大映のバイプレイヤー早川雄三逝く

早川雄三氏(はやかわ・ゆうぞう、本名・倉内満幸=くらうち・みつゆき=俳優)8月28日死去。85歳。告別式は親族で済ませた。喪主は妻、久美子(くみこ)さん。
 映画「白い巨塔」「日本沈没」「遠野物語」などに出演。テレビドラマでは時代劇や刑事もので活躍した。

http://www.yomiuri.co.jp/national/obit/news/20100907-OYT1T00705.htm

うるさ型の上司、暴力的な上等兵など、昭和30年代における戦中派世代の頑丈さを体現していた人でした。
役での表情が目に浮かぶのは以下の大映作品。

 夜の診察室(1971)
 高校生番長 ズベ公正統派(1970)
 でんきくらげ(1970)
 いそぎんちゃく(1969)
 セックス・チェック 第二の性(1968)
 兵隊やくざ 俺にまかせろ(1967)
 白い巨塔(1966)
 陸軍中野学校(1966)
 大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン(1966)
 兵隊やくざ(1965)
 黒の超特急(1964)
 八月生れの女(1963)
 サラリーマンどんと節 気楽な稼業と来たもんだ(1962)
 閉店時間(1962)
 黒の試走車(1962)
 家庭の事情(1962)
 雑婚時代(1961)
 婚期(1961)
 痴人の愛(1960)
 実は熟したり(1959)
 夜の闘魚(1959)
 愛河(1958)
 永すぎた春(1957)

 

9月7日はCMソングの日

 世界中の新聞業界が生き残りをかけて苦戦するのを横目に、インドの新聞業界は拡大基調を維持している。2008年秋のリーマン・ショックを契機とした世界的な経済不況にもかかわらず、いまや日刊紙の発行部数は世界最大の中国に迫る1億を超え、新たな日刊紙の創設も相次ぐ。高成長と識字率上昇などで新たな購読者層が増えており、13年まで年平均9%増のペースで拡大し続けるとの予測も出ている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100907-00000096-san-bus_all

これを読んで、ちょっと寒けがしました。
だって毎日毎日、一億部も新聞が刷られる、つまり紙が消費される。
森が伐採されれば、二酸化炭素の量は増え、山は裸となり水害が起こるでしょう。
紙は木から作られますが、作るのに水も電気も使います。
明日になれば価値が無くなる新聞が、連日、大量消費され、大量廃棄される。
燃やせば温暖化ガスが発生します。
やっと世の中ネットの時代になってきたというのに、どうなってるんでしょうインドは。

9月7日 CMソングの日
1951(昭和26)年のこの日、初めてCMソングを使ったラジオCMがオンエアされた。
小西六(現在のコニカ)の「さくらフイルム」のCMだったが、歌の中に社名・商品名は入っていなかった。

http://www.nnh.to/09/07.html

きょうはCMソングの日だそうです。
CMにはいささか縁がありまして、昭和54年ごろ、CM音楽制作会社に出入りしていたことがあります。

このブログの右側サイドバーにあるリンク
     Associated Company
     ■タワーエイトミュージック
     ■星空レコード公式サイト
の星空レコードもCM音楽制作会社です。

CMソングといいますと、例のSONO-COLOアワーで唯一、オンエア前にボツになった企画があり、それがCMソング特集でした。

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SONO-COLOアワー
1983(昭和58)年2月25日放送予定 第64回
タイトル「楠トシエのコマーシャル・ソング集」

アバンタイトル 『お笑い三人組』より

1 カシミロンの歌(旭化成) ※(NA)イントロに伊武雅刀ナレーション
2 仁丹の歌(森下仁丹)
3 アルコLの歌(第一工業製薬)
4 あしたの天気(寿屋)
5 カンカン カネボウの歌(鐘ヶ淵紡績)

a) 「ミタスミタスといいました、マル」
b) 「ワッワッワ~、輪が三つ」
c) 「おめぇ、ヘソねぇじゃねぇか」
d) 「なんである、アイデアル」
e) (声)前田武彦

6 ミツワ石鹸(ミツワ石鹸)
7 ポポンとね(塩野義製薬)
8 ライオン コナコナの歌(ライオン油脂)
9 パンの歌(全日本パン協同組合連合会)
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この回は以下の
10インチLP『みんなが知ってるコマーシャル・・ソング集/楠トシエ』キングレコード
の録音を使い、途中、セリフだけのCMなどを入れるという企画でした。

このLPには全曲の詞と譜面が印刷されている歌詞カードが入っているのですが、
JASRACの承認番号がなく、
そのへんのことがまだ決まっていなかったころのレコードであることが推察されます。

ミツワ石鹸 楠トシエ

<参考>船橋ヘルスセンター(長生きチョンパ)楠トシエ

<参考>ハウスバーモントカレーの唄 楠トシエ

<参考>かっぱ黄桜 楠トシエ

番組のテープはすでに茂一プロに渡してあったんですが、FM大阪からダメ出しがあったとのことで、急遽、差し替え分のテープを作成し、それが実際にオンエアされ、事なきを得ました。

その選曲・構成は以下のとおりです。

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SONO-COLOアワー
1983(昭和58)年2月25日差し替え分 第64回

アバンタイトル (セリフ)若尾文子、宇津井健 大映『八月生れの女』より

1 Tutti Frutti/Slim and Slam

a) (セリフ)勝新太郎

2 私の猛獣狩/笠置シヅ子

b) 東宝『妻として女として』より

3 BOP BOP BA DOO BOP/Lew Williams

c) (セリフ)和田浩治

4 若い突風/和田浩治

d) 「A Sunday Kind of Love」の歌唱指導のようす

5 A Frightful Situation/Mrs. Brown’s Lovely Daughter Carol

e) (セリフ)竹脇無我、都はるみ

6 ソー・ロング・ベイブ/いしだ・あゆみ
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『トゥッティ・フルッティ』は、ブラック・エンタテイメントのスター、ズリム・ゲイラードがスラム・スチュワートとコンビを組んでいた1938年の録音。コンビは同年『フラット・フット・フルッジー』のヒットで一躍世に知られるようになります。
Tutti Fruttiはイタリア語でして、英語に直訳するとall fruitsとなり意味が分かりませんが、実は(ブランデーやシロップに漬けた)刻んだ果物の砂糖漬けのこと。アイスパフェに乗せたりパウンドケーキに入れたりして使うそうです(ice cream containing chopped candied fruits)。

この歌、パット・ブーンのへなちょこカバーで有名なリトル・リチャードの『トゥッティ・フルッティ』とはまったくの同名異曲。とはいえリトル・リチャードはスリム&スラム・バージョンをおそらく知っていたと思われます。

Slim and Slam – Tutti-Fruiti(1938)

『私の猛獣狩』は1955年(昭和30)年2月のリリースで(レーベル部分には’55 1とある)、原六朗作詞作曲のノベルティ・ソング。裏面は同じ笠置シヅ子の『めんどりブルース』。
この頃の笠置はブギのブームも去り、歌手引退・女優業専念を考えていた時期。

(下)SPレーベル部分『私の猛獣狩』笠置シヅ子

『バップ・バップ・バ・ドゥー・バップ』はテキサスのわりと知られたロカビリアン、ルー・ウィリアムズ、1956年の録音。
「わりと知られた」というのは1977年にユナイト・レコードがオムニバスLP『IMPERIAL ROCKABILLIES』を出したことと、その後ベア・ファミリー・レコードが熱心に発掘作業をしてくれたことの賜物でして、2000年にラスベガスでロカビリアンとしてカンバックを果たしております。
では売れなかった時代は何をしていたかというとタレント事務所、音楽出版社などで、これがけっこう成功していたんだそうです。まったく人生なんて分からないもんですね。

Lew Williams – Bop Bop Ba Doo Bop

(左)シングル『若い突風』和田浩治
『若い突風』は1960年7月20日封切の同名日活映画の主題歌(併映は沢本忠雄、稲垣美穂子主演の『浅草姉妹』)。
曲調から日活が和田浩治を第二の裕次郎に擬していたことが判りますが、エロキューションが稚拙で、無理してスゴんでる分、いま聞くと笑えます。

(右)シングル『A Frightful Situation』Mrs. Brown’s Lovely Daughter Carol
『ア・フライトフル・シチュエーション』は一聴すぐにそれと判りますが、ハーマンズ・ハーミッツ『ミセス・ブラウンのお嬢さん』の歌詞だけ替えたアンサーソングです。
歌っているMrs. Brown’s Lovely Daughter CarolとはおそらくB面の『What Else Do You Do For Kicks』を歌っているキャロル・クレーン(Carol Crane)じゃないかと思われるのですが、この歌を聞いてから何十年も経ってるのに、いまだ結論に達してません(笑)。

Hermans Hermits – Mrs. Brown you’ve got a lovely daughter(1965)

Mrs. Brown’s Lovely Daughter Carol – A Frightful Situation

(左)シングル『夢見る17才』c/w『ソー・ロング・ベイブ』いしだ・あゆみ
『ソー・ロング・ベイブ』はナンシー・シナトラ1965年の中ヒットのカバー。
ナンシーはリプリーズで1961年にデビューして以来、本国アメリカでは鳴かず飛ばず。ようやく1965年、デュアン・エディの盟友リー・ヘイゼルウッドの手になる『So long, babe』でビルボードHot 100の86位をマーク。その第一歩は決して華々しいものではありませんでしたが、ここから「60年代のセクシーアイコン」としてのナンシーの快進撃が始まったのでした。

Nancy Sinatra – So Long, Babe

  ※(追記:この動画は削除されました

それにしてもナンシー・シナトラの歌の拙(まず)さには今さらながらシビレますねぇ!

いしだ・あゆみ – ソー・ロング・ベイブ

  ※(追記:この動画は削除されました

『ソー・ロング・ベイブ』は女性から男性への三行半の歌、別れの歌です。
このころのいしだあゆみ(いしだとあゆみの間に「・」ナカグロが入ってました)はまだ頬もふっくらしていて可憐ですが、別れの情感や寂しさの表現は西田佐知子に引けをとらないほど巧かった。
彼女が歌う『ソー・ロング・ベイブ』は、だから聞くとなんだかホントに寂しくなっちゃいます。
なぜこれを番組の最後にかけたのか・・・
このあたりから私は聴取率低迷・反響ゼロという部分で、SONO-COLOアワーを続けることに、そろそろ限界を感じ始めておりました。