新年度の4月1日から、高速道路の一部割引や飛行機内のあるサービスがなくなる。また3月31日は、現行のエコポイント制度の基準が最終日ということもあり、家電量販店では薄型テレビの駆け込み需要があった。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00174590.html
納沙布岬灯台(根室市)や日和山灯台(小樽市)など道内4カ所に併設された霧信号所が31日、廃止となった。長年にわたり、霧などの視界不良時に船舶へ位置を知らせる重要な役を担ったが、これで全国から姿を消した。
http://mainichi.jp/hokkaido/shakai/news/20100401ddlk01040286000c.html
きのう、東京の桜が満開となりました。
ただ、あいにくの強風。まさに花に嵐の譬えそのまま。
日本ではこの季節、何かが終わり、何かが始まる、そういう時期です。
さて、そろそろこのへんでSONO-COLOアワー情報をいっときましょうか。
全72回放送したこの番組は初冬に始まり晩春に了りました。
今回はその第1回と最終回の内容についてです。
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SONO-COLOアワー
昭和56(1981)年11月20日(金) 第1回
タイトル「ソはソノコロのソ S IS FOR SONO-COLO」
アバンタイトル 選手宣誓(小野喬選手)
a) (セリフ)「レイディース&ジェントルメン……」トニー谷 映画「アジャパー天国」より
1 アジャパー天国/伴淳三郎、泉友子
b) (声)赤木圭一郎・宍戸錠・二谷英明の鼎談~赤木ユリの話
2 夢のデイト/赤木ユリ
c) (セリフ)中島そのみ、団令子、重山規子 映画『銀座のお姐ちゃん』より
3 お姐ちゃんに任しとキ/中島そのみ、団令子、重山規子
d) (セリフ)「あんたいつも映画を観ている!」「いや違うんだ、あの時は」西村晃、小林佳樹 映画『黒い画集 あるサラリーマンの証言』より
4 真夜中のロック・パーティー/清原タケシ
e) 「何も変わっちゃいない、あの時と同じだ」「それはそのサングラスせいよ」鶴田浩二、大空真弓 映画『誇り高き挑戦』より
5 レッツ・ゴー物語(ストーリー)/クレイグ・ダグラス
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SONO-COLOという言葉は平塚の廃盤レコード店『ペリオ』の経営者・北村幾男さんの造語で、価値ある廃盤(のオークション)という程度の曖昧な意味でしたが、それを私が昭和30年代(1955~64年)のキッチュな魅力にあふれた流行歌という風に再定義して、北村さんの許可を得て番組タイトルに使わせていただいたものです。
北村幾男氏を悼む more register movement
従って昭和40年代を特集した『ビューティフル昭和元禄』は「SONO-COLO時代の後日譚」ということになります。
両者の関係は映画でいえば『アメリカン・グラフィティ』と『アメリカン・グラフィティ2(The Party’s Over / More American Graffitti)』に相当する感じですかね。
(右)SPレーベル部分『アジャパー天国』伴淳三郎、泉友子
B面は同じく伴淳三郎、泉友子が歌う『アジャパーサンバ』
これは1953(昭和28)年4月15日封切の新東宝『アジャパー天国』の主題歌です。
この映画は伴淳のギャグ「アジャ、パァ」をネタにサトウハチローと八住利雄がホンを書き、喜劇の巨匠斎藤寅次郎がメガホンを執ったもので、大正15年の映画界入りからこの年まで永らく下積みが続いた伴淳にようやくスポットライトが当たった記念すべき作品でした。好評のため同じ年『名探偵アジャパー氏』なるシャシンも作られています。
陽の当たらないお盤(さら)に光を当てて虫干ししよう(!)という番組の主旨を象徴するものとして、その主題歌を第1回の第1曲目にもってきました。
番組で音源に使ったのは往時のSP盤ではなく、日本コロムビアが1980年6月に発売した30枚組LP『オリジナル盤による 秘蔵盤・昭和(SP時代)の流行歌』でした。
- アジャパー天国 泉友子・伴淳三郎 ※SP起しでノイズがうるさい。
- 新東宝『アジャパー天国』(1953)トニー谷、伴淳三郎、泉友子
(左)頸文社『トニーよ永遠に 赤木圭一郎遺作集第2集』1962年
「総天然色レコード」(カラーのフォノシート)が3枚入っています。
主演映画の名場面セリフのほか、独自音源の鼎談、対談が収録されており、記事も映画資料や水島道太郎の追悼文など充実していて、当時の定価390円はなかなかお得感があります。
番組では、その中から赤木圭一郎・宍戸錠・二谷英明の鼎談の一部を使いました。
(上左)頸文社『兄・トニーに捧げるユリのツイスト』赤木ユリ 1962年5月20日発売
(上右)同 フォノシート
『日活スタア ヒット・パレード』『裕次郎ヒット曲集』『さよならトニー』『トニーよ永遠に』など日活所属俳優のフォノシートを発売してきた頸文社が、赤木圭一郎の一周忌ということで、その実妹赤塚百合さんを担ぎ出し、「レコードデビュー」させたのが、このフォノシートです。
残念ながらプロ歌手のレベルにはほど遠く、世間からは黙殺(!)されてしまいました。
百合さんはその後、赤木圭一郎と交友のあった丸山明宏(美輪明宏)の付き人となりましたが、一時、週刊明星やヤングレディなどにその関係を憶測する記事が出たことがありました。
中島そのみ、団令子、重山規子 – お姐ちゃんに任しとキ
(下左)シングル『お姐ちゃんに任しとキ』中島そのみ、団令子、重山規子 1960年7月発売
東宝映画『お姐ちゃんに任しとキ!』の主題歌。演奏は大森俊雄とスィング・ウエスト。B面は同映画挿入歌、神戸一郎の『海にゃ俺らの夢がある』。A・B面ともに作詞・作曲・編曲は神津善行です。
『お姐ちゃんに任しとキ!』は1960(昭和35)年7月31日封切で、併映は岡本喜八監督の『大学の山賊たち』でした。面白いことには併映の両作品に佐藤允(さとうまこと)が重要な役で出ていることです。二枚目でも三枚目でも、当時まだ性格俳優でもなかった佐藤允がなぜこうモテたのか不思議です。
(上右)シングル『真夜中のロック・パーティー』清原タケシ 1961年
清原タケシ – 真夜中のロック・パーティー
そのオリジナルはこちら。
Gary U.S. Bonds – Quarter To Three
詳しくは
歌う米国債 more register movement
をご覧下さい。
(上左)シングル『レッツ・ゴー物語(ストーリー)』クレイグ・ダグラス
(上中)東芝フォノブック『ようこそチャキリス』 東芝音工 1962年 当時の定価180円
(上右)シングル『レッツ・ゴー物語(ストーリー)』坂本 九
イギリス映画『レッツ・ゴー物語(ストーリー)』
<原タイトルはTWO AND TWO MAKE SIX、アメリカでのタイトルはGirl Swappers>
の主題歌。
Nina Parry & George Chakiris
from the movie “Two and Two Make Six”(1962)
『ウエスト・サイド物語』で一躍スターダムに駆けのぼったジョージ・チャキリスが次に出演したのが『レッツ・ゴー物語(ストーリー)』。
そのテーマ曲を“イギリスのパット・ブーン”クレイグ・ダグラスが歌い、日本では坂本九、中尾ミエ、紀本ヨシオがカバーしました。
Craig Douglas – A Change of Heart
高崎一郎のライナーを引用しておきましょう。
来日によって爆発的な人気を呼んでいるウェスト・サイド男,ジョ一ジ・チャキリスがその「ウェスト・サイド物語」に続いて,ロンドンで出演した最新作「レッツ・ゴー物語」の主題歌をお届けいたしましょう。
もうこの映画,ご覧になった方も多勢いらっしゃると思いますが劇中チャキリスは「ウェスト・サイド物語」とはガラリと変わった,つき合いの良い,バクチに強い,その上ハンサムで一寸不良がかった英国駐留の米空軍一等兵,ラリー・キュラードに扮しています。
イギリスに駐留する米空軍第7631中隊のラリー・キュラードー等兵が誤って上官を殺したと思いこみ女友達と一緒にアメリカへ高飛びをはかる途中,同じ型のオートバイ,同じジャンパーを着たもう1組の若い男女と女の子を間違えて乗せてしまい,ラストでチャキリス扮する主人公キュラード一等兵はその間違えた女の子アイリーンと仲良く結ばれるというロマンティック・コメディで「ウェスト・サイド物語」では見ることのできなかったチャキリスのロマンティックなそしてコミカルな面がスクリーン一杯にたっぷりと繰り広げられます。チャキリスの相手役アイリーンに扮するのはチャップリソに見出され今ではイギリス・No.1の女優となっているジャネット・スコットです。
さてこの映画の主題歌「レッツ・ゴー物語」を歌っているクレイグ・ダグラスは今年やっと20才になったばかりという青春シンガーです。ニュー・ポートの農家の息子として生まれたクレイグは子供の時から歌が大好きで学校へ行きそして父の農園で働くという忙しい生活の中にあっても決して愛用のギターを手から離さなかったということです。1958年,彼が16才の時土地のアマチュア・コンテストで第1位となったのがきっかけとなりクレイグはショウ・ビジネスの世界に飛び込む決心をしたのです。この世界でスターになるのはそれは大変なことですが,しかし彼クレイグ・ダグラスは持って生まれた才能ともう一つマーベル・カランという素晴しい先生につき歌を教えてもらうことができ,おかげでトントン拍子にテレビ,ラジオなどに出演するようになったのです。翌年イギリス1のレコード会社トップ・ランクの専属アーティストとなり彼のデビュー作 “Come Softly To Me” が大ヒット。続いてその後も “Only Sixteen” “Heart Of A Teenage Girl” など続々イギリス・ヒット・パレードに曲を送りこみ,デビューしてから4年後の現在ではクリフ・リチャード,アダム・フェイスなどと共にイギリス・ポピュラー音楽界の3羽烏とも呼ばれ多くのファンを持っています。
A面の「レッツ・ゴー物語」の作曲及び伴奏を受け持っているのは我が国でも多くのファンを持っているバンド・リーダー,ノリー・パレイマーです。B面の「アナザー・ユー」はA面と同じパレイマーの作曲ですがこれはイギリス・プラネット・フィルム社作品の映画 “A Painted Smile” のテーマとして作られたものでバックはハリー・ロビンスが担当しています。
(解説 高崎一郎)
ジョージ・チャキリスはその後、作品に恵まれながらも役者としての評価がイマイチで、そのへんが悩みだったのか日本の新興宗教に入信して頻繁に来日していたようです。
現在は、俳優業のかたわら自分の名を冠したアクセサリーを販売しています。
映画『黒い画集 あるサラリーマンの証言』の取り調べシーンにおける西村晃、小林佳樹のやり取り、
映画『誇り高き挑戦』のラストシーン、かげろうに揺らめく国会議事堂を見やりながら鶴田浩二と大空真弓が交わす会話、
これらは日本映画で私がいちばん好きなセリフです。
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SONO-COLOアワー
昭和58(1983)年4月22日(金) 第72回
タイトル(特になし)
アバンタイトル 映画『おもいでの夏』(1971年)より ジェニファー・オニール
1 ア・ワンダフル・ドリーム(ザ・メイジャーズ)
a) (セリフ)(花売り娘の声)「おじさん、お花買って」「うるさいなぁ」「この花おいくら?」「100円」 映画『湖畔の人』より
2 寛ちゃんのカリカリ節/藤山寛美
b) (セリフ)「お前まさかその流行歌、俺のジャズを!?」石原裕次郎、ジェリー藤尾 映画『銀座の恋の物語』より
3 かわいゝコイビト/後藤久美子
c) (セリフ)「ただいま」「先生!……辞めて帰っちゃうんだって」 映画『母子草』より
4 ハイティーン・ギター/小林万里
d) (セリフ)「これで君の役目も終ったね」 映画『班女』より
5 虹の小径/デル・シャノン
e) 「どうも分かんねぇなぁ」「潮時?」「今度の事件は最初から付き合ってたから言うんだけど」「しかし俺たちは岐れ道に来ちゃってるんだ。どっちか行くしかないんだよ」「僕はアスファルトのまっすぐな道が好きなんです。黒木さんとは反対ですね。じゃ、お元気で」 梅宮辰夫、鶴田浩二 映画『誇り高き挑戦』より
6 サーフィン・フーテナニー/アル・ケイシー
f) (セリフ)「あ、あの方は?」「男一人夜のとばりに消えゆきて……あゝ光、光こそは美しき哉」 佐久間良子、片岡千恵蔵 映画『多羅尾伴内 七つの顔の男だぜ』より
途中カットインした「藤村大造」の一言は小林旭 映画『多羅尾伴内』より
(NA) 伊武雅刀(SONO-COLOアワー終了告知)
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最終回には特にタイトルをつけませんでした。何気なく終わりたいと思ってましたから。
(下)LP『ミート・ザ・メイジャーズ/メイジャーズ』1978年 キング
桜井ユタカ監修の「R&B歴史的名盤コレクション」の1枚。
1962年10月に『A WONDERFUL DREAM』をヒットさせ6枚のシングルと1枚のLPを出して、忽然と消えたドゥーワップ・グループ。そんな説明だけでも何かワクワクしてきます。
The Majors – Wonderful Dream
(下左)マンハッタン・トランスファーのカバー。日本ではCMに使われました。
2曲目、藤山寛美『寛ちゃんのカリカリ節』は日本コロムビアが1978年11月に発売した5枚組LP『服部良一大全集 不滅のメロディ 音楽ひとすじ』を音源として使いました。
1961(昭和36)年6月13日に録音されたもので、服部作品としてもレアな存在です。
どこか捨て鉢な歌詞が最終回に似つかわしい感じがしてチョイスしました。
(上右)シングル『かわいゝコイビト』後藤久美子 1963年8月発売
後藤久美子は60年代初期に活躍した子供歌手・タレント。
『かわいゝコイビト』のオリジナルは
The Playmates – “A” My Name Is Alice
“A” My Name Is Aliceとは英語を教える児童書(絵本)などによく使われるもので、“B” my name is Betty、“C” my name is Carolなどと続きます。
似たようなものに無線で綴りを伝えるときに用いる欧文通話表(フォネティック・コード、phonetic alphabet)があります。A is for Alpha, B is for Bravo, C is for Charlieなどというもので、この形式を借りて新聞記事の見出しなどに使われたりしてます。レイ・ブラッドベリの『ウは宇宙船のウ(R IS FOR ROCKET)』も宇宙船~船舶~無線通信の連想からそういうタイトルになったものと想像されます。
- Brian Hyland – ‘A’ You’re Adorable
- 通話表 – Wikipedia
- FayWay/国際信号旗・通話表・モールス信号
- 2Meter man’s Cloub ROOM「102 What…? 基本編 第2章 オペレーティング
と、ここまで読んでもうお気づきになったと思いますが、第一回目のタイトル「ソはソノコロのソ S IS FOR SONO-COLO」はまさに通話表を模したもので、最終回でかけた「”A” My Name Is Alice」と対になってるという、これはもう世界中何十億人いたってたったひとり私しか知らないことでございまして、マどーでもいいっちゃどーでもいいんですけど(笑)
(上左)シングル『ハイティーン・ギター』小林万里
(上右)シングル『きょうの日はさようなら』ジョーン・バエズ(共演:小林万里)1967年 キング
十代の若い娘が駅前横町で流しをしているという林伊佐緒作曲のこの歌、私はけっこう気に入ってます。特に「オンボロギターのロカビリーで」というくだり。普通の歌よりドラムの音が大きいところがロカビリーなんでしょうきっと。
キングの小林万里は歌謡曲でデビューしましたが目が出ず、1966年後半からフォーク・シンガーに転進した人です。
『銀座のはぐれっ子』c/w『可愛いラヴ・ハンター』
『ギターよ、お前は』c/w『この道を歩きたい』1966年
『恋する娘』c/w 『ポートランド・タウン』1966年12月
『女かなしや』c/w『シークレット・ラブ』 1967年7月
このへんのシングルを聞いてくとその変化がよく分かります。
キングレコードにはぜひベスト盤のリリースをお願いしたいものです。
米ヴァンガード・レーベルが当時日本でキング発売だったことから、図らずも彼女はジョーン・バエズとステージで共演する機会に恵まれました。(1967年2月1日、東京厚生年金ホール)。
会社にプッシュされながらも大きなヒットを出せなかった彼女の歌手人生において、それはおそらく最も輝いていた時間だったのではないでしょうか。

(上)10インチLP『万里チャンのうた 小林万里愛唱歌』1961年 キング
ドドンパ特集で使った『ドドンパ舞妓はん』の音源はこのLPでした。

(右)シングル『虹の小径』デル・シャノン
『虹の小径(I Won’t Be There)』は『鏡の中のジニー(Ginny in the mirror)』のB面曲でした。ボビー・ヴィーに少々影響されてる感じの曲調で私好みなんですけど、それより「私はそこを去るでしょう」というタイトルが最終回に相応しいんじゃないかと思って選びました。
(右のジャケットでは「Won’t=Will Not」が「Wan’t」と誤植されちゃってます)
Del Shannon – I Won’t Be There

(上)『I Won’t Be There』を収録した西ドイツ盤LP『HATS OFF TO DEL SHANNON』
1963年発売のアルバムのリイシュー。
私の中ではデル・シャノンと田宮二郎がどうしても重なってしまいます。両者には自宅で猟銃自殺を遂げたという共通点がありまして、性格的にも通じるところがあったんじゃないかという気がしています。千年も万年も生きたいなと常々考えている私なぞからすると、ちょっと理解の及ばない仕儀ではあります。

(左)米シングル『Surfin’ Hootenanny』Al Casey with The K-C-Ettes
SONO-COLOアワー最後の曲はアル・ケイシーの『サーフィン・フーテナニー』でした。
この曲はリー・ヘイゼルウッドの作で、1963年に小ヒットしました。歌マネではなくギターの音色をマネてみせるところが洒落てます。
Al Casey with The K-C-Ettes – Surfin’ Hootenanny
ギタリストのアル・ケイシーはロカビリー歌手のバックバンドからキャリアをスタートし、セッションマンとして腕を磨く一方、自分のレコードも散発的に出しておりました。転機となったのはサンフォード・クラークの『ザ・フール』における演奏で、その印象的な音が注目を集めました。その後、デュアン・エディのレベルズにも籍を置いていたことがあります。
- Al Casey – AM EHOF Inductee
- Al Casey – Guitar Man(1957)
- Al Casey – Willa Mae(1958)
- Al Casey – Teenage Blues
- Al Casey – She Gotta Shake
- Al Casey – Headstone
- Al Casey – If I Told You(Wouldn’t Know It All By Myself)
- Sanford Clark – The Fool(1956)
- Sanford Clark & Al Casey- Lonesome For A Letter
- Al Casey – Forty Miles of Bad Road
- Al Casey – Untitled #1
- Al Casey – Surf’s You Right
- Al Casey – The Hearse
- Al Casey – Guitars, Guitars, Guitars
- Al Casey – Surfin’ Blues Part1
- Raunchy’65 – Ernie Freeman / Bill Justis / Al Casey












これが最終回だったんですね。いままで感違いしてました。
でも私のカセットのラベルには4月8日になっています。
で4月15日が昭和元禄総括編。ローカル局ごとに順番変えていたのかな?
たしか少年鑑別所の館内放送をパロディにした回がありました。
これが最終回だと思っていました。
最後に伊武さんのナレーションで、視聴者募集で面白い企画だったか面白い曲のリクエストを募って、もしいいのがこない場合はSONO-COLOアワーを終了しますというメッセージで締められた記憶があります。
もう25年以上の記憶なんで実際どうだったか確かめるすべはありませんが。
この72回のエア・チェックは残っています。
もう一つの勘違い。
デル・シャノンの『虹の小径』ってこの解説を読むまでヘレン・シャピロがうたっているのかと思ってました。
富士サファリパークは和田アキ子か串田アキラかというのに似てます。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm862593
万里チャンのうたジャケットの衣装。おさげ髪がチャンチャラ笑っちゃいますね。傑作!
> これが最終回だったんですね。いままで感違いしてました。
> でも私のカセットのラベルには4月8日になっています。
> で4月15日が昭和元禄総括編。ローカル局ごとに順番変えていたのか
> な?
私の仕事はその放送日のためのマスター音源を作り、桑原茂一プロへ納
めるところまでで、各FM放送局がほんとうにその日に放送したかどうか
は一切確認できてません。
ただ個人的には雑誌『FMfan』の関西版を取り寄せて、番組表に載ってる
かどうかチェックしてました。
> たしか少年鑑別所の館内放送をパロディにした回がありました。
> これが最終回だと思っていました。
> 最後に伊武さんのナレーションで、視聴者募集で面白い企画だったか
> 面白い曲のリクエストを募って、もしいいのがこない場合はSONO-
> COLOアワーを終了しますというメッセージで締められた記憶がありま
> す。
少年鑑別所の館内放送をパロディにした回というのは初耳です。
私の知らないところでSONO-COLOアワーが続いていたのかしらん???
ちなみに、私がこのパターンの番組をその後作ったのは、
1992年3月15日(日)放送
東京のAM局「文化放送」のステレオ化記念番組『ケイとセーラ
Welcome to STEREO』
のための、
『ジャストSONO-COLOタイム』Part1~3 でした。
> デル・シャノンの『虹の小径』ってこの解説を読むまでヘレン・シャ
> ピロがうたっているのかと思ってました。
ヘレン・シャピロの声がいかに男っぽいか(笑)ですネ。
余談ですが、タイトル「I Won’t Be There」で類似のタイトルの曲を探
してみたら、
Adam Wade – To-night I Won’t Be There
The Equals – I Won’t Be There
The Springfields – Say I Won’t Be There
が出てきました。
ブライアン・ハイランドの『If Mary’s There』の歌いだしは
♪I won’t be there if Mary’s thereですし、
同じくブライアン・ハイランド(やレターメン)の『涙のくちづけ』
には、♪But darling you won’t be thereという歌詞が出てきます。
おそらく意味が反対になる
I Want Be There
I Wanna Be There
I Will Be There
で検索すると、
The flirtations – I Wanna Be There
Gerry & The Pacemakers – I’ll Be There
Jackson 5 – I’ll Be There
がヒットしました。
デル・シャノンに声が似てるヘレン・シャピロがそういうタイトルの歌
を歌ってたら、話がさらにややこしくなっていたとこです。
> 万里チャンのうたジャケットの衣装。おさげ髪がチャンチャラ笑っちゃ
> いますね。傑作!
いやホント。オチャメです。
小林万里さんについては、その後の情報がありませんが、今しがた気に
なるページを見つけました。
http://shingi-blog.269g.net/article/3883976.html
に、
> 2007年03月05日
> 特別ゲストの登場、キングレコードのカントリー歌手、末期ガンで寝
> てばかりだった(ご本人がそう言われました)歌手・小林万里さんが
> 2曲唄いました。
との記述がありました。
同一人物かもしれませんねぇ。