そよ風の日曜日、想い出のラスト・キッス

ペパーミント・レインボー(The Peppermint Rainbow)の1969年の大ヒット『そよ風の日曜日(Will You Be Staying After Sunday)』のドイツ語カバー。
いささか賑やか過ぎる嫌いはあります。
歌ってるエディナ・ポップ(Edina Pop) はのちに、第24回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(1979年)に西ドイツ代表として応募するため結成されたジンギスカンへ参加し、『ジンギスカン』や『めざせモスクワ』などをヒットさせています。

Edina Pop – Die Party Steigt Am Nächsten Samstag(Will You Be Staying After Sunday)
from the album “Halt Die Liebe Fest”(1970)

<参考>
Edina Pop – Halt die Liebe fest(Germany:1970)

アーヴィング・マーティンがプロデュースしたRoyalty(Lady Jane and The Royaltee)というグループも『そよ風の日曜日』をカバーしています。こちらは完全にソフトロック的アレンジ。

Royalty – Will You Be Staying After Sunday(UK:1969/04/25)

おなじみのこの曲も演ってます。

<参考>
Royalty – Let’s Ride(UK:1969/09/05)

あれこれと音楽を聴いてきて、自分の中の「境界」というものを感じます。西暦でいえば1971、2年。
74年ともなると、たとえそれがいい曲であることが分かっても、その曲の時代性がどうしても肌に合わない。これはもう理屈以前の、感覚的なことですからどうしようもないですね。
たとえば、次の曲。
スウィンギン・ブルージーンズ、エスコーツ、ホリーズなどに在籍していたテリー・シルベスターの1974年のシングル。

Terry Sylvester – End Of The Line(Australia:1974/09/30. UK:1978/08/13)

これが名曲であることに異論はありません。ただ私にはそれ以前の時代の音楽に感じる魅力をまったく感じることができないんです。
わざとぎりぎりアウトの微妙な曲をもってきましたが、それはこの曲がちゃんと1974年の音になってるからでして、特に他意はない。
なにもこの曲に限った事ではなく、そういう違和感を当時私はリアルタイムで日々感じておりました。
1970年ごろから次第に同時代のポピュラーソングに飽き足らなくなり、時代をさかのぼり戦前・戦後のブラック・ミュージック、ロックンロール、ポップスその他いろいろ聴くようになりまして、ますます現代とは疎遠になっていった・・・。
1972年のある日、私は<私の生きた時代は終ったな>とはっきりとそう感じました。
そんな風でしたから、私が同時代音楽を聴いてきて、たどり着いた終着点といいますか、ゴールは、例えばこんな曲でした。

Brotherhood Of Man – Save Your Kisses For Me(Eurovision 1976)

ブラザーフッド・オブ・マンの『想い出のラスト・キッス』。
第21回ユーロビジョン・ソング・コンテスト(1976年)の英国代表曲で1位を獲得してます。
よく出来た曲ですが、日本の中学生でも分かる平易すぎる歌詞、やけにフレンドリーな笑顔、おまけにあの確信犯的なブリッコ振り付けですからねぇ、内外で「ありゃりゃー」って呆れられた作品でした。
なによりもサウンドが古かった。ABBAよりも後ですよこれが。トニー・オーランドのグループ「ドーン」が1970年代初頭にさんざんやらかしたスタイルじゃないですか。最初に聴いたとき72年ころのものかと勘ちがいしたくらいです。
これはいってみれば、私の聴盤人生同時代編(?)における、忘れたころに打たれたピリオドのようなものでした。

Brotherhood Of Man – Save Your Kisses For Me(UK:1976/03/12, US:1976/03 stereo 45)
ブラザーフッド・オブ・マン – 想い出のラスト・キッス

conducted by Lee Sheriden
produced by Tony Hiller
Pop Chart Peaks: Billboard 27, Cash Box & Record World 48 – A/C Peak: 1 – UK Peak: 1 (BMRB, NME, MM)
This 1976 Eurovision Song Contest winner was a worldwide best-seller for Tony Hiller’s British pop group which is also remembered for their 1970 hit “United We Stand, though none of the other 1976 members were part of that earlier lineup

Brotherhood Of Man – Save Your Kisses For Me(1976 mono radio promo 45)

conducted by Lee Sheriden
produced by Tony Hiller
Pop Chart Peaks: Billboard 27, Cash Box & Record World 48 – A/C Peak: 1 – UK Peak: 1 (BMRB, NME, MM)
This 1976 Eurovision Song Contest winner was a worldwide best-seller for Tony Hiller’s British pop group which is also remembered for their 1970 hit “United We Stand, though none of the other 1976 members were part of that earlier lineup

Brotherhood Of Man – My Sweet Rosalie(TV live, 1976)
リリースは1976/06/04。
これも同工「いい曲」です。

The Wynners – Save Your Kisses For Me
from the album “Same Kind Of Magic”(Hong Kong:1976)

Raymond Lefèvre – Save Your Kisses For Me
レイモン・ルフェーヴル – 想い出のラスト・キッス
from the album “Les Plus Grands Succes 76″(1976)想い出のラスト・キッス

チェコ語のカバー
Milan Černohouz – Já Půjdu Tam A Ty Tam(Save Your Kisses For Me)(Czechoslovakia:1976)

Helena Vondráčková A Jiří Korn – Já Půjdu Tam A Ty Tam(Save Your Kisses For Me)(Czechoslovakia:1977)

ところで、出だしのメロディ、この歌に似てませんか?

Bobby Vee And The Strangers – Objects Of Gold
from the album “Come Back When You Grow Up”(1967)

Le Voci Blu – Quando Un Uomo Non Ha Piu’ La Sua Donna(1969)
イタリアのこの歌も似てます。

『いとしのエリー』の歌いだしのメロディも近いものがあるね。

<参考>
Ronnie Dyson – One Man Band(Plays All Alone)(1973/01/24 stereo 45)
ロニー・ダイスン – ワン・マン・バンド
独立独歩の来し方・生き様をワン・マン・バンドに喩えている。

arranged, conducted & produced by Thom Bell
Pop Chart Peaks: Cash Box 20, Billboard 28, Record World 30 – R&B Peak: 15 – A/C Peak: 16
Top Philly producer-arranger Thom Bell put his distinctive stamp on Ronnie’s second (and last) Top 40 pop single.

<参考>
Ronnie Dyson – One Man Band(Plays All Alone)(1973 mono radio promo 45)

arranged, conducted & produced by Thom Bell
Pop Chart Peaks: Cash Box 20, Billboard 28, Record World 30 – R&B Peak: 15 – A/C Peak: 16
Top Philly producer-arranger Thom Bell put his distinctive stamp on Ronnie’s second (and last) Top 40 pop single.

<参考>
Seals & Crofts – I’ll Play For You(1975/03 stereo 45 single version)
シールズ&クロフツ – 虹の架け橋
あなたのために歌い、演奏しますという内容。

produced by Louie Shelton
Pop Chart Peaks: Billboard 18, Record World 33, Cash Box 35 – A/C Peak: 4

そよ風の日曜日、想い出のラスト・キッス」への0件のフィードバック

  1. 板倉弘志

    「ある時代からつまんなくなる」と感じることが多々ありました。
    テレビ番組、アニメやまんが、アイドル歌謡曲、特定のグループの作品群など
    いままで興味があったのにある年齢から突然面白く感じなくなってくる。
    気がつくと過去の聞き逃した、見逃したものを追い求めていくんですよね。
    これって自分だけかと思ってました。
    あと不思議なのはそのピリオドを起点としてさかのぼって行ったとき、
    「これ以上さかのぼれない」という限界点が無いということ。
    いちばん最初のルーツまで受け入れちゃっている自分が好きだったりして。
    英二さんの場合、日本映画とか東京という都市そのものについてもなにかピリオドみたいなものを感じているのではないでしょうか?

    返信
  2. eiji 投稿作成者

    > 日本映画とか東京という都市そのものについてもなにかピリオドみたいなものを感じているのではないでしょうか?

    よくぞお尋ねくださいましたッ\(^o^)/

    日本映画大好きだった私が、その作品性を大いに認めながらも「あれ?!ちがうなぁ」と感じた最初の映画は、『旅の重さ』(1972年)、『津軽じょんがら節』(1973年)でした。あのあたりから急速に同時代の映画への興味を失っていきました。

    東京も含め「都市」ということでいえば、ソラマメ大のジャリ石が使われてる粗悪なコンクリの造作とかむき出しの地面が街から消え、一般の家屋等でスチール製の建具(玄関ドア、窓枠サッシなど)が使われるようになったころ――これも1972、3年ころということになりますが――ですね。
    あのスチール製の建具のせいで、日本中の民家が同じような感じになっちゃった。ありゃ無粋です。

    演芸・いろもの・テレビのお笑いですと、例えばコント55号は大好きだったんですけど、萩本欽一単独の、素人や素人のように「出来ない」ことが「ウリ」のタレントにつっこむ番組になると、(ファンだという人には申し訳ないけど)もうぜんぜん面白くもなんともない。これは感覚的なものでしょうね。

    ファッションも1950、60年代が一番カッコイイと感じます。わざわざ昔風のジャケットを誂えたことがあるくらいです。中2のとき、近所の床屋でビル・ヘイリーのピンカール・ヘアにしてもらったことがありました(笑)

    嫌いになるとか、興味を失うとか、違和感を覚えるというのは、いくつかパターンがあるように思います。
    一番分かりやすいのは恋愛。
    これは対象は同一で、好きになるのは多分に本能とホルモンの影響と誤解と過大評価と自己暗示のせいでしょう。いわゆるマインドコントロールも入り口は恋愛感情に似ています。一度でも実態・実相を目の当たりにすれば冷めてくるのは仕方がない。

    子どものころ、ある時期、好きだったけど、年齢とともに興味を失うというパターンは、これは心の成長とともに自然に起こることですから誰にでもあるし、むしろ「いい思い出」でしょう。

    一時的な興味(マイブーム)も多い。ある期間、囲碁に凝ったとか、さんざんゴルフやったけど今はやらないとか。
    あと、「流行だから」というのもけっこうあります。ボーリングブームのときにみんなであれほど通ったのに、そういえばこの20年やってないや、とか。

    私が1972、3年に覚えた「違和感」は、それらとはまた少し違ったもののように思えます。偏屈だと云われれば、返す言葉もない、そうかナとも思います。
    でも理屈が先にあったわけでなく、肌で感じたというか、世の中の雰囲気やいろいろな目に見える部分が、次第に私の「好きになれない」感じになってきた。
    その前から、昔の映画や音楽、文物が好きでしたから、いきおい興味は過去へ向きました。過去を追体験するというか疑似体験するというか、ある意味、リアルな現代とバーチャルな過去の二重の人生を生きてきたような気さえしてます。
    そんなわけで、私は同年代とはあまり話が合いません(笑)

    ただ、すべてに関して「昔はよかった」とは考えてないんです。伝統=善などとはまったく思ってません。今、窮屈なくらい人権意識が浸透してますが、昔はひどかった。戦争でひどい目にあってようやく平和の大切さがわかるようなものです。
    一事が万事、善くなった部分と悪くなった部分があるし、洗練されれば愛すべき無骨さが失われるのは理の当然。「昔はものを思はざりけり」ってやつでしょう。古き良きものだって、視点や基準を変えればマイナス価値になるかもしれない。
    長所と短所が実は同じ傾向性(性格)の発露であるように、時代のさまざまな変化に対応し続けた、人間の営為の、その本質は何万年も変わっていないんじゃないか、とさえ、最近は感じるようになりました。

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