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小泉首相、フラフープに興ず

小泉首相:アチェ州を視察 小学生とフラフープも

インドネシア訪問中の小泉純一郎首相は23日、スマトラ沖大地震で大きな被害の出たアチェ州を視察した。
(中略)
 州都バンダアチェ市では小学校を訪れ、歌や踊りで大歓迎を受けた。学用品などの援助物資の中からフラフープを見つけた首相は子どもたちと一緒に腰で回して遊び、「子どもたちの明るい笑顔、勇気づけられますね。日本の支援も役立ってるのかな」。世界が注目する日中首脳会談を前に、貴重な憩いの時間にもなった。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/news/20050424k0000m010072000c.html

4月23日(土)の旧聞です。
今でもゾウが鼻でフラフープを回すとか、数十本もいっぺんに回すフラフープのギネス・チャンピオンとか、そういう話題をテレビで見かけることがあります。昨今ではフラフープは遊具というより体操用具のひとつとして受け入れられてるようですね。
私も過去にフラフープを買った経験があります。「ミント・フラフープ」という商品名で1980年代の終わり頃に原宿のキディランドで購入し、その後誰かに譲ってしまいました。誰にあげたのか、まったく思い出せないんですよねぇ。

さて、フラフープが流行った当時、便乗ソングのレコードが世界中で出されたことを、あなたはご存知でしょうか。

シングル「フラ・フープ・ソング」テレサ・ブルーワーシングル「フラ・フープ」スティーブ・アレン楽団

中でも有名なのはテレサ・ブリューワーの『フラ・フープ・ソング』(上左)で、日本でもヒットしローカル盤も出ました。そしてまた擬似ダンス的要素があったことから、有名・無名のビッグバンドがそれらしい音楽にフラ・フープの名を冠してリリースしたりしました。
映画『ベニー・グッドマン物語』でグッドマン役を演じたスティーブ・アレン(あのソックリさんです)が自分の楽団でしかも自分で歌っている『フラ・フープ』はそのテの代表曲といえるでしょう。

シングル「フーパ・フーラ」ベティ・ジョンソンシングル「HULA HOOP」THE DEVILLE SISTERS

R&B、ジャズの老舗アトランティックも便乗盤を出してます。白人女性歌手ベティ・ジョンソンの『フーパ・フーラ Hoopla Hoola』(写真上左)。この人はノースカロライナ出身でクラブ歌手からたたき上げた人でした。曲の原題はフープラ・フーラなんですが邦題はなぜかフーパ・フーラなんですよね。そしてそのB面はドリフターズの『月の入江で Moonlight Bay』。

Betty Johnson and her musical recordings
http://www.betty-johnson.com/

ドリフターズの『月の入江で』は『波路はるかに』の作者パーシー・ウェンリックの1912年の作品で、1950年にはドリス・デイ主演でこの曲をタイトルにした映画が作られております。『波路はるかに』と同じ作者であるということは実に重要なポイントで、1930年代のヒット曲である『波路はるかに』をビリー・ヴォーンがロカフラ・スタイルでリバイバルさせたという、アメリカンミュージックの滔々たる河流の連続性がそこに認められうるのです。『波路はるかに』こそはフラフープのBGMにマコトにふさわしいロカフラの極めつけでありまして、それに較べテレサの『フラ・フープ・ソング』なぞは♪フラフープ、フラフープ♪と連呼する割には、リズムやテンポが回す動きにまったく合わない、なんだかCMソングにさえ聞こえるような歌なのでした。

写真上右はTHE DEVILLE SISTERSの『HULA HOOP』(米盤)。この人たちについてはよく知りません。♪フラフープ、フラフープ、ニャーニャ、ニャニャニャ♪と繰り返す冗談みたいな歌で、しかも1分54秒という短さです。声を聞くと若い白人女性ですね。
ドゥーワップ・グループ、ザ・コルツTHE COLTSのリードボーカルだったRUBEN GRUNDYと一緒に、1957年11月、Spryレーベルから『Every Word』c/w『Sail Away』というシングルを出しているTHE DEVILLE SISTERSとは、たぶん違うんじゃないかと……。

シングル「世界一周フラ・フープ」有馬徹とノーチェ・クバーナ

もうひとつ、今度は日本録音。私の手持ちの盤にはジャケットがありません(写真上)。
『世界一周フラ・フープ HULA HOOP AROUND THE WORLD』
『フラ・フープ・メドレー HULA HOOP MEDLEY』
のカップリングで、演奏はラテンのビッグ・バンドとして有名だった有馬徹とノーチェ・クバーナです。フラ・フープの世界的なブームとラテン音楽にはこれといって接点はありませんでしたが、ロカンボの次はロカフラ、ロカフラとくれば今流行りのフラ・フープ、という発想だったのでしょう。

フラフープ・ブームの便乗レコードとしては他に、神楽坂浮子の『三味線フラフープ』、MOUSTACHEの『The hula hoop』なんていうのもありました。いづれご紹介する予定です。

フラフープの爆発的な人気は映画にも影響しました。その頃のシャシンに出てくる横丁の風景にはたいていフラフープを回している子どもが写ってたりします。そしてついにフラフープ映画まで製作されました。日活の『月は地球を廻ってる』という作品です。
これはテレサの『フラフープ・ソング』をカバーした中島そのみ盤の映画化(いわゆる歌謡映画)で、出演者は岡田真澄、新人の中村万寿子、西村晃、南風洋子、小沢昭一、もちろん中島そのみも出ております。お姐ちゃんトリオとして有名になる直前の、まだカントリー歌手と女優の二足の草鞋をはいてた頃ですね。

ポスター「月は地球を廻ってる」日活

宣伝文案が振るってます。「フープが廻ればハートも踊る!若い二人にはずむ輪は、笑いとリズムのフラビリー!!」
つまりロカビリーはアプレゲールとほとんど同義語で、そのロカビリーの新手のヤツがフラビリーであると。まぁそういう理解です。1959年1月22日封切で、併映作品は『第三の死角』とニュース映画『大相撲初場所・前半戦実況』。あのロカビリーの熱狂からまもなく一年がたとうとしている頃でした。
ストーリーは宣伝業界の青春明朗ドラマ。広告代理店の新人岡田真澄の恋の行方とクライマックスのフラフープ・コンテストが見どころです。ショートパンツをはいてフープを回す中島そのみの姿に若い男性はきっと悩殺されることでしょう(当時はまだホットパンツなる言葉は存在しておりませんでした)。

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