私がチョッパーなるものを知ったのも映画『イージーライダー』でした。その低予算の「ニュー・シネマ」が日本で公開された「1970年」という年は一つの時代が終わりにさしかかろうとしている、そんな年だったと記憶しています。左翼思想が急激に色褪せ、またその一方で、生活の「ファッション」として定着しつつあったポップカルチャー、カウンターカルチャーが、大企業によって宣伝の道具に使われるまでになったりして、気が付けば豊かさの水位が胸のあたりまで来ていた、そんな印象があります。なにか世の中が「若者」におもねて消費の主役にまつりあげようとやっきになっているようで、これは絶対デ〇ツーかCIAの陰謀だーッと、白地に水色のストライプのパンタロンにブルーのタンクトップといういでたちの当時の私は、揺らぎながら水平線のかなたに沈みゆく真っ赤な夕陽に向って、そう叫んだりもしたのです。

 そんな時代に私は『イージーライダー』を観たのです。それまでつねに姉ジェーンの陰にいたピーター・フォンダは、この一作で一躍「ヤング」のヒーローとして全世界にその名が知れ渡りました。(今の映画ファンなら、むしろデニス・ホッパーが監督・出演しているという点に食いつくでしょう)
 これ以前にもピーターは66年の『ワイルドエンジェル』(The Wild Angels)でチョッパーに乗っています。同じ製作会社が作った不良バイカー集団ヘルスエンジェルスの抗争劇『地獄の天使』(Born Losers/67年)、『続 地獄の天使』(The Glory Stompers/67年)にはピーターこそ出てませんが、後者にはデニス・ホッパーが出演しています。
 チョッパーに乗ってる者はヒッピーと思われがちですが、実は右翼チックな、現代のネオナチまがいの連中が多く(バイカーの伝統でしょう)、そのころ、ヒッピー(フラワーチルドレン)とバイカーは敵対関係にありました。そもそも本物のヒッピーはビートの流れを汲むもので、モータリゼーションなどは唾棄すべき対象でしかありません。その点、映画『イージーライダー』は日本人観客にすこし誤解を与えたかもしれませんね。

オークランドの組織化されたヘルス・エンジェルスに限って云えば、彼らはヒッピーに同情的で、思想的背景が無いにもかかわらず、なぜか大学の活動家学生に激しい敵意を燃やしていたそうです。

 当時日本では米兵持ち込み品以外にはチョッパーを見ることはありませんでしたが「かみなり族」と総称される暴走集団が都市部を中心に出現するようになっていました。東映や昔の日活が暴走族映画を作り始めるのは実にこの時代からなのですが、しかし出てくるバイクはタイアップのせいかほとんど純正のままで、描かれ方としては『イージーライダー』というより、マーロン・ブランドの53年の『乱暴者(あばれもの)』(The Wild One)の方に近いのではないかという気がします。
 いわゆる皮ジャン・バイカーの暴走集団化は、アメリカでは戦前からあり、終戦後まもない47年7月4日にはカリフォルニアのホリスターでバイク愛好者の一部が騒いだ有名な「ホリスター事件」というのが起こっています。当時のジャーナリズムがMotorcycle Gangsなどと素朴な呼び方をしていたところから察するに、単純な粗暴犯だったのでしょう。


現代のチョッパー。基本は変っていない。