緑ヶ岡のこと

当事務所所在地の旧地名は「緑岡町」というのですが、「りょっこうちょう」と読むのか「みどりがおかまち」と読むのか、今まで分りませんでした。
ところがきのうたまたま通りがかった近所の高級マンションの名前が「フラット緑ヶ岡」であることから、正しい読みが「みどりがおか」だったことが判明。
しかし依然として、「ちょう」か「まち」か、という疑問は残ります。

そもそも「緑岡」は港区から分離して「青山」でなくなったことから「青山」に類似した名として付けられたもの。その心理を忖度するに、愛惜の情これあり、でしょう。

 第一官園と指定された旧西条藩邸跡は、当時青山南町七丁目だったが、明治二十二年に赤阪区(現・港区)から渋谷に編入され、昭和三年に渋谷町緑岡町(昭和七年、東京市に入り渋谷区緑岡町)と名を変えた。隣の赤坂区青山と区別し、しかも似たイメージという苦肉の命名らしい。
http://www.taisei.co.jp/1168584060923.html

私に命名を任されたならきっと「岡」でなく「丘」を使ったでしょうね。
なぜなら「丘」は四方高く中央すこしく窪みたるを謂い、「岡」は山背を謂う――、青山が人名に由来してるからには、実際の地形に即して「丘」とするべきであろうと。
ちなみに陰阜(いんぷ)などと使われる「阜」は石のない土山のことだそうで、日本じゃなかなかそういうところはありません。

 

<追記>

明治44年5月発行の「実用東京全図」では、東京都 豊多摩郡 渋谷 青山南町七丁目、そのとなりの字常盤松が確認できます。たぶんそのあたりでしょう。
(2010年1月27日)

 

<追記>

さきほど某書店で『東京地名辞典』を立ち読みしたら、「緑岡」の項目があり、「みどりおか」と読みが書いてありました。しかし、やっぱり「みどりがおか」が正しいようです。

以下の記事には青山学院初等部の最初の校名が緑岡(みどりがおか)小学校だった旨、書かれています。

(2011年1月19日)

 

<追記>

を見ると、POINTEX(常盤松葵マンション)の住所は、
1926(大正15)年当時、
東京府豊多摩郡澁谷町大字下澁谷字常盤松
であったようです。



(2012年4月6日)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です