2015/10/17
17日午後5時53分ごろ、鳥取県で震度4の揺れを観測する地震がありました。この地震による津波の心配はありません。
各地の震度は、震度4が鳥取県湯梨浜町、震度3が鳥取市となっています。
このほか、鳥取県や岡山県、香川県で震度2や1の揺れを観測しました。
気象庁の観測によりますと、震源地は鳥取県中部で、震源の深さはおよそ10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは3.9と推定されています。
震度4を観測した鳥取県湯梨浜町の町役場にいた男性は、「ゆっくりとした横揺れが5秒ほど続きました。棚から物が落ちるようなことはありませんでした」と話していました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151017/k10010273711000.html
2015/10/18
午前8時30分ごろに発生した地震では、震度4の揺れを鳥取県湯梨浜町で観測しました。また、震度3を鳥取市と鳥取県北栄町で観測したほか、鳥取県や岡山県、兵庫県、それに京都府で、震度2や1の揺れを観測しました。
気象庁の観測によりますと、震源地は鳥取県中部で震源の深さは10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは4.2と推定されています。
また、午前8時36分ごろ発生した地震では、震度4の揺れを鳥取県湯梨浜町で観測したほか、震度3を鳥取市や鳥取県倉吉市、北栄町で観測しました。このほか、中国地方と四国で震度2や1の揺れを観測しました。
気象庁の観測によりますと、震源地は鳥取県中部で震源の深さは10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは4.3と推定されています。
鳥取県中部では、今月15日から体に感じる地震が相次いで発生していて、17日も湯梨浜町で震度4の揺れを観測する地震が発生し、気象庁は、今後の地震活動に注意を呼びかけています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151018/k10010274071000.html
鳥取県東伯郡湯梨浜町
湯梨浜町(ゆりはまちょう)は、鳥取県の中央に位置する日本海に面した町。 鳥取県東伯郡の羽合町、泊村、東郷町が2004年(平成16年)10月1日に合併して誕生した。
東郷湖湖畔にあるはわい温泉、東郷温泉が有名。「羽合」は「はわい」と読むため「日本のハワイ」といわれることもある。二十世紀梨の産地でもある。
町名は、町の特色である「温泉(湯)」「二十世紀梨」「砂浜」から。 町のイメージキャラクターの「ゆりりん」は地域に伝わる天女伝説にちなんで2012年10月24日に誕生。
高齢者を中心に全国的に人気のあるグラウンド・ゴルフは、湯梨浜町(旧泊村)が発祥地。<湯梨浜町 – Wikipedia>
鳥取では1943年と2000年の2回、大きな地震が起きている。
鳥取西部地震っての15年前にあったけど知名度なさすぎるんだよな
2000年に起きたM7.3最大震度6強、震度階級改正以来初の震度6強を記録したデッカイ地震で
死者0人という伝説の地震だぞ
人がいない(確信)
— 鳥取の星のiMSさん (@IMS1212) 2015, 10月 17
【鳥取県西部地震】
2000(平成12)年10月6日午後1時30分18秒、鳥取県西部で震度6強、阪神大震災と同規模のM7・3。
同日午後4時21分ごろにも鳥取県西部で震度5弱、M4・2の余震。
鳥取県西部地震(とっとりけんせいぶじしん)は、2000年(平成12年)10月6日13時30分18秒(金曜日)、鳥取県西部を震源として発生したM 7.3の地震。地震空白域とされる地域で発生した。
気象庁はこの地震を平成12年(2000年)鳥取県西部地震と命名した。
1996年の震度階級改正以来初めて震度6強を記録した。
気象庁マグニチュードが7を超す大地震だったにもかかわらず、何人かは生き埋めとなったが救助され、死者は無かった。これは、震源地が山間部であったこと、市街地の一部を除き、人口が密集していない地域であったこと、積雪の多い地域のため頑丈な造りの民家が多かったこと、そして地盤が比較的強固であったことも挙げられる。
(中略)
発震機構は横ずれ断層型。既知の断層の活動によるものではなく、未確認の地下断層の活動による地震であった。地表には地下の変位に伴い複数の地割れが現れた。
余震域は本震の震源断層に沿って分布し、島根県安来市から鳥取県日野郡まで、南南東-北北西方向に長さ約30km、深さは約15kmまでに分布している。
この地震に先行し断層の深部延長線上で1989年、1990年、1997年には M 5 程度の群発的地震活動が発生している。また、本震発生の約12時間前には、震源域で M 1.7 が観測されている。トレンチ調査により前回の活動は、西暦800年~1200年であることが判明した。<鳥取県西部地震 – Wikipedia>
2000年(平成12年)10月6日 鳥取県西部地震
鳥取県西部地震TV-CM
鳥取県メディアミックスによる広告制作 テーマ「鳥取県西部地震から10年」
(H22年9月)
鳥取大地震70年 9月に防災フェス 日本海新聞ニュース
2013/05/29 に公開
【鳥取地震/鳥取大地震】
1943(昭和18)年9月10日午後5時36分54秒、鳥取市震度6、岡山市震度5。M7・2。
鳥取地震(とっとりじしん)は、第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)9月10日17時36分54秒に発生した地震。震源地は鳥取県気高郡豊実村(現・鳥取市)野坂川中流域(北緯35度28.3分、東経134度11分)。M7.2。震源が極めて浅く、鳥取市で震度6、遠く瀬戸内海沿岸の岡山市でも震度5を記録した。
1945年の敗戦前後にかけて4年連続で1000名を超える死者を出した4大地震(東南海地震、三河地震、南海地震)の一つである。激しい揺れにより、鳥取市の中心部は壊滅し、古い町並みは全て失われてしまった。木造家屋のほぼ全てが倒壊した一方で、五臓円薬局ビルなど鉄筋コンクリートの建物は比較的持ちこたえた。家屋の全壊率は80%を超え、特に千代川と袋川流域の沖積地質の地域での被害が突出していたが、これは湿気によって家屋の土台が腐っていたためとされている。
夕食の準備中だったこともあり、地震後には、市内16ヶ所から出火。水道管が破裂するという悪条件であったが、地震前に降雨があり湿度が約90%と高かった事と倒壊した家屋が破壊消防の防火帯の役目を果たした事などにより、市民のバケツリレーでも容易に延焼を食い止める事ができ大火にはならなかった。
また、地震の影響による液状化現象も見られた地域も存在し、山陰本線や因美線といった鉄道もこの被害を受けたため、長期間にわたって鉄道が不通になった。この他にも電話をはじめとする通信や道路も大きな被害を受け、梨などの農産物への被害も甚大であった。
岩美郡岩美町荒金の荒金鉱山では、この地震により鉱泥を貯めていた堰堤が決壊して直下にあった朝鮮人労働者の宿舎や荒金集落を襲い、朝鮮人労働者やその家族・地元住民ら65人が犠牲となった。
被害総額は1億6000万円(当時)で、戦時体制下であったため戦地へ出征している男性が多く、死者の約65%(1083名のうち 702名)が女性であった。なお、死者の中には歌舞伎役者の6代目大谷友右衛門がいた。<鳥取地震 – Wikipedia>
追加記事
2015/12/14
14日午後3時ごろ、鳥取県中部を震源とする地震があった。湯梨浜町で震度4、鳥取市などで震度3、岡山県真庭市などで震度2を観測した。気象庁によると、震源の深さは約10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは4・2と推定される。鳥取県中部では10月17、18日に最大震度4の地震が続発するなど地震が相次いでいた。県によると被害報告はないという。
http://www.asahi.com/articles/ASHDG5JDFHDGPUUB00P.html
(2015年12月14日)
