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2006年03月30日

リンゴの歌

「Apple対Apple」訴訟始まる

 2社のAppleは、長きにわたる商標紛争を終結させた1991年の和解合意で、商標の「使用領域」に関する取り決めを交わし、互いの領分を侵さないと約束した。
(中略)
 Apple Corpsは1968年に設立され、ビートルズのポール・マッカートニーとリンゴ・スター、ジョン・レノンの妻、ジョージ・ハリソンの遺族が所有している。同社は1991年の和解合意を執行する強制命令と、違反による金銭的損害の賠償を求めている。
 Apple Computerのロゴはかじられたリンゴのイラストを使っており、Apple Corpsはかじられていない緑のグラニースミスアップルをロゴに使っている。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0603/29/news023.html

両社ともアップルなどというあまりに一般的な普通名詞を商標にすること自体、あんまセンスねーなー、なんて思ってましたよ、私などは。
あれからずいぶんと時間がたってるんですね。

シングル「初恋りんごっこ」都はるみで、世の中にリンゴの歌はたくさんあるんですけど、私のベスト5は以下のとおりです。

(1)リンゴ村から/三橋美智也
(2)りんごのひとりごと (作詞:武内俊子、作曲:河村光陽)/河村順子(※河村光陽の長女)
(3)アダムとリンゴ(Adam And Eve)/目方誠(※バリー・ダーヴェルのカバー)
(4)林檎の樹の下で(In the Shade of the Old Apple Tree)/ディック・ミネ(※日本語詞:柏木みのる)
(5)小さな青いリンゴ(Little Green Apples)/ロジャー・ミラー(Roger Miller)


cf. リンゴにまつわるエトセトラ

2006年03月28日

エァビス、、、ホエバァ

ファンの「聖地」、プレスリー邸が米の国定史跡に

「ロックンロールの王様」と呼ばれた米歌手、故エルビス・プレスリーが1977年に42歳で亡くなるまで20年間過ごした米テネシー州メンフィスの大邸宅「グレースランド」が27日、米政府の国定史跡の指定を受け、娘のリサ・マリーさんらが出席して現地で式典が行われた。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20060328i215.htm

国定史跡ですか。アメリカらしいですねぇ。

『グレイスランド』
1998年 米
監督:デビッド・ウィンクラー
出演:ハーベー・カイテル、ジョナサン・シャーチ
愛妻を交通事故で亡くし、生きる気力を失った医学生。車で旅に出た彼は道中で"エルビス・プレスリー"と名乗る中年男性と出会い、プレスリーの墓があるロックンロールの聖地へ向かう。
http://tv.yahoo.co.jp/bin/search?id=45028010&area=tokyo

きょう、偶然にもTXでエルビスがらみの映画が放映されていました。
私はまったく気がつかず録画すらできなくて、今、忸怩たる思いにかられちゃってますヨ。

2006年03月25日

鳥取のワイハ

梨浜町:“ハワイ”一転、大字名で復活−−合併で消滅の旧羽合町 /鳥取

 市町村合併による湯梨浜町発足で消滅した「羽合」の地名が、大字名「はわい」で“復活”することになった。同町議会が22日、同町長瀬地区(旧羽合町)の大字名を「はわい長瀬」とする議案を可決したためで、今年6月に変更される予定。要望が実った同地区の住民らは今後も、旧羽合町がPRしてきた「日本のハワイ」で売り出していく考えだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060324-00000260-mailo-l31

こういうニュースに接すると、ほんとに日本は平和だなと思います。
観光地ハワイへの憧れだけで、ハワイを名乗ってしまう、、、いいですね。

ハワイ町ホームページ

2006年03月23日

西田敏行の泣いてたまるかDVDコレクション

060323_01.jpg060323_02.jpg

3月7日、デアゴスティーニ刊『隔週刊 渥美清の泣いてたまるかDVDコレクション』全27巻がようやく揃いました(写真上左)。

register movement: 泣いてたまるかDVDコレクション
で書いたとおり、第1巻発売が2005年3月8日ですからちょうど1年と2ヶ月かかったわけです。
27巻中26巻はあおい書店四谷三丁目店で買ってます。同じところで買い続けるのが書店側にも都合がいいだろうと思いましてね。

やっと揃ってホッとしたのもつかの間、ひき続き西田敏行版『泣いてたまるかDVDコレクション』(写真上右)の刊行が始まりました。
ありゃりゃ、これも買わなくっちゃ。

2006年03月22日

ソレント、USSR、釜山港、、、サテどこへ帰ろうか?

VAN:復活させたベルソンジャパン、自己破産を申請

 「元祖アイビールック」として、60年代に大人気となったブランド「VAN」を復活させ、全国に49店のカジュアル衣料店「VANファミリー」を展開するベルソンジャパン(福岡市)が22日、福岡地裁に自己破産を申請した。帝国データバンク福岡支店によると、負債額は05年2月期末で約18億円。
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/news/20060323k0000m020124000c.html

たとえばジャニーズ事務所と提携するとか、そういう仕掛けがないと、ただ「VAN」だっていっても、今の人にはピンとこないでしょう。

「釜山港…」歌詞は一部盗作と認定、作者に賠償命令

 22日付の韓国紙・朝鮮日報は、
(中略)
「釜山(プサン)港へ帰れ」(1972年発表)に対して、ソウル西部地裁が一部「盗作」と認める判決を下し、作詞・作曲をした作曲家ファン・ソンウ氏に対し3千万ウォン(約360万円)の賠償金支払いを命じたと報じた。
 71年にホテル火災で死亡した作曲家の親族が2004年6月、ファン氏を相手取り、「著作権の侵害だ」などとして損害賠償を求めていた。この作曲家は70年、「忠武(チュンム)港へ帰れ」という歌を発表しており、同地裁は21日の判決で、「釜山港へ帰れ」はこの歌を基にして作詞されたと認定した。その一方で、「独創的な部分もある」とし、賠償金は請求額よりも大幅に減額した。
 「忠武港へ帰れ」は恋人との別れを歌っているのに対し、「釜山港へ帰れ」の韓国語版は兄弟の別離を題材にしているが、歌い出しの部分などは酷似している。
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20060322i402.htm?from=main4


パティ・キム、サンク南、李成愛、李美子といった人たちの時が第1次韓国演歌ブームでしょうかね。
次のブームではチョー・ヨンピル、桂銀淑、羅勲児らが日本で人気となり、演歌の源流は韓国だとさかんに云われましたっけ。
戦後25年間ぐらいの韓国歌謡には、実は私、すごく興味があります。

¶postscript―*

アイビールックの代名詞「VAN」ブランドの使用許諾を得て、独自商品を展開していた「ベルソンジャパン」(福岡)が22日、自己破産を申請し、困惑している会社がある。
(中略)
 ヴァン社によると、昭和53年に倒産したVANの全商標権は2年後、同社が引き継いだ。平成13年創業のベルソン社は、ブランドプロデュース会社を介し、VANの使用許諾を得て、メンズ、婦人、子供服などファミリー路線を展開。
(中略)
 ヴァン社の方は、本来のアイビー路線に絞って「クラシックライン」を販売し、根強いファンに応え続けている。今回、「VAN倒産」と伝えられたことで、同社には23日、「もう買えなくなるのか」など、関係者から500件近い問い合わせがあった。
 こうした声に、ヴァン社は「売り上げは小さいが、ブランドイメージを守っていきたい」と宣言、「当社の商品は全国の直営店や専門店で買えるので安心してほしい」と話している。
http://www.zakzak.co.jp/top/2006_03/t2006032428.html

VANのファミリー路線というのがそもそもワカリマセン。
(2006年3月24日)

2006年03月21日

35年の歳月

女優、上戸彩(20)が16日、新北九州空港の開港記念式典で、客室乗務員(キャビンアテンダント)姿を初披露した。
 上戸は4月18日スタートのフジテレビ系ドラマ「アテンションプリーズ」(火曜後9・0)に主演。トップCAを目指し、訓練に励む花の訓練生・美咲洋子を演じる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060317-00000033-sanspo-ent

「アテンション プリーズ」のリメイクと思いきや、話は別物だそうです。考えてみれば、前のはTBS、今度はフジですし、旅客業務の現場も当時とは比較にならないほど進歩しているはずですから、むしろ当然でしょう。
「当時」というのは約35年前です。「アテンション プリーズ」は1970(昭和45)年8月23日から翌年3月28日まで放送され、大好評を博したドラマでした。
主演は三條美紀の娘さんの紀比呂子(きの・ひろこ)。ほか范文雀、山内賢、佐原健二、皆川妙子、千石規子、藤田進といった人たちが出ていました。
 詳細は、

などを見ていただくとして、
思い出されるのはこのドラマに影響されてスチュワーデスを目指した近所の女の子です。珍しい姓なので今だに苗字と顔と当時の家だけは覚えております。どうしてますかねぇ。スチュワーデスになれたのかなァ。
そういう子が全国的にたくさんいたはずです。テレビの影響力のすごさですね。

コンパクト盤「アテンション プリーズ」

060321_02.jpg主題歌「アテンション プリーズ」は岩谷時子 作詞・三沢 郷 作編曲で、ザ・バーズという女性デュオが歌ってます。
ステージ101メンバーの女性双子歌手のデュオらしいですね。
CD『ステージ101/ベスト:東芝イヤーズ』(ウルトラヴァイヴ CDSOL-1043/44)にも収録されております。
しかしジェット機でバーズ(鳥)とは出来すぎですなぁ。
日本コロムビアの小野木久美子(=かおりくみこ)がカバーしてまして、そっちの方がいいという人も多いようです。

 


2006年03月18日

「消却」処分って何?

幻の三島作品「憂國」40年ぶり上映

 作家の三島由紀夫が原作・主演・監督を務めた映画「憂國」が、40年ぶりにスクリーンによみがえる。DVD化を記念した試写会が都内で行われ、プロデューサーの藤井浩明氏らが明らかにした。4月8日から5月12日までキネカ大森で開催される「三島由紀夫映画祭2006」で、ニュープリント版が上映される。
(中略)
1966年に公開されヒットしたが、生々しい切腹シーンがあるため、70年の三島の死後に夫人がフィルムをすべて消却処分。“幻の映画”と言われてきたが、夫人の死後にネガが発見された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060318-00000021-spn-ent

三島の愛国思想には、切腹を正当化・美化する裏づけ、という側面があったように思います。
三島版の『椿説弓張月』なんか聖セバスチャンばりに褌一丁で竹釘打ち込まれたり、大仰に切腹したり。
でもその必然性が今ひとつピンとこない。
切腹フェチ、切腹マニア、だったんじゃないかしらん、、、?

三島切腹事件の1年前に作られた
『人斬り』(1969年)勝プロ・フジテレビ=大映
では三島が“人斬り”田中新兵衛という役で出演、私は見てませんが切腹シーンがあるとか。

三島の事件をパロディとして描いた映画もありました。
『巨根伝説 美しき謎』(1983年)幻児プロダクション=ENKプロモーション
大杉漣が三谷麻起夫なる人物を演じております。

『性輪廻(セグラマグラ) 死にたい女』(1971年)若松プロ=六邦映画
は三島切腹事件に「批判的応答を試みた」作品なのだそうです。これも未見です。

『憂國』は二・二六事件のいわば虚構のサブストーリーなわけですが、二・二六事件そのものを描いた映画はいくつかあります。
『叛乱』(1954年)東京プロ=新東宝(原作:立野信之『叛乱』)
『戒厳令』(1973年)現代映画社=ATG
などは、ズバリ二・二六事件の顛末記ですね。
ほかにも、たとえば
『風雪二十年』(1951年)東映(原作:尾崎士郎『天皇機関説』)
では満州事変に続く大事件として、
『激動の昭和史 軍閥』(1970年)東宝(原作:新名丈夫『政治』)
では、軍部の政治進出のきっかけとして二・二六事件が描かれておりますし、
『日本暗殺秘録』(1969年)大映京都(原作:鈴木正)
では、幕末から続く暗殺の暗き奔流のクライマックスに事件が据えられています。
そうそう、『けんかえれじい』(1966年)には「北一輝」らしき人物がほんのちょっと出てくるのは有名ですね。

◇    ◇    ◇

 東京・銀座のデパートでは、布を素材とした独自の創作活動で知られる人形作家・与勇輝さんの個展が開かれています。与さんが今回、取り組んだテーマは、映画監督「小津安二郎作品」です。小津監督本人や映画「東京物語」の出演者の作品は、顔の表情や当時の服装が細かく表現されています。個展は今月27日まで、松屋銀座で開催されています。
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/index7.html?now=20060318222642

この方の人形はいかにも人形らしいのに、まるで命をもった存在のように見えます。
ヨーロッパの童話に出てくる妖精のような、メルヘンタッチのシリーズ、
古き良き日本の郷愁を湛えた、子供たちとその家族
現代的な表現の一群、
いろいろなテーマ、チャンネルを持っている作家です。

河口湖ミューズ館 −与 勇輝 館−

◇    ◇    ◇

からくり人形芝居、78年ぶり「討ち入り」

 一昔前までは人形は各町内で所有し、忠臣蔵の各場面を分担して上演していましたが、担い手不足などから、しばらくの間、休まざるを得ませんでした。  しかし、このほど、桐生市内の天満宮が改修を終えたことを記念して、地域の人々が試行錯誤しながら、見事に復活させたのでした。
 今回の演目は「赤穂浪士討ち入り」の吉良邸打ち破りと堀部安兵衛と清水一角との戦いの場面で、討ち入りは実に78年ぶりの上演です。
http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3248533.html

動画を見ました。あまり複雑な「からくり」ではないようですが、斬りつけると相手の元結がほどけてざんばら髪になったりと、なかなかのもの。
糸を引く操演者の手にも力が入ってましたよ。

2006年03月13日

寺内貫太郎一家

3月13日(月) 21:00〜22:54 TBSテレビ
久世光彦さん追悼特別企画「寺内貫太郎一家傑作選−西城秀樹が浅田美代子が伴淳三郎が…昭和49年・日本中を笑いと涙で包んだあの家族をもう一度!」
平均視聴率31%不朽の名作久世ドラマを今夜だけ!
◇2日に亡くなった演出家、久世光彦さんの功績を振り返る追悼番組。かつて久世さんが手掛けた人気ドラマ「寺内貫太郎一家」を2話放送する。同ドラマは、老舗石材店を舞台に"カミナリ親父"を中心とする家族と、彼らを取り巻く隣人たちとの触れ合いを描いたホームコメディー。父親役を演じた小林亜星が、三雲孝江とともに司会を務める。
司会:三雲孝江
出演:小林亜星、樹木希林
http://tv.yahoo.co.jp/bin/search?id=44305666&area=tokyo

きょう3月13日、TBSで『寺内貫太郎一家』の第1回(1974年1月16日放送)と最終回(1975年11月5日放送)が2時間枠で放送されました。スタジオゲストは小林亜星、樹木希林。

私は当時『時間ですよ』に続いてこのドラマもお茶の間で見てました。
「ホームドラマでありながら、その枠組みを壊そうとする、不思議な番組だなぁ〜」と思ったものです。
これが1977年の『ムー』となると、仕事が忙しくてテレビをのんびり見てるヒマがなく、まったく記憶にないんですよ。

この『寺内貫太郎一家』のほか、『七人の孫』『だいこんの花』など幾多の名作ドラマを書き、『時間ですよ』も何本か担当している脚本家で作家の向田邦子さんが、不慮の事故でなくなったのは1981年8月22日のこと。
あれからもう、四半世紀が過ぎようとしてるんですね。

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2006年03月09日

チャッチャッチャッも素晴らしい(三三七拍子は四拍子)

LP「LET'S GO! WITH THE ROUTERS」THE ROUTERSルーターズの1962年12月の大ヒット『レッツ・ゴー(ポニー)』が、現在放送中のスズキ自動車CM『新型MRワゴン誕生 ママワゴン!』で使われております。
CM情報 MRワゴン「ママワゴン」篇
http://www.suzuki.co.jp/dom4/senden/0602/mrwagon/
(左:1963年ワーナーブラザース・レコードからリリースされたLP『LET'S GO! WITH THE ROUTERS』)

タイトルにある「ポニー」というのは発売時に付けた副題で、当時はやってたダンスの名前ですね。
ルーターズはマイク・ゴードンという若者が1962年4月に結成した5人組サーフィン・インスト・バンドでして(写真右下)、
060309_02.jpgワーナーのジョー・サラセノとシド・シャープがラリー・ダンカン作の『レッツ・ゴー』を彼らの演奏(という触れ込み)で制作し、大ヒットとなりました。
米軍極東放送網FEN(現:米軍放送網AFN)のナツメロ番組『ジム・ピューター・ショー』がオープニング・テーマとして使っていたので、オールディーズ・ファンなら、どなたもご存知でしょう。(週末だけはアカペラ・ドゥーワップのオリジナル・テーマでしたが…)

この曲のモチーフとなっている日本の三三七拍子に似たフレーズは、あちらの学校の応援団がよくやるやつです。やたらとオールディーズっぽかったあのベイ・シティ・ローラーズも『サタデイ・ナイト』でこれを“再利用”してますが、もちろんルーターズのヒットを踏まえてのことです。

Tower Records - Let's Go! With The Routers
http://www.towerrecords.com/product.aspx?pfid=2806464


LP「ANNETTE ON CAMPUS」ANNETTEさて、余談です。
50年代末から60年代初期にかけての代表的アイドル、アネット・ファニチェロが、大学・陸海軍のスポーツ応援歌集を出しておりましたよ。
(右:ブエナ・ヴィスタ・レコードからリリースされたLP『ANNETTE ON CAMPUS』)
日本ではそのころ旧制高校の寮歌を集めたLP(それも十吋盤だったり)が各社から発売されてました。同じような感覚だったんでしょうね、きっと。
ルーターズの『レッツ・ゴー(ポニー)』みたいなロックンロールは入ってないけど、アメリカの応援歌がどういうものか、これを聞けばすべて分かっちゃう仕組みです。
パロディ映画『フライングハイ』で使われた、あのやたらに景気のいい歌が実は、ノートルダム大学(インディアナ州サウスベンド市)の応援歌『The Victory March』だったことを、私はこのLPのおかげで知ったのでした。
そうそう、『努力しないで出世する方法』(How to Succeed in Business without Really Trying)では学閥の秘密パーティーで応援歌を歌って気勢を上げてましたし、あれは何の映画でしたか、前線の慰問に来た女性歌手が兵隊たちの出身州にちなんだ歌を次々うたって喜ばれるシーンがありましたね、『ショウほど素敵な商売はない』(There's No Business Like Show Business)だったっけか、、、いや違うな、、、あッ、思い出しましたよ『わが心に歌えば』(With a Song in My Heart)ですね、スーザン・ヘイワードです。
アメリカ人でも昔の人は郷党心とか愛校心が強かったんですね。

三三七拍子を使った歌については、以前、このサーバの総合掲示板にUPしたことがありました。
その後サーバがクラッシュし消えてしまいましたので、今回ここに再録しておきたいと思います。

<三三七拍子を使った歌>

LOVE BEAT 3-3-7/キューピット
自分のために/TOKIO ※日テレ系ドラマ「ナースマンがゆく」主題歌。
いきまっしょい!/モーニング娘。 ※2002年春のツアーの時、加護が「いきまっしょい!三三七拍子」でオーディエンスを盛り上げた。
マーガレットズロースの三三七拍子/マーガレットズロース
ヨロけた拍子に立ち上がれ!/藤岡藤巻
人生三三七拍子/さやま友香
人生三三七拍子/藤野とし恵
人生三三七拍子/黒沢みゆき
人生三三七拍子/重友一代
地球ブルース〜337〜/KICK THE CAN CREW
美少女ゲーム『ガッデーム&ジュテーム』主題歌/佐藤裕美、YURIA、yozuca
祭り奏でる/ゲーム『サムライスピリッツ斬紅郎無双剣』より ※SNKのゲームのテーマ。
どっこいばんどのうた/どっこい楽団
落椿/Rakuchin/村田有美
Peach!!/福山雅治
Baseball-Crazy(野球狂の詩)/大滝詠一
三・三・七拍子/スティーヴ・ヴァイ ※アルバム「エイリアン・ラヴ・シークレッツ」(1995年)の日本盤のみのボーナストラック。
紫陽花愛アイ物語/美勇伝
地獄風景/人間椅子
EVERLONE/THE WILDHEARTS ※中盤の三三七拍子ならぬ七七三拍子?のような展開。
BANZAI/B'z
ソフトバンクホークスの応援歌の冒頭に、三三七拍子で応援しているSE。

某掲示板にあった投稿文
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[5492]投稿者: 名無し   11月25日(土)23時37分50秒
近鉄の三三七拍子ですが、ハロウィンというヘビメタバンドの
「ガーディアンズ」という曲のサビ部分がそっくりです。
おそらくこれが原曲かと。
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25cmLP「華麗なる千拍子」宝塚歌劇団
シングル「花の手拍子」英亜里シングル「おねがい手拍子を」英亜里

何々拍子とタイトルにつく歌としては、

華麗なる千拍子/宝塚歌劇団(寿美花代、明石照子、若山かず美、如月美和子、三鈴寿子、那智わたる、ほか)
花の百万拍子/西郷輝彦
花の手拍子/英亜里
おねがい手拍子を/英亜里

などが知られています。ちなみに舞台『華麗なる千拍子』は1960年度芸術祭・文部大臣賞を受賞しております。


ついでといっちゃなんですが、こういうタイトルの本もあります。

060309_03.jpg 060309_04.jpg

(左)二見書房刊、爆笑問題著『三三七拍子』(2001/03/20発行)
(右)幻冬舎文庫、太田光著『三三七拍子』  (2004/10 発行)
文庫になったら著者表記が変わっちゃったんですね。
マンザイのネタはほとんど太田光が作ってるそうですから、この本もそうだったんでしょう。

2006年03月08日

TV草創期のCM

TV草創期のCM大量発見 8000点、DB化へ

 フィルムは、CM制作会社「TCJ」(東京都港区)の倉庫で見つかった。かつてTCJのスタッフだった牧野圭一さんが所長をつとめる京都精華大マンガ文化研究所が、見つかったフィルムのうち、約550巻に収められた50〜60年代のCM約8千点を研究目的で借り受け、ビデオテープにダビング。現在、同研究所研究員の吉村和真さん(思想史・まんが研究)や東大大学院人文社会系研究科助手の高野光平さん(文化資源学)らのグループがデジタル化している。06年度中にはデータベース化し、研究などに役立てる予定だ。
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200603070039.html

大金をかけた割にはなぜか保存されることが少なかったCF。
いわゆる本編もそうですね。戦後の作品なのにマザーすら無かったりしますから。
ネットに対応した映像版の国会図書館みたいのがあればいいんですけどね。

2006年03月06日

1969年。総崩れし、燃え尽き、頽落へ回帰した年。

060306_01.jpg季刊『SIGHT』4月号 特集「1969年、レッド・ツェッペリンがロックの扉を開けた」「検証 ライブドア事件」 税込780円。
編集長の渋谷陽一といえば二十歳で雑誌『ロッキング・オン』を創刊した音楽系メディアの有名人ですね。
この総合誌『SIGHT』は1999年に『ロッキング・オン』の増刊号という形で創刊され今号まで続いておりましたが、さっき本屋で立ち読みしてたら“次の号からリニューアルする”なんて見開きの社告がなぜか黒枠で掲載されてて、ちょいとビックリしましたよ。
日本の右傾化を憂え、これからはリベラルの立場を鮮明にして、政治・思想・社会といったジャンルに誌面の多くを割きたい、ということのようです。

rockin'on official site
http://www.rock-net.jp/

2006年03月04日

ジャクソン5の初期メンバー、暁に死す

060304_01.jpg

マイケル・ジャクソンなどの大スターを送り出した黒人音楽の兄弟グループ「ジャクソン5」の元ドラマー、ジョニー・ジャクソン氏(54)が2日未明、米インディアナ州ゲーリーの自宅で胸を刺されて死亡しているのが発見された。3日付の米紙シカゴ・トリビューンが地元警察当局などの話として伝えた。
http://www.jiji.com/cgi-bin/content.cgi?content=060304000120X372&genre=int

060304_02.jpg上の写真は、1965〜67年にかけての録音を集めたCDのジャケットです。
ジャクソン5なのに6人写ってますね。
中央の少年がドラマーのジョニー・ジャクソン氏(左=拡大写真)です。同氏が在籍していたのは1962〜63年ですから写真はその時期に撮影されたものでしょう。
実は当時のグループ名はまだジャクソン5ではなく、The Ripples & The Waves(またはThe Ripples and Waves)。
バスドラ部分の塗りつぶされた文字数がピッタリ当てはまるんですよネ。

澄むと濁るの違いにて・・・