「カンツォ~ネ!」の島田夫妻はいずこへ?

今さっき、イタリアからアクセスがありました。Google翻訳を使ってこのブログをご覧になったようです。
元の日本語がヘンなので、きっとおかしなイタリア語になってしまったことでしょう。
どの記事がお目当てなのかは分かりませんが、たぶん昨日の「金嬉老」のではないかと思われます。
あるいは「仁義なき戦い」の文字に反応したのかもしれません。

イタリア人と日本人は、家族主義、母性賛美、あるいは情動的という部分で似通った国民性だと感じていました。
また一方、「声をかけないと返って女性に失礼」といわれるほどのあの積極性は逆に日本人にはないもので、これは大きな違いです。
日本で最初のイタリア・ブームは1960年代前半、カンツォーネ(イタリアン・ポップス)が流行ったころですね。
あのころのイタリアの歌、いいのがたくさんありました。
日本では伊東ゆかり、布施明のカバーが秀逸でしたっけ。

Wilma Goich – Le colline sono in fiore
San Remo Festival Japanese TV(1965)

(上) 「ウィルマ・ゴイク」ではなく、「ウィルマ・ゴイチ」って言ってますね。
   でも山田吾一は山田ゴイクじゃない。うむ、これだけはいえるナ。

Jerry Vale – Al Di La
Alternative Version

 
布施明 – 君に涙と微笑みを

  ※(追記:この動画は削除されました

Mina – Tintarella di luna(1959)

 

イタリアといえば、ヒデとロザンナのロザンナ・ザンボンさんが夕刊フジに短期連載していた「自伝」が終了したようですね。
二人はほんとに歌がうまかった。歌うために生まれてきたようなコンビでした。
楽曲的にも恵まれたほうだと思います。
どの曲も時代の微妙な変化をちゃんと反映していて、しかもオシャレなものが多い。
これからもずっと聴き続けていきたいと思ってます。

ヒデとロザンナ – 愛は傷つきやすく(TV live)

 

スージーQのデイル、メリー・ルウのロニーといえば?「ホーキング」。ブッブー!

ロック・クラシック“Susie Q”のオリジネイターとして知られるシンガー・ソングライターのデイル・ホーキンスが2月13日、アーカンソー州リトルロックで死去した。享年73歳。4年ほど前に大腸がんと診断されて以来、闘病生活を続けていたという。
36年にルイジアナ州ゴールドマインに生まれたホーキンスは、10代後半よりキャリアをスタート。57年に発表したシングル“Susie Q”が全米チャートでトップ30入りを果たし、一躍スターの座に着いた。
(中略)
60年代に入るとプロデューサーとしても手腕を発揮し、ブルース・チャネルやファイヴ・アメリカンズの作品を手掛け、高い評価を得た。

http://tower.jp/article/news/3026

たしかデイル・ホーキンスのLP、昔買ったよなぁと思って、棚を探しましたが、出てこない。
あ、あったと手に取ったら、「フォーティー・デイズ」「メリー・ルウ」のロニー・ホーキンスでした。
デイル・ホーキンスのLP持ってなかったんだなぁ。
でもいいや。
「スージーQ」ってそれほど好きな曲ぢゃないし・・・。

Dale Hawkins – Susie Q

 

(上左)LP「OH! SUZY-Q」DALE HAWKINS チェス・レコード
(上右)LP「Ronnie Hawkins」RONNIE HAWKINS ルーレット・レコード
それぞれ実に印象的な写真。

ホーキンス対決といきたいところですが、どちらも本人以外のところで、ロック史に名を残したことは否めません。
デイル・ホーキンスはルイジアナ・スワンプ・ロック初期の代表曲「スージーQ」の作者としての存在、多くの有名ロックバンドがそれをカバーしたこと、
ロニー・ホーキンスは1963年のヒット「フー・ドゥ・ユー・ラブ」、バックバンド「ホークス」にロビー・ロバートソン、フレッド・カーターが参加していたこと、「ホークス」の後身がボブ・ディランとツアーした「ザ・バンド」であること、
等々が語られる際に必ずその名が引き合いに出されるといった感じです。
ややこしいのは、ロニー・ホーキンスもデイル・ホーキンスの「スージーQ」をカバーしてるってことですね(笑)
ちなみにロニーのほうは今もご壮健のようです。

Ronnie Hawkins – Suzie Q