When Johnny Comes Marching Home

南北戦争のとき自分の楽隊とともに北軍第24マサチューセッツ歩兵連隊に徴用された指揮者パトリック・サースフィールド・ギルモア(Patrick Sarsfield Gilmore)は、
ルイジアナ州の楽隊を再編成するよう命じられた1863年、
1800年代前半からアイルランドで歌われていた(対イギリス戦争)反戦歌『Johnny I Hardly Knew Ye』のメロディにルイス・ランバート(Louis Lambert)名義で新たな詞をつけ(作曲もしたと主張)、楽譜をボストンのヘンリー・トールマン社から出版しました。
それが『When Johnny Comes Marching Home』(邦題=ジョニーが凱旋するとき/ジョニーが帰るとき)という曲です。
トラディショナル・ソング(伝承歌、民謡)に別の題名と詞をつけて著作権を主張する――ちょうどポール・サイモンがイングランド民謡『スカボロー・フェア』を自作とクレジットしたのと似てますね。
歌詞については伝承歌はバリエーションがあるのが普通ですから改作・新作大いに結構、それは許されると思うのですが、『ジョニーが凱旋するとき』のメロディは改作というよりアレンジの範疇に入る程度で、それを自分の作として出版するのは、今だったら「自分、モロ、パクリちゃうんか?」と云われそうです。
歌詞からすると、そのときギルモアは南軍と北軍の和解を意図していたのかもしれません。彼はのちにジョン・フィリップ・スーザとともにアメリカン・バンド(アメリカ軍楽隊)の父と呼ばれたそうですから、向こうじゃかなりの有名人だったようです。

『ジョニーが凱旋するとき』(When Johnny Comes Marching Home)は、アイルランド出身の作曲家パトリック・ギルモアによって作曲されたアメリカの民謡またはマーチ曲。『ジョニーが帰るとき』ともいわれる。19世紀後半に勃発した南北戦争の北軍の帰還兵を迎えるために、アイルランド出身の作曲家パトリックがアイルランドの古い反戦歌“Johnny I Hardly Knew Ye”からメロディーを用いて新たに詞をつけたものとされている。
ジョニーが凱旋するとき – Wikipedia

まずは元唄で聞いてみましょう。
ボブ・ディランの録音が残ってます。
『スカボロー・フェア』の詞を『北国の少女』のネタ元にしてたディランですが、この歌はアメリカでは有名すぎるメロディなので、逆にルーツを珍重する態度に出た、ということでしょうか。

Bob Dylan – Johnny I Hardly Knew Ye

  ※(追記:この動画は削除されました

 

今度はパトリック・ギルモアの採譜と歌詞による『ジョニーが凱旋するとき』。
基本的には進軍歌、マーチの体裁ではあります。
アイルランド民謡ならではのニュアンスや芯の強いアイリッシュ気質のムードが、篩(ふるい)に掛けられつつも辛うじて残っているのは、ギルモアの出自に因るところが大きいのかもしれません。

U.S. Military Band – When Johnny Comes Marching Home

この歌は第二次世界大戦のときもグレン・ミラー楽団のスイング・バージョンで蘇りました。
「ジョニー」はこのときすでに南軍の少年兵ではなくアメリカの兵士全体の象徴となっていました。

アメリカ映画『第十七捕虜収容所(Stalag 17)』(1953)
When Johnny Comes Marching Home Again

テレビドラマ『コンバット!』のテーマ曲が『リリー・マルレーン』の変奏であることはよく知られておりますが、それだけでは片手落……もとい、正確ではありません。正しくは、民主主義のために闘うアメリカ兵を象徴するところの『ジョニーが凱旋するとき』と、ドイツ兵の人間性を象徴する『リリー・マルレーン』の、その両方をミックスしたのが『コンバット!』のあの曲であったというべきでしょう。

アメリカABCテレビドラマ『コンバット!(COMBAT)』Intro

シャングリラスの1966年2月のヒット『ロング・リヴ・アワ・ラヴ』の冒頭と終り近くで、『ジョニーが凱旋するとき』が短く引用されています。この歌の時代に恋人たちを引き裂いていたのはベトナム戦争でした。
アメリカではベトナム後も、戦争が始まるたびに、この旋律が何らかの形で現れてきます。

The Shangri-Las – Long Live Our Love

手元に面白いレコードがあります。
フロリダのVIVA RECORDSからリリースされたザ・ソフィスティケイツ(The Sophisticates)というグループの『WHEN ELVIS MARCHES HOME AGAIN』(右)。
リリース年は知りませんが、エルビスの入隊・除隊に関連した便乗ソングの一つで、『ジョニーが凱旋するとき』の替え歌になってます。
ただ、ちょっとヒステリックで、ファンのスクリーミング(甲高い悲鳴、金切り声)を代弁してるかのような雰囲気。曲調も深刻ですから、只事じゃねーなーという感じです。
ガールグループに同名の人たちがいますが、それとは無関係と考えられます。

<参考リンク ガールグループのザ・ソフィスティケイツ>

映画『ダイ・ハード3』(1995年)では悪党が大仕事をするところで『ジョニーが凱旋するとき』が使われます。この例では、軍事作戦をイメージさせる選曲意図が感じられます。

 

『ジョニーが凱旋するとき』の歌と直(じか)に結びつくものではありませんが、1971年、アメリカで『ジョニーは戦場へ行った(Johnny Got His Gun)』という映画が作られています。
これはドルトン・トランボ(今はダルトン・トランボの表記が多い)が1939年に発表した小説『ジョニーは銃をとった』を、自ら脚色し監督した作品で、第一次大戦のヨーロッパ戦線において両手、両足、耳、眼、口を失い、病院で秘密裏に『生かされている』若きアメリカ兵の、惨憺たる境遇、心の地獄を描いています。小説とはいえ、実在のモデルがいたといいますから、なんとも空恐ろしい話です。
日本初公開時に劇場で見ているせいか、ジョニーがどうしたとか聞くと、私はいつもこの映画のことが頭に浮かんできます。
設定が類似している江戸川乱歩の短編『芋虫』(発表時タイトルは『悪夢』)は1929(昭和4)年ですからトランボの小説より早いですね。

 

追加記事

力強い反戦映画と評価=若松監督『キャタピラー』-独紙
 【ベルリン時事】ベルリン国際映画祭で最高賞『金熊賞』を争うコンペティション部門に出品された若松孝二監督の『キャタピラー』について、ドイツ紙ボルケナー・ツァイトゥングは16日、『力強い反戦映画』と評価した。
 同紙は、これまで映画祭で上映された作品の中で『最も政治的な映画』と指摘。『監督があらゆる戦争を批判しているのは明確だ』と伝えた。(2010/02/16-21:42)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201002/2010021600844

四肢を失った主人公という設定は、映画化もされた『ジョニーは戦場へ行った』や江戸川乱歩の小説『芋虫』など、これまでにも登場してきたものだが、若松監督は「実は12日間で撮っているんですよ。『実録・連合赤軍あさま山荘への道程(みち)』でかかったお金がまだ穴埋めできていない。それでも、気持ちがさめないうちに作りたかった。戦争では、女性や子ども、普通の人々が一番の被害者だということを少ない予算で表すのに、こういう形になった」

http://movies.jp.msn.com/news/article.aspx?articleid=228095

乱歩『芋虫』の映画化じゃないようです。マジで反戦映画? 若松孝二が?
(2010年2月21日)

追加記事

The Clash – English Civil War(1979)
ザ・クラッシュ – イングリッシュ・シヴィル・ウォー(英国内乱)

(2012年3月3日)

When Johnny Comes Marching Home” への2件のコメント

  1. おっしゃるとおりパクリ度は高いといえそうです。
    「ジョニーが凱旋するとき」と「(ゴースト)ライダース・イン・ザ・スカイ」の関係については、
    (Ghost)Riders in the Sky: A Cowboy Legend – Wikipedia, the free encyclopedia
    にも、
    「歌詞は違うがメロディのほうは、19世紀のアイルランドの反戦歌 Johnny I Hardly Knew Ye に非常に似ている」との指摘があります。
    モーツァルト「春への憧れ」~「早春賦」~「知床旅情」みたいなもんでしょう。

    1948年、スタン・ジョーンズ(Stan Jones)が作った「(ゴースト)ライダース・イン・ザ・スカイ」。
    オリジナル・ヒットは1949年の
    Vaughn Monroe – Ghost Riders In The Sky
    ですね。
    このスタイルを踏襲して、リバイバル・ヒットさせたのが、フランキー・レイン、マーティ・ロビンスで、
    Frankie Laine – Ghost Riders In the Sky
    Marty Robbins – Ghost Riders In The Sky
    インスト・バンドも、最初はこの人たちのテイクを基にしたはずです。

    この二つの曲が似てしまっているのは、作者スタン・ジョーンズを含めアメリカ人(あるいは欧米人)の意識に染み付いてる音楽、ルーツ意識というものが強く影響したからではないか、と私は思います。
    スタン・ジョーンズはアリゾナ生まれで、ロサンゼルス育ち。
    身近にある音楽のひとつはスペイン系で、それはアメリカ人ならメキシコ音楽とダブるものでしょう。ギラつく太陽とか血(闘牛?)とか乾いた砂のイメージがある。ギターならディック・デイルの低音を強調した、フラメンコギターにも似た速弾きにつながる流れ。
    もうひとつはイギリスやアイルランドの民謡~ブリティッシュ・フォーク。いい曲がたくさんあるので欧米人には親しみが深いはずです。また、もはや歴史的といっていいほど長きにわたっているアイルランド紛争も知らない人はいないわけで。
    そういう素地がありますから、「ジョニーが凱旋するとき」と「ライダース・イン・ザ・スカイ」に共通する殺し合いや決闘、流血や死のイメージから、必然的に類似の曲調、雰囲気、アレンジに帰結したのではないか、と推測されますが、どうでしょうかね。
    中村 とうよう氏なら語りまくるでしょうねこういう話。

     <追記>
    「ライダース・インザ・スカイ」の歌詞ですが、
    歌いだしが、
    「An old cowpoke went ridin’ out one dark and windy day」
    cowpokeとはcowboyのこと。つまり「old cowpoke」は老カウボーイの意。
    「Yipie i oh Yipie i ay」
    の掛け声。
    曲調はまったく違うのですが、この二つから連想される有名曲があります。

    ビング・クロスビーの
    「おいらは老カウボーイ」(または「俺は老いぼれカウボーイ」「俺は老カウボーイ」、近年は「おれはカウボーイ」の表記が一般的) I’M AN OLD COWHAND(FROM THE RIO GRANDE)。作詞・作曲は名作詞家として米ポピュラー音楽史にその名を残すジョニー・マーサー。
    昔から好きな歌でして、ジャズのソニー・ロリンズ、グラント・グリーンでも有名です。
    やはり
    「Yippie yi yo kayah」
    というカウボーイが馬をせかす声が歌詞にあります。
    cowhandはcowpoke同様、カウボーイのこと。
    ただしこちらは老カウボーイ気取りでフォードを運転しているドライバー、つまり現代人の歌なのですが、
    戦前のヒット(1936年)ですから、スタン・ジョーンズが「ライダース・インザ・スカイ」を作るにあたって、念頭にこの曲があったのはほぼ間違いないところでしょう。

    〔以下、私的メモ〕
    Bing Crosby – I’m An Old Cowhand
    Bing Crosby, Jimmy Dorsey – I’m An Old Cowhand(1936)
    Roy Rogers – I’m An Old Cowhand(From The Rio Grande)
    Gene Autry, Mary Lee – I’m An Old Cowhand
    Sammy Davis Jr., Andy Williams – I’m An Old Cowhand
    Cow Bop with Bruce Forman & Pinto Pammy – I’m An Old Cowhand
    Lisa Ono – I’m An Old Cowhand

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">