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2004年07月31日

ザ・ピーナッツ レア・コレクション

引退から30年、まだある!ピーナッツ“珍曲”ゾロゾロ

「恋のバカンス」「ふりむかないで」などのヒット曲で昭和30−40年代に活躍した双子姉妹デュオ「ザ・ピーナッツ」。その異色の作品を集めたアルバム「レア・コレクション」(2000円、キング)がこのほど発売され、話題になっている。
(中略)
 以来、来年で30周年。この間、シングル、アルバム、ビデオなど約70種類の関連商品も発売されてきたが、「レコードとしてきちんと発売されなかったり、カセットだけの収録など、“基準外”のものも多く、それらの音源を集めた」(制作担当者)のが今回の「レア・コレクション」。
 初CD化5曲を含む全18曲には、36年に出演した映画の挿入歌として知られながら、53年までシングル化されなかった「モスラの歌」や、日本テレビの社員が作詞作曲したPRソング「日本テレビの歌」、天才落語家、林家三平と吹き込んだ「ふりむかないで」など“珍品”がゾロゾロ。
 沢田研二の作品を歌った「白い小舟」、俳優、藤田まことと共演した「好きになっちゃった」、当時はまだ珍しかった海外録音盤もある。
http://www.zakzak.co.jp/gei/2004_07/ g2004073104.html

いいですねぇ、レア・コレクション。何も考えずすぐに買いましょう。
映画の劇中歌用の録音テープとか、渡辺音楽出版原盤のアンリリースド録音とか、
まだまだありそうです。
ぜひ、発掘してください。

2004年07月29日

恋はメキ・メキ

トヨタの新車『ポルテ』のCMでトム・ジョーンズ Tom Jonesの『恋はメキ・メキ』 If I Only Knew が使われております。なんとこれ1996年のヒット曲、御大いまだ衰えずといったところです。
どこかで聞いたことあるなぁ、と思ったら、
テレビ東京『出没アド街ック天国』の終わり近くで、その街の女性ファッションを短いカットで大量に見せる「コレクション」というコーナーがあり、そこでBGMとして使われていた曲でした。(現在は別の曲です)

ところでこの歌、トム・ジョーンズの1996年のアルバム『快楽天国』やそれ以降のベスト盤、あるいはコンピレーション物に収録されておりますが、そんな中でオススメなのが、今年(2004年)6月に共同企画として国内2社から1タイトルずつリリースされた『出没!アド街ック天国ベスト・セレクション』というオムニバスCD。番組で使われたヒット曲(80年代が中心)を集めたものです。
私の趣味じゃないんですけど、若い人には懐しい内容じゃないでしょうか。

☆★☆出没!アド街ック天国☆★☆インフォメーション
http://www.tv-tokyo.co.jp/adomachi/cd.html
出没!アド街ック天国 BEST SELECTION - SWEET & BALLADS
http://www.universalmusicworld.jp/adomatic/
出没!アド街ック天国〜BEST SELECTION 80's POP & ROCK
http://www.toshiba-emi.co.jp/st/media/admatic/index_j.htm
HMV : アーティスト特集 : Tom Jones
http://www.hmv.co.jp/es/detail.asp?artistcode=000000000005146
TOM JONES LYRICS - If I Only Knew
http://www.azlyrics.com/lyrics/tomjones/ifionlyknew.html

さて一方、日産『セレナ』のCMでは、ジョー・サウス Joe South の「ハッシュ」 Hush
http://www.towerrecords.com/product.aspx?pfid=2639510
が使われています。コピーは「モノより思い出」。
私の場合、モノ(物体)と思い出(記憶)が一体になっていることが多いようです。
ハッシュ ディープ・パープル
http://www.swingart.net/Hush.html

2004年07月28日

ブルドッグ・滝

 昭和30〜40年代、ブックレットにソノシートを綴じ込んだ(あるいは組み合わせた)、いわゆる「朝日ソノラマ」スタイルのソノシート本が数多く発売されました。

朝日ソノラマ創刊号ビートルズ特集16曲


(左)1959年12月1日発行の「朝日ソノラマ」1960年1月号(創刊号)。
(右)ビクターミュージックブック「ビートルズ特集16曲」。演奏:東京ビートルズ他(1964年)

 「朝日ソノラマ」は創刊から約1年間、ソノシートを外せない形に綴じ込んだ製本をしていたので、聞くためにはターンテーブルにブックレットごと置かなければならなりませんでした(写真中央に開いている穴はそのためののもです)。これが不評だったため、その後はレコード盤のように丸くプレスカットしたソノシートをスリーブに入れるという一般的なスタイルに変わりました。
 写真右の「ビートルズ特集16曲」は日本ビクターが「ミュージックブック」と称して発売したソノシート本のひとつです。
 「ソノシート」「ソノラマ」はセメダインや味の素と同じく特定の商品名で、朝日新聞社傘下の朝日ソノプレス社(=当時。現在は朝日ソノラマ)が当時から所有する登録商標でしたので、他の会社は確信犯的にあえて「ソノシート」と呼んでしまうか、単に「シート」あるいは「フォノシート」と表記することが多く、
また、「朝日ソノラマ」スタイルのソノシート本は、各社それぞれに
 「ミュージックブック」(日本ビクター)
 「コロ・シート」(日本コロムビア)
 「ソノ・ジャーナル」「音の出る月刊誌 若い音楽」(現代芸術社)
 「KODAMA(ステレオシート)」(コダマプレス)
 「エンゼル・ブックス」(日本エンゼルレコード)
 「芸能フォノ・グラフ」(サン出版社)
 「ソノレコード」(ソノブックス社)
といった名で販売しておりました。
 内容としては、ポップスや映画音楽、事件のドキュメント、テレビ主題歌、アニメや怪獣物のドラマ…等が多く、メジャーのレコード会社が例外的に人気歌手の廉価版アルバムとして発売することもありましたが、いしだあゆみや朱里エイコ、菅原洋一らが、正式なレコード・デビュー前にカバー・ポップスをソノシートで吹き込んでいたりすることからも判るとおり、ベテラン・新人に関わらず、大方はレコード会社と契約のない人たちが録音していた、かなりチープでお手軽なメディアなのでした。

 そうしたものの元祖である朝日ソノラマが、単独のソノシートを通常のレコードと同じように発売していたことがありました。価格は100円。若い人にとっては、シングル盤ですらそうちょくちょく買えるものではなかった時代ですから、この価格はかなり魅力的だったに違いありません。
 その中から今回、ブルドッグ・滝の2枚のソノシートを紹介したいと思います。

フォノシート「黒田節のロカブギ」ブルドッグ・滝フォノシート「ルイジアナ・ママ」ブルドッグ・滝


(左)ソノラマレコード「黒田節のロカブギ」「真室川音頭のロカブギ」SEP-3007
(右)ソノラマレコード「ルイジアナ・ママ」「トラスト・ミー」   SEP-3009

 ブルドッグ・滝。プロボクサーみたいな名前です。面構えはというと、演歌系ですネ。
 上記の他に、1964年12月17日に発行された「朝日ソノラマ JUKE BOX 3 リトル・ホンダ/朝日のあたる家」(定価180円)

朝日ソノラマ「朝日のあたる家」ブルドッグ・滝


 というソノシート本で、B面の「朝日のあたる家」を歌っています。
 さらに同じく朝日ソノラマから「ポエトリー・イン・モ−ション」EEP1が出ておりますが、これはソノシートではなく或いは普通のレコード盤だったかもしれません(未確認)。

「黒田節のロカブギ」
 戦後、ブギがはやった時、民謡や日本調歌謡をブギで歌うという試みはすでに行われてましたし(林伊佐緒の「真室川ブギ」は1954年)、ロカビリー・ブームの時も、平尾昌章が「五木の子守唄ロック」や「ロックおてもやん」を出して、歌謡曲に転進する道筋を早くからつけておりました。
 ロックンロールやツイスト、ディスコサウンド、シンセサイザー物が流行したときも、スタンダードや懐メロ、映画音楽などをそうしたアレンジ・楽器・スタイルで演奏した便乗レコードが、雨後のタケノコのように現れたものです。
 日本においては、そうした事例は和魂洋才音楽(by大滝詠一)とでも云うべきものでありまして、こと既製曲の場合は、ミルス・ブラザース・スタイルで再構築された「山寺の和尚さん」の例があるように、出来不出来はたぶんにアレンジャーの腕しだい。そしてたいていは凡作となることが多いようです。
 そういうわけですから、黒田節をブギにするというアイデア自体は取り立ててどうこう云うべきものではないのですが、あえて「ロカブギ」と称したところに、ブルドッグ・滝の意気込みというか歌に対する理念が窺えるわけです。
 ロカブギ(ロッカブギ)といいますと、

 ザ・ダウンチャイルド・ブルース・バンド The Downchild Blues Band「ロッキン・リトル・ブギ」ROCKIN' LITTLE BOOGIE
 トレニアーズ The Treniers「ロッカビーティン・ブギ」ROCK-A-BEATIN' BOOGIE(1954年)
 ビル・ダーネル Bill Darnelと、女優ダイアナ・デッカー Diana Deckerの競作となった「ロッカブギ・ベイビー」ROCK-A-BOOGIE BABY(1956年)
 アンディ・クイン Andy Quinn「ロッカブギ」ROCK-A-BOOGIE(1957年)
 ジョニー・バーネット Johnny Burnette 「ロック・ビリー・ブギ」ROCK BILLY BOOGIE(1957年)
 グレン・リーヴス Glenn Reeves 「ロッカブギー・ルー」ROCK-A-BOOGIE LOU(1958年)
 ジーン・サマーズ Gene Summers「ロッカブギ・シェイク」ROCKABOOGIE SHAKE(1959年録音)

というような楽曲が挙げられます。
 すなわちロッカブギとは、よりブギのビートを強調(4ビートから8ビートへ)した50年代前半のジャンプ系のレイス・ミュージック(後に云うR&B)と、それらをカントリーミュージック・シーンの白人が摂取して作ったウエスタン・スイング〜ロカビリーに共通するところの、タイトでハードなリズム感を表した言葉であって、
特にロカビリーにおいては、ブギならではのベースパターンはどちらかというと影をひそめ、ビートと、狂おしくひっくり返るシャックリ(ヒカップ)唱法が前面に押し出されているのが特徴となっております。

 上に挙げた曲の中で、米国以外、とりわけ日本で知られていたのはビル・ヘイリーと彼のコメッツ Bill Haley and his Cometsが1955年にカバーした「ロッカビーティン・ブギ」でしょうから、ブルドッグ・滝のイメージするロカブギもそれに近いものだったと推測されます。
 実際聞いてみると、ビル・ヘイリーのサウンドに近い雰囲気です。ブルドッグ・滝の歌唱はというと、ジャズをベースにしながらも独特のロカビリー唱法となっており、今風に云えばかなりカルト的な味わいがあります。
 このブルドッグ・滝さん、その後はどうされたのでしょうか?
ぜひ会ってみたいですね。そしてその音楽人生を語っていただきたいと思います。


 さて、以下に「黒田節のロカブギ」「ルイジアナ・ママ」にあるライナーノーツを、時代の資料として、全文引用しておきましょう。(無断引用御免!)

SEP-3007
★黒田節のロカブギ 2:06
★真室川音頭のロカブギ 2:57
       歌:ブルドッグ・滝
 文字通り「揺さぶり転がる」リズム、これがロック・アンド・ロールだった。第二次大戦後数年ののち全世界を席巻したこのリズムは、今や完全にマンポ、チャチャチャ以上に、新しいリズムの決定版となって若い人達の間に根強く受け継がれている。
 以来、ロカピリー、ロッカパラード、ロカマンポ、など、すぺてのリズムはこのロックのリズムをべースにした複合リズムであった。今やハリケーンのような勢で世界をかけめぐっているツイストのリズムもまた、このロックのリズムをべースにしていることはいうまでもない。
 このレコードで聞く二つの民謡、黒田節と真室川音頭は、このロックのリズムをべースにして、ひところ大変に流行したブギウギを複合、合成したものである。人呼んで、これを「ロカブギ」という。一聴するところでは、このリズムは今流行のツイストと似ている。すこぶる威勢のいい、パンチのきいた音楽である。ロカブギのリズムと民謡のメロディーが、うまく融合して、一寸ごきげんな黒田節と真室川音頭が出来上っている。
 正調民謡の良さもさることながら、古い民謡の、こういう時代に即応した激しい音楽への衣更えもまた別の良さを持っているといえよう。
 強烈なブラスの響きと、若い情熱をぷちかましたような歌は、現代の要求に応える傑作といえるだろう。
 この種類の歌は、その歌を歌う歌手の能力が決定的にその作品の良否を左右するものである。活力のない歌手では、この種の歌はどうにもこなしきれないだろう。また反面、馬力だけでは、適確にこのリズムを消化することはむずかしい。その点、この歌を歌っている新人ブルドッグ・滝は、全く理想的な歌手である。生れならがのロック・シンガーといえよう。リズムの適確なことはこのレコードを聞いても解るとおり、一寸例がない。ジャズの感覚を完全に身につけているといえよう。将来が楽しめる新人である。
 生れは、インドネシアのジャカルタで、昭和16年12月というからまだ20歳になったぱかりである。戦後日本に引揚げて、学校へ通うかたわら、自分で好きな歌を勉強したという。南国の風土で育てられた、とてつもない活力、彼の歌に潜むバイタリティーは、そんなところに由来しているようだ。東京飯倉のアメリカン・クラブでドラムをたたいているところをスカウトされて、ソノラマの専属歌手となった。このレコードはそのデビュー盤である。(武光真雄)

SEP-3009
★ルイジアナ・ママ
 LOUISIANA MAMA 2:19
★トラスト・ミー
 TRUST ME 2:16
       歌:ブルドッグ・滝
 トアン(インドネシア語でミスターの意)ブルドッグ・滝はインドネシアのジャカルタに生れた。子供の頃から歌ぱかり歌っていた。戦後引上げて来た少年ブルドッグは朝から晩まで歌を歌いずめだった。ドラマーとして下手くそな太鼓をたたいていた時朝日ソノラマのプロデューサーの目にとまり、歌ってみないかと初の録音をしたのが、このレコードに収録された「トラスト・ミー」。イタリー映画「情事」の主題曲である。ぷっつけでこの新曲をこんなにこなすとは! というわけで早速専属歌手としてスタートをきったというラッキー・ポーイである。今後の活躍が期待されている。今年20才のエネルギッシュな歌手である。 ☆ルィジアナ・ママは「電話でキッス」で大当りをとったジーン・ピトニーの作詩、作曲。そしてピトニー自身の歌のレコードがアメリカでは本命盤となっている。早いテンポのロック調だが、自然な美しいコードの流れをもった曲である。メロディーが非常にきれいなのできっと広く愛好されるだろう。
☆トラスト・ミーはイタリー映画「情事」のテーマである。映画では歌はなく演奏でこのメロディーが流れているが、アメリカでこのメロディーに歌詩をつけた歌が流行しはじめた。いわゆるウルトラーレ(絶叫型)の唱法で歌われるこの歌は、ロック調の、ヨーロッパ流行歌の典型といってもよいような情熱的なものである。ブルドッグ・滝の体当り的歌い方には大変ぴったりしている。
 このように近頃はアメリカものがヨーロッパに渡り、多少姿を変えてヒットし、逆にヨーロッパからアメリカに渡り大流行をきたす歌が大変多いようである。しかし、ここ数年は数の上はともかくも、内容的な充実という点では、ヨーロッパの方が優秀といえるだろう。特に、古くから歌の王国といわれるイタリアは、今なお数々の美しい歌を生み、全世界で愛唱されている。歌の良さを決定するのはなんといってもメロディーの個性と美しさであるわけで、イタリアはこの無限の宝庫であるようだ。それをアメリカの器用な歌い手達が料理して、ジャズィーなリズムを盛り込んでヒット・ソング化する……。まさにキャデラックやリンカーンのように、ボディー・デザインをイタリアに依頼しそれをアメリカ工業の粋をこらして成品化するという過程に一脈通じるようである。このトラスト・ミーは見事に両者の特徴が融け合って熱狂的なロックのフィーリングをもつ美しいウルトラーレになったわけである。(津川 隆)

『「電話でキッス」で大当りをとったジーン・ピトニー』というのは『ポール・アンカ』の誤りですね。

2004年07月27日

夢穂高美術館

040727_01.jpg昭和30〜40年代に東宝の専属として主に三枚目役で活躍した江原達怡氏が現在「夢穂高美術館」の館長でもあるということを、先日TVで知りました。
この美術館は芸能人・文化人の美術作品を多く収集・展示していることで有名なのだそうです。
機会があれば、ぜひ行ってみたいですね。

夢穂高美術館
http://www.azumino.co.jp/art/bijutu/yume.html
信州の美術館:夢穂高美術館
http://www.dynax.co.jp/sinsen/culture/museum/ct_yumehotaka.html

マッスル自慢がキャッスルでハッスル踊ればラッセル車が止まっちまうぜー

「ハッスルポーズ」禁止令(夕刊フジ)

 「ハッスルポーズ」といえば、球界では今や清原の代名詞。巨人ファンの間でもすっかり定着し、予選真っ盛りの高校球児の間でも見られるようになった。が、高等学校野球連盟(高野連)関係者からは「待った」の声がかかった。
 「ガッツポーズについての規制はないですが、本塁打を打ったときに、グラウンドを1周する間、ずっと拳を上げたままだとか、応援席に手を振り続けるなど、目に余る行為には、さすがに注意をするようにしています」(高野連広報)
 教育の一環でプレーする高校球児たちにとって派手なパフォーマンスは不必要。本塁打を放って戻ってきたベンチ前で、「ハッスル、ハッスル」はもってのほかというわけだ。
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d= 20040727&a=20040727-00000018-ykf-spo

ハッスルと聞いて、古臭い言葉だなぁと感じる私は古臭い人間です。
1963年前後から主にサラリーマンの間でこの言葉がはやりだし、「ノッてるね」「ワルノリ」「モーレツ」などに取って代わられるまで数年間ほど使われました。
次にディスコ・ブームで、ダンスの一種(サルソウルハッスル)として流行ったのが1975〜6年。バン・マッコイの同名曲やスタイリスティックスの「愛がすべて」なんかで、踊ったわけです。次々ヴァリエーションが出来て、それをマスターしているのがクールだったのは、60年代初期のダンス・ブームの時と同じですね。
そして今回が3度目のハッスル・ブーム。
二度あることは三度ある、と申しますが、3度とも内容の違うところが面白いですね。
ヴァーノン&アイリーン・カッスル夫妻もさぞやクリビツでしょう(笑)

¶postscript―*

 ハッスルキャプテンのやることは、常人には理解不可能だ。15日には、プロ生活8年目で過去にもなかった大一番ヒョードル戦を迎える。それでも小川は小川だった。ピリピリムードで最終調整に入るべき時期に、何と盆踊りの音楽をレコーディングをしていた。「ハッスル音頭でビターン、ビターン」…。緊張感のまったくない歌を、恍惚(こうこつ)の表情で口ずさむ。

http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=
20040813&a=20040813-00000024-nks-spo

ビターン、ビターン、、、とは何の擬態語?
(2004年8月13日)

2004年07月26日

田宮版、再編集して再放送

俳優の故・田宮二郎さん(享年43)主演で26年前にフジテレビ系で放送された“元祖”「白い巨塔」が、8月16〜22日に同局で再放送されることが25日、分かった。唐沢寿明(41)主演で昨年から今年に放送されたリメーク版が大好評で、田宮版の放送を熱望する声が高まったことを受けて実現。全31回を計13時間分に再編集して放送する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040726-00000005-sks-ent

ついでに映画版も放映して欲しいところです。

¶postscript―*
『白い巨塔』
1978 フジテレビ
原作:山崎豊子
脚本:鈴木尚之
プロデューサー・演出:小林俊一
音楽:渡辺岳夫
出演:田宮二郎、島田陽子、太地喜和子、小沢栄太郎、曾我廼家明蝶(特別出演)、金子信雄、岡田英次、中村伸郎、河原崎長一郎、山本學、野村昭子、高橋長英、生田悦子、上村香子、佐分利信、清水章吾、加藤嘉、井上孝雄、渡辺文雄、小松方正、戸浦六宏、米倉斉加年、谷幹一、小鹿番、川合伸旺、中村玉緒、中島久之、北村和夫、児玉清、北林谷栄、中北千枝子、東恵美子、松本典子、堀内正美、浦里はる美、小林昭二、山田吾一、田中明夫、坂東正之助、小沢幹雄、新田昌玄、高橋昌也、下条正己、追川泰子、松本克平、家弓家正、桜川ピン助、高塚利子、豊藤嘉、伊東辰夫、中川雅之、関川慎二、ほか
語り:飯田道朗
2004年ダイジェスト版 構成:川上一夫、編集:林憲昭

1978(昭和53)年フジテレビ製作のテレビドラマ『白い巨塔』(主演・田宮二郎)は、今回、そのダイジェスト版が以下の日程で放映された。
●2004/08/16(月)15:00―16:30
『白い巨塔 第一章「野望」』
●2004/08/17(火)15:00―16:00
『白い巨塔 第二章「画策」』
●2004/08/18(水)15:00―16:00
『白い巨塔 第三章「醜態」』
●2004/08/19(木)15:00―16:00
『白い巨塔 第四章「波紋」』 〜教授決定
●2004/08/20(金)15:00―16:00
『白い巨塔 第五章「過信」』 誤診裁判〜
●2004/08/21(土)13:00―17:30
『白い巨塔 第六章「証言」』
●2004/08/22(日)13:00―14:55
『白い巨塔 最終章「前編・闇雲」』
●2004/08/22(日)16:00―17:25
『白い巨塔 最終章「後編・回帰」』

(2004年8月22日)

2004年07月25日

老境の「ザ・フー」

伝説の英ロックバンド「ザ・フー」の初来日ステージが24日、横浜国際総合競技場で開催されたイベント「THE ROCK ODYSSEY 2004」で実現した。
(中略)
 ビートルズやローリング・ストーンズと肩を並べた大御所バンドがデビュー40年目にベールを脱いだ。首都圏でのステージはこれ1回限り。「マイ・ジェネレイション」「アイ・キャント・エクスプレイン」「無法の世界」など往年の代表曲を連発し、ロックの神髄を見せつけた。
http://www.mainichi-msn.co.jp/geinou/ music/news/20040725spn00m200010000c.htm

時代性というのはやはり大事なのではないでしょうか。あの時代、あの状況を離れてしまっている以上、本人たちといえども、あの「ザ・フー」を再現することは不可能でしょう。むしろゼロから、今日性にあふれた新曲を怒涛のように創作してほしかった。そうすることが今日における生きた「ザ・フー」の有り様ではなかったか。そう思うのです。
ピート・タウンゼント59歳。あんたたちのジェネレーションは今の今、どうなんだ!?ということです。

NFS27時間テレビ。いつもの幼稚で空虚な笑いの拡大版でしたが、ラスト、加藤の父親が「あの素晴らしい愛をもう一度」をズレて歌ったのには唯一、笑えました。あの一点で、我々世代と番組がつながりました。

2004年07月24日

実写版というかCG合成版というか

実写版「サンダーバード」予告編の日本語版を見ました。
本編は8月7日劇場公開だそうです。
オフィシャルサイト
http://www.thunderbirds-movie.jp/index2.html

大きな箱に入った「サンダーバード」のプラモデルを作ったことがありました。大昔のことです。

2004年07月23日

プロレス事件50年史

040723_01.jpgあおい書店四谷店で、週刊ゴング7月2日号増刊『ゴングmini文庫 プロレス事件50年史 』を買いました。
税込680円です。
この本、文庫本サイズなのですが、接着剤によるいわゆる「無線綴じ」らしく、ノドをいっぱいまで開くと綴じ部分が取れ、紙が抜けてしまいます。このサイズでこういう体裁にするのは、ちょっと感心できません。つーか、寒心に堪えませんネ。
製本はともかく、中身は充実しております。この第1巻では昭和25(1950)年から昭和47(1972)年までの、大小さまざまな事件が簡潔にまとめられています。
今のプロレス・格闘技ファンがほとんど知らないような出来事、たとえば、ロバート・ホワイティング著『東京アンダーワールド』でも詳述されている“ネブラスカの野牛”ゴージャス・マックの帝国ホテル宝石強盗事件についても、一章が割かれております。
ゴージャス松野(松野行秀)の名の由来が実はこのゴージャス・マックだった、ということは、私がここで補足しておきましょう。

映画「シルミド」で鍛えられた肉体美を披露したソル・ギョングさんが、今度は伝説のプロレスラーを描く日韓合作映画「力道山」に出演。72キロの体重を95キロまで増やして撮影に臨み、「腹の出た変わり果てた姿に」(スポーツ朝鮮紙)と話題を呼んでいる。
 演技派として知られるギョングさんは、どんな配役にも自分の体と心を合わせられる変幻自在の「カメレオン俳優」。昨年夏に力道山役が決まって以来、1日4時間の運動をした後、プロテインを飲んで筋肉を増やし、酒を飲んで腹を膨らまして体を改造したという。
http://www.asahi.com/culture/update/0724/ 003.html

この映画は多分日本でもヒットするでしょう。私はぜひ見たい。

2004年07月19日

Vacations

NHK教育で『えいごであそぼ』という子供向け番組がありまして、その中で『Vacations』という歌がちょうど『みんなのうた』のような塩梅で流されております。
曲調は『夢のお月様』や『恋のパームスプリングス』に近い雰囲気、内容はコニー・フランシスの『Vacation』と大差ありません。もっと正確に云うなら、1975、6年ころに、1960年代初期を懐かしがる意図で作られた歌、みたいな感じです。もちろん最近作ったものでしょうけど。欲を云えばピアノの代わりにチープなエレクトーンの音色をフューチャーしていただきたかった。そんなトコです。
それともうひとつ、『えいごであそぼ』では『JB STOMPS AGAIN!』という体操の歌(?)がレギュラーで使われております。おそらくこの番組用に書き下ろされた楽曲なのでしょう。
これが、60年代初期のアメリカTVアイドルNo.1として有名なあのアネットの、アルバム『ダンス・アネット』に収録されている、一連の“ソウル”の欠落したダンス・ナンバーにクリソツでありまして、これはこれで記憶の片隅に残しておいてもいいかな、という感じがいたしました。

2004年07月17日

ロックンロール・マクド

米ファストフード大手のマクドナルドは、シカゴの名物店「ロックンロール・マクドナルド」を19日に閉鎖する。この店舗は1950年代のロックンロール最盛期を音と室内装飾で再現したユニークなレストラン。店内には一世を風靡(ふうび)した歌手たちにまつわる記念品が所狭しと飾られている。閉鎖後は一転して、時代を先取りした新店舗に改装する計画だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040717- 00000495-jij-int

さすがにもうオールディーズの時代は飽きられたのでしょう。それに団塊の世代がハンバーガーばかり食ってるとも思えませんし……。

不良の音楽だと排斥したのはNHKでした

ビートルズに関するお宝が詰まったスーツケースが、オーストラリアののみの市で50豪ドル(約4000円)で売られていたことが分かった。中身は、写真や「非公開」と書かれたオープンリールのテープなど約400点。マネジャーだった故マル・エバンズ氏が収集し、行方不明だったエバンズ・コレクションの可能性もあり、専門家は、数億円の価値があるとみて驚いている。
 13日付英紙タイムズによると、スーツケースはメルボルン近くで開かれたのみの市で50豪ドル(約4000円)で売られていた。中には、400枚に及ぶ写真やレコード、コンサートのプログラムのほか、封をされたオープンリール数本も入っていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040714-00000024-nks-ent

ビートルズが1966年に日本公演を行った際の未公開の写真が、16日からロンドンで公開され話題となっています。
 今回公開されたのは、ビートルズの専属カメラマンがとった41枚の写真です。1966年6月、ビートルズのメンバーは台風を避けるため、アンカレッジ経由で東京に到着。午前3時半だったので、出迎えたファンは20人しかおらず、警官に警備されながら東京のホテルに入りました。
http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_ headline998797.html

私が、FM大阪ほかで、東京ビートルズ結成18周年記念番組『SONO-COLOアワー いャいャいャ東京ビートルズがやっていた!』を流したのは、1982年7月2日のことでした。当時はまったく反響がありませんでしたね。
そのときは確かインストも含めて東京ビートルズを7曲、曲間にディック・クラークの声や、ビートルズがテーマの楽曲などを挟み込んだ、と記憶しております。

ビートルズそのものがテーマの楽曲というのは結構ありますね。
ざっと思いつくだけでも

シングル「夢みるビートルズ」ドナ・リンシングル「私のビートルズ」常田富士男

  ビートルズに首ったけ(We Love You Beales)/ケアフリーズ(The Carefrees)
  夢みるビートルズ/ドナ・リン
  ビートルズへの手紙/ザ・フォア・プレップス、ピカソ・トリオ
  ウエルカム・ビートルズ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
  私のビートルズ/常田富士男
  ビートルズがお好き/にれ さちこ
  ビートルズはもう聴かない/ガロ
  ビートルズが教えてくれた/吉田拓郎
  ビートルズの優しい夜/竹本孝之
  ビートルズをおぼえていますか/小坂明子
  僕が見たビートルズはTVの中/斉藤和義
  レノンの夢も/斉藤和義
  ビートルズ・イン・ボッグ/ウォー
  あいつとビートルズ/菊地章夫(日本エンカフォン/所属=カレントテクノコーポレーション)
  ビートルズを知らない子供たち/9→5(ナイン・トゥ・ファイバー)
  拝啓、ジョン・レノン/サンボマスター

――などなど。

シングル「ビートルズがお好き」にれ さちこシングル「ビートルズをおぼえてますか」小坂明子

かつてライノがそうした曲を集めた「BeatleSongs!」というオムニバスLP(1982年リリース。全12曲)を出しておりますので、CD化されていれば、あるいは今も入手可能かもしれません。
そうそう、あの時代とあのころの若者について歌っている中原理恵の「抱きしめたい」も、竹内まりやの「マージービートで唄わせて」なんかに較べるとちょっと地味なんでついつい見過ごされてしまいがちですが、私は秀逸だと思いますよ。

シングル「噛みつきたい」ムーンドッグスシングル「イエローサブマリン音頭」金沢明子

ビートルズ現役時代にはその年々変化していくサウンドをフォローするアーチストが続出しました。もちろんサウンドのみならず、そのイメージやファッション、髪型やパフォーマンス、生きざままでがずいぶんと真似されたものです。

たとえばP.J.プロビーの「ホールド・ミー」やリボルバーのアルバム「NOTHERN SONGS」などを聞きますと、一般人とはまた異なる、ミュージシャンならではの熱中ぶりが感ぜられます。

シングル「ビートルズなーんちゃって」カフェ・クリーム個人的にはピクシーズ・スリー(PIXIES THREE)の「WELCOME TO THE PARTY」が昔からお気に入りでした。この歌は当時流行のサウンドのオイシいところを、ちょうどORANGE RANGEが「ロコローション」でやったあの手法で織り込んだところの、ダンス・チューンでして、初期のビートルズがアメリカのティーンエイジャーにどのように受容されていたかが窺える興味深い作品となっております。

カバーではミセス・ミラー、スリー・ファンキーズ、クールキャッツ、そして英国エキゾティカ・レコードによるオムニバスCD「THE EXOTIC BEATLES - PART ONE」(1993年リリース。全26曲)にも収録された金沢明子の「イエローサブマリン音頭」がやはり面白いですね。

1980年代後半から90年代にかけてビートルズ楽曲の使用料がひどく高くなったことがありました。そのため、カバーが作りにくくなったり、CM・映画等で使いたくても予算上使えない、といった事態が起こりました。その後はある程度まで下がったようですね。それでも、ビートルズ・メドレーのようなものを出そうという剛毅なレコード会社は見かけなくなりました。
写真左上のシングルは東芝EMIが1977年にリリースしたメドレー(どうやらフランス音源)で、A・B面合わせてなんと34曲のビートルズ曲が演奏されております。

All I Want For Christmas Is a Beatle
http://www.psycho-jello.com/beatles/beatsongs.html
BRAVO! BEATLES (The Beatles Relations)
http://www2.gol.com/users/davidr/aside/asidebeatles.html
beatles-discography.com
http://www.beatles-discography.com/
World of the Beatles novelty songs
http://monstr66.narod.ru/
ビートルズを知らなかった紅衛兵
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/26/2/2600090.html

2004年07月10日

END OF REEL(一巻の終わり)

名物がまた消える日比谷…「みゆき座」50年のため息
 東京・日比谷の東宝本社ビル再開発で、老舗映画館「みゆき座」が来年3月末で約50年の歴史に幕を閉じることが正式に発表された。
◆みゆき座興行収入トップ5◆
    タイトル       公開年月日(上映期間)
(1)エマニエル夫人      昭和49年12月21日(90日間)
(2)カッコ−の巣の上で      51年 4月17日(98日間)
(3)インディー・ジョーンズ/最後の聖戦  平成元年 7月 8日(56日間)
(4)L.A.コンフィデンシャル   10年 7月18日(91日間)
(5)恋人たちの予感        元年12月 9日(84日間)
http://www.zakzak.co.jp/gei/2004_07/ g2004071004.html

TOKYO WALK ・ みゆき通り
http://www.daytradenet.com/Tokyo/0312/MiyukiStreet.htm
にその謂れが簡潔に記されております。
私は「みゆき座」へは二、三回しか行ってないと思います。
銀座では「並木座」で古い映画を見ることに夢中でしたし、新作は一般向けの試写会で見ることが多かったからでしょうね。
「みゆき族」が出没した時代は、銀座にはまったく縁がありませんでした。

2004年07月08日

お祭り広場の夜は更けて

040708_01.jpg神保町の三省堂書店で、衝動買いです。1365円。(顔の部分の、あの触角のようなのは付いてません。)
太陽の塔・・・昭和45年、1970年の千里万博で、私はこの目で見ました。そして、ピタピタとこの手で触りました。写真にも撮りました。
当時、やはりこのような小型のレプリカが多数発売されていて、今ではビックリするような価格で取引されています。
私も、実はそういうの、欲しいんですけどね・・・。ビンボーなもんで、テヘッ

駄菓子屋、歌声喫茶… 昭和レトロ市場を再現 24日から佐賀・鳥栖市

 佐賀県鳥栖市のJR鳥栖駅前に間口の狭い、古ぼけたアーケード「中央市場商店街」がある。開設は約80年前。北九州市の旦過市場と並ぶ九州の駅前商店街の草分けだ。時代の波に取り残され、にぎわいが絶えて久しいが、レトロなたたずまいが残る。「街づくりに生かす手はないか」と地元の商工業者らが、通りに昭和20―30年代の雰囲気を再現する「とす昭和市場」の準備を進めている。(西日本新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040708-00000018-nnp-kyu

レトロなたたずまいが残る商店街。そんなところがまだあったんですか!?
あの頃を偲ぶよすがを求めて町をさ迷い歩く私ではありますが、
あの頃を、たとえ瞬間的にでも感じることは、めったにありません。
特に昭和レトロを前面に押し出した空間は、むしろ不自然で、、、
それでも面影もとめて行ってしまう、ココロの哀しさよ。

とす昭和市場
http://www.tosu-jc.or.jp/tosu50sai/html/event-tosuweek.htm
NHK「クローズアップ現代」:なぜか“昭和レトロ”が大ヒット
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2003/0312-2.html
OKAYAMA Trend Watcher:昭和レトロブームを考える
http://www.vis-a-vis.co.jp/home/keyword/
昭和レトロ商品博物館(名誉館長=串間 努)
http://www10.ocn.ne.jp/~retoro/

2004年07月07日

失せ物・メッケモン

朱色のフィルムに包まれた棒状の魚肉・畜肉ソーセージ。その両端からおなじみのアルミワイヤ(留め金)が消える―。食品包装材大手の呉羽化学工業(東京)は六日、世界で初めて留め金を使わず、フィルムのみでソーセージを包装できる新機材を開発した、と発表した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040707- 00000020-nnp-kyu

たまに食べます。近年は種類が増えてますね。
たしかに、ソーセージ部分にひっついた包装を取るのは大変です。赤い「引っ張る部分」を引っ張って、ちゃんと取れた例(ためし)がありません。

「昭和6年式フォード」を発見

県自動車学校倉庫から時代超えた“プレミア品”
 マニア垂涎(すいぜん)のバイク「陸王」が見つかった水戸市東野町の県自動車学校の倉庫から「昭和六年式フォード貨物車」が“発掘”された。不用品と一緒に片隅に眠るフォードはほこりをかぶり、エンジンはさび付いているが、マニアを引きつけてやまないクラシックな外観は間違いなくプレミア物。関係者は「部品がそろわない可能性も高く、費用、技術面では再び走らせるのは難しいかも…」と“お宝”を前に残念そうに話している。
http://www.sankei.co.jp/edit/kenban/ibaraki/ 040707/kiji03.html

「見つかる」というのはどういうことなんでしょうかね。一部の人間だけが存在を知ってはいたが喋らなかった、ということでしょうか。
昔、伝説のブルースマンが再発見された、なんて話がけっこうありました。

読唇術 美・サイレント

7月6日深夜のTBS「UN街」で読唇術クイズをやってました。
読唇術というとすぐに、大映「黒の試走車(テストカー)」が思い出されます。
産業スパイが読唇術で企業秘密を探り出すというシーンがありましたね。
そういえばライバル社の車をわざと事故らせ、評判を落とすという話も出てきました。
最近の“火を噴く自動車”はそのあたり、どうなんでしょうか?

2004年07月05日

白色テロリストのアジト

昭和史上最大の謎とされる下山事件が5日で55年を迎えた。連合国軍総司令部(GHQ)直属の日本人情報機関のアジトがあった通称「ライカビル」(東京都中央区日本橋室町3丁目)の解体作業が始まった。米軍将校や右翼関係者が出入りし、同事件の「謀略の拠点」として当時の東京地検も注目した。自他殺の結論が出ないまま半世紀がすぎて老朽化が進み、「戦後裏面史の証人」は姿を消す。
http://www.asahi.com/national/update/ 0705/019.html

戦前、特務機関などで働いていた日本人が戦後はアメリカの手先となって謀略を行っていたようです。彼らにとって祖国とは何だったのでしょうか?

2004年07月03日

浮世あまから峠道

040703_01.jpg山手通りが第二京浜とぶつかるちょっと手前を右折して坂を上っていきますと、中原街道に入ります。
最初の十字路、26号線通りとぶつかる交差点が、東急目蒲線「武蔵小山」駅前から伸びている巨大アーケードのある商店街「パルム」の、一方の端となります。
武蔵小山商店街パルムホームページ
http://www.t3.rim.or.jp/~palm/
本日午後3時すぎ、私はそこに居りました。
写真のとおり、そのドーム型の屋根は3階くらいの高さがあります。
かなり長い商店街で、店舗数も多く、生活に必要なものはここだけでほとんど手に入ってしまいます。
私は2度往復する間に、書店を3軒、古本屋を2軒、仏壇屋を2軒確認しました。もっとあるのかもしれません。つまりはそういう規模の商店街なのです。今日は土曜日だったせいかかなりの人出で、渋谷の某デパートなんかよりよっぽども混んでました。
せっかく来たので周辺もブラつこうと思ったのですが、あいにく出かけたのが遅かったため今日はもう時間切れ。ザンネンです。

040703_02.jpg中原街道を挟んで「パルム」とは反対側、戸越銀座の入口に古書肆「小川書店」があります。
軍事、演芸、映画関係が充実しており、文庫本も作者別にまとめられている、かなりマジメな古本屋です。洋雑誌ではなぜか「ポピュラー・メカニクス」「ポピュラー・サイエンス」が積まれていて、SFファンのまとめ買いを待っている状態だったりします。
私はそこで、廣済堂出版刊・榎本よしゑ著「浮世あまから峠道 エノケンと泣いて笑って五十年」(1986年)を1500円で買いました。エノケンはお酌するのもされるのもキライだったそうです。私と同じですね。
ほかにもロッパの「悲食記」(復刊)や改造バイク写真集など、欲しいのが数冊あったのですが、重たくなるので諦めました。次回行った時まだあったら買うかもしれません。

2004年07月01日

そよかぜにキッス

丸正四谷本店3階で廉価版CDを買いました。2枚組で『70'sボーカルベスト36曲』というタイトルです。選曲はそれなりにいいのですが、再録がかなり含まれており、その説明がないため、知らない人は収録されているテイクがオリジナルだと思ってしまう可能性があります。これはかなり不親切ですね。
今回私はこのCDで、クライマックス(Climax)の『そよかぜにキッス(PRECIOUS AND FEW)』を初めて聞きました。あるいは当時聴いていたかもしれませんがまったく記憶にありません。これがジ・アソシエーションの『チェリッシュ』を踏まえた曲調なので、おおいに気に入りました。
ヒットしたのは1972年2月でビルボードの第3位まで上っています。66年に『タイム・ウォント・レット・ミー』をヒットさせたアウトサイダーズの後身だそうです。そういえば『チェリッシュ』がヒットしたのも66年でした。