日別アーカイブ: 2011/11/19 土曜日

来るべき大地震

 東日本大震災の発生を“的中”させた研究者が、マグニチュード(M)9・0級の地震発生リスクが高まっていると指摘し、注目されている。震源地は関東地方の近海、十勝沖の可能性があり、地震エコーと呼ばれるFM放送向け電波の乱れが「3・11」発生前と似たような動きを示しているというのだ。
(中略)
 「M9だと、東日本大震災の震源域で起きる最大余震にしてはあまりに大きすぎる。新たな地震と考えたほうが自然。3・11の後も地下が壊れていない海域として南は房総沖から伊豆半島沖、北は青森沖から十勝沖で、巨大地震の発生リスクが高まっているとみている」
 岩手沖の地下も不気味に動いているが、実際に大地震が起きるのは南は関東近海、北は十勝沖というわけだ。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20111118/dms1111181549019-n1.htm

地面があれだけ大規模に動くのだから、何かあるでしょう。
その何かを見つける努力はやはりしないといけない。
それがもしも「FM電波の乱れ」なら、観測にも予測にもコストがかからず好都合です。

そりゃそうと、M9・震度7レベルが来るんですか。
とうとう来るべきものが来るという感じだなぁ……
生き残れるのかなオレは。

生き残れるか死んじゃうのか、それが問題ですよ。
ですよー、だ。

いやはや、正直ブルッております。
かあちゃん、オラしぐのいやだ!

追加記事

「南海トラフの巨大地震は20~30年以内に必ず起こる。トラフは活動期と静穏期を繰り返している。’48年のM7クラスの福井地震から’95年の阪神大震災までの間が静穏期。再び活動期に入った現在では、東海・東南海・南海が連動した地震が起こると、M9.1にも達するという予測もある。南海トラフに内陸が押されて内陸の活断層が動くケースも考えられるが、そちらは直下型だから非常に怖い。関西では京都、滋賀、奈良、和歌山は活断層の上にあるので特に危険だ」
(中略)
「首都圏にはプレートが4つももぐり込んでおり、世界でも類を見ない危険な地帯。江戸時代の始めから幕末までの約250年間で、M7程度の被害をもたらす地震が30回も起きている。ところが、1923年の関東大震災以降は、M7どころか震度5の地震が3回しか発生していない。首都圏を直撃する地震は近づいているのです。東京都が新たに想定した死者数(4月18日公表)は約1万人ですが、これは津波による犠牲を含めていない。私は死者4万人以上にのぼると思います」
「フライデー」2012年5月25日号より
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32529?page=4

国は短期予知には消極的な立場である。もし、予知を受けて、企業が活動停止したにもかかわらず、予知が外れたら責任が取れないなどの理由からだ。科学者のなかにも、同様の考えの人は少なからずおり、4月9日に就任した政府・地震調査委員会の本蔵義守新委員長(東京工業大名誉教授)も、会見で「短期の予知は目指さない」と明言した否定派である。その結果、首都圏直下型地震の起きる確率は「30年以内に70%」などという対処のしようがない「予測」で、不安だけを煽ってしまう。
(中略)
「我々の予知システムでは、異常を感知するのが、地震発生の7日前くらいであることが多い。そこで、地震が起きそうだという日の3日前から5日後までを警戒期間としてお知らせしています。
(中略)
 まず、最初の大きな決断は、首都圏から脱出するのか、それとも危険性の少ない身近な場所で家族とともに「そのとき」を待つのか。
「週刊現代」2012年5月19日号より
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32532

たぶん広場のベンチで日がな一日 本を読んで、発生を待ってると思います。
(2012年5月20日)

追加記事

2012/08/21
 文献に記された最古の南海地震「白鳳地震」(684年)と同じころ、記録にはない東海地震が発生したことを示す津波堆積物を産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の藤原治主任研究員らが静岡県で確認したことが20日、分かった。同時期の津波堆積物は東南海地震のエリアでも見つかっており、3地震がほぼ同時に起きたことが確実になった。三つの地震が時間差なく発生した3連動地震の可能性もある。
 西日本全域に甚大な被害を与える南海トラフでの3連動地震は、これまで宝永地震(1707年)が確認されているだけだった。巨大な連動型地震の繰り返し間隔や規模を考える手掛かりになるとともに、国の被害想定や防災対策の見直しに影響を与えそうだ。
 「白鳳東海地震」を初めて立証する貴重な発見で、藤原主任研究員は「同時か時間差かは断定できないが、震源域は南海トラフ全域に及んだはず。今後は当時の地形を復元し、津波の遡上高を調べたい」としている。
 調査したのは、静岡県磐田市の太田川河口から約2・5キロの元島遺跡と、さらに500メートル上流の河川改修工事現場。
 藤原主任研究員らは、両地点で深さ約5メートルの地層に四つの砂層があるのを確認。海から運ばれた貝の化石や鉱物を含み、堆積構造が海から陸へ流れ込んだ状況を示していることから、洪水ではなく津波と判断した。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120821/dms1208211536008-n1.htm

それだけの大地震の記録が今に残っていないのは、文化が都に集中していたことが大きいいのかもしれません。
もちろん科学的実証がすべてですので、これから起きるかもしれない「時間差なし3連動」へのできる限りの対策をしなければならないでしょう。
と言っても、、、人間はあまりに無力ですなァ、、、
(2012年8月22日)

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2013/01/30
 東海、東南海、南海地震の3連動で起きたとされる宝永地震(1707年)に匹敵する巨大地震が、過去約六千数百年の間に15回程度起きていたことを示す津波堆積物を高知県土佐市の池で確認したと、高知大の岡村真特任教授のチームが29日、明らかにした。
 チームによると、東海沖から四国沖にかけての海底にある溝状の地形「南海トラフ」付近の津波痕跡は約2000年前までのデータしかなく、津波痕跡としては最古級としている。
 チームが土佐市の蟹ケ池で実施した約2000年前までの地層調査で、巨大地震による津波痕跡を確認したのは宝永地震(1707年)、正平地震(1361年)など5層。昨年10月から11月に調査した結果、約2000年前から六千数百年前ごろの間に、10層程度の堆積物を発見した。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20130130/dms1301301214011-n1.htm

6500÷15=433.333333
433年に1回という理解でいいのかな?
1707+43=2140
次は2140年あたりってことかしらん?
(2013年1月30日)

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2013/07/09
 江戸時代中期の1707年に発生した宝永地震(マグニチュード8.6)で、大坂(現・大阪)市中の津波などの死者は2万1千人を超えたとする記録が残っていたことが9日、分かった。矢田俊文新潟大教授(中世災害史)が尾張徳川家に伝わる文書で確認した。
 有史で最大級の南海トラフ地震だが、被害実数が分かる史料は少なく、大坂の死者は数千~1万人、全国で計2万人との推計が通説だった。
(中略)
 「天下の台所」と呼ばれ、物流拠点として栄えた大坂の人口は当時約35万人。死亡率は6%に達し全国最多とみられる。
 尾張徳川家は将軍家に次ぐ御三家筆頭で、代々、尾張藩(愛知県など)の藩主を務めた。矢田教授は藩士が17~18世紀に幕府の動静や事件、災害を記録した「朝林」を調べた。
 朝林によると、地震6日後の大坂は「3537の家がつぶれ、5351人が圧死、1万6371人が(津波で)溺死」。文末に「公儀御帳面之写のよし」とあり、大坂町奉行から幕府に届いた報告書を写したものと分かった。
 当時の幕府の公式記録は火災などで大半が失われ、将軍徳川綱吉の側近・柳沢吉保の公用日記には地震翌日の日付で「大坂は建物被害900軒、死者260人」と記されているが、その後の記述は見つかっていない。
 一方、別の尾張藩士の日記「鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき)」には「地震から6日後の幕府の評定(会議)では死者2万人」とあり、他にも大坂で1万人以上が死亡したとの史料も残っていたが、東日本大震災が起きるまでは研究者に注目されていなかった。
(中略)
〔共同〕

<宝永地震「大坂の死者2万1千人超」 通説上回る:日本経済新聞 より一部引用>
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0905J_Z00C13A7CR8000/

(2013年7月9日)