カテゴリー別アーカイブ: 東京オリンピック

田辺一鶴死去

 講談界の最長老で、「ヒゲの先生」として知られた講談師、田辺一鶴(たなべ・いっかく、本名・佐久間秀雄=さくま・ひでお)さんが22日、肺炎のため死去した。80歳。東京都出身。
(中略)
 一鶴さんは昭和29年、田辺南鶴に入門。東京五輪が開かれた39年、参加国の国名をすべて読み上げる新作講談「東京オリンピック」を発表し、人気を得た。「イチロー物語」「高橋尚子物語」などの新作のほか、古典も得意とし、女流講談師をはじめ、多くの弟子を育てた。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/091222/tnr0912222201008-n1.htm

枯れた芸だった講談を面白くしたのはこの人でしたね。
その動きに呼応するかのように、浪曲の人もテレビに出演し時事ネタを演ったりしました。

講談師 田辺一鶴

追加記事

若林鶴雲 – 講談:東京オリンピック

いいですねぇ~!

(2010年11月19日)

018 オリンピック・マーチ

 (左)『オリンピック・マーチ』 作曲:古関裕而、指揮:H.C.リーンショーテン、演奏:ロイヤル・ネヴィー・バンド、発売:1964年、ビクター(フィリップス)。

 2009年10月3日(日本時間)、国際オリンピック委員会(IOC)総会で、2016年夏季五輪の開催地がリオデジャネイロに決まりました。
 私は、それでよかったのだ、と思っています。日本が一番幸福だったあの15日間、あの喜びをブラジルの人々にぜひ味わっていただきたい。ブラジル経済が上向きである今だからこそ、それが相応しいのではないか。そう思うんですよ。

 1964年の東京大会。
 私の直接的体験は、マラソンの折返し地点でアベベ・ビキラをこの目で見たこと、ただそれだけでした。しかしブラウン管を通じて私は、開会式や重量あげ、陸上、体操、競泳、柔道、バレーボール、その他いろいろな競技、そしてあの閉会式をほぼ同じ日に見ることができた。これは非常にラッキーなことでした。
 日本人はあのとき紳士淑女たらんと希(ねが)い、大いに日本選手を応援しつつも、外国選手に対する賞賛の拍手を惜しみませんでした。これは子供心にも日本人の美徳であると意識されたものです。実際日本人がここまで立派に大会を成し遂げたことに対して一番驚いたのは“敗戦国日本”を見縊っていた欧米各国であり、その認識を改めさせたことに日本人誰しもが心の底から快哉を叫んだものです。
 その結果、戦前のカルト的愛国心が落ちたあとの寄る辺なき魂の空漠を、“人としての矜恃”を以て埋めることができた。東京大会の最大の収穫はまさにそこにあったと私は感じております。

 各々の競技について語ると限(きり)がありませんし、感涙でモニタの字が見えなくなりそうですから措いとくとして、ここでは10月24日の閉会式について触れておきたい。
 整然とした開会式も大いに感動しましたが、何と申しましても、あの友情に満ちた閉会式を私は終生忘れることはできないでしょう。私の人生の原点、といってもいい。「地上の平和」とはもしかしたらこういう光景なのかもしれない、そう感じさせる、たいへん素晴らしいものでした。

 各国の選手・役員全員が収まる控え室は国立競技場にはありませんから、閉会式に参加する選手団は、開会式同様、外で待機しておりました。しかも場内フィールドでは直前まで馬術競技が行なわれており、雨雲が空を覆っていたこともあって、何が予期せぬ事態が起きるのではないかと、心配する向きもあったようです。
 馬術競技自体の終了は15時47分。予定より少し早かったといいます。しかし表彰式がありますので時間的な余裕はありませんでした。
 相模湖、八王子、大磯の選手村分村にいた選手・役員らは昼過ぎからバスで出発、15時40分までに代々木選手村へいったん集合し、3グループに分けふたたびバスで明治公園円周道路へ移動。到着順に神宮絵画館前広場で待機し、16時10分、ようやく結集・整列が完了しました。
 17時、予定どおり閉会式が始まります。10月のこととて陽はもうすっかり落ちていましたが、競技場の照明が場内を真昼のように照らし出しています。
 6万5000乃至7万余名(中継アナウンスでは「7万5000名」)の大歓声と拍手・手拍子に迎えられ、これもまた開会式と同じように、古関裕而作曲のオリンピック・マーチが力強い調子で始まりました。
 すでに絵画館前の中央階段を上り、G門(青山門)前~神宮プール前~N門(マラソン門)前の道路を移動していた選手団は、千駄ヶ谷門側北ゲートからフィールド内トラック部分へ入場しました。
 開会式と違うのは、選手団の半数近くが閉会式を待たずに帰国しているため、参加94カ国の旗手だけが先に入場し、残っている各国選手団4000余名がそのあと国別に行進するという点でした。
 一列に並んだ旗手団の先頭は開会式と同じくギリシャ、しんがりは一番新しい国ザンビアに続いて、開催国日本。ここまでは整然とした行進が続いていました。そして、まもなく日の丸を掲げた福井誠選手がトラックに入ろうとしたその時です。
 外国人選手らが福井選手を肩車して登場したのです。
 それはまったくのハプニングでした(※のち演出と判明)。観衆がわぁっと沸きます。
 あとに続く大勢の外国人選手たちは勝手に自国の集団を離れ、めいめいが思い思いの調子でトラックを歩いています。もはや誰が誰やら、国籍も民族も杳(よう)として知れません。もちろん日本選手団だけはマジメにかたまって動いていました、胴上げされてる福井選手を除いては。
 肩を組み互いの健闘を称える者、並んで日本式のお辞儀をする者、ゼッケンのついたランニングシャツ姿で走る者、雨に備えて持参していた傘をくるくると回して踊りだす者、カメラで観客を撮る者、逆周りで歩き出す者、楽団の指揮を真似る者が現れるなど、誰も予想も想像もしていなかった展開となったのです。
 それらが悪ふざけではなく、この大会に満足し、楽しんでいる、その喜びの自然な表出、発露であろうことは、観衆にも警備担当者にもストレートに伝わっていました。そこにいた誰もがこのうえなく素敵な笑顔だったからです。
 それまで実直な語り口で生中継していたNHK福島幸雄アナウンサーでさえ、歓喜の爆発が伝染(つたわ)ったようで、おもわず相好をくずし、活舌を乱しながら、
 「そして、ニッポンのォ、福井選手がついに各国選手に胴上げされました。そして肩車、肩車をされまして、いま第2コーナーからバックストレートに入るところ」
「あっ、アフリカの選手が日本の選手団の中にいます」
とその様子を伝えています。
 乱れに乱れて、選手団がなかなか定位置に就かないので、福島アナはしまいには少し腹を立てながら「オリンピックは平和であります」と繰り返したそうです。
 ようやく選手団がフィールド内に収まっても興奮は収まりません。すでに予定は十数分遅れていました。ここで区切りをつけるかのように照明が一度落とされ、それぞれの国歌とともに順次掲揚されるギリシャ、日本、メキシコの国旗を、スポットライトが浮かび上がらせました。
 ついでIOCブランデージ会長の閉会宣言。
 350人によるオリンピック讃歌の大合唱とともに、聖火台の火が静かに落とされていきます。やがて消える炎。
 フィールド内の五輪旗とスタジアムの各国旗が降納されます。
 五輪旗は5発の礼砲が轟く中、6名に掲げられつつ南ゲートから退出しました。
 そしていよいよ閉会式の最も美しい瞬間が訪れます。
 別れの歌『蛍の光』の合唱をきっかけに、電光掲示板には、

SAYONARA

の文字が点灯しました。
 フィールドを囲む女子学生たちが手にした松明をゆっくりと上下に動かし、暗闇を照らし出しています。
 どこからか選手のかたことの日本語が聞えてきます。「サッヨォーナラ!」
 『蛍の光』の演奏のテンポが速くなりました。選手団の退場です。
電光掲示板には、

WE MEET AGAIN IN
   MEXICO
 CITY   1968

のメッセージが。
 旗手、選手たちが再会を約し、肩を組み、握手を交わしながら、ゲートに向って歩いていきます。
 この日この瞬間、世界のライバルたちは真の友となり、さらにまたライバルとして相見(あいまみ)えることを誓いつつ、別れのときを迎えたのです。

 ありがとう。そしてお元気で。4年後、またメキシコ市で会いましょう。さようなら・・・

 そのときです。一陣の風がグラウンドをサーッと吹き抜けました。あれは、敗者たちの無念を鎮めるオリンポスの神の息吹きであったのか、それとも国へ帰る選手たちを渡り鳥に見立てた雁渡しの風ででもあったものか。

 18時18分、全選手団の退場が終了。皇族、来賓も退席され、観客が席を立ち始めたころ、場外2か所から空高く花火が打ち上げられ、大会の無事と大成功を寿いだのでした。

 18時30分すぎには観客もおおかた退場し了わり、国立競技場に静けさが戻ってきました。おなじころ新宿御苑では、担当大臣、政府要人、各国貴賓、在日大公使、IOC役員、各国役員・選手、国会議員、東京・神奈川・埼玉の知事ら約1万2000名が出席し、サヨナラパーティ(選手役員等のレセプション)が始まろうとしていました。多数の模擬店が設けられ、特設ステージでは三波春夫、坂本九、梓みちよら有名歌手が歌ったといいます。これは関係者だけが知る本当のラスト・シークエンスでしょう。

 さて、今回の『私を作った101枚』は、東京オリンピックの開会式、閉会式の選手入場行進の際に演奏された『オリンピック・マーチ』です。あの15日間の印象がこの1曲に凝縮されていて、聴くたびにその感激が鮮やかによみがえってくる、そういう曲です。
 演奏しているロイヤル・ネヴィー・バンドとはオランダ王室海軍軍楽隊のことで、1864年、時のオランダ皇帝ウィレム三世によって創設された歴史ある名門ブラスバンドとして、広く知られております。
 開会式、閉会式で実際に消防庁音楽隊・海上自衛隊音楽隊が行った演奏に較べると、気持ちテンポが遅い気がしますが、それは聴くための行進曲と行進のための行進曲の違いなのでしょう。

参考文献:
政治新聞社『オリンピックを迎える首都東京の展望』1961年2月発行 3500円

警視庁『オリンピック東京大会の警察記録』1969年11月発行 非売品
朝日新聞社『’64 東京オリンピック』1964年12月15日発行 2800円

(2009年10月3日)

 

追加記事

 というわけで、例によってSONO-COLOアワーの情報です。
 SONO-COLOアワーでは2回にわたって東京オリンピックを回顧し懐古する企画をやっております。

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SONO-COLOアワー
1982(昭和57)年10月8日放送 第44回
タイトル「オリンピアードの星は廻りて」

アバンタイトル:第11回ベルリン大会ヒトラー総統の開会宣言

a) 同ベルリン大会 ファンファーレ

1 東京オリンピック/古川緑波

b) 第15回ヘルシンキ大会 ファンファーレ~聖火~閉会式
c) 第16回メルボルン大会 ファンファーレ~聖火~閉会式
d) 第17回ローマ大会 ファンファーレ~グロンキ伊大統領開会宣言~閉会式

2 東京五輪音頭
   a) 三波春夫
   b) 三橋美智也
   c) 橋幸夫
   d) 北島三郎、畠山みどり
   e) 坂本九、ダニー飯田とパラダイス・キング

3-1 海をこえて友よきたれ/藤山一郎
3-2 この日のために/三浦洸一、安西愛子
3-3 海をこえて友よきたれ/友竹正則、ヴォーチェ・アンジェリカ
3-4 東京オリンピック音頭/橋 幸夫、市丸、松島アキラ、神楽坂浮子
3-5 海をこえて友よきたれ/藤原 良、高石かつ枝
3-6 日本ばんざい/神戸一郎、花村菊江、五月みどり、中尾 渉、唐品由美、花ノ本寿

4 バンザイ東京オリンピック/面高陽子
5 さあ!オリンピックだ/平尾昌章(=平尾昌晃)、伊藤アイコ

(ナレーション)(BGM)オリンピック・マーチ/ロイヤル・ネヴィー・バンド
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 音源に使用したのは、

(上左)日本コロムビア発売『東京オリンピック』5枚組LPセット
(上右)パイロット万年筆発売『オリンピック栄光の記録 NHK録音集』5枚組LPセット

 『オリンピック栄光の記録』は歴代オリンピックの実況の音が貴重ですが、東京大会の閉会式については、アドリブが多かったせいか、いいとこが抜けてまして、代わりに実況を担当した福島アナの、弁明とも取れる回顧談に時間を割いています。
日本コロムビア5枚組の音も実況はすべてNHK音源となっていますが、こちらは閉会式にレコードの片面以上を充てています。

 ロッパの『東京オリンピック』は1936(昭和11)年12月、ビクターから発売されたSP盤。といえばもうお察しのことと思いますが、これは東京で開催されることが決まった第12回大会を当て込んで出されたコミック・ソングでして、歌詞には活躍が期待される選手として孫(基禎)、田島(直人)の名が登場します。B面は能勢妙子と徳山璉の『スポーツ小唄』でした。

(上左)『東京五輪音頭 c/w 東京五輪おどり』三波春夫 1963年8月
(上右)『東京五輪音頭』三橋美智也 c/w 『新日本音頭』北見和夫、下谷二三子、新川二郎(=新川二朗)、小野由紀子 1964 キング

(上左)『東京五輪音頭』橋 幸夫 c/w 『東京音頭』橋幸夫、三沢あけみ 1964年 ビクター
(上右)『東京五輪音頭』 c/w 『前向きで行こう』坂本 九、ダニー飯田とパラダイス・キング 東芝

(上左)『海をこえて友よきたれ』藤山一郎 c/w 『栄冠』海上自衛隊東京音楽隊 東芝
(上右)『この日のために』三浦洸一、安西愛子 c/w 『東京オリンピック音頭』橋 幸夫、市丸、松島アキラ、神楽坂浮子 1962年 ビクター

 『海をこえて友よきたれ』はNHK制作の「東京オリンピックの歌」で各社競作となりました。
藤山一郎盤のB面はレイモンド服部作編曲の行進曲『栄冠』。東京オリンピック前夜祭のために作ったとの作者ご本人の一文が掲載されています。歌手藤山一郎と作曲者レイモンド服部の楽曲が東芝からリリースされたというところに意外感があります。

(上左)『海をこえて友よきたれ』友竹正則、ヴォーチェ・アンジェリカ c/w 『東京五輪音頭』三橋美智也 キング
(上右)『海をこえて友よきたれ』藤原 良、高石かつ枝 c/w 『東京五輪音頭』北島三郎、畠山みどり 1963年6月 日本コロムビア

(上左)『日本ばんざい』神戸一郎、花村菊江、五月みどり、中尾 渉、唐品由美、花ノ本寿 c/w 『日の丸あげて』藤原 良、高石かつ枝、青山和子、草野士郎 1963年2月 日本コロムビア
(上右)ソノシート『バンザイ東京オリンピック』面高陽子 c/w 『日の丸あげて』藤原 良、高石かつ枝、青山和子、草野士郎

 『バンザイ東京オリンピック』は日本コロムビアの電機製品を購入し協賛カードを送付した人に進呈されたソノシート。
 当時、同社はオリンピック資金調達を行っていた財団法人東京オリンピック資金財団の協賛会員で「われわれの手で世界に誇れる大会を完成しよう」運動を推進しており、売り上げから財団へ寄付をし、購入者にこのソノシートと抽選券を渡していたそうです。
 またこの曲は日本コロムビアの童謡シリーズ「コロちゃん」の系列として、シングル盤も発売されていて、そのB面はコロムビア児童合唱団『オリンピックはすてきだな』でした。

(下左) シングル盤のレーベル『オリンピックはすてきだな』コロムビア児童合唱団 1963年4月 日本コロムビア
(下右)『さあ!オリンピックだ』平尾昌章(=平尾昌晃)、伊藤アイコ c/w 『思い出の泉』伊藤アイコ 1964年 ビクター

 平尾昌章、伊藤アイコの『さあ!オリンピックだ』は井田誠一・作詞、いずみ・たく作編曲。B面の『思い出の泉』はローマでの恋を歌っています。

 

 以上の第44回から1回おいた第46回に、ふたたび東京オリンピックを取り上げました。この回では思い出の名シーンと閉会式の感動がテーマです。

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SONO-COLOアワー
1982(昭和57)年10月22日放送 第46回
タイトル「さらばTOKYO 聖火来り去る」

アバンタイトル (アナ中継)「フィールドに・・・その幕を閉じたのであります」

1 フレッシュ東京/吉永小百合

a) 東京大会 バレーボール女子 リーグ決勝 日本対ソビエト
b) (インタビュー)河西昌枝
c) 東京大会 水泳女子 100m決勝 田中聡子
d) 東京大会 体操女子 床運動 ベラ・チャスラフスカ

(BGM) 映画『東京オリンピック』(作曲:黛敏郎)
(セリフ) 大映『セックス・チェック 第二の性』より 安田道代(=大楠道代)、緒形 拳

(ドキュメント)マラソン折返し地点が設けられた東京都調布市の本田嘉一郎市長

(M) サヨナラ東京/坂本 九

2 GOLDEN PAVILION (KINKAKUJI) /NORRIE PARAMOR’S STRINGS & ORCHESTRA

e) 東京大会 閉会式実況

(M) 蛍の光
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(上左)『フレッシュ東京』吉永小百合 1964年2月 ビクター
(上右)記念ホノシート『感激の東京オリンピック』

記念ホノシート『感激の東京オリンピック』
企画・松下電器
 TBSラジオ実況放送に、芥川隆行の語りをミキシングしたもので、ソノシート1枚に、開会式、重量あげ、レスリング、体操競技、マラソン、ボクシング、バレーボール、閉会式をコンパクトにまとめています。何といっても芥川の語りが絶品で、たしかこの回の放送のラスト「蛍の光」部分の音源はこれから採ったように記憶しています。

(上)カルピス食品株式会社『カルピス オリンピック ハイライト ソノシート』1964年10月
 ソノシート5枚組で、金具を使わず折っただけの紙ジャケットが異色です。
 記述によると、カルピスは選手村で提供され各国選手に愛飲されたとか。
 音源提供は日本民間放送連盟。開会式、閉会式の音源はTBSとなっています。

(上右)『調布市政10周年記念ソノシート』レーベル部分
制作:日本コロムビア
’64年の想い出
  NHK実況放送より 開会式、マラソン競技
その日の想い出
  調布市長 本田嘉一郎

 思い出の名シーンでは、柔道無差別級ヘーシンク対神永、重量あげフェザー級三宅、男子種目別つり輪早田、マラソン円谷、棒高跳びハンセン、男子100mヘイズ、などなど、時間の都合で割愛せざるをえなかったのが残念でした。

(上)米輸入盤LP『IN TOKYO-IN LOVE』 Norrie Paramor’s Strings & Orchestra with the voice Patricia Clarck(1964)
ノリー・パラマー(日本語ではノリー・パレイマーの表記も)は英コロムビア・レコードのプロデューサー、作曲家、アレンジャーで、クリフ・リチャードやヘレン・シャピロ等を担当していた人です。ノリー・パラマー楽団名義のイージー・リスニング物はアメリカではキャピトル・レコードから発売されていました。
パラマーはこれ以前に2枚(THE STREET OF TOKYO, RAINY NIGHT IN TOKYO)、日本をテーマにしたアルバムを出してるのですが、どうしてもエキゾチ(シ)ズムのフィルターがかかってしまうようです。収録曲には歌謡曲も含まれてまして、このアルバムでは『黒い花びら』『黄昏のビギン』『上を向いて歩こう』『可愛いめんどりが歌った』など、当時、キャピトルが契約していた東芝の曲を演ってます。
 ちなみに金閣寺をイメージした『Golden Pavilion』はパラマー自身の作品です。”外人選手が日本に対して抱いたイメージ”はこんなんではなかったか、ということでチョイスいたしました。

 
 

開会式楽曲クレジット:
君が代
オリンピック序曲 作曲:團伊玖磨
電子音楽 作曲:黛敏郎
<選手入場行進曲>
  オリンピック・マーチ 作曲:古関裕而
  後甲板にて 作曲:ケネス・アルフォード
  海を越える握手 作曲:スーザ
  サンブルとミューズ(サンブル・エ・ミューズ連隊) 作曲:ジーン・ロベール・ブランケット
  祝典行進曲 作曲:團伊玖磨
  剣と槍 作曲:H.シュタルケ
  交響曲第9番 作曲:ベートーヴェン
オリンピック東京大会ファンファーレ 作曲:今井光也 / 日本体育協会日本オリンピック委員会
オリンピック讃歌 作詞:カ・パラマ(カ・パイアマ)、作曲:スピロ・サマラ、編曲:古関裕而、訳詞:野上 彰
オリンピック東京大会讃歌(A) 作詞:佐藤春夫、作曲:清水 修

閉会式楽曲クレジット:
電子音楽 作曲:黛敏郎
<選手入場行進曲>
  オリンピック・マーチ 作曲:古関裕而
  旧友 作曲:タイケ
  後甲板にて 作曲:ケネス・アルフォード
  海を越える握手 作曲:スーザ
  サンブルとミューズ(サンブル・エ・ミューズ連隊) 作曲:ジーン・ロベール・ブランケット
オリンピック東京大会ファンファーレ 作曲:今井光也 / 日本体育協会日本オリンピック委員会
オリンピック東京大会讃歌(B) 作詞:西条八十、作曲:小倉 朗
オリンピック讃歌 作詞:カ・パラマ(カ・パイアマ)、作曲:スピロ・サマラ、編曲:古関裕而、訳詞:野上 彰
鼓隊マーチ 作曲:須摩洋朔
ギリシャ国歌
君が代
メキシコ国歌
蛍の光

 

 この2回の東京大会の特集で使わなかった音源も多数ありました。
 参考のために以下に列挙しておきたいと思います。

(上左)『月刊朝日ソノラマ』1963年10月号(No.46)
巻頭特集「オリンピックまであと一年」
(文)山口瞳の「江分利満氏のオリンピック論」
(写真)聖火台の点火実験、銀座4丁目付近の地下鉄工事現場、ほぼ完成した高速4号線千駄ヶ谷付近

(上右)シングル盤『オリンピックを讃えて』作曲:須摩洋朔、演奏:陸上自衛隊中央音楽隊1962年 キング
 須摩洋朔(すま・ようさく)は戦前の陸軍軍楽隊のころから活躍していた、有名な作編曲家・トロンボーン奏者。

(上左)明星1964年10月号付録ソノシートの台紙
 これにオレンジ色のソノシート1枚が付いています。曲は橋幸夫の『みんなの旗』と『人間みな同じ』。作詞は両曲とも川内康範で、「白地は正義だ」なんてあるのでさすが康範先生、右翼チックだなんて思ったら君が代の「君はみんなをさしている」と案外バランスをとってたり。

(上右)テイチク・フォノグラフ『東京オリンピック’64』
NHK実況放送からトータル1時間分を収録したソノシート4枚組。写真多数。発行日は不明。

(上左)日本WHO協会『オリンピック讃歌』ソノシート1枚
 作詞:パラマ、作曲:サマラ、訳詞:野上 彰の『オリンピック讃歌』が収められています。

(上右)朝日ソノラマ『東京オリンピック』
 NHKラジオ実況放送による音の記録。ソノシート3枚。
 こうしてみてみると、テレビの実況中継の音声を使ったレコード、ソノシートがありません。テレビの実況はやはり画像中心ということで、アナがあまりしゃべらなかったようです。

(上左)『月刊朝日ソノラマ』1963年11月号(No.59)
 巻頭特集「オリンピックが変えた東京」

(上右)『毎日グラフ 別冊1965年1月号<12人の魔女>』付録
 12人の魔女 勝利の声
 五輪優勝の瞬間、表彰式、大松監督の声、涙にむせぶ魔女たち
 企画:毎日グラフ編集部
 資料提供:民放連オリンピックラジオ放送本部
 制作:ニッポン・エコー

 

(2009年10月3日)

 

追加記事

 資料室を調べてたら、後からこんなものが見つかりました(写真:クリックで拡大)。

(上左)アサヒグラフ 1964年10月2日号 80円
    『オリンピック選手村ひらく』
     74万7450平方メートルの代々木ワシントンハイツが1963年12月に米軍から返還され、11億円をかけた突貫工事の末ついに完成した選手村。記事では9月15日にオープンした代々木本村を紹介しています。
    ほか、韓国選手団受け入れ準備のため来日した孫基禎氏の記事。
    五輪関連以外では、国連のロビー活動を取材した『国連ロビーの外交官たち』、アメリカの超小型電気自動車ランブル・シート、輸出用カナリヤの飼育を始めた閉山炭鉱の人たち、電子ビームの微細加工技術、新幹線No.1号切符入手者、建築制限の新大阪駅周辺、失敗に終ったベトナム9月13日ラム・バンパト准将のクーデター、など。

(上右)アサヒグラフ 1964年10月16日号
    『栄冠へ精鋭つどう・代々木選手村の生活』
    表紙写真:女子100メートル背泳クリスチーヌ・キャロン(仏)
    各国有名選手のようす、日本選手団結団式、「金メダルは15個以上を 日本の優勝予想」、開幕を待つ選手村、外人観光客を一般家庭が受け入れる「民泊」、等の記事。
    五輪以外では「門出 結婚の儀をおえられて 常陸宮両殿下」、「創傷外科の進歩」「森英恵 歌謡曲『氷雪の門』のために」、「“新名所”岐阜羽島駅」など。

(上左)アサヒグラフ 1964年10月23日号
    『オリンピック東京大会開く』
    開会式、重量あげ、飛板飛込み、競泳男子100メートル自由形、ボート、近代五種、バレーボール、バスケット、レストング、
    「後半戦を占う メダルはいくつ日本の手に」、「後半の見どころ 体操、柔道」バレーボール、女子80メートル障害」、「本誌記者座談会 各国選手見たまま」等の記事。
    「善意通訳 マミちゃん」というルポがあり何だろうと思い、よく読んでみたら、今でいう民間ボランティアの通訳のことでした。

(上右)アサヒグラフ 1964年10月30日号
    『速報 東京オリンピック』
    男子体操規定、男子砲丸投げ、女子五種競技、男子800メートル決勝、棒高とび、女子100メートル決勝、男子100メートル決勝、20キロ競歩、女子走幅とび、女子バレー、重量あげ、レスリング(フリースタイル)、競泳女子100メートル自由形決勝、サッカー予選リーグ、男子1万メートル、バスケットボール、女子100メートル背泳決勝、男子100メートル背泳決勝、飛込み、海路で来日した五輪見物客、等の記事。
    五輪以外では「三人乗り宇宙船 ウォスホート無事帰還」の話題。

(上左)アサヒグラフ 1964年11月6日号
    『東京オリンピック終る』
    表紙写真:女子バレー涙の表彰式
    巻頭の特集は「池田首相辞任」。
    五輪記事では女子バレーチーム、外国人選手たち、マラソン、女子80メートル障害の依田郁子、体操女子規定、総合馬術耐久レース、ヨット、男子体操6種目、柔道、ブルガリア選手が選手村で神前結婚式を挙げた等の話題。
    外国人選手らが東京の街を見物した、外国人観光客が目立っている、というので、記事タイトルは「あふれる国際色 東京の十月」。なんかほほえましいですね。
    アサヒグラフはこの時期、増刊『東京オリンピック』280円を発行しています。

(上右)日本書籍出版協会発行『世界各国オリンピックポスター集』250円
    付・開催地の記念切手一覧
    亀倉雄策デザインの有名な公式ポスターはじめ歴代オリンピックのポスター(縮刷版)を集めたもの。これは貴重です。

(上左)わせだ書房発行、東龍太郎著『オリンピック』1962(昭和37)年5月17日初版の箱。
(上右)中の本。
時の東京都知事の著作となっていますが、近代オリンピックの歴史と理念に関わる部分はライターの書いたものではないかと考えられます。また関係者の寄稿『オリンピック余話』にもかなりの紙数が割かれています。
この本は発行年の翌年の成人式で、新成人に配布されたようですね。

(2009年10月5日)

追加記事

カクテルの辞典を披くとたいてい載ってるんですけど、東京オリンピック記念のカクテルが存在します。
名前は『マイ東京』(MY TOKYO)。
オリンピック開催記念のコンクールで優勝した作品で、考案者は大阪の上田芳明氏。
実はだいぶ前に私はバーテンダーさんにこのカクテルを作ってもらい、飲んだことがありました。
ウイスキーベースということで、けっこうクラッときます。

(2009年10月17日)

追加記事

(2010年11月19日)

追加記事

2011/09/29
 第3回定例都議会は28日、各会派の代表質問が行われ、20年夏季五輪招致についての質疑が相次いだ。16年五輪招致で約150億円を費やした招致費用について、都側は「半減させることも可能」と答弁した。石原慎太郎知事は「大震災からの復興にも大きな意味を持つと思う。わが国の復興と再生のために今必要なことは、国民が一つになれる夢を持つことだと思う」と述べ、改めて「復興五輪」への決意を示した。
毎日新聞 2011年9月29日 地方版
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20110929ddlk13050238000c.html

2011/10/18
東京都が招致を目指している2020年夏のオリンピックについて、東京都議会は、招致の実現を求める決議を賛成多数で可決しました。
この決議は、2020年夏のオリンピックを東京で開催するよう求めて、都議会の民主、自民、公明の各党が共同で提案したもので、オリンピックの開催は東日本大震災からの復興に向けた象徴的な目標になるなどとして、東京への招致を強く求める内容になっています。これに対して共産党は「都民はオリンピックよりも、震災からの復興や防災対策の充実を求めている」などとして、決議に反対しています。東京都議会は、18日に開かれた本会議で招致決議の採決を行い、決議は民主党や自民党、公明党などの賛成多数で可決しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111018/t10013343911000.html

前回招致運動の時に使った約150億円。あれは都税で収めた都民のカネです。
あれを半分にするからもう一回使わせろって話に、石原知事を支える民主党、自民党、公明党などが賛成した。
ダメだねぇ、、、
(2011年10月18日)

追加記事

<参考>
Helmut Zacharias And His Orchestra – Tokyo Melody(1964)

  ※(追記:この動画は削除されました

 


(右)LP『Tokyo Melody』Helmut Zacharias And His Orchestra
タイトル曲はドイツ人ヴァイオリン奏者で作曲家のヘルムート・ツァハリアス自身が書き下ろしたもの。イギリスでヒットしたそうですが、日本も含め他国ではどうだったんでしょう。

Gerry Glenn & His Orchestra – Tokyo Melody(1964)

Sheridan Hollenbeck Orchestra – Tokyo Melody

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Les Aoûtats – Un jour à Tokio

Vi Velasco – Tokyo Melody
from the album “The Vi Velasco Album”(1964)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

Tsai Chin – Tokyo Melody(1964)
DECCA F 12039
最後に日本語のセリフが入ります。

(2011年11月4日)

追加記事

Tokyo Winter Olympics, Hirohito Opens Games 1964/10/12

海外のニュース映像。
(2011年12月1日)

追加記事

小野巡・淺草さくら子 – 東京オリンピック
作詞:佐々木緑亭、作曲:安部 盛。昭和十二年。ミリオン宣伝盤。

  ※(追記:この動画は削除されました

 

初めて聞いた楽曲です。
俗謡を織り込んだ面白い構成ですね。
(2012年3月31日)

追加記事

Paul Würges – Olympic Nights(1963)
ドイツのサーフィンインスト。時期的に東京五輪を当て込んだ?

Olympic-Big Beat – Olympic-Rock(1964)
これもドイツ。

(2013年7月5日)

追加記事

130908_asahi_nagare2013年9月8日5時42分
国際オリンピック委員会(IOC)は7日(日本時間8日)、アルゼンチン・ブエノスアイレスでの第125次総会で、2020年夏季五輪の開催地に東京を選んだ。1964年以来56年ぶり2度目の夏季五輪で、アジアでは2008年北京大会以来3大会ぶり。東京は安定した財政・都市基盤や開催能力を前面に押し出し、失敗した16年招致の雪辱を果たした。
 他に立候補した都市は、スペイン・マドリードとトルコ・イスタンブール。総会では3都市がプレゼンテーション(招致演説)した後、投票を開始。過半数を獲得する都市が出るまで最下位の都市を振り落とす方式で、無記名の電子投票が行われた。
http://www.asahi.com/special/2020hostcity/articles/TKY201309080015.html

 国際オリンピック委員会(IOC)は9月8日、2020年夏季オリンピック開催地を東京に決定した。首相官邸は決定直後、LINEで速報し、現地入りしている安倍晋三首相からの喜びの言葉を伝えた。
 日本時間の8日午前5時20分ごろ、IOCのジャック・ロゲ会長が東京の名前が入ったカードを披露し、開催地決定を伝えた。
 その直後に首相官邸はLINEで一報。「この勝利は、国民が一つになった結果。熱い思いが、世界に伝わったのだと思います」といった安倍首相の喜びの言葉と、ガッツポーズする安倍首相の写真を送信した。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1309/08/news008.html

 産経新聞社は8日、大阪市阿倍野区の「あべのハルカス」前とJR大阪、京橋両駅前の計3カ所で、「2020年夏季五輪の開催都市は東京」を報じる号外計1万部を配った。
 駅の利用客や買い物客らは刷り上がったばかりの号外を次々に手に取り、明るいニュースに笑顔を見せていた。
 サッカーのクラブチームでFWをしているという大阪府東大阪市の中学1年、藤原善清(よしずみ)君(12)は「ちょうど僕らの世代のオリンピックなので、出場できるよう練習をがんばりたい」と声を弾ませた。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_sports/news/130908/wsp13090811290003-n1.htm

2020年夏季五輪開催都市 東京に決定!(13/09/08)
公開日: 2013/09/07
2020年夏季五輪の開催都市に東京。決選投票でイスタンブール破る。

logo
(上)3都市それぞれの大会ロゴ

130908_02
(上)9月7日午後5時20分(日本時間同8日午前5時20分)ジャック・ロゲIOC会長が開催都市を発表した瞬間

これにより関連施設の建設・改築・整備、首都高の地下化など、大掛かりな建築土木工事が行なわれることになりました。
その資金は税金・借金です。まずはそのカネが無駄にならないよう、首都直下型大地震や放射能被害の拡大が起こらないことを切に願いたいと思います。

そして石原都政下で発生した新銀行東京の不正融資・焦げつき、都所有施設の赤字等の処理・責任追及がウヤムヤにされないよう 監視しなければならないでしょう。

さらにまた大型利権で私腹を肥やす役人や政治家の跋扈を阻止しなければならない。

そうした部分がお祭りムードで掻き消されてしまうさまを黙って見ていなければならないのは、つらいですねぇ……

(2013年9月8日)

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Vienna Boys Choir – Tokyo Olympic Hymn(1964)
ウィーン少年合唱団 – 東京オリンピックの歌

  ※(追記:この動画は削除されました

 

高石かつ枝、藤原良 – 海を越えて友よきたれ(1963)

  ※(追記:この動画は削除されました

 

(2013年10月10日)

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2020年東京五輪が決定づけた、東京の再成長と地方の没落
伊東 良平
不動産鑑定士/一級建築士
(中略)
オリンピックの開催により、国が首都である東京にカネと労力を振り向ける言い訳が与えられる。地方を無視して、ひたすら首都への投資に集中することに反対する者が減るであろう。人口が減少している地図の緑から青の地域は、住む人が減っているのだから、本来であれば公共施設やインフラの規模を小さくして、国民の税負担を軽減しなければならないはずだ。しかしそれは「公共施設やインフラを廃止する」というこれまでしたことのない選択を自治体に迫ることになる。インフラの廃止は地域の地価下落を加速し、不動産を担保とした地域金融はますます機能しなくなる(※注1)。日本の地方都市はこのように”縮小”してゆく。
2020年のオリンピックは、「東京オリンピック」であって、「日本オリンピック」ではない。オリンピックの開催により、東京(※注2)や外国人に注目される町は再発展し、外国人に注目されない地方都市は切捨てられ都市間格差がさらに拡大するであろう。それは”オリンピックを成功させるため”であろうから。

http://agora-web.jp/archives/1557907.html

2020年東京五輪に向け、物・人・カネの首都一極集中が加速し、地方との格差がより拡大する、との認識に私もハゲシク同意する。
また同じ東京である必然性は那辺にあったのか。単に知名度の問題か?
(2014年5月12日)

追加記事

2015/03/03
 吹奏楽の人気強豪校・精華女子高(福岡市)吹奏楽部のデビューCDが2日、第29回日本ゴールドディスク大賞の「クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を獲得した。過去に指揮者の小澤征爾や世界的チェロ奏者のヨーヨー・マらも受賞した賞を女子高生バンドが手にした。
 クラシック部門で年間トップの売り上げを記録したアルバムに贈られるこの賞を受けたのは、昨年2月に発売された「熱血!ブラバン少女」(ソニー・ミュージック)。高校の吹奏楽部が受賞したのは初めてだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150303-00000037-asahi-soci

2014/02/18
 全日本吹奏楽コンクールで金賞を9回受賞した精華女子高校(福岡市博多区)吹奏楽部のデビューCD「熱血! ブラバン少女」(12日発売)が、オリコン週間アルバムランキングのクラシック部門(24日付)で初登場1位となった。オリコンが17日発表した。同社によると、16日までの発売初週の売り上げ枚数は2267枚で、高校吹奏楽部のCDの部門首位は珍しいという。
http://www.asahi.com/articles/ASG2K6FQ6G2KTIPE02X.html

150305_01熱血!ブラバン少女
2014.02.12
アルバム
¥2,381+税
SECL-1464
全日本吹奏楽コンクール2013金賞!
あの!!ブラバンがCDデビュー!!

DISC 1
1. FESTIVAL VARIATIONS
作曲:Claude T. Smith
2. オリンピック東京大会ファンファーレ
作曲:今井光也 / 日本体育協会日本オリンピック委員会
3. オリンピックマーチ
作曲:古関裕而
4. OLYMPIADA
作曲:Samuel Robert Hazo
5. トランペット吹きの休日(Bugler’s Holiday)
作曲:Leroy Anderson  編曲:山下国俊
6. FUNNY SLIDES
作曲:Wilhelmus Laseroms
7. SINFONIA FESTIVA (FANFARE)
作曲:Arne Running
8. SINFONIA FESTIVA (ARIA)
作曲:Arne Running
9. SINFONIA FESTIVA (TOCCATA)
作曲:Arne Running
10. GREENSLEEVES
作曲:Claude T. Smith
11. Landscapes
作曲:Rossana S Galante
12. 斐伊川に流るるクシナダ姫の涙
作曲:樽屋雅徳
13. 銀河の伝説
作曲:福島弘和
14. ARMENIAN DANCES ( PART I )
編曲:Alfred Reed
15. Hang ‘Em High
作曲:Dominic Frontiere 編曲:Jay Bocook
16. THE LORD OF THE DANCE
作曲:Ronan Padraig Hardiman 編曲:Johnnie Vinson
17. Cheerio
作曲:Edwin Franko Goldman

http://www.sonymusic.co.jp/artist/seikajyoshikoutougakkousuisougakubu/discography/SECL-1464

これは買おうと思いました。
(2015年3月5日)

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2015/03/23
三島由紀夫の東京五輪取材ノート見つかる
 作家の三島由紀夫(1925~70年)が昭和39年の東京五輪を取材したノートを、山梨県山中湖村の三島由紀夫文学館が保管していることが23日、分かった。競技の細部や選手らの表情が克明に記録されており、三島が五輪をよく観察していたことが伝わってくる。
 三島は新聞3紙の依頼を受けて五輪を取材し、観戦記を寄稿していた。ノートの存在は知られておらず、新潮社の「決定版三島由紀夫全集」にも未収録だった。B5判の市販ノートの表紙には「Olympic」と記載されており、開会式や各種競技、閉会式などの様子を丹念にメモしている。
 開会式で聖火リレーの最終ランナー、坂井義則さんが聖火台へ向かうさまは「手を高く掲げて(三時十分)聖火台の横に立つ。笑つたやうだ」と記録。女子バレー決勝でソ連を下した日本選手団については「タオルで床をふく、女の子らしい仕草(しぐさ)」に目をとめるなど、細かな観察が光る。
 村が約20年前に遺族から購入した資料を整理する過程で見つかり、昨春から近畿大の佐藤秀明教授らが内容の精査を行っていた。
http://www.sankei.com/life/news/150323/lif1503230040-n1.html

ノートやメモは作品ではないわけで、作家としては世人の目に晒したくはないはずだ。
(2015年3月23日)

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面高陽子 – バンザイ東京オリンピック
作詞:吉岡治、作曲:越部信義

(2015年4月11日)

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感激の東京オリンピック B面
マラソン~ボクシング~バレーボール~閉会式
【語り手】芥川隆行
2012/04/20 に公開

(2015年11月4日)

追加記事

(2016年8月3日)

追加記事

Arite Mann – Kimono aus Tokio(1963)

旧東ドイツの人気歌手。東京五輪を意識した企画だろう。
翌64年12月、24歳の若さで亡くなっている。

(2016年9月13日)

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Abebe Bikila wins Marathon barefooted | Epic Olympic Moments
Olympic
2015/12/27 に公開

Abebe Bikila – Countdown to Rio 2016 – 31 Iconic Olympic Moments
Ethiopian Abebe Bikila became the first east African to win an Olympian medal after finishing first in the Men’s Marathon at Rome 1960 despite being barefooted. Bikila then defended his title at Tokyo 1964.

(2017年3月28日)

追加記事

●2018/03/03(土)14:00~14:54(54分)
TBS『東京ビクトリー~奇跡が導いた東京五輪1964~』
1964年東京五輪は敗戦から立ち上がった日本に活力と勇気を与えた。成功の裏には知られざる男たちの「命をかけた戦い」があった。2020東京五輪へ向けた特別番組。

「式典の神様」と呼ばれた松沢一鶴(TKO木下隆行)が仕掛けた1964年東京五輪での世界が驚いた仰天の演出。それは五輪史上最も美しく感動的なものだった。そこには松沢の「平和」への想いが詰まっていた。
人類初の100m9秒台は東京五輪で!世界中の夢を背負い実現させた奥庚子彦(宮川一朗太)。世界最高の陸上トラックを日本人の手で完成させる…。!夢へ向かって、命をかけて戦い、そして奇跡は起きた…。
出演:TKO木下隆行(松沢一鶴役)、宮川一朗太(奥庚子彦役)
ナビゲーター:石井大裕(TBSアナウンサー)
ナレーター:堀井美香(TBSアナウンサー)

<東京ビクトリー~奇跡が導いた東京五輪1964~[字] – Gガイド.テレビ王国 より一部引用>
http://tv.so-net.ne.jp/schedule/101048201803031400.action

(2018年3月3日)