日暮れて途遠し 東京暮色

春日遅遅(しゅんじつちち)、春の日は長くて暮れるのが遅いことに対して、秋の日は釣瓶落としなぞと申します。
まことにこの時節の夕暮れどきは、なにかこう格別な感じがいたします。
春はあけぼの。夏は夜。そして秋は夕暮……。

夕日のさして、山の端(は)いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの列ねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。
 

――四季折々風情あり。
平安のむかしから、日本人の季節感はあまり変わってはいないようですね。
先刻、陸橋の上から茜に染まる西の空を眺め、いろいろと反省をいたしました。イヤほんと。

ふと、思い出したのは、

「暗い夜道を心細く歩いていると、ぽつんと、一軒家の農家が建っているんだ。りんどうの花が庭いっぱいに咲いていてね、開けっ放した縁側から、灯りのついた茶の間で家族が食事をしているのが見える。
まだ食事にこない子供がいるんだろう、母親が大きな声でその子供の名前を呼ぶのが聞こえる。
私はね、今でもその情景をありありと思い出すことができる。
庭一面に咲いたりんどうの花。明々と灯りのついた茶の間。賑やかに食事をする家族たち。私はそのとき、それが、それが本当の人間の生活ってもんじゃないかと、ふとそう思ったら急に涙が出てきちゃってね」
 

のセリフ。
『男はつらいよ 寅次郎恋歌』(1971年)で、博の父親(志村喬)がしみじみと語る名シーン。

五十男の里心ってやつでしょうか、こういうセリフが胸に沁みます。

滝伸次「よう、どこへ行くんだい?」
ハジキの政「シャバの空気に飽きちまったのサ。自首でもしようかと思ってね。ハジキともお別れだな」
 

こちらは1960年日活映画『赤い夕陽の渡り鳥』のラスト近く。

あたしゃ自首しなけりゃならんことは何もしちゃいませんけど(笑)
「あーおれもそろそろ真人間にならにゃいかん」と、そう思いましたよ。

森山良子 – 歌ってよ夕陽の歌を

  ※(追記:この動画は削除されました

加山雄三 – 夕陽は赤く

  ※(追記:この動画は削除されました

高田渡 – 夕暮れ

  ※(追記:この動画は削除されました

榎本健一 – 私の青空(1968)My Blue Heaven

  ※(追記:この動画は削除されました

東海林太郎 – 谷間のともしび

  ※(追記:この動画は削除されました

Tex Ritter – Lamp Lighting Time In The Valley

Guy Lombardo & His Royal Canadians – Red Sails in the Sunset

The Beatles – Red Sails In The Sunset

 

物ほしげな訴訟、口封じの訴訟

 8月の中国新聞各紙の社会面を眺めていると、奇々怪々な「賠償請求訴訟事件」のニュースが目立つ。
(中略)
 それらの珍事件の数々を見ていると、今の中国人たちが、賠償請求訴訟を起こすのに、いかに「熱心」であるかがよく分かる。何かある度に、正当な理由があってもなくても、とにかく誰かをつかまえて「賠償をよこせ」と迫るのが一種の流行とさえなっている。
(中略)
 こうした現象はある意味では、中国における社会的進歩の一つである。かつて毛沢東時代には、国民が生命や権利のすべてを奪われても文句の一つも言えなかったのだが、今、国民の一人一人が個人的権利を強く主張してそれを守り通そうとしている。この風潮がいずれ、国民一般の普遍的権利を求める社会運動に発展すれば、民主化への道が開かれる可能性もある。
 しかしその半面、自己権利意識の肥大化が現代中国人特有の強欲さと相まって、理不尽な「賠償請求訴訟」の氾濫(はんらん)を招き、徹底的な人間不信の社会を作り上げている。

http://sankei.jp.msn.com/world/china/100909/chn1009090814001-n1.htm

「おにぎりに異物…」 ホテルから見舞金詐取の疑い、男逮捕 静岡

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100909-00000057-san-l22

カネ目当ての独善的理不尽訴訟の傾向はアメリカ以上のようです。
そのような訴訟が増えれば、本当に必要な裁判がスケジュール的に圧迫され、社会に弊害をもたらさずにはおかないでしょう。
儲かるのは弁護士センセーだ。

日本の場合さすがにこうした浅ましい、物ほしげな訴訟はまだ少ないですが、金満会社・組織による告発者・批判者の口封じのための訴訟、高額賠償金請求訴訟は夥しい。これもまた大きな問題です。

【SLAPP】
Strategic Lawsuit Against Public Participation
都合の悪い意見や批判を封じるための嫌がらせ訴訟。
ちなみにslap(スラップ)には平手打ち(頬をぱちんと叩くこと)、その音、痛烈な非難に対する拒絶等の意味があり、SLAPPのイメージとダブっている。

スラップという言葉は最近ちょっとしたヴォーグにさえなっております。

 日清食品は8日、「弊社商品のCM撮影に関するお詫び」をホームページ上に掲載した。槍ヶ岳で行った「日清ラ王」の新CM撮影の際、一部の登山者に登頂を待ってもらうことを依頼し、「多くの皆様に多大なご迷惑をお掛けいたしました」と謝罪している。日清では9日から新CMの放映を予定していたが、「CMを見ると、不快に思う人もいる」(広報部)と判断、“お蔵入り”にすることを決めた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100908-00000622-san-bus_all

映画の仕事をしていたときに、ロケ現場でよく人や車を止めておりました。公共の仕事でないのにそういうことをするのは、今から考えればずいぶんと傲慢な仕儀であったと反省する次第。
ここはやはり金品で解決するのが一番でしょう。登山者にジュースを配るとか協力費を払うとかすれば、批判も少なかったんじゃないかな。

The Carpenters – Top Of The World

The Mississippi Sheiks – Sitting On Top Of The World

Howlin’ Wolf – Sitting On Top Of The World

Bob Wills – Sittin’ On Top Of The World

移動販売のペットショップから犬を買ったら、すぐに衰弱した――。
 そんな相談が8月下旬頃から、群馬県消費生活センターに寄せられている。購入時に強いウイルスに感染していた例が多く、県は「購入の際にはアフターケアを確認してほしい」と呼びかけている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100907-OYT1T00337.htm

客をだまして、病気の犬をさっさと売り払ってしまおうという、業者の悪だくみですな。
生き物はちゃんとした信用のおけるところで購入しないといけません。
それにしてもこのところのペット業界のモラル崩壊、悪行は目に余るものがあります。

韓国の日本語ラップが馬鹿ウケで話題! 「ありがとうごじゃいます」
実はこの曲、感謝の気持ちを歌っていると思いきやそうではなかった。真実は日本のラップは感謝してばかりだという皮肉を込めた歌。まさにその通りと言うべきか反論のしようがない。

http://getnews.jp/archives/75968

たしかに日本でヒットするラップ曲には、ストレートな愛情表現や、親や恋人に感謝の気持ちを伝えるたぐいのものが多々見受けられます。
他者に対する辛辣な批判や不平・不満はどちらかというと好まれてはいないようですね。
これは民族性ということもあるでしょう。
うまくいかない原因をよそに求めるというのは、矜持(きょうじ)ある人間として我慢がならないものです。日本が高度成長を遂げることができた要因の一つには、そうした心理があったからだと私は思ってます。
しかし外国人の目からするとそうした姿はバカ正直に見えるかもしれません。