピン女性を確保できなくなったフィリピンパブの多くは廃業を余儀なくされた。
今残っているフィリピンパブの多くは、興行ビザ規制以前に入国し、その後日本に定住しているフィリピン女性を雇っている。しかし、新たに若い女性を入れなければ、ホステスが高齢化していく。そこで一部のフィリピンパブのオーナーやブローカーは若いフィリピン女性を確保する手段として、日本人男性と結婚をさせて、就労制限のない「日本人の配偶者等」の在留資格を取得させるようになった。こうして、フィリピン女性が偽装結婚して日本に来る流れができた。<中島弘象 偽装結婚してまで日本に来るフィリピンパブ嬢の悲しい現実 nippon.com より一部引用>
https://www.nippon.com/ja/column/g00505/
2018/04/05
在留資格を得る目的で偽装結婚をしたとして、フィリピン国籍の女ら2人が警視庁に逮捕されました。
逮捕されたのは、フィリピン国籍のクヤンバオ・アランジェリー・アブラザ容疑者(21)と、会社員の●●●●容疑者(61)で、おととし、婚姻の意思がないにもかかわらず、東京・町田市役所に2人が結婚したとするうその婚姻届を提出した疑いがもたれています。
●●容疑者はフィリピンパブを経営する会社の社員で、クヤンバオ容疑者は店の従業員だということですが、2人に同居の実態はなかったということです。<在留資格得るため偽装結婚か、フィリピン国籍の女ら2人逮捕 TBS NEWS より一部引用>
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3334926.html
●●●●は日本人。
「貧困」と同じく「豊かさ」もまたモラルハザードを引き起こす十分な理由となることの実例。
2018/04/07
フィリピンの首都マニラに昨年12月に設置された慰安婦を象徴するという女性像について、日本側が公的な場所に突如設置された経緯をフィリピン政府に問い合わせ中だが、関係機関は責任を互いになすり付け合っている。通行人や観光客らが足を止めて「慰安婦像」に見入るなどすっかり現地の風景に溶け込んでおり、撤去などの早急な対応が求められている。<定着するフィリピンの慰安婦像 設置責任の所在曖昧 マニラ市は「場所提供しただけ」 – 産経ニュース より一部引用>
https://www.sankei.com/world/news/180407/wor1804070023-n1.html
大陸系華僑は中共の見えない出先機関・工作部隊ともなってるからねぇ。
Amapola
Maria Amapola Cabase
Amapola – Kapantay Ay Langit
<参考>
Vic Dana – You’re All I Love(Kapantay Ay Langit)
Pilita Corrales
フィリピンのポップシンガーソングライター、女優、コメディアン、テレビ司会者。
Pilita Corrales – Kapantay Ay Langit(1965)
Pilita Corrales – Sun In Your Eyes(1971)
Taiwan/Philippines
Pilita Corrales – So You’ve Left Me(1971)
Taiwan/Philippines
Pilita Corrales – It’s Impossible(1971)
Taiwan/Philippines
2度目の引用。
Pilita Corrales – Lahat Ng Gabi, Bawat Araw(1973)
Pilita Corrales – Sapagkat Mahal Kita(1973)
Pilita Corrales – Bakas Ng Lumipas(1973)
Pilita Corrales – Ikaw Ang Mahal Ko(1973)
Pilita Corrales – Ipagdarasal Kita(1973)
Pilita Corrales – Patatawarin Kita(1973)
Orly Ilacad And The Ramrods
Orly Ilacad And The Ramrods – Sorrow And Pain(1965)
Orly Ilacad And The Ramrods – If I Had A Girl(1965)
Orly Ilacad And The Ramrods – One Little Pocket Of Cigarettes(1967)
レーベルの曲名表記では Packet が Pocket と誤植されている。2度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – Holiday(1967)
Orly Ilacad And The Ramrods – Love Is Blue(1967)
2度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – Organ Serenade(1967)
Orly Ilacad And The Ramrods – Love Me Girl(1967)
Orly Ilacad And The Ramrods – Busy Line(1967)
Orly Ilacad And The Ramrods – Indian Lake(1968)
Orly Ilacad And The Ramrods – Cherry Red(1968)
Orly Ilacad And The Ramrods – It’s Nice To Be Out In The Morning(1968)
2度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – The Red Balloon(1968)
3度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – Honey(1968)
Orly Ilacad And The Ramrods – I Can Take Or Leave Your Loving(1968)
Orly Ilacad And The Ramrods – Mandolin Twist
Orly Ilacad And The Ramrods – My Blue Heaven
Orly Ilacad And The Ramrods – Wait For Me Baby
from the album “15 Best Songs”(1968)
Orly Ilacad And The Ramrods – No One Can Break A Heart Like You
from the album “15 Best Songs”(1968)
Orly Ilacad And The Ramrods – Medicine Man
Orly Ilacad And The Ramrods – Simon Says
from the album “15 Best Songs”(1968)
2度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – Good Morning Starshine
シングル “Medicine Man” のB面。
2度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – Tritezas Del Alma(Grief Of The Soul)
Orly Ilacad And The Ramrods – Faithful Love
2度目の引用。
Orly Ilacad And The Ramrods – Do The Soul
Orly Ilacad And The Ramrods – Mary, Mary
Orly Ilacad And The Ramrods – How Do You Do The Freddie
Orly Ilacad And The Ramrods – Sugar Shack
Orly Ilacad And The Ramrods – Let’s Do The Jerk
Orly Ilacad And The Ramrods – Never Be Blue
J. A. & The Jitterbugs
J. A. & The Jitterbugs – It’s Too Late
J. A. & The Jitterbugs – A One Little Packet Of Cigarette(1967)
このシングル盤も曲名が誤植。正しくは “One Little Packet of Cigarettes”。
J. A. & The Jitterbugs – The Last Waltz(1967)
以下、「フィリピンのROCK/POPS」関連投稿。
追加記事
ベニグノ・アキノの暗殺の瞬間を見たが、飛行機の中に警察が乗り込んで来て、連行される寸前に、防弾チョッキを出して人に見せている処、又同じ飛行機に乗っていた少女が傍らに来て、キスをすると微笑って、(妻に見られたかな)と言う処なぞ全く、暗殺を予期している人とは、何処を見ても見えなかった pic.twitter.com/AuyKOGrW5D
— 森茉莉チャンネル (@morimari_ch) July 16, 2019
これはよく憶えている。
親米政権が腐敗し独裁化・ファッショ化・恐怖政治化する、ありがちなパターンながら、民衆蜂起後、当時としては珍しくアメリカが支えなかった事例だった。
(2019年7月16日)