「〈自分の遊蕩(ゆうとう)は、人の倍もする癖に、主税の嫁さえとってやらずに――厳格な家庭で――家庭と、遊里とで、丸でちがった人になるように、この人の表面と、腹の中とは、全くちがうんだ。女は好きだが――いいや、女だって、祇園の妓に暇をやるのに、紙屑をすてるようだった。奥さんを、但馬へ帰すのも、今みたいだった。肚は、冷たい人なんだ。坊ちゃんが泣くのに父の情一つ見せないんだ。俺を、下郎扱いにする位、不思議じゃない〉寺坂は雪を泥溝(どぶ)の中へ蹴落しながら、逃亡するのに、いい機を考えていた。」(直木三十五) 8畳間程度の畳敷きの部屋で、住民が会合をしている。 正式な話が終わり、参加者10数人が前で話していた人物の周りへ詰め寄った。 どうやら何かの争いが嵩じてこちらから「先制攻撃」するらしい。 かなり緊迫したムードだ。 ところ … “「〈自分の遊蕩(ゆうとう)は、人の倍もする癖に、主税の嫁さえとってやらずに――厳格な家庭で――家庭と、遊里とで、丸でちがった人になるように、この人の表面と、腹の中とは、全くちがうんだ。女は好きだが――いいや、女だって、祇園の妓に暇をやるのに、紙屑をすてるようだった。奥さんを、但馬へ帰すのも、今みたいだった。肚は、冷たい人なんだ。坊ちゃんが泣くのに父の情一つ見せないんだ。俺を、下郎扱いにする位、不思議じゃない〉寺坂は雪を泥溝(どぶ)の中へ蹴落しながら、逃亡するのに、いい機を考えていた。」(直木三十五)” の続きを読む