バス旅行の車中で聴くBGMカセットの作り方

バス旅行の車中で聴くBGMカセットの作り方
            ――あなたが個人として楽しむほかは――

 好きなのにニガ手、物心ついたころから私にとって「バス」とはそういう存在だった。生来腺病質だった私は車酔いがひどく、バスについてはいい思い出がまったくない。
 それでもバスが好きな私は、空想のバス旅のために車中BGMのカセットテープを編集して楽しんだりしたものだ。収める曲は旅行のムードを盛り上げるとかドライブの気分に合うといった類のものではなく、ちゃんとバスを歌ってる楽曲(以下、バスソングと称す)でなくてはならない。
 曲間には古今東西の映画から、バスに関するセリフを引用する。たとえばこんな感じ。

『秋刀魚の味』
(笠智衆)あるのか恋人?
(三上真一郎)清水としこってんだ。
(笠智衆)何してる人?
(三上真一郎)毎日乗ってるバスの車掌さんだよ。小せンだ、太ってんだ。
(笠智衆)ふーん、そうか。

『でっかい太陽』
(夏木陽介)ほんとうによく待たせるバスだな。チェッ!おんぼろバス。
       
『峠を渡る若い風』
あーバスが出ますよ。

『投資令嬢』
(野添ひとみ)バスに遅れまいとするのが当然よ。
私おりた。
ウソばっかり。

『無茶な奴』
おい最終バスに乗り遅れちゃうそ。

『夫婦百景』
さあバスが来ました。急いで。

『続・警察日記』
そういや君の会社のバスだ。強引にバスを止めて乗客の迷惑をよそに放尿した。

『張り込み』
乗車券のお済みでない方は? …五十円のおつりですね、百円で。…次は洗足。

『男はつらいよ 私の寅さん』
(バスガイド)清正公は豊臣秀吉の…
(松村達雄) 寅…!
(前田吟) とら退治。

『赤線地帯』
いなかは嫌だ。次のバスまで一時間、不便だね。おばさん、ウドン。

『仲間たち』
今日かぎりバスともオサラバだわ。どうしても産みたいのよ。だからこれ以上バスに揺られてらんない。

『三十六人の乗客』
 (サイレン)
そのバス停車しなさい!
 (発砲)

『純愛物語』
ご一緒に卒業をお祝いください。このあと着替えましたらバスの用意がしてあります。

『ぬれた二人』
(車掌)下田へ参ります。
さ、乗ろう。
(車掌)乗らないんですか?
マリ子、乗ってくれ。

『くたばれ!社用族』
 (バス止まる)
東京駅、終点でございます。

 こういうセリフを毎回曲間にブリッジとして挟む。当然『バス停留所』『卒業』『真夜中のカーボーイ』『ガントレット』『弾丸特急ジェットバス』『スピード』『プリシラ』『ゴーストワールド』あたりも使う。時には似たようなセリフを左右のトラックに振り分けて使ったりする。あるいはいくつもモンタージュして「オチ」が付くようにしたりする。この辺がただの「個人編集のカセット」とは違うところだ。

 さて、バスソングにはどんなものがあるだろうか。

硝子の少年/KinKi Kids
サヨナラバス/ゆず
晴れのバス停/サラダ
大声ダイヤモンド/AKB48
青春の木洩れ陽/ノースリーブス
バスロマンス/チャットモンチー ※夜行バス
遠いからこそ/NATURAL RECORDS ※夜行バス
not so bad/作曲:茂村泰彦、作詞・歌:髙橋真梨子 ♪バス停を降り立った傍に…
山の手の坂道/榊原まさとし(ダ・カーポ)
バスが坂道を下りてくる/ダ・カーポ
やがて来るバスに乗って…。/中島文明
午後のバスストップ/中島文明
真夜中のハイウェイバス/大上留利子 ※A面「スウィートドリーマー」
雨のバス/花田裕之
霧雨で見えない/松任谷由実 ♪ぼんやりバスを降りた…
GOOD LUCK AND GOOD BYE/荒井由実
ジョニィへの伝言/ペドロ&カプリシャス(vo.高橋まり子=高橋真梨子)
雨は手のひらにいっぱい/シューガー・ベイブ ♪バスの煙…
ふたりの日曜日/天地真理
ある雨の日の情景/吉田拓郎
 挽歌/由紀さおり ♪私は今バスに乗る…
バスを降りたら/黛ジュン
リバーサイドホテル/井上陽水
夜のバス/井上陽水
バスに乗って/岡崎友紀
バスで見た女/Gontiti
スクールバス/上野ひとみ
ロマンスガイド(中部観光鯱バス制定歌)/コロムビア・ローズ ※初代。
青春はバスに乗って/小畑実
高原列車は行く/岡本敦郎
東海バス行進曲/楠木繁夫

恋のスクール・バス/クリス・ジェンセン
バス・ソング/アソシエーション
マジック・バス/ザ・フー
Waiting at the Bus Stop/ボビー・シャーマン

 なかなか悪くないが、入れるとしたらこれはパート2用ですな。パート1は、やはり万人が納得する選曲でなくちゃァね。
 私のチョイスは以下のとおり。

(曲順)
1 東京のバスガール/コロムビア・ローズ ※初代。
2 田舎のバス/中村メイコ
3 バス通り裏/中原美紗緒、ダークダックス
4 バス通り/甲斐バンド
5 グレイハウンド・バス/アーサー・“ビッグボーイ”・クリューダップ
6 バス・ストップ/ザ・ホリーズ
7 バス・ストップ/平 浩二
8 恋を待つならバス・ストップ/美空ひばり、小野 透
9 バス通学/榊原郁恵
10 セクシー・バス・ストップ/浅野ゆう子
11 峠の花嫁バス/中野 勝
12 伊豆の乗り合いバス/美空ひばり
13 岬めぐり/山本コウタローとウィークエンド

(次点曲)
  柿の木坂の家/青木光一
  権サの馬車っコ/三浦洸一

 曲1『東京のバスガール』は分類学上、乗り物ソング属・職業もの科・職業婦人目であるが、以前は御当地ソング種・東京属とされていた(ほんと~デス)。職業ものはいわばプレ高度成長期の応援歌そのものだった。花形職業にも実は苦労があるサ、みんな頑張っているんだ、よし俺も私も……。実にけなげであった。『遊覧船のマリンガール』『巴里のタビ売り』なんてのもあった。
 曲2『田舎のバス』は情報オタクどもの、近ごろ注目度ナンバーワンという冗談ソング作家の真打=三木鶏郎の代表作。昭和16年の『回覧板』から数えるとメイコ4枚目のSP盤。
 曲3『バス通り裏』は現在CDで入手可。中原美沙緒は雑誌『それいゆ』で日本中の少女を“善導”した中原淳一の姪。ジャクリーヌ・フランソワのカヴァー(当時でいうローカル盤)のヒットが懐かしい。ダークは初期のころロ力ビリーを歌わされた時期もあった。
 曲4『バス通り』、裏があれば表がある、ということで彼らのデビューヒット(1974年)。ニューミュージック世代といえども自家用車を持ってる人は稀という時代だから当然バス利用であるが、そんな彼らものちに「レイニー・ドライヴ」を飛ばして「トレーラー・ハウスで」「甘いKissをしようぜ」なんてバブリーに調子を上げていく。
 曲5『グレイハウンド・バス』(Greyhound Bus)、プレスリーのデビュー曲『ザッツ・オールライト』のオリジナルを歌った黒人シンガーのブルース。
 米国では大統領の名は知らなくとも、エジプト原産の腰のくびれた競走犬の名を頂くこの大陸横断路線バス(Greyhound Lines)の存在を知らぬ者はいない。往時、人種差別のため利用すらできず、乗れても最後尾の有色人種専用席を強制され、白人に席を譲らされたり、時には故なく降ろされたりしたので、1961年、公民権運動の活動家たちがついに実力行使に出た。世に云う「フリーダム・ライド」運動である。私なぞはこの言葉を聴いただけで、フリーダム・ラ…あたりで目頭がジンと熱くなってくる。日本人にここまでやれる根性のある奴はいるだろうか。
 なお時代はかなり降るがウォーレン・ブラザーズ(The Warren Brothers)、The Moldy Peaches、Kongcrete、Oh Susanna等にも同名異曲が、カントリー系の女性歌手サラ・エヴァンス(Sara Evans)に『Backseat Of A Greyhound Bus』という歌あり、ウォーレン盤からは『ジョニィへの伝言』の男性版の趣きが感ぜられる。
 曲6『バス・ストップ』(Bus Stop)、”英国襲来”組としては米国での上位チャート・インが遅かったザ・ホリーズ。英国での12枚目のシングル、1966年のヒット曲である。
 曲7『バス・ストップ』、その後、“寄せて上げて”一発屋の汚名返上。作詞の千家和也は麻丘めぐみ・山口百恵・殿キン・西川峰子のヒットメーカー。
 曲8『恋を待つならバス・ストップ』は昭和34年の、美空ひばり、実弟とのデュエット。
 小野透(=かとう哲也。本名:加藤益夫)の持ち歌『ボロ船ロック』は”カンカン虫は歌う”を彷彿とさせる職業もの(人気あやかり身内もの、ともいえる)で、仲代達矢の『銀座ロックン』に匹敵する乙りきな歌だった。末弟・花房錦一(のち香山武彦と改名。本名:加藤武彦)のほうは『てなもんや三度笠』の駒下駄茂兵衛役で覚えてる向きも多かろう。
 曲9『バス通学』は昭和52年に出た榊原郁恵の2枚目のシングル。郁恵チャンのミリキがギューギュー詰めって感じですゥ。
 ちなみに彼女は、ホリプロ第1号歌手・守屋浩が引退後、同プロの取締役宣伝部長として仕切ったスカウト・キャラバンのこれまた第1号歌手だった。
 曲10『セクシー・バス・ストップ』はその前年、オリエンタル・エクスプレスとの競作盤としてほぼ同じ枚数を売っている。曲自体はバスソングというよりディスコダンス(のステップの名称)であるが、停留所つながりで“悪ノリ”。でも電車じゃないから脱線じゃないデショ。
 曲11『峠の花嫁バス』は春日八郎の『まこころ酒場』とのカップリング曲で昭和37年のもの。『潮来花嫁さん』の舟がバスになったと思えばよろしい。有名曲から徐々にレベルを上げていって、こうしたレアアイテムの高みに誘う作戦でアリマス。
 曲12『伊豆の乗り合いバス』は昭和32年3月にリリースされた『港町十三番地』のB面曲で、A面と同じく名コンビー=石本美由起・上原げんとの作。『東京のバスガール』のまさに地方版であり、このオムニバス・テープのテーマという意味からも、また、次の曲『岬めぐり』との時代的な距離感を際立たせるためにも、曲順としてはこの位置以外にはありえない(キッパリ)。
 最後の曲13は『走れコウタロー』から4年後の、昭和49年のヒット。『昭和枯れすすき』がはやったころだ。作詞者山上路夫は三浦半島をイメージして作ったという。
 私としては映画のエンドロールのBGMに相当するものしてこの曲を最後に持ってきた。あるいはこの部分は映画『雁の寺』の、観光客に住職が襖絵の解説をしているラストシーンと考えていただいても結構。

 惜しくも選に漏れた曲がふたつ。『柿の木坂の家』を次点にしたのは、曲11『峠の花嫁バス』と内容的にダブるから。
 『権サの馬車っコ』は産業革命時代に機械を打ち壊した労働者の心情にも通じる社会派歌謡である。
 バスにお客を取りあげられて、可愛いあの娘も乗らぬそな、時の流れと時勢の波にゃ律義者でもさからえぬ、只でいいのに権サの馬車っコ、明日を想えば佗しいネ、ピーポッポ……(趣意)。
 バスに乗り遅れた者にしかわかるまい。
 この楽曲、なぜ入れなかったかというと、歌としての完成度がイマイチで、聴いててちょっとヘコむのである。なにしろあの生真面目な三浦洸一の歌声である。特に他人に聴かせる場合は間(ま)がもたないというか、内容にツッコミを入れて「笑い」に持ってきたくなるのだ。

 そんなこんなで完成した『バス旅行の車中で聴くBGMカセット』、今宵夢路の旅枕、心もようのパノラマか、綾なす景色のお楽しみ、バスは走るよどこまでも――さァサお客さん、買った買ったァ!

初出:雑誌『東京人』1992年8月号(No.59)特集 バスで東京を遊ぶ
改稿:2008年12月5日

追加記事

1996年1月31日、JR鹿児島駅と日置郡の県立甲陵高等学校とを結ぶおよそ18キロの区間を走る林田バス(林田産業交通)の路線で、県立高校生およそ50人を乗せたバスが小さな事件を起こした。
出発してからすぐに、降車ボタンが押されたにもかかわらず誰も降りないというイタズラが3回も繰り返された。運転手は以前から続いていたこのイタズラにかなりイラついていて、ついにこのとき「押したやつを連れてこい!」「連れてくるまで停まらんッ」とブチギれ、「誰も降りんのなら終点まで降ろさないぞ!」と宣言して、そのままノンストップで終点鹿児島駅まで走らせたのだった。
車内では特に大きな騒ぎはなかったそうだが、途中で降りることに出来なかった生徒たちは、鹿児島駅からバスや電車を使って帰宅したという。
運転手の怒りもうべなるかな、私はそう思う。
業務を妨害する者がいる場合、特定できれば責任者の権限で降ろすか、悪質なら警察を呼ぶかだろう。「名乗り出なさい」と警告したのだから、終点まで停めなかったというのは確かに業務規定違反かもしれないが、一矢報いてアホガキどもにお灸を据えた点で、運転手の凛とした矜恃を感じさせる、忘れがたいバス事件なのである。
ちなみに林田バスは2008年2月、会社を清算し、バス事業を『いわさきバスネットワーク』に委譲していて、今はもう存在しない。

(2008年12月28日)

追加記事

 大分県の別府温泉を巡る遊覧バスに乗車していた日本初の女性バスガイドの1人、村上アヤメ(むらかみ・あやめ)さんが3月30日午前3時半、老衰のため死去した。98歳。大分県出身。
(中略)
 1928年、別府温泉の「地獄巡り」をする遊覧バスで日本初の「少女車掌」(バスガイド)に採用。33年までスカートに革帽子というハイカラな姿で、名所を七五調の名調子で案内して評判となった。33年にはレコード化されるなど、現在のバスガイドの原型とされる。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/237931/

バスのガイドや車掌は女性にはかなりキツい仕事で、労働環境としてはお世辞にも良いとはいえませんでした。むかしの女性のほうがタフだったんですかねぇ。
彼女たちがもっとも忙しく活躍したのは昭和20年代後半から30年代にかけてのこと。
映画『カルメン故郷に帰る』のラストで「いついつまでもお忘れなく…」と入る声は、観光バスガイドの口調を模したセリフですね。ああいう独特の口調がひろく知れ渡っていた証拠です。
千里万博のころからバスの車掌は徐々に姿を消していきましたが、観光バスのガイドさんは今も相変わらずやってますね。

(2009年4月1日)

追加記事

2009年6月3日に発売された女の子7人組グループBerryz工房の20枚目のシングル『青春バスガイド』はバスガイドに恋した男子生徒の気持ちを歌った、ありそうでなかった楽曲です。

(2009年6月9日)

追加記事

9月20日はバスの日。
1903(明治36)年のこの日、日本初の営業バスが京都の堀川中立売~七条~祇園の間を走ったことを記念し、日本バス協会が1987(昭和62)年に制定したのだそうです。

(2009年9月20日)

追加記事

091109_01

B’zのニューアルバム『MAGIC(初回限定盤 DVD付)』のジャケット写真(上)を見て、

LP「ディスカヴァー・アメリカ」ヴァン・ダイク・パークス

ヴァン・ダイク・パークスのLP『ディスカヴァー・アメリカ』(1972年)を連想しました。
B’zのは人物以外左右鏡像、ヴァン・ダイク・パークスのは2か所のルーツへの旅を表してますから意味がぜんぜん違いますが、バス・ジャケが増えるのはうれしいですね。
(2009年11月9日)

追加記事

きょうテレビ東京で、デニス・ホッパー主演の『ザ・キーパー 監禁』The Keeper(2003年、カナダ・イギリス合作)を観ました。
この映画のラストはバスが走り去るシーン。大都会は別として北アメリカのほとんどの町では今もバス停が外部(世界)と町をつなぐ重要なターミナルとして機能しているということが分かります。
ペドロ&カプリシャスの歌『ジョニィへの伝言』の「町を出て行く」という、あの感覚ですね。
もちろんその旅立ちが、モンローの『バス停留所』Bus Stop(1956年、米)のラストシーンのように、ハッピーな場合もあるでしょう。
鉄道や飛行機での移動となりますとより仕事っぽい感覚です。自家用車ならせいぜい隣の州に足を延ばす程度じゃないでしょうか。
(2010年6月7日)

追加記事

 高梁市(たかはしし)成羽町吹屋にある国の重要伝統的建造物群保存地区「吹屋ふるさと村」を5日、昔懐かしいボンネットバスが走り、住民や観光客らが昭和のムードに浸った。6、7日も無料で運行する。
 高梁法人会が社会貢献と観光振興を目的に企画。広島県の福山自動車時計博物館から借りた定員49人(うち座席24席)のバスが、午前10時から午後3時まで随時、江戸時代の町並みが残る約1キロを時速5~10キロでゆっくり往復した。
 午前中は、次々と乗り込む観光客らでほぼ満員だった。読書会の仲間と乗車した徳島県板野町の主婦竹本弘子さん(70)は「子どもの頃に帰った気持ち。歩く吹屋もいいが、高い視線で見る町並みもすてき」と喜んでいた。
 旧成羽高への通学にボンネットバスを利用したという成羽町観光協会吹屋支部の麻田昌孝さん(71)は「昭和50年代の初めに姿を消した。約30年ぶりにバスの元気な姿を見られ、うれしい」と感激していた。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/okayama/news/20101105-OYT8T01130.htm

どうやらボンネットバスが走るにふさわしい町並みのようです。
いくらボンネットバスがいいと言ったって、都会を走ったんじゃ興ざめですからね。
(2010年11月6日)

追加記事

ペニー・レインは「実在するバス通りのことなんだ」とポール。
1966年にヒットしたホリーズの『バス・ストップ』に触発された部分があったかも。

Paul McCartney – Penny Lane

  ※(追記:この動画は削除されました)

Penny Lane, Liverpool, United Kingdom – Google マップ


大きな地図で見る

(2011年2月1日)

 

チャッチャッチャッも素晴らしい(三三七拍子は四拍子)

ルーターズの1962年12月の大ヒット『レッツ・ゴー(ポニー)』が、現在放送中のスズキ自動車CM『新型MRワゴン誕生 ママワゴン!』で使われております。
(左:1963年ワーナーブラザース・レコードからリリースされたLP『LET’S GO! WITH THE ROUTERS』)
タイトルにある「ポニー」というのは発売時に付けた副題で、当時はやってたダンスの名前です。

ルーターズはマイク・ゴードンという若者が1962年4月に結成した5人組サーフィン・インスト・バンドでして(右)、
ワーナーのジョー・サラセノとシド・シャープがラリー・ダンカン作の『レッツ・ゴー』を彼らの演奏(という触れ込み)で制作し、大ヒットとなりました。
米軍極東放送網FEN(現:米軍放送網AFN)のナツメロ番組『ジム・ピューター・ショー』がオープニング・テーマとして使っていたので、オールディーズ・ファンなら、どなたもご存知でしょう。(週末だけはアカペラ・ドゥーワップのオリジナル・テーマでしたが…)

The Routers – Let’s Go(Pony)

この『レッツ・ゴー』に影響されたと思われるのが、レン・バリーがいたザ・ダベルズの大ヒット曲『ユー・キャント・シット・ダウン』。似たような手拍子が入ります。オリジナルのフィル・アップチャーチ盤には入ってませんから、やはり『レッツ・ゴー』の影響でしょう。

The Dovells – You Can’t Sit Down(1963)

 
これはちょっと珍しいトルコ人のバンド。曲名も同じ Let’s Go。

Cem Karaca & Apaşlar – Let’s Go
turkish psychedelic surf, anatolian rock

デイブ・ディー・グループ(Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick & Tich)1966年のヒット『ホールド・タイト(Hold Tight)』は『おお、プリティ・ウーマン』『123』などにも使われている当時流行りのリズムパターンに『レッツ・ゴー』のフレーズを乗っけています。

Dave Dee Dozy Beaky Mick & Tich – Hold tight!(1966)

こちらはドイツの手拍子ソング(?)
Ted Herold – Der schöne Johnny(1966)

カバーなのか、別の曲なのか?
The Sharks – Let’s Go(at HitHouse, 1965)

 

『レッツ・ゴー』のモチーフとなっている日本の三三七拍子に似たフレーズは、あちらの学校の応援団がよくやるやつです。やたらとオールディーズっぽかったあのベイ・シティ・ローラーズも『サタデイ・ナイト』でこれを“再利用”してますが、もちろんルーターズのヒットを踏まえてのことです。

ヴィレッジ・ピープル(Village People)の1978年のヒット『イン・ザ・ネィビィ(In the Navy )』の手拍子は、より日本の三三七拍子に近かったですね。ピンク・レディーが『ピンク・タイフーン』、渋谷哲平が『ヤング・セーラーマン』の邦題でカバーしてました。

 

LP「ANNETTE ON CAMPUS」ANNETTEさて、余談です。
50年代末から60年代初期にかけての代表的アイドル、アネット・ファニチェロが、大学・陸海軍のスポーツ応援歌集を出しておりましたよ。
(左:ブエナ・ヴィスタ・レコードからリリースされたLP『ANNETTE ON CAMPUS』)
日本ではそのころ旧制高校の寮歌を集めたLP(それも十吋盤だったり)が各社から発売されてました。同じような感覚だったんでしょうね、きっと。
ルーターズの『レッツ・ゴー(ポニー)』みたいなロックンロールは入ってないけど、アメリカの応援歌がどういうものか、これを聞けばすべて分かっちゃう仕組みです。
パロディ映画『フライングハイ』で使われた、あのやたらに景気のいい歌が実は、ノートルダム大学(インディアナ州サウスベンド市)の応援歌『The Victory March』だったことを、私はこのLPのおかげで知ったのでした。
そうそう、『努力しないで出世する方法』(How to Succeed in Business without Really Trying)では学閥の秘密パーティーで応援歌を歌って気勢を上げてましたし、あれは何の映画でしたか、前線の慰問に来た女性歌手が兵隊たちの出身州にちなんだ歌を次々うたって喜ばれるシーンがありましたね、『ショウほど素敵な商売はない』(There’s No Business Like Show Business)だったっけか、、、いや違うな、、、あッ、思い出しましたよ『わが心に歌えば』(With a Song in My Heart)ですね、スーザン・ヘイワードです。
アメリカ人でも昔の人は郷党心とか愛校心が強かったんですね。

The Beach Boys – Be True To Your School
応援団のチア・リーディングを取り入れた歌。

三三七拍子を使った歌については、以前、このサーバの総合掲示板にUPしたことがありました。
その後サーバがクラッシュし消えてしまいましたので、今回ここに再録しておきたいと思います。

<三三七拍子を使った歌>

LOVE BEAT 3-3-7/キューピット
自分のために/TOKIO ※日テレ系ドラマ「ナースマンがゆく」主題歌。
いきまっしょい!/モーニング娘。 ※2002年春のツアーの時、加護が「いきまっしょい!三三七拍子」でオーディエンスを盛り上げた。
マーガレットズロースの三三七拍子/マーガレットズロース
ヨロけた拍子に立ち上がれ!/藤岡藤巻
人生三三七拍子/さやま友香
人生三三七拍子/藤野とし恵
人生三三七拍子/黒沢みゆき
人生三三七拍子/重友一代
地球ブルース~337~/KICK THE CAN CREW
美少女ゲーム『ガッデーム&ジュテーム』主題歌/佐藤裕美、YURIA、yozuca
祭り奏でる/ゲーム『サムライスピリッツ斬紅郎無双剣』より ※SNKのゲームのテーマ。
どっこいばんどのうた/どっこい楽団
落椿/Rakuchin/村田有美
Peach!!/福山雅治
Baseball-Crazy(野球狂の詩)/大滝詠一
三・三・七拍子/スティーヴ・ヴァイ ※アルバム「エイリアン・ラヴ・シークレッツ」(1995年)の日本盤のみのボーナストラック。
紫陽花愛アイ物語/美勇伝
地獄風景/人間椅子
EVERLONE/THE WILDHEARTS ※中盤の三三七拍子ならぬ七七三拍子?のような展開。
BANZAI/B’z

ソフトバンクホークスの応援歌の冒頭に、三三七拍子で応援しているSE。

某掲示板にあった投稿文
—————————————————
[5492]投稿者: 名無し   11月25日(土)23時37分50秒
近鉄の三三七拍子ですが、ハロウィンというヘビメタバンドの
「ガーディアンズ」という曲のサビ部分がそっくりです。
おそらくこれが原曲かと。
—————————————————

(下)25cmLP『華麗なる千拍子 宝塚歌劇団』日本コロムビア

(上左)シングル『花の手拍子』英亜里
(上右)シングル『おねがい手拍子を』英亜里

何々拍子とタイトルにつく歌としては、

手拍子ロック/ジョニー・オーティス・ショー
華麗なる千拍子/宝塚歌劇団(寿美花代、明石照子、若山かず美、如月美和子、三鈴寿子、那智わたる、ほか)
花の百万拍子/西郷輝彦
男の三拍子/一節太郎
花の手拍子/英亜里
おねがい手拍子を/英亜里
お手拍子/五家英子  (1996年)
お手拍子/南しょう子 (2003年)

などが知られています。
アメリカで1958年にヒットした『手拍子ロック』は日本発売時のタイトルで、原題はWillie And The Hand Jive(ウィリー・アンド・ザ・ハンドジャイヴ)。ボ・ディドリー調のジャングル・ビートでエンヤーコーラヤみたいに腕を動かします。このハンドジャイヴはシャ・ナ・ナもよくやってましたっけ。
ベルギー生れのシャンソン歌手ジャック・ブレル(Jacques Brel)の1959年のヒット曲『華麗なる千拍子』(La valse à mille temps)をタイトル曲にした、宝塚歌劇団の舞台『華麗なる千拍子』は1960年度芸術祭・文部大臣賞を受賞しております。
『男の三拍子』は“呑む・打つ・買う”でしょうかね。

ついでといっちゃなんですが、こういうタイトルの本もあります。

三三七拍子三三七拍子

(上左)二見書房刊、爆笑問題著『三三七拍子』(2001/03/20発行)
(上右)幻冬舎文庫、太田光著『三三七拍子』  (2004/10 発行)

文庫になったら著者表記が変わっちゃったんですね。
マンザイのネタはほとんど太田光が作ってるそうですから、この本もそうだったんでしょう。

追加記事

第58回NHK紅白歌合戦のオープニングは、ルーターズ『レッツ・ゴー』の手拍子で始まる『歓喜の歌』でした。
(2007年12月31日)

追加記事

フジテレビ系バラエティ番組『ジャンプ!○○中(じゃんぷ!まるまるちゅう)』の番組テーマ曲として使われているラーモンズRamonesの『リメンバー・ロックンロール・レイディオ?』Do You Remember Rock’N'Roll Radio?は彼らの通算6枚目のアルバム『エンド・オブ・ザ・センチュリー』End Of The Century(プロデュース=フィル・スペクター)に収録されている曲。
2005年にはラーモンズとは関わりなくCM用に新しく録音されたテイクがvodafoneのCMに使われました。
(2008年3月5日)

追加記事

テレビで『2008北京オリンピックバレーボール世界最終予選』を見てたら、
ルーターズ『レッツ・ゴー』のリズムそのままに、
♪・♪・♪♪♪・♪♪♪♪・ニッポン!
との応援。
昔の、コントオチの音楽と同じくらい、浸透してきてるみたいです。
(2008年5月21日)

追加記事

サンミュージックのお笑い部門「GET」に『三拍子』というコンビが在籍してるのを見つけました。
(2008年5月24日)

追加記事

2009年7月下旬にオンエアが始まった、パチンコメーカーSANYO(三洋物産)の『海物語 10周年ありがとう海祭 2009 SUMMER』のCMは、三三七拍子の太鼓の音に合わせた「音声」。
メロディがないから「歌」じゃない?
(2009年7月22日)

追加記事

1996年夏にオンエアされたサッポロビールの発泡酒『ドラフィティー生』のCMでは、ルーターズ風の手拍子がフューチャーされてました。
(2009年8月19日)

追加記事

むりやり作ったのが、「フリフリ」だった。
 発想がそもそもバカバカしかった。日本では打ち上げでもなんでも、三三七拍子で締める。「三本締め、いきまーす。はい、チャンチャンチャン……」というノリである。
だから日本人には三拍子だ、ということになった。
 マチャアキがステージの前面に出て、オーディエンスに手拍子をさせてリズムに入っていく、という“企画意図”もあった。
(文春文庫 ムッシュかまやつ著『ムッシュ!』87ページ)

そのあと、もう一曲、ラスト・シングルのつもりで録音した曲がある。結局、未発表のままだったが、タイトルは「オメデトウゴザイマス」。
(中略)
 たしか田辺昭知と二人でアイディアを出し合って作った曲である。ちょっとブラックユーモアを込めて「解散式おめでとうございます、ああよかったね、シャンシャンシャン」みたいなニュアンスで、手締めの三三七拍子がべースになっている。デビュー曲の「フリフリ」が三三七拍子だから、三三七拍子から始まって三三七拍子で終わるみたいな、そんなことを考えていたのかな。
(同 124ページ)

GSのザ・スパイダース。その最初と最後のオリジナル曲が三三七拍子から発想されていた……
三三七拍子にまつわるトリビア、といったとこですか。
(2010年12月10日)

追加記事

Max Romeo & The Hippy Boys – Clap Clap

村田英雄 – 祝い節

  ※(追記:この動画は削除されました

「みなさん、手拍子を!」とうたう歌。
あぁそうだ、『レッツ・ツイスト・アゲイン』なんかもそうですね。
(2011年12月22日)

 

この記事の旧版はこちらです。
register movement: チャッチャッチャッも素晴らしい(三三七拍子は四拍子)