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2006年10月28日

第16回 神保町ブックフェスティバル

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きょう、神保町ブックフェスティバルに行ってきました。
3年ぶりくらいですかネェ。
今回は1冊も本を買いませんでした。
じっくり見る時間はあったのですが、なんか気力が萎えましてね。
風邪をひいているということもありましたが。

そのかわり、ひさしぶりに中古レコードを数枚買いました。
三省堂の並びの店は『三省堂 CDレコードショップ』だったのですね。今回初めて気がつきました。
三省堂の、道路をはさんで向かい側に、もうひとつ三省堂が出来ていて(『自遊時間』というそうですが)、その中にレコード社が出店してました。
これも知らなんだ。
昔から神保町は本もレコードも高価(たか)ったのですが、シングル盤は軒並み1000円以上。
1970年代、新宿トガワで200円、400円で買っていたころとは大違いです。

BOOK TOWN じんぼう - イベント情報 [ 第16回 神保町ブックフェスティバル 開催 ]
http://jimbou.info/news/book_fes06.html

2006年10月23日

週刊アサヒ芸能 創刊50周年

061023_01.jpg徳間書店刊『週刊アサヒ芸能 創刊50周年特別記念号』税込980円
山下書店渋谷南口店で購入。
価格も内容もいささか不満ですね。
社内に資料があまり残されていないんじゃないかという気がします。
1947年『アサヒ芸能新聞』として創刊され、1956年、時の週刊誌ブームに対応して『週刊アサヒ芸能』となってから半世紀。
本来なら写真だけでも相当なものが残されているはずです。
もしあるなら、いくつかのテーマ・切り口に分けて、出してもらいたいものです。

2006年10月21日

ハートブレイクホテル

061021_01.jpgゆうべ、深夜劇場でクリス・コロンバス脚本・監督の『ハートブレイクホテル』Heartbreak Hotel(1988年)を放送していました。
この作品、劇場でやってた気がするんですが、調べてみると日本では未公開だったんですね。
懐かしいベテラン女優が出ております。50年代半ばにはチープなR&Rムービーに出演し、その後プレスリーとも共演しているチューズデイ・ウェルド(1943年8月27日生まれ)。
『ミスターグッドバーを探して』(1977年)に代表される汚れ役女優のイメージを払拭して余りある出来となりました。
プレスリーの役を演じるのはデビッド・キース。
見てるうちあの時代のプレスリーにも興味が湧いてきました。

2006年10月09日

1964 - 2016

061009_01.jpgメディアパル発行 メディアパルムック『東京オリンピック1964・2016』1200円+税
リブロ青山店で購入。
石原都知事の五輪招致に連動した企画のようですね。96ページ中8ページが2016年招致の記事で、残りが第18回オリンピック東京大会の記録となっています。
競技・施設の写真、史料、関係者インタビュー等、ひととおり揃っていて、しかもコンパクトにまとめられております。
なかなかいいですね。

 

2006年10月08日

赤い三角屋根

 JR中央線の高架化工事に伴い解体される東京都国立市の国立駅舎で7日、シンボルの「赤い三角屋根」の駅舎をバックに記念撮影会が開かれ、1000人を超える市民らが別れを惜しんだ。
(中略)
 1926年開業の駅舎は、木造としては都内で原宿駅に次いで古い。
http://news.www.infoseek.co.jp/entertainment/story/07yomiuri20061007i512/

1回くらい下車したことがある気がします。
私にはほとんど縁がないですね。
駅舎を写真で見ると、巨大な三角屋根に較べ、その下の部分がずいぶん低いように見えます。屋根の中はどうなっていたんでしょう?

2006年10月01日

此秋はマヒナの友も替りけり

「マヒナスターズ」ボーカリスト、三原さと志氏が死去
 三原さと志氏(みはら・さとし、本名・小山田晃=おやまだ・あきら=歌謡コーラスグループ「マヒナスターズ」のメンバー)30日、呼吸不全で死去。71歳。
(中略)
喪主は長男でミュージシャンの小山田圭吾氏。
 1958年、和田弘とマヒナスターズのボーカリストとしてデビュー。「誰よりも君を愛す」「好きだった」などをヒットさせた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061001-00000512-yom-ent
 三原さと志氏死去(みはら・さとし=コーラスグループ「マヒナスターズ」のボーカル、本名小山田晃=おやまだ・あきら)9月30日午後6時ごろ、呼吸不全のため東京都世田谷区の病院で死去、71歳。中国の青島(チンタオ)出身。
(中略)
 マヒナスターズは「誰よりも君を愛す」や「お座敷小唄」などのヒット曲があり、三原氏は結成時からのメンバー。圭吾氏は「Cornelius」の名前で活動するミュージシャン。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061001-00000068-jij-soci

1953(昭和28)年3月、バッキー・白片率いるアロハ・ハワイアンズが分裂して生まれたマヒナ・スターズ。1年で再分裂し、和田弘がリーダーとなりました。そのとき和田はまだ23歳の若者でした。
三島敏夫、松平直樹、三原さと志などのボーカリストがマヒナに参加したのは以降のこと。流行歌を積極的にレパートリーとしたため、ハワイアン界からは異端児扱いされたそうです。
師匠筋であるバッキーとの反目が続いていたこともあり、1956(昭和31)年の5月以降、和田はムード歌謡コーラス路線にシフトします。そしてビクターから出したLPのタイトル「魅惑のコーラス」がそのままマヒナのキャッチフレーズとなって人気が沸騰、次々ヒットを飛ばしていきました。
マヒナと同じくハワイアンからポップスや歌謡コーラスに転向したグループには、ほかに、伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ、ダニー・飯田とパラダイス・キング、黒沢明とロス・プリモス、木村茂とジョイ・ベルス(のちのジョイベルス東京。木村茂はマンドリンを担当)などが知られています。

シングル「黒い稲妻」三原さと志、スリー・グレーセス
私が持っている三原さと志の一番古い(1959年発売)レコードがこれです。
AB面ともにドイツ映画『白銀は招くよ』の主題歌で、オリジナルの歌唱者はトニー・ザイラー。
三原さと志には他に、朝丘雪路とのデュエット曲『愛はさだめ川』(1983年 CBS・ソニー)というシングルがあるようですね。

YS-11最終便飛ぶ

「さようならYS11」 徳島空港、500人が見送り

 「ありがとうYS、さようなら」。日本唯一の国産旅客機YS11は三十日午前十時、一九六五年に初就航した徳島空港から福岡へと飛び立った。展望デッキなどには航空ファンら計約五百人が集まり、空港関係者らとともにラストフライトを名残惜しそうに見送った。
 福岡からのYS11は、午前九時二十五分に徳島空港に着陸。見送り式のため空港エプロンにいた日本航空(JAL)職員ら約五十人が、乗客六十四人を出迎えた。点検終了後、女性職員が最終便を操縦する名島孝範機長に花束を贈呈。名島機長は笑顔で受け取り「ありがとうございます」と大きく頭を下げた。
http://www.topics.or.jp/News/news2006093010.html
 1960年代から182機が製造されたYS−11は、ローカル路線を中心に活躍しましたが、新たに義務付けられた衝突防止装置の搭載に経費がかかるため、すべての国内路線から引退することになりました。
http://news.tbs.co.jp/part_news/part_news3391861.html


戦略を誤まって売りそこなった官民共同プロジェクトだったそうです。
お役人が商売に絡むとロクなことにはならないという、一種の記念碑ですかね。

日本航空機製造・YS−11について
http://www3.ocn.ne.jp/~hokkai/


<飛行機の歌について>

夜霧の空の終着港(夜霧のエアーターミナル)/和田弘とマヒナスターズ
夜霧のエアポート/黒澤明とロス・プリモス
夜霧の滑走路/三船浩
最終フライト05便/ばんばひろふみ&ホットスタッフ
――など、空港での別れを歌った歌謡曲がけっこうありまして、
そのほかに、
“飛行機そのものをテーマにした楽曲”がいくつか存在します。

たとえば、
タイガースの岸部兄弟がサリー&シロー名義で出した『トラ70619』というアルバムにある『YS-11』。これはインスト曲です。
ライバルだったスパイダースには、かまやつひろし作の『夢のDC8』が、
少し前の吉永小百合・橋幸夫には、ボーイング727を歌った『そこは青い空だった』というデュエット曲がありまして、いかにも新時代が来たって感じがしたものです。
これより前だと1958年12月リリースの石原裕次郎『俺はパイロット』。これはセスナ機のパイロットが羽田空港から飛ぶ歌で、雲間から銀座の明かりが見えたりします。

戦前なら軍歌ですかね。
『空の勇士』『燃ゆる大空』、落下傘部隊の『空の神兵』、『艦上機恙なし』『若鷲の歌』『ラバウル海軍航空隊』『特幹の歌』『同期の桜』、替え歌の『特攻隊節』。
さらに遡ると、
♪着陸だから それだから…の『神風だから』
♪飛行機乗りでは ナイルス スミス…の『新磯節』
♪飛行機睨んで地団駄踏んで…の『間がいいソング』
あたりまで行っちゃいます。

ポップスではたとえば
ロイヤル・ガードメン(THE ROYAL GUARDSMEN)の『暁の空中戦』(SNOOPY VS. THE RED BARON)、
あるいはその続編の『帰ってきた撃墜王』(THE RETURN OF THE RED BARON)
なんかどうでしょう?
これはザ・コースターズ(THE COASTERS)の『チャーリー・ブラウン』(CHARLIE BROWN)、リトル・ジョー&ザ・スリラーズ(LITTLE JOE AND THE THRILLERS)の『ピーナッツ』(PEANUTS)に続けて聞きたいところです。

のちに飛行機事故で亡くなるジョン・デンバーが作り、ピーター・ポール&マリーがヒットさせた『悲しみのジェット・プレーン』(LEAVING ON A JET PLANE)は団塊世代にはおなじみでしょう。
こちらは搭乗前ということで、どっちかというと空港ソングですね。
私は最初「歌詞はネイビー・ブルーの飛行機版じゃん」とか思いましたが、聞いてくうち、プロペラ機でなくジェット機であるところに、作者は「ほぼ永訣に近い距離」という意味合いを籠めたかったのかもしれない、と考えるようになりました。

映画では内外で飛行機がテーマの作品(航空映画)が数多く作られてきました。
テーマ音楽にも名曲がたくさんありますね。
私の好きなのは、そうですねー、『紅の翼』(ディミトリ・ティオムキン)とか、『大空港のテーマ』(アルフレッド・ニューマン)とか、ちょっと古過ぎですか?
またまた裕次郎で恐縮ですが、『紅の翼』『天と地を駈ける男』では裕次郎がパイロット役でして、主題歌も歌ってます。たまに聞くにはいいかも。

航空映画以外でも、飛行機に関する印象的なシーンに出会うことがあります。
私の場合は『カサブランカ』『アメリカン・グラフィティ』のラストシーン。『冒険者たち』の、凱旋門くぐりが出来るかどうかの話。
それからケン・ラッセルのミュージカルで女の子たちが造りモノの翼の上に立ってるシーンがあったように思いますが『ボーイフレンド』でしたっけかね。ありゃ曲芸飛行のイメージだなぁ……。